第2章−2 異世界の応接室は緊張します(2)

 オレは黙ったまま、四人がお茶を愉しむ様子を観察していた。


 身分が低い者から順番に、時間差で菓子と紅茶に手をつけたのは、こちらの世界のマナーのようである。


 いわゆる、アレだ。


 毒味……。


 王太子にか、オレにかはわからないが、目の前のものは、口にしても大丈夫ですよと命を張ってアピールしているのだ。


 わきあいあいとした、和やかなティータイムとは言い難い。


 ワイルドな騎士団長の顔は、厳しいまま。

 大神官長のおじいちゃんは、ソワソワと落ち着きがない。

 いかにもやり手な宰相は、今にもオレを断罪しそうな勢いでこちらを睨んでいる。


「勇者様は……お気に召しませんか?」

「いや……」


 オレはあいまいな笑みを口元に浮かべた。

 異世界の見慣れない食べ物だぞ。

 そんなものをほいほいと口にするような図太い神経を、オレは持ち合わせてはいない。

 枕が変わったら、眠れないくらい繊細なんだよ……。


 それに、異世界の食べ物を口にしたら、元の世界に帰れなくなるパターンもあるからね。


 ここは慎重に対応すべきシーンだと思うんだ。


 そもそも、オレに食事は必要ない。

 空気中に含まれている魔素を体内に取り入れることによって、生存のためのエネルギーはまかなえる。

 食事を摂らないと飢えて死ぬニンゲンとは、こういうところが違うのだ。


 この世界にも魔素はあるし、元の世界で、限界のぱっつんぱっつんまで魔素を取り込んでいたので、当分の間は、魔素を摂取しなくても生きていける。


 ……ということをコイツラに説明してやる義理はオレにない。


「……困りましたね」


 宰相が大きなため息をつく。

 わざとらしい。演技しているのがもろわかりなため息だ。


「困りました。勇者様のお口に合わない菓子と茶を用意したシェフとメイドは、処分いたしましょう……」

「そうだな。そのようにしろ。そして、新たな菓子と茶の準備を……」


 宰相の意見に、エルドリア王太子が大きくうなずく。

 騎士団長と大神官長は無反応。


(な、なんだって――!)


 オレはソファの上で、飛び上がるほど驚いていた。


「ちょ、ちょ、ちょっと、宰相さん!」

「はい? 勇者様? いかがいたしましたか?」


 宰相の反応が白々しい。

 が、そんなことを気にしている場合ではない。


「い、今、しょ、処分とか? なんとか言って……たよね?」

「はい」


 ゆっくりとにこやかにうなずく宰相さん。目が全くにこやかじゃないから怖い。

 それだけでも怖いのに、さらに真顔で、オレの方をじっと見つめてくる。


「勇者様の機嫌をそこなうことは、すなわち、世界の危機。勇者様のお口に合わないモノを用意したシェフとメイドは、我ら、いえ、世界の敵となる人物です。処分いたすのが、最適かと……」

「ちょっと! 待て! なんだ、そのわけのわからん論法は! 処分は待て! そんな、短絡的な思考はダメだからな!」


 慌ててオレは菓子を口の中に入れ、紅茶を飲み込む。

 紅茶はちょっと熱くて舌を火傷したが、そんなそぶりは全くみせない。

 熱い紅茶を用意したメイドは処分となっても困る!


 オレの所為で、シェフとメイドが処分されるなんて……寝覚めが悪い。あまりにも悪すぎる!


 処分にも色々な意味がある。

 クビ……解雇なのか、本当に、首が胴から離れるのか……どちらかはわからないけど、どちらであっても、恨んで化けて出てこられたら困るからね!

 菓子はほろりと口のなかで溶け、甘く広がる。どうやら、色によって味が違うようだ。

 甘かったり、甘酸っぱかったり、果物の味がしたりと……なかなかに面白い。


 紅茶はすっきりとした味わいで、とても香り高いものだった。洗練された味がする。


 どちらも素晴らしい。

 はい。素晴らしく優秀なシェフとメイドです!


 エルドリア王太子はそんなオレの姿を見て、嬉しそうに笑っている。


「さすがは勇者様です。慈悲のお心をお持ちですね」


 美形な宰相がニヤリと笑う。


(おのれ……)


 魔王のオレよりも、ずっと悪者っぽい笑みだ。


 コイツはチョロいと思われたに違いない。


 それにしても、慈悲もなにも……。

 オレが持っているのは常識だ!

 宰相に慈悲がないだけだ!


 菓子や紅茶を口にしなかったからって、簡単にヒトを処分したらダメだろう。


 それにあっさりと同意してしまう王太子も王太子だ!

 異世界、怖すぎるぞ!


「……まずは、なにからお話しましょうか?」


 菓子の量が半分くらいに減り、全員が落ち着いた頃を見計らって、王太子がオレに語りかける。


「いや。それよりも、なによりも、話を始める前に、まずは、この手をだな……」

「実は、五年ほど前に、魔王が誕生した兆しが……」


 いきなり話を始めるエルドリア王太子。


(おい、オレの言葉はスルーかよ!)




***********

お読みいただきありがとうございます。

フォローや励ましのコメント、お星様など、お気軽にいただけますと幸いです。

***********

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る