第3章−3 異世界の風呂はサイコーです(3)
さきほど応接室でお茶を頂いたので、喉は渇いていない。
というか、そもそもオレには生物としての飲食は必要ない。
くどいようだが、魔素があれば、十分、生きていける。
こちらの魔素も元いた世界の魔素も同質のものだから、オレの死因に餓死という項目はない。
そもそも、魔素フル充電オーバー状態で召喚されたので、無茶苦茶なことさえしなければ、向こう百年くらいは、魔素の摂取自体、必要なさそうだ。
なので、とりあえず、小姓のススメもあったので、オレは風呂に入ることにした。
まあ、思考を切り替えるには、入浴は理にかなっているだろうね。
断る理由も見つからず、オレは素直に小姓の言いなりになる。
オレが案内された浴室は、大浴場ではなく、部屋に備え付けられているタイプのものだった。
浴室もものすごく豪華で、なぜか、前面はガラス張りになっている。
ガラスの先は温室になっているのか、色とりどりの花々が咲き誇っている景色が広がっていた。
入浴だけではなく、くつろげるスペースも設けられており、寝台やらリラックスできるソファ、テーブルセットなどが配置されており、とても贅沢な空間になっていた。
ひとり用にしては、若干、バスタブが大きいような気もしたが……。
こちらの世界のヒトたちは巨漢が多いのだろうか?
風呂の中には薔薇のオイルが垂らされ、ご丁寧にも花びらまで浮かべられていた。
「あ――っ。きもち――ぃっ」
いい香りのする湯につかり、オレは大きく伸びをする。
このままお湯の中に溶けてしまいそうなくらい、気持ちがよかった。
異世界の入浴剤すごすぎる……。
オレはゆっくりと湯に身をゆだねながら、勇者が魔王城近辺に現れたという緊急情報が入ってから、勇者が謁見の間にやってくるまでのこの三日間、準備と興奮のため、寝ていなかったことを思い出す。
そして、勇者を出迎えるために、正装していたのだが、この衣装がけっこう……堅苦しくて、重い。
装飾品まで含めると、なかなかの重さになる。
で、追い打ちをかけるように、見知らぬ異世界に召喚されてしまった。
オレが思っていた以上に、緊張して、疲れていたようである。
「ゔ――っっ。ごくらくぅ――っっ」
オレの奇妙なうめき声に、小姓はクスクスと可愛らしい笑い声を漏らす。
愛くるしい少年に見守られながら、オレはのんびりと湯に浸かっていた。
****
少しだけ時間は戻る。
入浴前……。
脱衣所でリニー少年が、入浴の介添えをすると申し出たとき、オレは「ひとりでやってみたいんだ」と言って、彼の手助けをやんわりと断った。
オレは魔王だから、召使いに囲まれての生活は当然だったのだが……。
近づくことを許していたのは、気心が知れた、いわゆる素性がはっきりとした者だけだった。
なので、魔王であっても、異世界の、しかも初対面の相手に、素肌を晒すのには抵抗があった。
いや、魔王であるからこそ、こういうことに関しては貞淑でありたい。
それについてはリニー少年も理解してくれたようで、お役に立てないようでしたら、処分どうのこうの……という話にはならなかった。
安心した……。
だが、脱衣所に入り、己の姿を大きな鏡で見た瞬間、オレは自分の敗北を悟ってしまった。
「リニーくん……」
「はい? 勇者様、なんでしょうか?」
脱衣所からすぐにでてきたオレを、リニー少年は不思議そうに眺める。
「じつは……」
そこまで言いかけて、オレは口を閉じる。
恥ずかしくて、なかなか次の言葉がでてこない。
「はい?」
「この服……ひとりじゃ脱げないやつだった」
「…………」
リニー少年は黙ってオレの顔を見ている。
沈黙がいたたまれない。
「……わかりました。入浴のお世話をいたしますね」
「すまないが……よろしく頼む……」
こうして、オレはあっさりと、リニー少年を受け入れてしまったのである。
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