第4話
祖父母の食堂の看板メニューは、ハンバーグだ。客層を意識して量は少なく、食べやすさを重視した一品。僕は、このハンバーグの上にかかっている甘めのデミグラスソースが好き。
「こんばんは、佐々木くん」
焼き上がったハンバーグの上にかけるデミグラスソースを作っていたとき、ちょうど早坂が店に顔を出した。
「うん。今できるから、ちょっと待ってて」
「わ、いい匂い! ねぇ、本当に良かったの? 急だったのに」
早坂が申し訳なさそうに眉尻を下げたので、僕は慌ててかぶりをふる。
「いやいや、表に休業とかの貼り紙出してなかった、僕が悪いんだ。だから遠慮せず食べていって」
「じゃあ、お言葉に甘えて……ありがとう」
「お礼を言うのは、こっちだよ」
店の厨房はカウンター席の真正面にあり、そこから店内の様子を一望できる。僕は厨房からカウンターに座る早坂にそう言った。
「え? 私、佐々木くんにお礼言われるようなことしてないよ?」
「ううん。早坂に言われて気づいたんだ。僕は、じいちゃんが死んでから、泣いてない」
思わず菜箸を握る手が止まった。
「実感、湧かないんだ。本当は死んだのなんて、全部嘘なんじゃないかとか、ドッキリなんじゃないかとか、くだらないことばかり考えてる。じいちゃんが生きている可能性ばっか、考えてる」
「佐々木くん……」
祖父が死んでもう一週間経つのに、情けない話だ。僕は自嘲気味に笑った。
「いつまでも、子供じゃあるまいしって、分かってるんだけど。だけど、どうにも心が追いつかない。今も、朝起きたら厨房にじいちゃんが立ってる気がして。本当は、分かってるのに。……認めたくないだけなんだ。僕が泣いたら、それは僕の中でじいちゃんの死を受け入れたことになる。情けない話だけど、でも、そうなんだ。僕はいつまでも、大人になれない」
「情けなくなんかないよ、それだけ、おじいさんのこと大切だったんだと、私は思うけどな」
ソースが出来上がった。僕はそれを皿に盛り付けたハンバーグの上にかけた。
じいちゃん。じいちゃんがあの日、ハンバーグを作ってくれた時から、僕の好物はずっと変わらないんだよ。
「はい、お待たせ」
「わ、おいしそう。私もこれ、小さい頃よく食べてた! デミグラスが甘くて美味しいんだよねぇ。それじゃ、いただきます」
早坂は丁寧にハンバーグを切り分けて、それを口に運んだ。
「美味しい……! すごい、小さい頃食べてた味そのまんまだよ!」
「これだけは自分で作れるようになりたくてさ。じいちゃんが生きてた時、必死に教わって、なんとか同じ味だって言われるまで練習したんだ」
「そうだったんだ。すごいね……」
早坂は細身な見た目とは裏腹にパクパクとハンバーグを食べ進め、五分もしないうちに完食した。
「ごちそうさまでした。すっごくおいしかった! ありがとう」
「口にあったなら、良かったよ」
僕が言うと、彼女は突然、何かを思い出したようにはっと目を見開いた。
「そうだ! 今日はね、ペルセウス座流星群の日なの」
「流星群?」
……あぁ。
そういえば、僕も思い出した。
「たしかね、十年に一度の好条件だって、今朝のニュースで見たんだ。ここから、見れるかなあ?」
「どうだろうな」
早坂は店の戸を開けて外に出た。僕は家のどこかから白い紙を引っ張り出して、そこに黒色の油性ペンで「臨時休業」の文字を書き、早坂に続いて店を出る。
外はすっかり藍色に沈んでいた。僕は店の戸に、臨時休業の紙を貼り付けた。
「うーん、あともう少しで、見れると思うんだけど……」
早坂がつぶやく隣で、僕はあの日のことを追憶していた。
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