第3話
家に帰って食堂の厨房を覗くと、そこには出しっぱなしの食器やら料理器具やらが散乱していた。祖母が急に倒れたことで、店の中で騒ぎが起き、厨房も荒れてしまったのだろう。
僕は作り途中らしき祖母の料理を皿に移し、電子レンジで温めた。温めている間に、床に落ちた器具だけでもと思い、拾ってシンクに運ぶ。
電子レンジがチンとなく音で僕は手を止めて、ひとまずご飯を食べることにした。店のカウンター席に腰掛けて、いただきますとつぶやく。夕方の四時。お昼ご飯を食べていないのと、祖母が倒れた衝撃とで、頭が痛かった。
「……うまい」
ボソリと発した僕の声。けれど、小さな音は
「あぁ……」
僕は知ってしまった。果てしない憂鬱に襲われた。ここには今、僕独りしかいないのだ。いつもたくさんの常連客で賑わっていたはずの店内も、二人の老夫婦が一生懸命働いていた厨房にも、今は誰もいない。もう何もかも、いなくなってしまったんだなぁ……。と、思っていた時だった。
「ごめんくださ……い、あれ? 今日、お店開いてない?」
突然店内に響いた声に、僕は度肝を抜いた。飛び上がって振り返ると、店の引き戸を開けてひょこっと顔を出す顔見知りの女子が立っていた。
「
クラスメイトの早坂が、きょとんとした表情で立ち尽くしていた。
「あ、そっか。そういえばここ、佐々木くんのお家なんだっけ。ねぇ、今日ってもしかして定休日だったりする?」
彼女は暖簾をくぐって、店のなかへ入ってきた。そして、僕の目の前で立ち止まり首を傾げる。
僕はようやく戸惑いから解放されて落ち着きを取り戻した。彼女は、食堂の客としてここにやってきたらしい。
「あ、え、えっと実は、祖母が急に倒れちゃって。……だから今は、臨時休業って感じなんだ……ごめん、せっかく来てくれたのに」
僕が気まずそうに状況を説明すると、早坂がなぜか涙目になっていたから、僕は正直かなりびっくりした。
「えっ、え? なんで早坂が泣くの?」
「だってっ、佐々木くん、つい最近おじいさんも亡くされたんでしょ? それなのに今度はお祖母さんまで倒れちゃうなんて、こんなのひどすぎるよ! 逆に、なんで佐々木くんは泣いてないのよ!」
僕は彼女にそう言われてハッとした。そうだ。僕は、祖父が死んでから泣いていない。いや、正確には入院している祖母に付き添っている時は泣いたけれど、祖父の死に対してまだ一度も泣いていないのだ。
「あっ、ご、ごめんなさい……無神経なこと言って。佐々木くんだって辛いのは当然だよね。……そっか。子供の頃よくここに来てたから、何だかなつかしくなっちゃって。今日は両親が仕事でいないから、夕ご飯はここで食べようと思ったんだけど……そういうことなら、仕方ないね。ごめんね、大変な時にお邪魔しちゃって」
彼女は若干赤くなった目をこすりながら、踵を返す。僕は、なぜか咄嗟に彼女を呼び止めた。
「早坂」
彼女が振り返ると同時に、僕は一息に言う。
「今日の夜、六時ごろ、もう一回ここに来て」
「え?」
「僕が料理を作る」
まだ、涙を流すには少し早すぎるのかもしれないと思った。
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