第1章−4 異世界の勇者は魔王です(4)

 早く元の世界に戻りたがっている勇者は、直立不動のまま、オレをじっと見つめている。


(な、なんなんだ!)


 全身から冷や汗が流れ出る。


(なんで、そんなに、睨まれなくちゃいけないんだ!)


 ……大きくてかわいい目をしているのに、目線がキツくて、正直、怖い。

 可愛い子が怒ったら、ものすごく怖い。といういい例だ。


 目ヂカラだけで、弱い魔族なら昇天してしまいそうだ。威圧がハンパない。


 さすがに、オレはそれくらいでは死なないが、いくらオレが魔王だからって、そんなに食い入るように見なくてもいいだろう、と思ってしまう。


 なにやらブツブツと呟いている。呪文だろうか?

 ちょっと、怖すぎる。


 オレがなにか……勇者個人から恨みを買うようなことでもしたのだろうか?


 いや、それはない。

 絶対にない。

 そういう接点をつくる暇もなく、三十六番目の勇者は一直線でここにやってきたのだ。

 脇目もふらずに、立ちはだかるオレの部下を、無慈悲にもサクサクと切り捨て、最速でやってきた勇者だ。


 どっちかっていうと、部下を失ったオレの方が、勇者を恨みたいくらいだ。


 ショウワの勇者は、ちまちま、コツコツと、スタート地点をウロウロして魔物を倒したり、ダンジョン巡りをして、己の体技を鍛え抜いてから、オレに挑んできた。


 レベルアップの犠牲となったスライムの数があまりにも多すぎて、おもいあまった幹部たちが寄付をつのり慰霊碑をつくったくらいである。


 初期の頃の勇者はひとりでオレに挑戦してきたのだが、そのうち、馬車とか、飛空艇といった乗り物を使って、団体で攻めてくるようになってきた。


 魔物をティムして、従魔として挑んできた勇者もいる。


 かと思えば、なかにはえらく慎重な奴もいて、勇者が召喚されてから、ここにくるまでずいぶんと待たされたこともあった。

 あまりにも時間がかかりすぎて、うっかり勇者の存在を忘れかけたこともある。


 さらには、人選間違ったんじゃないか? っていうくらい、なにもやろうとしない勇者もいて……とても困った。


 そのときは、わざわざオレが変装して、勇者に近づき、次に進む場所のヒントを与えたり、お姫様を拐ってみたり。なんやかんやとイベントを企画して、サボりがちな勇者の尻叩き役もやった。


 まあ……手がかかる子ほど可愛いというか……あれはあれで、今ではよい思い出となっている。


 し・か・し!


 この勇者は、初見でいきなり、めっちゃものすごい眼力でガンを飛ばしてくる。


 今までにはないパターンだ。


(こ、これが、女神のいう、刺激なのか……?)


 いやいや、これは、刺激じゃなくて殺気だ。


(勇者……怒ってる? 怒ってる……よな? なんか、めちゃくちゃ怒ってる……ように見えるよ?)


 視線だけではなく、ついには、闘気までが溢れ出てきた。

 いわゆる、勇者オーラだが、それもまた、見事なまでの怒り一色だ。


(やだ。怖い。この勇者、めちゃくちゃ怖い……)


 ずっと睨みつけられることに耐えられなくなったオレは、勇者からそっと視線を反らす。


 オレのその反応が気に入らなかったのか、勇者の闘気がさらに威力を増した。


(ひ、ひえええええ……っっっ)


 何故だ! わからん!


 魔王のセリフが陳腐すぎて気に入らなかったのだろうか?

 勇者召喚が納得できなかったのだろうか?

 あの、ノーテンキな女神ミスティアナが、勇者の逆鱗にふれ、機嫌を損ねたのだろうか?


 目が合わないように注意しながらも、オレは眼下にいる勇者をチラチラと観察する。


 ふと、勇者の黒ずくめの装備に目が止まった。


 ゴテゴテしい、勇者の装備ではなく、控えめな肩当てに、胸当て、籠手と、勇者にしては軽装備だ。しかも、意匠も簡素で、装飾らしいものは全くない。


 シンプルな勇者の装備を見ていると、自分の魔王の衣装が、派手すぎるように思えてきた。


 (なるほど……。原因はこれか!)


 勇者はオレの派手すぎる衣装が気に入らなかったんだな。

 もう少し、コーディネート……勇者の嗜好に気を配るべきだった。


 といっても、勇者の情報を集めにむかわせた暗部の連中は、ことごとく勇者に殺られ、帰ってきた者は、残念ながら誰ひとりいなかったんだよ……。


 それに、勇者のリサーチを完了する前に、勇者がココまでやってきたからね……。

 勇者の嗜好なんてわかるわけがないよね……。


(もう、これは、事故だ! 残念な事故だ! 不幸な事故として処理しよう。そうするべきだ!)


 反省点は色々あるけれど、もう、賽は投げられたからな。

 これから、勇者と魔王の最後の戦いが始まる!

 いや、もう始まっているんだ!


 ここはベテランがしっかりとリードしなければならない。


(……仕切り直そう!)


 勇者の心臓に悪い『睨みつける』攻撃は『無視する』で懸命に防御する。


 しかし、残念なことに、オレの雄姿を見てくれるギャラリーは、目の前の『勇者様御一行』しかいないんだよね。


 ちょっと寂しいな。


 さらに付け加えるなら、ちょっと恥ずかしいし、ちょっと虚しい……。


 自分のホームだと思っていた場所が、実は、アウェイだと気づいた瞬間の驚愕に近いものがあるよね。


 でも、オレはラスボスだからしかたがない。部下たちの屍の上にたって、最後に出現するのが、ラスボスのラスボスたる所以だ。

 部下が生き残っていたら、ラスボスにはなれない。


 オレは魔王。


 ラスボスなのだ。


 今、ここで、がんばらないと、ラスボスとしての存在意味がない!

 アイデンティティー


「俺は……俺は……世界の平和……を……取り戻す!」


 勇者の定番の科白だ。


 (いい。すごくいい……)


 何度聞いても聞き飽きない。


 ……オレも、一度くらいは、そっち側の決め台詞を言ってみたい。


 三十六回体験しても、これは飽きない。


 オレはこれからどんなふうに勇者に討伐されるのか……アレコレ考えただけでもゾクゾク、ワクワクしてくる。


 部下たちをためらうことなく、サクサク殺しまくった勇者だ。ラストのオレは、今までにない、残虐非道な方法で討伐されるのだろう。


(これが、刺激か……)


 あまりにもストレートすぎて、もうすこしヒネリが欲しいところだったが、あの女神にそこまで求めるのは無理難題だったんだろう。

 でもやっぱり、ちょっと、目新しい刺激に期待してもいいだろうか?


 興奮のあまり頬が紅潮し、オレの赤い目がさらに赤く染まるのが感じられた。


 勇者のセリフを聞くために、オレは生きているといってもいいかもしれない。


 これからのことを想像して、恍惚とした笑みが漏れる。

 興奮しすぎて唇が乾いてしまい、思わず舌なめずりした。


 部下たちに、それだけは、恥ずかしいので、やめてください、と言われていたのだが、やってしまった……。


 オレの魔王めいた残虐な笑みに驚いたのか、勇者が身体を震わせながら、二、三歩後退する。


(いけない、いけない)


 近頃のチート勇者は、ハートの方が脆いようで、心理的な攻撃にはあまり耐性がないようである。

 いわゆる、打たれ弱い? 傾向にある。


 異世界にいきなり召喚されて、問答無用で魔王討伐に駆り出されたのだ。

 右も左もわからない状態で、文化も文明も違う。

 いろいろとストレスも溜まっているだろう。気の毒なことだ。


 女神ミスティアナもひどいことをする。


 オレが威圧的に振る舞って、萎縮させては勇者が気の毒だ。もてなす側としては、失格行為だよね。


 魔王として、勇者をしっかりもてなし、誠心誠意対応しよう。


 勇者には魔王討伐を存分に満喫していただき、満足して、未練など残さずに、「自分はよいことをしたんだ」と思ってもらって、すぱっと自分の世界に帰って欲しいものだ。


 利用者様満足度ヒャクパーセント、評価は常にイツツボシを目指すオレとしては、魔王として、ここが頑張りどころである。




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