第5章−1 異世界のセキュリティは優秀です(1)

 オレはガラス張りの天井を見上げる。

 エルドリア王太子がオレの視線の先を追うように、天井を見上げたのが気配で伝わってくる。


 空は濃い闇色に染まり、星がキラキラと光りを放っている。


 確か、オレが風呂に入っていたとき、空はもっと薄い色……青色だったはずだ。


 時間によって、空の色が変わる……。


 明日はもっと、しっかり空を見て、この世界の空の色を観察してみたい。


 オレの方にしてみれば、空の色が昼の色から夜の色に変わる、こっちの世界の方が不思議な場所だ。


 勇者たちがいた世界もまた、ここと同じで、昼夜の区別がはっきりとしているらしい。


 召喚された直後は勇者たちも、ず――っと昼、な状態にとまどっていたなぁと思い出す。


 ニンゲンは『昼の世界』が担当だ。


 『昼の世界』にいるニンゲンたちは、見解の相違からか、ひとりの統治者を定めることができないようで、いくつもの国があり、いくつもの長が王を名乗っていた。


 『昼の世界』に国が十あろうが、百あろうが、『夜の世界』は一貫して、王はひとり、国はひとつである。


 『昼の世界』に比べて、居住可能な土地が少なく、この環境で生きていける種族が少ないから、ひとつになるのだろう。


 まあ、ニンゲンには『ず――っと夜』のように見えているようだが、夜の空も微妙に違う。月と星の動きで、昼夜の区別をつけてオレたちは生活している。


 便宜上、活動時間と休眠時間というものを設定しているが、まあ、みんな、オレを魔王様と敬いながらも、好き勝手に生きている。

 あいつらは今、どうしているのだろうか。

 とにもかくにも、自由気ままに生きる種族が多いなか、それを調整し、まとめあげる部下の生存が不確かだったのが気になってしかたがない。

 あいつ……あまり幸運度は高くなかったからなぁと、ここで心配してもはじまらないのだが、やはり心配なものは心配である。


 オレが戻ってくるまで仲良くしておいてほしいな、と夜空に向かって心の中で呟いていた。


 異世界に来てまだ半日しかたっていない。

 エルドリア王太子やリニー少年にはよくしてもらっているが、気持ちが落ち着けば落ち着くほど、元いた世界が恋しいと感じてしまう。


 ちょっとウザいけど、なにかと心配してくれる女神ミスティアナや、三十六人目の勇者レイナが、オレが異世界に喚ばれてどうなったのか、とても気になる。


 自分の国から外にでたことがないオレは、早くも、ホームシックとかいうものにかかってしまったようだ。


 きっと、見上げた空の色が、オレの治めている国の色と同じ色になったからだろう。


 オレは自分の国からはめったに出たことがなかった。国境近辺をウロウロする程度で、本格的な遠出は今回のこれが初めてである。

 初めての遠出でいきなり、異世界とは……極端すぎる。


 ****


「マオ?」


 急に黙り込んでしまったオレを、エルドリア王太子は心配そうに覗き込んでくる。


 吸い込まれそうな翠の瞳に見つめられ、わけもわからず、オレの心臓が跳ね上がった。ものすごく甘くて優しい眼差しに、胸がドキドキして苦しい。


 くらくらするのは、花の香りのせいなのだろうか……。


 穴があくほどルドリア王太子に見つめられ、気恥ずかしいというか、いたたまれなくなる。

 オレは王太子の手を振りほどいて、温室の中をウロウロと歩き回った。


 室内着という名の『花嫁が初夜に着るもの』の裾が歩くたびに、ふわりと広がり、花のように広がる。


 それがなんとなく面白く、滑稽だった。


 温室の花がとても美しくて、珍しくて……色鮮やかな世界に、オレの鼓動が高鳴る。

 花を求めて歩くオレの足取りは、自然と軽やかなものになっていく。


 ドリアはオレの少し後ろの位置をキープしつつ、番犬のように黙ってついてきていた。


 そして、オレが足をとめ、見惚れている花を見つけると、その花の名前や由来を丁寧に教えてくれたりもする。


 観賞用の花ばかりかと思っていたら、薬草にもなる植物もあり、こちらの世界の豊かさにオレはとても驚いた。


 パンツは薄いけどな……。





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