第96話 疲労
誉を見送って、学校に連絡して、朝ご飯を食べて、私はベッドに横になる。
眠ろうと思うけど、目が冴えてるから、全然眠くない。
体も全然ダルくないし、やっぱり風邪じゃなかったのかな?
スマホで調べると、疲れで熱が出ることもあるらしいということがわかった。
…永那ちゃんと付き合ってから、怒涛のように日々が過ぎていった。
無意識のうちに、疲れがたまっていたのかもしれない。
すごく元気だから、ベッドに寝転んでいるのもおかしい気がして、教科書を開いた。
お昼に永那ちゃんが買ってきてくれたたこ焼きを電子レンジであたためて食べた。
具合は悪くないけど…悪くないから?せっかくだからプリンも食べる。
「おいしい」
平日に学校を休んで好物を食べるなんて、なんだかすごく特別感がある。
また勉強をしていたら、誉が帰ってきた。
「姉ちゃん、大丈夫?」
「うん、元気すぎてびっくりしちゃう」
「マジか。…まあ、それなら良かったね」
私は頷いて、視線を教科書に戻した。
「勉強してんの?」
「うん、暇だったから」
誉が“うへぇ”と口を曲げて、荷物を部屋に置きに行った。
隣で誉がゲームをする。
しばらくして、永那ちゃん、千陽、
「大丈夫だった~!?」
優里ちゃんに抱きしめられる。
「うん…なんか、今日は、すごく元気で」
永那ちゃんが隣に立ったから、手を伸ばして彼女の額に触れる。
熱は、なさそう。
「ホントに大丈夫だよ?」
彼女がニシシと笑う。
目の下のクマは気になるけど…元気ならよかった。
千陽はスタスタとリビングに入っていく。
それを見て、優里ちゃんが離してくれる。
みんなでリビングのローテーブルを囲んで座る。
誉がお菓子とお茶を用意してくれた。
千陽がノートを出して、ルーズリーフに書き写す。
「今日の分?」
彼女が頷く。
「ありがとう」
もう一度頷いて、ノートに視線を戻した。
千陽は、学校でも、優里ちゃんの前でも“#空井__そらい__#さん”呼びをやめていない。
“もういいんじゃない?”と言ってみたけど、“嫌だ”と言われてしまった。
よくわからないけど、千陽が嫌ならと、私も合わせている。
たまに間違えそうになって焦ることもあるけど。
「文化祭が終わったと思ったら、またテスト~、もう嫌だ~」
優里ちゃんがお菓子を頬張りながら、両手を机に投げ出す。
「テスト期間中、みんなで勉強するよね?…っていうか、私的には、来週の月曜日から毎日穂ちゃんに教えてもらいたいくらいなんだけど…」
上目遣いに見られる。
「優里、それくらい自分でやれよ。穂、体調悪いんだし」
永那ちゃんが頬杖をつきながら言う。
「もう元気になったし、私は、大丈夫だよ?」
「ホント!?」
優里ちゃんが起き上がって、目を輝かせる。
永那ちゃんが唇を突き出して、ぷいとそっぽを向いてしまう。
「どうせ私は一緒にできないんだ」
彼女の太ももにそっと手を置く。
そしたら彼女も手を重ねてくれるから、可愛くて笑ってしまう。
「テスト期間中は、一緒に過ごせるよ?」
「…そうだけど」
「最終日は、2人の記念日なんでしょ?」
千陽が言う。
「思う存分楽しめば、いいじゃん」
冷めた目線を向けられる。
「え!あ!そっか!2人記念日なんだ~!…キャーッ!」
優里ちゃんが両手で顔を覆う。
耳まで真っ赤にして、体を左右に振っている。
「なに考えてんだ!変態!」
永那ちゃんが優里ちゃんに飛びかかる。
優里ちゃんが逃げる。
私は苦笑して、千陽は興味なさそうに見てから、またノートを書き写し始めた。
誉が頬杖をつきながらみんなの様子を眺めた後「みんな、また
「来てもいい?」
優里ちゃんが聞いて、誉が頷く。
「じゃあその間は友達呼ばないようにするね」
誉に見られるから「ありがとう」と答える。
「そういえば優里」
千陽がノートをパタンと閉じる。
「なに?」
「文化祭終わった後、あたしの家に空井さん泊まったんだよ」
「え!?なんでそんな楽しそうなことしてんの!?私は!?なんで誘ってくれないの!?」
千陽が頬杖をつきながら薄く笑う。
背筋がゾワッとする。
「優里の存在を忘れてたの」
「ひどい!」
「冗談。…文化祭委員で遅くなったから、一緒に帰ってもらっただけ。泊まったのは本当だけど…ね?」
大きな瞳が私に向いて、目をそらしながら、頷く。
「私もお泊まりしたいー!」
「おー!俺もまたみんなでゲームしたい!」
誉が楽しそうに笑う。
「誉…遊ぶんじゃなくて、勉強…」
「あ、そうだった」
会話をしている間、永那ちゃんは空気みたいに存在感を消していた。
頬杖をついて、窓の外を眺めている。
…早めに、誰かに相談しないと。
***
「文化祭、楽しかったな」
私は忙しかったから会いはしなかったものの、誉は友達と行くと言っていた。
「ねー!」
優里ちゃんが笑う。
「私、そろそろ帰るわ」
永那ちゃんが立ち上がる。
「ちょっと待って…。空井さん、これ、昨日の分と今日の分」
千陽に紙をわたされる。
「ありがとう」
千陽が片付けを始める。
「えー、もう2人帰るの?」
「優里は家にいたら?」
誉が言う。
「そうさせてもらおっかな」
私は頷いて、立ち上がった。
永那ちゃんが相変わらず窓のほうを見ているから、顔を覗き込むと、驚かれた。
頭を撫でられて、彼女は笑みを作るけど、その笑みが悲しげで…胸が痛む。
3人で、永那ちゃんと千陽を見送る。
エレベーターを待っている2人を見ていたら、気づけば「私も駅まで行く!」と言って、サンダルを履いていた。
エレベーターに乗っている間、2人とギュッと手を繋いだ。
1階につく前に、永那ちゃんにキスされて、鼓動が速くなった。
「永那ちゃん…」
「ん?」
「明日先生に相談しよう?」
永那ちゃんの眉間にシワが寄る。
「テスト終わったら、修学旅行だし…言うなら早めに言ったほうがいいと…思う」
「言って意味あんのかな?」
…わからない。
でも、誰かには言わないと…何かは、変えないと…何も変わらないのは確かだ。
「前、お姉ちゃんがいろんな大人と話したとき…誰も、何もしてくれなかったって言ってた。むしろ、貶されたり、ただ“頑張れ”って言うだけだったり…結局、誰も、助けてはくれなかった。だから私達だけで頑張るしかないんだって…」
「この話、あたし聞いててもいいの?」
千陽が言う。
私はハッとして、千陽を見た後、永那ちゃんを見る。
永那ちゃんはまっすぐ前を見ながら、無表情だった。
「べつに、お前に特別隠してるわけでもないし…」
覇気のない声音で、何を考えているのかわからない表情で、彼女は言う。
「ふーん」
千陽は左腕を右手で擦った。
「先生には、言いたくない」
永那ちゃんの冷たい声。
「でも…じゃあ、誰か…お姉さんは?お姉さんに、もう一度ちゃんと話して」
「なんて言えばいいんだよ」
殺気とは違う…でも、それに近い…それよりも、冷たい、視線。
「話したよ!もう辛いって、1人じゃ無理だって、話したよ!お母さんが自分のこと包丁で刺そうとしたときも、暴れて殴られまくったときも、油断してカミソリを出しっぱにしちゃって、リスカされたときも!辛いよ…!どんだけ頑張ればいいんだよ!なんで、なんで私ばっか…」
胸をギュッと握りながら、永那ちゃんの瞳から涙が零れる。
ただ、ただ抱きしめることしかできなくて。
「永那はもう…1人じゃないでしょ」
千陽が言う。
「あたしに…何ができるのかは、わからないし…何も、できないのかもしれないけど…」
千陽と目が合う。
彼女の瞳も潤んでいた。
少しずつ、涙が溜まっていく。
その様子を見て、焦る気持ちが、少し落ち着いた。
「我慢しないでねって…永那ちゃんが、私に言ってくれたんだよ。でも…1番我慢しているのは永那ちゃんで、私はそれが、嫌」
永那ちゃんが抱きしめ返してくれる。
ギリリと歯が鳴って、私の肩が濡れる。
永那ちゃんは、声を出して泣かない。
1ヶ月記念日も、お祭りに行けなかった日も、家にお泊まりできなかったときも、声を、出さなかった。
彼女が今までどれだけ、声を殺してきたのか…私には、想像もできない。
「ぁぁ…っ」
ただ、声が漏れ出るだけ。
「お姉さん以外に…頼れる人はいないの?」
彼女を抱きしめながら、聞く。
「…じいちゃんが、いる」
鼻を啜りながら、彼女が小さく答える。
「連絡、取れないの?」
「お姉ちゃんが、連絡してると思うけど…私は、知らない」
「じゃあ…やっぱり、どっちにしても、お姉さんには…」
「無理だよ」
絞り出すように言う。
「会えないの?」
「わからない」
「もし1人で会えないなら、私も一緒に行くから。永那ちゃんの、そばにいるから」
彼女からの返事はない。
彼女が顔をうずめる肩がただ濡れるのを感じる。
「もうこれ以上、我慢してほしくない。…すぐじゃなくて良いから、考えてみて。お願い」
彼女が私から離れる頃には、とっくに日が暮れていた。
「永那ちゃん、明日、家行ってもいい?お母さんに会いたいし」
目の周りを赤くして、永那ちゃんは目を合わせずに頷いた。
千陽はずっと黙ったまま私達を見ていた。
「ねえ…千陽も、一緒にどうかな?」
永那ちゃんが眉間にシワを寄せて、私を睨むように見た。
「ほら、三人寄れば文殊の知恵とも言うしさ」
私が笑うと、永那ちゃんはまた俯く。
「どうかな?千陽」
千陽は目を大きくして「べつに、いいけど…永那が嫌なら…」と伏し目がちに答える。
「嫌じゃ、ないよ…」
永那ちゃんが小さく答えて、千陽は少し嬉しそうに口元を綻ばせた。
「じゃあ、明日は3人で一緒に帰れるね」
「え!?なにしてんの!?」
優里ちゃんがマンションから出てきた。
「穂ちゃん…遅いからどうしたのかと思ったけど…え、3人ここにいたの?」
永那ちゃんが何も言わずに歩き出す。
千陽はため息をついて、その後に続く。
「ごめんね、優里ちゃん」
私が苦笑すると、優里ちゃんは頭にハテナマークを浮かべる。
「また今度、話すね」
そう言うと、優里ちゃんは心配そうな顔をしつつ「また明日ね」と言ってくれた。
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