第4章−3 異世界のパンツは薄いです(3)

 リニー少年が、慣れた手つきで、空だったグラスにワインを注いでいく。

 ホント、びっくりするくらい優秀で、よくできた子どもだ。


 食事を運んできたメイドたちは、すでに退散していた。

 部屋にはオレとエルドリア王太子に、給仕をしているリニー少年の三人だけとなっている。

 とても静かだった。


 うら若い女性たちに、この姿を晒し続けるという事態にならなかったのが、唯一の救いだろう。


「こちらの世界では、食事前に乾杯などするのだろうか?」

「ええ。マオ様、このように」


 そう言いながら、エルドリア王太子はグラスを目の前に掲げ上げる。


「このひと時に乾杯」

「……このひと時に乾杯」


 オレも同じ言葉を繰り返し言ってみる。


 エルドリア王太子はにっこりと微笑むと、グラスに軽く口をつける。


 ……飲み干す必要はないようだ。


 そうして、異世界召喚されて最初のお食事体験となったのである。

 

 オレとエルドリア王太子は軽く談笑しながら、豪華な食事をとる。

 リニー少年は、給仕として壁際に控え、存在を消している。

 

 味も盛り付けも悪くないね。

 ワインも芳醇で豊かな味わいだった。


 しかし、カトラリーの種類が、オレのいた世界の倍くらいあるのには驚いたよ。

 一回の食事に、これを全部使うのかとおもうと、少しばかりげんなりする。


 オレはエルドリア王太子の作法を観察しながら、それを真似るようにして、カトラリーを選んでいき、食事をつづける。


 元の世界のとある地域では、上流階級の作法として、皿を空にするのは浅ましく恥ずかしいとされていた。一口、二口分くらい残すというのがマナーとなっている。


 その残りを下男、下女が頂くという、富めるものが、貧しい者に分け与えるというのが、もともとの発端だったとか。


 こちらの世界では、そういうものはないらしい。


 むしろ、残してしまったらシェフの首がどうかなりそうなので、オレはがんばって完食をめざす。


 オレは食事を必要としない体質だが、味覚はしっかりとあるので、味を楽しむということはできる。


 食べなくても生きていけるし、逆に食べたからって死んでしまうわけでもない。


 食事をすることで円滑な関係を築けるのなら、会食も悪いことではない。


 しばらくすると、エルドリア王太子がオレの意図を察したのか、途中からさらにゆっくりとした仕草とペースでカトラリーを扱うようになっていた。


 やはり、異世界というだけあって、若干、元いた世界と礼儀作法に違いがある。


 あと、二、三回、エルドリア王太子の所作をコピーすれば、会食のマナーはマスターするだろう。


 晩餐には問題なく出席できるようになるはずだ。

 もちろん、招待されれば、の話ではあったが。


 気はあまりすすまないが、王族との接点がエルドリア王太子だけ、というのもまずいのではないかと思う。


 オレの意向も確認せずに、勝手に召喚されたことには腹が立っているよ。

 腹が立つとはいえ、いきなり敵意むき出しで、真っ向対立をすることもないだろうけどね。


 無駄で無意味な争いは疲弊するだけなので、できれば避けたい。

 だからといって、必要以上に仲良くするのにもためらいがあるんだよ。

 王家との関わり方を決めるためにも、一刻も早く、なるたけ正確で、客観的なこの世界の情報を手に入れたいものだ。





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