第1章−6 異世界の勇者は魔王です(6)

 予告も予兆もなく、突然現れた謎の魔法陣。


 魔法陣のあまりの眩しさに、勇者との『接客中』にもかかわらず、オレは不覚にも目を閉じてしまった。


 それは一瞬。


 ……エロフな魔法使いが唱えていたのは、氷撃の最高位呪文だったはずで、光の柱が出現するものではない。


 聖女が唱えた呪文でもなかった。


 身体に痛みはない。目くらましにしては派手すぎる呪文だ。


 三十五人の勇者に倒された経歴をもつオレでも知らない魔法だった……。


 勇者の攻撃を受け止めるために、オレは思い切って目を開ける。


「…………?」


 光は消えていた。


 消えている。


 オレの頭の中が、疑問符でいっぱいになった。


(勇者が消えた……?)


 勇者はいない。


 視覚的な意味だけではない。


 勇者の存在自体、感じることができなくなっていた。

 呆然と、オレはその場に立ち尽くす。


(オレの勇者が消えただと!)


 そのかわりとでもいうように、騎士や貴族、魔術師……いや、神官っぽい服装をした老若男女が、オレの目の前にわらわらといた。


(なんだ……これは?)

(いや……なんだここは?)

(オレの謁見の間はどこにいった!)


 状況が情報として次々と流れ込んでくると同時に、疑問と違和感が、オレの中をいっぱいにしていく。


(お……オレの勇者はどこにいった! どこだ、オレの勇者は!)


 慌てて周囲を見渡すが……やっぱりいない。

 そういえば、勇者のオプションたちもいない。

 興味がなかったから、今まで気がつかなかった。


 おあずけをくらった不満……というより、半身をもぎ取られたような不安が、じわじわとオレの心の中を侵食していく。


 オレは幻術でも見せられているのだろうか?

 だとしたら、なんとも、無意味な幻術だ。

 意図がわからない。


 ここは……どこからどう見ても、謁見の間ではなかった。


 目眩がした。

 その場にしゃがみこみたいのを、オレは懸命にこらえる。


 狭い……石造りの小部屋に、大勢の人間がぎゅうぎゅうに押し込められている。


 密室での密状態だ。


 ****


 リーマンだった勇者の記憶にあった、『電車の中』によく似ているくらいの混み具合だ。『通勤ラッシュ』ほどではない。


 オレの足元には、染料の原料は不明だが、使用済みとなった謎の魔法陣がある。


 わずかではあったが、そこから魔力の残滓を感じることができた。


 コレにオレの魔力を流して再稼働したらどうなるのか……。ふと、思いついてしまった。


 少し考えてみるが、魔王城の謁見の間に戻る……確率はかなり低い。という結論に達した。


 魔法陣を読み解くと、どうも、不完全な部分がある。

 なんとなく、いくつかの要因が、偶発的にかさなって発動成功したっぽいんだよな……。


 むしろ、この魔法陣だけを発動させると、事態はさらに悪化しそうな予感がしたので、そういう危険行為はやめておこう。


 オレは慎重派なので、そのような冒険はしたくない。


 とりあえず、魔法陣の形状だけは覚えた。

 魔法陣を稼働させる呪文がわかれば、オレも『光の柱をだして相手に幻術を見せる』ことぐらいはできるようになる……かもしれない。


 小さな部屋の中は、押し殺したざわめきと、興奮に満ちていた。「成功した」とかいう言葉があちこちで囁かれている。


 全員の食い入るような視線が、オレに向いている。


(うわあ……っ)


 大勢のニンゲンに見られたことがないオレは、それだけで狼狽えてしまった。


 見世物になってしまったようで、いたたまれない。


(幻術にしては、妙にリアル……すぎるよな。空気感とか、気配とか……)


 嫌な予感がする。


 そして、こういうときの予感って、必ず当たるものなのだ。


 固まった状態のまま、キョロキョロと視線だけを動かしているオレの前に、いきなりひとりの若者が進み出た。

 

 たったそれだけのことで、ざわついていた室内が静寂に包まれる。


 部屋にいる全員が、青年の行動を息を殺して見守っていた。


 キラキラと輝く眩しい金髪。深く、吸い込まれそうな翠の瞳。整った鼻梁。背は高く、手足はすらりと長い。


 武芸を嗜んでいるのか、引き締まった体躯は、鋼のようにしなやかで、程よい厚みがある。無駄な肉は一切ついていない。


 翠の瞳には知性のきらめきが宿っており、何気ないひとつ、ひとつの所作には品があった。


 青年は青いマントを羽織り、腰のベルトには宝玉が散りばめられた細身の剣を吊り下げている。


 纏っている衣装は、白と金を基調とした綺羅びやかなもので、ひと目で高価なものだとわかる。それを引き立てる豪奢な飾緒や宝玉がとても美しい。


 容姿も装いもすごく豪華で眩しいんだが、それだけではない。滲み出ているオーラがあきらかに他の奴らと違っている。


 違うというレベルではなく、抜きん出ているというのだろう。


 『勇者』も存在感のある存在だが、この青年もそれと同等、いや、それ以上の存在感があった。


 オレも思わず心を奪われ、魅入ってしまったほどである。


 こういう奴がオレの側近にいれば、目の保養になって、小難しい政務も、なにかと忙しい日常も少しは楽しくなるかもしれない。


 次に復活するときは、側近の採用条件に容姿も加えようと、オレは密かに誓った。


 目の前の若者は、魔王のオレと並んでも遜色ない出で立ちだった。

 ということは、王族か、それに近しい身分なんだろうね。 


 他のヒトたちの反応を観察するに、この部屋の中では、この金髪の若者が一番偉い存在のようだった。


 若者はオレの眼前まで近づくと、いきなり跪いた。

 そして、すらりとした美しい両手で、オレの右手をすくいあげる。


 美しい顔をあげ、じっと、オレの顔を見ている。

 深い翠色の瞳が、食い入るように、オレを見つめていた。


 オレの全身に、説明し難い衝撃が走った。


 心臓が口から飛び出るかと思ったくらい、びくりと飛び跳ねる。

 胸が苦しいくらいに高鳴っていた。

 勇者と目があったときと同じくらいドキドキしてしまう。


 今日のオレの心拍数は、大変なことになっている。

 

 頭の中がぼ――っとして、若者に触れられている右手が妙に熱い。


 胸が苦しくて、全身に電撃が走ったような痺れがあるのだが、嫌な気持ちはなかった。


 キラキラと眩しい青年は、オレを見つめながらにっこりと極上の微笑みを浮かべた。


 その微笑みは、花が咲き誇るような、可憐で、艶やかなものだった。あまりの眩しさに直視できない。


 コイツは本当に、人間なのか?

 男でこれは……。

 あきらかに反則だろう。


 自分の魅力をわかった上でやっているというのなら、相当なワルに違いない。


「はじめまして。勇者様。我が名は、エルドリア・リュールシュタイン。リュールシュタイン王国の王太子です。病身の父王に代わり、お願い申し上げます。どうか、どうか……勇者様のお力をもって、この世界を魔王の手から救ってください」


 長いセリフを一気に言い切ると、リュールシュタイン王国の王太子は、オレの手にそっと口づけを落とす。


「ふっにぁ…………!」


 い、色々な驚きのため、なんか、変な、悲鳴のような……妙に上ずった声が、オレの口から漏れた。


 しかもなぜか、まだ、エルドリア王太子はオレの手をぎゅっと握ったまま、離そうともしない。


 なにやら、期待の籠もった熱い目で、オレを見上げている。


 鎮まれ! オレの心臓!


「い、い……いや。オレが魔王だけど?」


 乱れる呼吸を落ち着かせながら、なんとか、それだけは言う。


「いえ、あなた様は、我々が女神のお力をお借りして、異世界より召喚した勇者様です」


「へっ? 異世界だとおっ!」


 オレの意識が一気に覚醒する。


「だ、だったら、ココは勇者がいた方の世界か! ニホンかっ! トーキョーかっ! アキバは近いのか!」





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