第5章−3 異世界のセキュリティは優秀です(3)

「ステイ!」


 オレが覚悟を決めたとき、エルドリア王太子の鋭い声が、温室に響き渡った。


 その声に、巨大花の動きがピタリと止まる。

 動く花はオレの眼前まで迫っていた。


(ヨダレ。ヨダレ!)


 頭上からヨダレが滝のようにダラダラと流れ落ち、オレは瞬く間にぐちょぐちょになっていった。


(オレって、そんなに美味そうなのか?)


 巨大花は、ヨダレを垂れ流しながらの状態で、ぱっくりと口を開いたまま、お利口なことに、動きを止めている。


 口はわかるが、目や鼻はないようだ。

 いや、口に対するインパクトが大きすぎるから、目や鼻の存在に気づかないだけかもしれない。


 びっしりと生えているとても鋭い歯を間近に見て、オレはさらに腰を抜かす。


 魔族の中には凶悪な種族もいるにはいるが、こんなんじゃない……。

 もう少しマイルドだ。


 これは……アレだ。

 歴代勇者の中にSFX好きという奴がいたが、そいつが好んで何度も見ていたエイリア……なんとかとかいう寄生生命体の口だ!


(異世界の造形レベル高すぎる……)


「ハウス!」


 再び、エルドリア王太子の凛とした声が、温室内に響く。


 その言葉を理解した巨大花は、大きな口をゆっくりと閉じた。

 よたよたしながらも回れ右をし、オレに後ろをみせる。そのままずりずりと茎を左右に揺らし、葉をゆらゆらとさせながら、ずりずりと奥の方へと戻っていった。


 ****


「マオ、大丈夫か? 怪我はないか?」


 青い顔をした王太子が、オレの方に駆け寄ってくる。


「ドリア……大丈夫だ。ちょ、ちょっと、驚いただけだから……」


 顔面蒼白な王太子の顔にも、オレは驚いていた。

 オレ、もしかしたら、かなり危ない状況だったのかもしれない。

 じわじわと恐怖が蘇ってくる。


「本当に、大丈夫なのか?」


 ちょっとどころではなく、腰が抜けて動けない……なんて、恥ずかしくて言えないので、懸命に笑顔を浮かべ、オレは平静を装う。


 王太子はかがみ込むと、オレの顔をまじまじと覗き込んだ。


(そんなに、じっくりと見ないでくれ……)


 本当は、恐怖で心臓がドクドクいっている。もう、口から心臓が飛び出てくるのではないか、というくらい、心臓が暴れまくっていた。

 このままだと王太子にオレの虚勢を見抜かれそうで、慌てて視線を反らした。


「い、今のはなんだったんだ?」

「申し訳ない。あの肉食花は……」

「に、にっ、にくしょくうっうっうっうっ!」


 驚くくらい、すっとんきょうな声があがる。


 あの花は肉を喰うのか?

 いや、そもそも、アレは花なのか?

 肉を喰って育つのか?


(……怖すぎる)


 あんな鋭い歯だったら、肉でも骨ごとバリバリいくよ。まちがいなく、いっちゃうよ?

 それこそ、ニンゲンなら、頭からバリバリいってそうだ。


「そうだ。肉食花だ。ここからもう少し先に進んだエリアでは、セキュリティのため……この部屋を利用する来賓を護るために、肉食花を栽培している」

「せっ、セキュリティ……だと?」





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