第9章−4 異世界の書庫は凄いです(4)

 といっても、オレが質問しない限り、フレドリックくんは口を開かなかったので、話の主導権はオレが担うこととなる。


 フレドリックくんは、地方遠征、国境視察、要人の国外訪問の護衛などにも参加したことがあり、城の外のことや、王都以外の土地の情報も得ることができた。


 この国はもともと肥沃な土地で、気候も穏やかという恵まれた場所だった。


 農業が盛んで、研究の成果があらわれはじめ、近年になって、より生産性の高い品種改良された作物が栽培されるようになった。

 他にも、病害虫対策や農機具など、技術が躍進し、収穫量はうなぎ登りで、地方の小さな村も、豊かな実りを享受しているという。


 そして、その状態は今も続いており、魔王の影に怯えている人々はいない……。


 ますます、オレが召喚された意味がわからない。


 っていうか、本当に、魔王はこの世界にいるのだろうか?

 いまのところ、魔王について書かれた文献は見当たらなかった。


 これが魔王っぽいな……と思った本は、なんとフィクションだった。


「うわ〜」

「勇者様、どうかされましたか?」


 本を読み終わって、硬直してしまったオレに、フレドリックくんが声をかける。

 本当にオレのことを心配してくれいるようで、眉根が寄っている。


「いやあ……。色々と、驚いちゃってね」

「驚いた?」

「うん。大衆小説が刊行されているのにも驚いたんだけど、それを所蔵している王国の書庫にも驚いたよ」

「勇者様の世界には、大衆小説はなかったのですか?」


 フレドリックくんが首をかしげる。

 オレがこれだけ読書好きだから、本の出版事業にも力を入れていると思ったのだろう。


「大衆小説が広まるほど、オレのいた世界は、識字率は高くなかったからね……」


 オレは極悪非道な魔王が世界の殆どを蹂躙し、世界を救う乙女をさらって食べようとしたところを、勇者に倒されて、世界がすくわれた……という、小説の表紙をまじまじと眺めながら答えた。


「なるほど……読者もいなければ、話を書けるひともいないということですか」

「そういうことだね」


(フレドリックくん、よくわかってるな……)


「今、勇者様が手にされている本は、貴族の子女に人気があって、かなりの量が出版されています」

「へえ。ベストセラーなのか……」


 こういう話が好まれるのは、勇者たちの世界でもあったなぁと思い出す。

 フレドリックくんは『ベストセラー』という言葉に、目をパチパチさせている。


「こちらの本は、最初の作品で、続編が読みたいという声が多くでたそうです」

「……続編って、完結したぞ? これ以上、なにを続けるんだ?」

「それには作者も困ったようですが、出版社の強い勧めもあって、勇者シリーズとして、今もなお刊行されています」

「へえ……? シリーズ化されたんだ」

「はい。主人公の息子、孫、孫の異母弟……今は、ひ孫世代だとか?」

「…………」


 続きが気になるようでしたら、書棚にご案内しますよ。と、フレドリックくんから言われたが、オレは首を振って断った。


 オレが読みたいのは、自分の世界に戻る方法が書かれた本だ。

 フィクションではない。



***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る