第5章−2 異世界のセキュリティは優秀です(2)
エルドリア王太子はなにかを察したのか、無理にオレの手を握ろうとしたり、腰に手を添えてエスコートしようとしたりはしなかった。
温室内ではオレの自由にさせてくれている。
ただし、つかず離れずの一定距離は、寸分の狂いもなく保たれており、そこはエルドリア王太子の「逃がすもんか」という執念を感じてしまう。
ベタベタされるよりもそっちの方が怖いよ……。
オレが逃げないように、よからぬことをしでかさないように監視するのが、エルドリア王太子の役目なのだろうか?
ひとまずエルドリア王太子の執念とやらは軽く無視して、オレはガラス張りの贅沢な空間をめいっぱい満喫することにした。
萎えていたオレの心が、温室効果で少しばかり回復する。
「昼にだけ咲いて、夜になると蕾になる花や、一日で散ってしまう花もあるんだ。日中はもっと綺麗なんだぞ」
今度は昼間も案内するから……と王太子の言葉が聞こえた。
『昼の世界』の人々が花を育て、愛でる理由が、なんとなくわかったような気がした。
花より実を……ということで、『夜の世界』では、ずっと夜の状態であっても安定した収穫ができる植物の品種改良を政策として進めている。
花だけの植物を探求するのも悪くないな……とオレは心の中で考え、次年度の予算配分をアレコレと検討しなおす。
元の世界に戻れるのか、とか、元の世界に戻ったとしても、勇者に討伐されたら、次年度もなにもあったもんじゃない、と、心の中では理解していながらも、やっぱり、オレはどこにいても魔王なんだなぁ……と思ってしまう。
元の世界が好きだし、オレはオレの国が大好きだ。
「……あ、マオ! この先は危ないから行ってはだめだ!」
ドリアの慌てた声が、金勘定に没入していたオレを現実に引き戻す。
「へっ?」
と、突然、ざざざざぁぁっ! という、草をかき分ける大きな音がした。
突然、目の前に、巨大な花がぬっと出現する。
「ひ……いっっっっっっ!」
いきなり、異質なモノの出現に、オレは思わず腰を抜かし、その場にヘナヘナと座り込んだ。
花の大きさ、毒々しい真っ赤な色をした大輪の花にも驚いたのだが……。
いきなり花が「ぐわっ」と口を開いた。
「ええええっっっっっっ!」
口の中からギラギラした、尖った歯が見える。
大きく開かれた口からは、ヨダレのようなものが、ダラダラとこぼれ落ちていた。
(こ、これは……)
間違いない。間違いなく、肉食獣の口だ!
「ひええええええっっ!」
見たことがないモノとの遭遇に、オレの口から悲鳴がでる。
巨大な花はくねくねと茎をくねらせながら、へたり込んでいるオレへと襲いかかってきた。
(喰われる!)
逃げるか、攻撃するか、防御するか……行動を選択しなければならない。
だが、不意打ちをくらい、恐怖で身がすくんでしまったオレは、ただ、突如出現した毒々しい花を凝視するだけで、なにもできない。
いや、動きたくても、腰が抜けてしまって、立ち上がることができないでいた。
腰が抜けるって、こういう感覚なのだと、妙なところで納得してしまう。
とにかくもう……びっくりしすぎて、自分が魔法を使えることも、自分が世界最強の魔王だったことも失念してしまっていたよ。
(オレは異世界で、花に喰われて死ぬのか!)
大きく開かれた、巨大花の口を眺めながら、オレの脳裏に様々なことが、走馬灯のようによぎった。
いきなり現れた凶悪なフォルムの花が怖いというよりも、自分の死因が『花に喰われた』になることの恐怖と恥ずかしさに、オレはガクガクと震えた。
(勇者レイナ! 不甲斐ない魔王でゴメン! 許せ!)
魔王を倒しそこなって、呆然としているであろう、三十六番目の勇者に、心の中で詫びを入れる。
女神ミスティアナが、ちゃんと三十六番目の勇者のフォローをしてくれるのか……若干不安は残るが、全ての事後処理は女神に託すしかない。
いや、やっぱり……ものすごく不安だ。
あの女神に託すことなんてできない!
ポンコツ女神ミスティアナだけに、勇者を任せるのは心配だ。
オレの手厚いフォローなくして、勇者は元の世界に戻ることはできないだろう。
このままでは、死ぬに死ねない。
(異世界で、花に食べられて死ぬなんて、嫌だ――!)
***********
お読みいただきありがとうございます。
フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。
***********
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます