第3章−5 異世界の風呂はサイコーです(5)
はりきりすぎている小姓に少しばかり不吉な影を感じ取っていたが、風呂に入ったとたん、そんなことはオレの頭からすぱっと抜け落ちてしまった。
オレは来たくてこの世界にやって来たわけではない。
ここのやつらが、オレを無理矢理連れてきたんだ。
そう、無理矢理だ!
だったら、少しくらい、歓待を満喫してもいいだろう。
風呂でのんびりしてもバチは当たらないだろう。
これから先のことはよくわからないが、魔王討伐とかやらされる可能性は高い。
だって、オレのいた世界では、召喚された勇者が全員、ひとり残らず、オレを討伐したんだ。
あ、いや、三十六番目の勇者とは現在保留中であったことを思い出す。
(三十六番目の勇者は大丈夫だろうか?)
湯船に浮かぶ色とりどりの薔薇の花びらを手ですくいながら、オレは対峙した勇者の顔を思い出す。
勇者と魔王は対決する運命とはいえ、あそこまで敵意をむきだしにされると、経験者であっても、ちょっと傷つく。
たしか、名前はレイナだったか……。
たぶん、レイナは魔王城の謁見の間に取り残されたと思う。
チョロインたちは……若干一名、重症を負わせてしまったが、聖女が無事なら、なんとかなるだろう。
レイナはオレのすぐそばにいた。その影響で、下手に召喚に巻き込まれ、変な場所に転移していなければよいのだが……。
こればっかりは、オレにもどうしようもない。
女神の領分だ。
勇者はたいてい幸運度もチートだから、それに期待するしかないだろう。
無事に元の世界に帰れたらいいんだけどな……。
(オレも帰りたいけどな……)
元の世界に戻るためには、かなりの確率で、魔王討伐をすることになるのだろう。
ならば、こっちもしっかり、したたかにならねば。依頼料くらいは回収しておかないといけないよね。
ニホン、トーキョーの異世界文化でないことは残念だが、少しくらい異世界を満喫してもいいだろう。
オレのいた世界にはなくて、導入できるモノや仕組みが、こちらの世界にはあるかもしれない。
****
一度、ハラを括ると、オレはとことんやるタイプなんだよ。
手始めに薔薇の香りがする入浴を満喫する。
オレが統治する国では、このようなよい香りのする花は咲かない。
そもそも、花が咲くということすら稀なんだ。
これだけでも、贅沢な、よい体験だった。
「お湯加減はいかがですか?」
「うん。ばっちり。熱くもなく、温くもなく。めっちゃ、きもちいぃ――」
リラックスしきったオレの返答に、小姓は「それはようございました」と述べる。
オレがくつろいでるのを、心から喜んでくれているのが伝わってくる。
「勇者様、それでは、御髪の方をお洗いいたしますね」
リニー少年は和やかに言いながら、小瓶からトロッとした液体を取り出し、コショコショと泡立て始める。
湯船に垂らされた薔薇のオイルと混ざって、とてもいい香りがした。
(元の世界のことはいったん、忘れよう……)
しばらくすると、オレの頭はアワアワ状態になる。
リニー少年の小さな手による頭皮マッサージも気持ちいい。
魔王のオレが人型だから、能力のある魔族はこぞって、人型になりたがった。
だが、見た目だけは、人型になれても、ヒトのプニプニ柔らかボディまでは再現できたヤツは少ない。
だから、メイドにマッサージしてもらっても、ゴツゴツした手であったり、鱗とかの感触があったりとかで……心からリラックスすることはできなかったんだ。
メイドに罪はないから、黙って我慢してたんだけどね、あれは、けっこう、痛かったな……。
だが、リニー少年の手はとても滑らかで、プニプニしていて柔らかい。
このままずっとプニプニを満喫いていたい……。
あまりの気持ちよさに、オレは満足そうな笑みを浮かべ、うっとりと目を閉じた。
「勇者様の御髪は、サラサラしていて、とても柔らかいですね。触っていて、とても気持ちがいいです」
「うん……。だろ? よく言われてたんだよ」
蕩けるようなマッサージでふにゃふにゃになりながら、オレはリニー少年の声に答える。
意識がぼんやりとしてきた。
……オマエの髪って、サラサラしていて、とても柔らかいな。触っていて、とても気持ちがいいよ……。
ふと、懐かしい声が聞こえた。
この声は誰だったかな?
遠い昔に何度も何度も囁かれた、懐かしい声だ……。
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