第1章−5 異世界の勇者は魔王です(5)

 改めて、謁見の間にたどり着いた勇者を、オレは上から目線で見下ろした。


 互いの顔がはっきりとわかるところまで近づいたとはいえ、玉座までには段差があり、戦闘を開始するには、もう少し距離を縮める必要がある。


 勇者はずっと、オレを睨みつづけている。


 視線の鋭さには驚いたけど、基本は可愛い顔なので、慣れてしまえば、大丈夫だ。

 怖くない。怖くない。怖くない……。

 うん、ちっとも怖くない。


 一生懸命、背伸びをして、威嚇して、頑張ろうとしている姿がとても、カワイイ勇者だ。

 ……と、思うようにすれば、ちっとも怖くない。


 こういう頑張っている子には好感が持てる。めいっぱい、応援したくなるし、ネチネチと虐めたくもなる。


 オレは頑張っている子には、とことん弱いのだ。


 この健気な勇者のためにも、魔王としての役割をきっちり、ぬかりなく、つつがなく、務めさせてもらおうではないか……。


 聖女らしき聖職者が、手にしていた錫杖『聖女の杖』を天に掲げ、高らかに宣言する。


「レイナ様に聖なる女神ミスティアナ様の加護を!」


(あ、三十六番目の勇者の名前はレイナというのか……)


 薄暗い謁見の間が、ぺかーっとした光にあふれかえる。

 今回は勇者の名前を調べるヒマすらなかったんだな……と、神々しい光を眺めながら、オレはぼんやりとそんなことを考えていた。


 あの光が女神の加護で、それをまとうことができるのは勇者だけだ。

 その光の力を借りて、勇者は魔王であるオレを討伐することができるのだ。


 それにしても、聖女って、聖職者だよな? 女神様に仕える、聖なる乙女だよな?

 聖職者というわりには、キラキラしたビミョーに露出している……光の加減で肌が透けて見えそうな薄――い衣をまとった、チョロインが、手にしていた『聖女の杖』をさらに高く掲げる。

 聖女の杖は持ち回りらしく、毎回、同じものである。


 ちょ、ちょ……そんなに思いっきりバンザイしたら、色々なところが見えちゃったりするんだけど、大丈夫なのか?

 それに、見て欲しい勇者は、全く聖女の方を見ていないぞ?


 今回の聖女は、王女様と兼任しているのだろうか。

 それとも、平民から見いだされた女の子なのだろうか。


 エロフな魔法使いの……これまたチョロインが、最終魔法を唱え始める。衣装は魔法使いなのに、肌色部分が無意味に多い。

 長めのスカートには、ばっちりスリットがはいっていて、絶妙なぐあいでスラリとした生足がのぞいている。


 魔法使いが唱えているその呪文は、オレには全く効果がない。

 しかし、困ったことに威力だけは無駄にある。


 それが炸裂したら城の修繕が大変になるから、できれば辞めてほしいんだけどなぁ……。

 新調した内装はぐちゃぐちゃになるだろう。


 グラマラスな弓使いが、次々と放つ、魔力を帯びた矢が、飛んでいる虫のように鬱陶しい。

 これまたチョロインだろう。こっちはハーフエルフだ。


 だから、ちょっと、なんでみんな、そんなに露出度が高い装備なんだ?

 寒くないのか?

 恥ずかしくはないのか?


「うおおおおおっ!」


 ビキニアーマーをまとったチョロイン戦士が、最初の一撃とばかりに猛烈な勢いで、オレの元に迫ってくる。


 生傷が絶えない前衛職業なのに、そんなに肌を露出して、どうしようというのだろうか?


(わけがわからない……)


 今回は勇者ひとりに、女性四人という構成だった。

 勇者の旅の仲間としては、最低限ともいえる人数構成だろう。


 少数精鋭というか、旅の途中で増える仲間たち……というイベントもすっとばして、三十六番目の勇者はここまでやってきたにちがいない。


(勇者はそこまで急いで、この討伐を終わらせたかったのか……)


 その理由が少し気になるが、それはまた後でわかるだろう。


 しかし……今回も、女性陣の瞳孔がハートになっている。


 勇者の本命が誰なのか、ということを知るのも、討伐された後の楽しみのひとつである。

 やっぱり、今回も安定の聖女サマなのだろうか?


 雛鳥の刷込み現象よろしく、異世界に召喚されて最初に出会うヒロインは、やっぱり有利だろう。

 ヒロインブーストがかかっているからな。


 ひとりにしぼらず、うやむやのまま、全員と仲良くよろしくやってしまうハーレム勇者も多いんだよな……。


 ハーレムは男のロマンなのだろう。

 オレにはよくわからないけどね……。


 今回の勇者は、オレを倒した後、どういう選択をするのかな?

 今からとても楽しみだね。


 ビキニアーマーの女戦士が、勇ましい声を張りあげながら剣を振りかぶった。


「邪魔だ!」


 魔剣をだすまでもなく、オレは素手で戦士の攻撃を張り倒す。

 インドア派をなめるなよ!

 戦士が勢いよく吹っ飛び、派手な音を立てて、柱にめり込んだ。


 勇者は大事だが、その他大勢は興味ない。というより、オレと勇者の逢瀬を邪魔する鬱陶しいオプションだ。

 ちまちま飛んでくる矢を魔法で丁寧に弾き飛ばしながら、オレは小さく舌打ちする。


 風魔法で一気に振り払いたいところだが、万が一にでも流れ矢が勇者に刺さりでもしたら大変だ。


 おそらく、今回の勇者は、同行者のサポートを鬱陶しく思っているだろう。

 連携が全くできていないし、むしろ、よかれと思ってやっているオレに対する牽制が、勇者の行動を阻む要因になっている。


 正直、聖女の『女神の加護』だけあればいいんだ。


 初期の頃の、勇者対魔王の一騎打ちがなつかしい……。

 あの頃は、邪魔するヤツはだれひとりいなくて、勇者との対決だけに集中できた。


 オレは一瞬だけ、遠くへと意識を飛ばし、昔を懐かしんだ。


「くそっ!」


(勇者くん、カワイイ顔をして、そんな言葉を使っちゃだめだよ……)


 女戦士が負傷したことで、勇者の怒りがさらに強まったようである。

 対魔王用として創造された聖剣を構えた勇者が、猛然と駆け寄ってくる。


 仲間が傷つき、怒りに燃えた瞳がオレに向けられ、勇者の視線と魔王の視線が絡み合う。


 オレにだけ注がれる、強い想いを秘めた強烈な眼差し。


(最高だ……!)


 もう、それだけで、オレは逝ってしまいそうである。


「でやぁ――っ!」


 勇者が飛んだ。


 なんか、掛け声が多い勇者だ。


 勇者補正と、聖女(正確には女神ミスティアナ)の加護が重なり、宙を舞う姿は、翼でも生えているかのように、とても軽やかだ。


 その凛とした美しい姿に、おもわず見惚れてしまう。


 落下の勢いを使い、勇者はオレに剣を突き立てようとする。


 オレが勇者に討伐されることによって、この世界の秩序は保たれる。

 だが、一撃であっさり殺られるのは、味気ない。


 これから数百年の間、オレは肉体を失い、魂の一欠片になって、復活するまでひとりで退屈な時間を過ごすのだ。

 だから、もっと楽しんでから逝きたいものだ。


 今のこの瞬間が楽しくて、自然と笑みが浮かんでくる。


 手を掲げて勇者の剣を振り払おうとした瞬間、いきなり、オレの足元に魔法陣が広がった。


「え……?」


(な、なんだ?)


 魔法陣はオレを中心として、ぐるぐると模様を描きながら広がっていく。


 勇者の驚いたような顔が目に映る。


「な、な、なんだああああっつ!」


 直後、オレは眩しい光の柱に飲み込まれていた。




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