第2章−6 異世界の応接室は緊張します(6)

 応接室の空気が凍った。


(やってしまった……)


 みんながみんな、哀れなものを見るような目で、オレを見つめている。


 そういう目で見てほしくてこんな説明をしたわけじゃないんだが……。

 居心地は悪い。

 でも、討伐されるには討伐される理由がなくては、魔王などやってられないだろう。


 大神官長のおじいちゃんは、オレが見てられないほどへこんでる。

 心労でぽっくり逝ってしまわないか、とても心配だ。


「ということは……我々は、その……三十六回目のその……儀式……の最中に、魔王様をこちらにお招きしてしまった……というわけでしょうか?」


「そういうことだ」


 さすが、頭の切れる宰相だ。『儀式』とは、なかなか粋な表現である。


 ちなみに、オレは『勇者を接待中』という表現を使った。


「それで……魔王様が……ご不在……になりますと、あちらの世界は……どうなるのでしょうか?」


 一同を代表して、宰相が質問する。


「さぁ……?」


 投げやりなオレの口調に、宰相は眉を顰めた。


 正直なところ、あちらの世界から、オレが消えてしまったことにより、あちらの世界にどのような影響がでるのか……。


 オレにもわからない。


 わからないが、こうなるんじゃないだろうか……という予測はできる。


 魔素の毒素化が進行して、世界は荒れるだろうな。


 もしかしたら、働き者の女神ミスティアナがなにか代替策をたてるかもしれない。


 あの女神は、こちらの……至高神アナスティミアと違って、おせっかい……いや、サポートばっちり、マメな存在だからね。


 魔素を消費できる者が不在で、そのままなにもしなければ、オレのいた世界は遅かれ早かれ滅びることになるだろうね。


 自分の世界を救うために、異世界から救世主を召喚したら、救世主の帰るべき世界を滅ぼしてしまいました……って、なんか、歴代の勇者たちの愛読書にありそうなタイトルだ。


 だが、それ以上に、オレが返事を誤魔化したのは、オレを握っているエルドリア王太子の手が、ふるふると小刻みに震えていたからだ。


「……というわけだから、理由もなく……ではなく、理由が不明確な状態では、オレは魔王討伐はやらない」


 エルドリア王太子がどう思っていようが、オレははっきりと宣言する。

 オレが勇者かどうかは些細なことだよ。

 認めたくはないけどね。


 大事なのは、理由もわからず、ただ、召喚者の言いなりになって、盲目的に行動することだ。


「では、魔王討伐理由が明確になれば、勇者様は、わたしたちを助けて頂けるのですね?」


 真剣な表情で、エルドリア王太子はオレに迫ってくる。


「……状況次第によっては……だな」


 曇りのない純粋な視線に耐えかねて、オレは思わず目をそらした。


 オレのは詭弁。問題の先送りともいえる。


 なぜなら、「はい。喜んで」と、すぐさま魔王討伐に出立できるほど、オレの思考は単純でも素直でもない。


 なんっていたって、三十五回も勇者に討伐されているんだ。


 正直、討伐されるときは、叫び声をあげるくらい、ものすごく痛い……。

 今度こそ、本当に死ぬんじゃないかってくらい、痛いんだよ。


 そこまでのことを知らない相手の勇者は、オレを殺すつもりで挑んでくるんだ。痛くて当然だ。


 でもまあ、この頃、ちょっと、その痛さが……いい感じに思えるようになってきて……慣れって怖いよね。


 でも、オレには討伐される理由もあったし、復活可能なスキルを所持している。オレにしかできないことを、オレはやっているんだよ。


 それに、勇者に討伐されたら討伐されたで、相応のオイシイ見返りがあるからね。


 だからこそ、オレはその役目を甘んじて受けることができるんだよ。


 ……であるから、理由もはっきりわからないまま討伐されるのは、同じ魔王として気の毒なんだ。


「王太子殿下。突然の召喚に勇者様もお疲れでしょう。混乱もされているようです。まずは、勇者様にはゆっくりとお休みになって頂いて、心身ともに落ち着いていただきましょう。詳しい話は後日……ということでいかがでしょうか?」


 宰相の発言は、確認という形をとっているようだが、これは決定事項だ。


 このどんよりとした空気のままでは、まとまる話もまとまらない、と宰相さんは判断したようだ。


 勇者召喚の責任者だと王太子は名乗ったが、それはあくまでもお飾りでしかないようだ。


 実際の権限、決定権は宰相にあるようである。宰相さんは、王太子のお目付け役といったところかな?

 

 エルドリア王太子は、宰相の提案に素直に頷く。


「そうですね。コトを急ぎすぎたようです。勇者様のお部屋をご用意させていますので、まずはそちらでゆっくりとお休みください」


 ご案内いたします、と声をかけながら、エルドリア王太子が、なめらかな動作で立ち上がった。




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お読みいただきありがとうございます。

これにて第2章終了です。

王太子殿下、ぜんぜんヒトの話を聞かない困ったちゃんですね?

あなたのパートナーはちゃんとあなたの話を聞いてくれますか?

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

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