第5章−4 異世界のセキュリティは優秀です(4)

 エルドリア王太子の発言に、オレは目を見開く。


(あんな、凶悪なモノを栽培して、飼い慣らしているだとおおおおおおおっ!)


(しかも、温室内をうろついているだとおっっっっっっ!)


 まじですか――!

 身体がガクガクと震えだす。

 冗談じゃない!


(来賓を護るためのセキュリティに、オレは喰われかけたんですがっ!)


 温室怖い……。


 異世界怖い……。


「ここまで彷徨いでてくる子は、めったにいないのだが……」


 ドリアは不思議そうに眉を顰めている。


(いや、こんなのがしょっちゅうあったらマズイだろ!)


「マオには怖い思いをさせてしまったな。悪かった。庭師には厳しく言って、明日から肉食花の『躾』を徹底させる」


(庭師……が、アレを育てているのか?)


 オレは驚きのために目を見開く。

 もう、なんかい驚いたのか忘れてしまったよ……。


 異世界の庭師って……ワイルドすぎないか?

 恐怖にプルプル震えながら、オレは庭師とやらを想像……できなかった。


 オレのいた世界と、こちらの世界の庭師は、業務内容が異なるようだ。


「マオを襲った個体は、不適合株として、処分させる。安心しろ。もう二度とこんなことはない」


(でた! 処分!)


「ど……どうやって、処分するんだ?」


 試しに聞いてみようか。


「焼却処分だ」


(火炙りかよっ)


「あるいは、枯らして、ドライフラワーにするか……。それとも、切り刻んで、堆肥にするか……」


(餓死に八つ裂き……)


 オレはプルプルと震え上がる。


「とにかく、明日、庭師と相談した上、決定するから」


 めっちゃくちゃ爽やかな笑顔を浮かべながら、そんな怖いことを言わないでほしい。


 相手が植物だからそうなのか、人間であってもそうなのか……怖くて聞けない。


 ただ、庭師までには累が及びそうにもないので、一安心だ。


 ……と思ったオレが甘かったよ。


「不適合株を放置した庭師は、責任者ともども即刻処分するので、マオは安心してくれ」


(んなもん、安心なんてできるか! しかも、複数形じゃないか! 連座だと!)


「いや、ドリアちょっとまて。誰だって、ミスはあるもんだろ? アノ肉食花とは、たまたま運悪く遭遇してしまっただけで……。次から気をつければいいんじゃないかな?」


 だから、安易に処分するのはやめような、とエルドリア王太子に意見する。


「マオは優しいな」


 オレの言葉に驚いたようだが、王太子はすぐに微笑みを浮かべる。


「勇者様の寛大なる御心に感謝いたします」


 そう言いながら、王太子はオレの手をとり、甲にチュッとキスを落としたのである……。


「肉食花の蜜で汚れてしまったな。すぐに湯浴みの支度をさせよう」


 青ざめた表情のまま、エルドリア王太子はオレに語りかける。

 口から流れ出ていた液状のモノは、ヨダレではなく、蜜だったのか……。

 まあ『花』だからね。


 王太子の言う通り、オレの身体は、蜜でぐちょぐちょに濡れていた。


 しかも、身体が冷えたのか、先程から震えが止まらない。


 気持ち悪いと思わなかったのは、その分泌液が、フローラルの香りがするからだろう。しかも、あの外見に反して、香りはとてもいい。

 こういうのは個人の好みだろうが、薔薇の香りよりも勝っていると思う。

 肉食とはいえ、花であることには違いないようだね。


「このままでは、体に負担がかかってしまう」


 エルドリア王太子はオレの手をとり立ち上がった。


「…………」

「…………」


 残念ながらオレは立ち上がれない。


「マオ、どうした?」


 不思議そうな顔で、床の上にへたり込んでいるオレを見下ろす。


「い、いやあ……。も、う、もう少し……ここで、こうしていたいかなぁって」

「……わかった」


 エルドリア王太子は片膝をたててしゃがむと、今度はオレの膝裏に手を入れ、もう片方の手をオレの背中に添えて、一気に立ち上がった。


「わわわわっ!」


 ぐいっと、身体が持ち上げられ、オレは慌ててエルドリア王太子にしがみついた。


 こ、これは……横抱き。……またの名を、お姫様抱っこという。


 恥ずかしくて、一気に体温が上昇する。

 震えがさらに激しくなった。


(な、なん、だ……?)


 この震えは尋常じゃない。

 オレを抱き上げたエルドリア王太子も、オレの異変に気づいているだろう。


 ドリアの顔が、なにかに抗っているかのように歪んだ。


「……浴室へ行こう」


 それだけを言うと、王太子は駆け足で、客室へと戻っていった。




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