第1章−7 異世界の勇者は魔王です(7)

「……? ニホン? トーキョー? そのような場所に心当たりはございません」

「…………」

「勇者様、ここはリュールシュタイン王国の王城にある儀式の間です」


 オレの過剰反応に若干とまどいながらも、エルドリア王太子は、笑みを崩さない。


 で、なぜか、手も握ったままだ。


 オレが逃げ出すとでも思ったのか、さらに指を絡めるように強く握られてしまう。

 これはちょっと……困ったことになったよね?


「勇者様、落ち着いてください。よろしければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 跪いたまま、手はオレの手に絡めたまま、エルドリア王太子はオレの名前を聞いてくる。


「いや、だから、オレは魔王だっていうの!」


「……ま、マオ・ウ様ですね。素晴らしいお名前ですね」


 再びにっこりと笑われるが、違う!

 わざとなのか?


「違う、オレは魔王だ! マ・オ・ウ!」


「マオ・ウゥゥ……様ですか?」


 エルドリア王太子は、こてり、と首を傾ける。

 ……わざとではなさそうだ。


 その仕草が、意外にもあどけなく目に映って、なんだか……胸のあたりがキュンとくる。


(な、なんだ? この『キュン』っていうのは……)


 さきほどから心臓がバクバクとうるさい。困った……。


 気づけは、オレの手はエルドリア王太子の胸に引き寄せられている。

 オレを引き寄せるだけでなく、自分の方からも、ぐいぐいオレに近寄ってくる。


(な、なんなんだ? この王太子は!)


 オレは焦って身を引くが、後退したぶん、王太子がオレのほうににじり寄ってくる。


(近い! 近い! これ以上、近寄るな!)


 王太子のパーソナルスペースって、どうなってんだ!


「違う! 何度言ったらわかるんだ! オレは勇者じゃなくて、勇者に倒される魔王なんだよ!」


 じりじりと距離を寄せてくる王太子を懸命に押しのけながら、オレは叫ぶ。


 まさか、異世界ということで、オレの言葉が通じていないってことはないだろう。


「御冗談を。勇者様」


 あ、ちゃんと言葉が通じている。

 よかった……。

 いや、安心するのはそこじゃない。


「こんなときに、冗談なんか言ってられるか! オレは魔王だ! オレの勇者はどこだ!」


 まだ接待の途中……いや、接待は始まったばかりなのだ。


 勇者放置なんて、ありえない。


「なにをおっしゃっているのですか? マオ様が勇者です。マオ様は魔王などではありません。女神の加護を受け、世界を救ってくださる勇者様が、マオ様です」


「女神って、ミスティアナか!」


 オレは、悲鳴に近い叫び声をあげていた。


 舌をだして、「テへっ」とかなんとか言いながら、コツンと拳骨を額に当てている女神が脳裏に浮かんだ。


(あの……ポンコツ女神がっ!)


 心のなかで吠えまくる。


 今回は……えらく手の込んだことをしてくれたもんだ。


 今にはじまったことではないが、ミスティアナは何を考えているのか……よくわからない。


 いや、確か、そのときの流行を追っているとか言っていたか……。


 ただ、枕が変わっただけで眠れなくなる、デリケートなオレとしては、毎回、毎回、変わり種をぶっこんでくる女神様には、正直なところ辟易している。


 特にヘーセー勇者は悲惨である。


 リーマンとか、一度死んで転生した勇者とか、精神年齢が高い勇者が混じるようになってきた。


 見た目は子どもだけど、中身はオッサンはまだいい。許せる。


 だが、勇者だと思って丁寧に対応したら、そいつはクズ――ハズレ――で、一緒に召喚されたダークホースに、後ろからサクッとされるのだけは勘弁してほしい展開だった。


 アレは消化不良で、全くもって不愉快極まりない。


 ヘーセー勇者はオレの予測の斜め上ばかりをいってくれて、対応に困る。

 オレだけでなく、選んだ女神自身が、勇者に翻弄されてるんだから、呆れ果てる。


 勇者設定は変わったものをチョイスしてくるが、不思議なことに展開はほぼテンプレ通りだ。


 まあ、ゴールが『魔王であるオレを倒す』というのが変わらない限り、テンプレ展開が続くのだろう。


 テンプレ展開に飽きているといったのは、オレだ。


 刺激が欲しいと言ったのもオレだ。


 だが、ここまで捻くれた展開にしてくれ、とは頼んでいない。

 なんか、仕事が雑すぎないか?


(オレが対処しきれないようなことをやらかしてくれて、どうするんだ!)


 オレが欲しいのは、あくまでも『刺激』なのだ。


 トラブルを増やせとは、ひとことも言ってない。


 これが、ミスティアナのいう『刺激』なのか! 『アバンチュール』なのか!


「ミ、ミス……ティア……ナ様? という女神様は存じ上げません。我が国を導き給う女神様は、至高神アナスティミア様です」


(誰ソレ……)


 そんな女神、オレは知らない……。


 ****


「マオ様は突然の勇者召喚に戸惑われていらっしゃるご様子ですね」


「そ、そ。そのようですなぁ……」


 エルドリア王太子が後ろを向き、長いひげを生やした神官風のおじいちゃんに語りかける。


(オイコラ! オレの話を聞け!)


 っていうか、オレの呼び名は、マオ様確定なのか!


 それに、いつまで王太子はオレの手を握っているつもりなんだ!


 ご高齢な神官のおじいちゃんの手には、杖代わりの錫杖なのか、錫杖代わりの杖なのか……が握られている。


 手が震えているようで、錫杖の先端の飾りがふるふると小刻みに揺れている。


 チョロイン聖女が手にしていた杖とよく似ているが、注意してみると微妙に違うデザインの杖だ。


 おじいちゃんはシワシワのヨボヨボで、生きているのが奇跡のようだった。


 勇者召喚よりも、このおじいちゃんがこうして生きていることの方が、奇跡ではなかろうか。


 この部屋の中に老人は他にもいたが、このおじいちゃんが最高齢だろう。


 ちょっと突いたら、ぽっくりと逝ってしまいそうである。


 取り扱い注意だ。


 きっと、このおじいちゃん神官が、主軸となって、この魔法陣を発動させたのだろう。

 おじいちゃんの気配と、魔法陣に残っている魔力の気配が一致する。


 きっと、この魔法陣を発動させるために、寿命を削り……かなりの無理をしたに違いない。


 なのに、やって来たのは勇者じゃなくて、勇者に倒される宿命の魔王とは……魔王のオレでも同情してしまう。


 このおじいちゃんは、というか、王太子以外の人々は、勇者召喚が失敗したのでは? と思い始めているようだった。


 オレを見る沢山の目が、期待のこもったキラキラしたものから、不審人物を眺めるような冷ややかなものにかわりつつある。


 その不穏な空気が漂うなか、王太子はゆっくりと立ち上がった。


 目がくらむほどの、眩しいまでの微笑みをオレに向ける。


「いつまでもここで話し込んでいてもしかたがありません。マオ様、どうぞこちらへ」


 王太子が動き出す。


 と、人垣がざっと左右に別れ、部屋の出入り口までの道ができあがる。


「…………」

「さ、マオ様、こちらですよ」


 王太子に握られた手を引っ張られる形で、オレはなすがなされるままに、ずるずるとひきずられていく。


 柔らかな笑みと言葉に反して、なかなか強引な王太子様である。


 かくして、オレは、異世界から召喚された勇者との対決途中で、異世界に召喚され、異世界の王太子に拉致されることとなったのである。



**************

これにて第1章終了です。

魔王様、ようやく王太子殿下とお会いできました。

ここまでは1話ごとの文字数が多かった……と反省しました。

2章からはみじかめにいきます。


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