第95話 疲労

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朝目覚めた瞬間から全身がダルくて、起き上がるのが辛かった。

熱を測ると、39度あって、目眩がした。

久しぶりの熱。

小学生ぶりかな。

咳も鼻水も出ていない。

全然風邪っぽくはないけど、とにかくダルい。

…こんなに風邪っぽくない熱の出し方は初めてだ。

永那えなちゃんと千陽ちよに、うつしていないといいけれど。

「姉ちゃん?」

「ごめん…たか…今日、熱ある」

「え!?大丈夫!?…俺、学校休もうか?」

誉の頭を撫でる。

いつも生意気だけど、優しい子。

「大丈夫だよ、ちゃんと学校行って?」

「…わかった。すぐ帰ってくるから」

「ありがとう」


誉を見送ってから、私はバナナを食べて、薬を飲んだ。

学校に連絡をする。

今日は、本当は生徒会で文化祭の反省会をする日だった。

だから副生徒会長の2人にも連絡をした。

汗を拭くためのタオルと飲み物をテーブルに置いた。

冷却シートを額に貼り付けて、ベッドに寝転ぶ。

寝たいのに眠れない。

スマホの通知が鳴って、見ると、千陽からメッセージがきた。

小学生のとき、熱を出しても1人だった。

ただのメッセージと言ってしまえばそれまでかもしれないけど、学校に行かなかったことを友達が気づいてくれて、連絡してくれるなんて初めてのことで、嬉しい。

気持ちが上向いたからか、不思議と目を閉じたら眠れた。

何度か目を覚まして、お茶を飲んで、フラフラとトイレに行った。

本当は汗をかいていたから着替えたかったけど、そんな体力はなく、またベッドに倒れた。


誉が帰ってきて、お粥を作ってくれた。

お昼に何も食べていなかったから嬉しい。

冷却シートを貼りかえてくれて、頭がひんやりして気持ち良かった。

ウトウトしていたら、インターホンが鳴った。

永那ちゃんが走ってきてびっくりしたけど、抱きしめられて、なんだか安心した。

千陽も来てくれて…こんなふうに家族以外の誰かから心配されるのは、嬉しいものなのだと、初めて知る。

「穂、すごい汗」

永那ちゃんが頭を撫でてくれる。

「着替える?」

私が頷くと、誉が部屋から出ていく。

永那ちゃんがクローゼットからルームウェアと下着を出してくれる。

千陽は床に座った。


「2人とも…ごめんね、迷惑かけて」

「迷惑なんかじゃない。穂、すごい頑張ってたから。…私達が、休ませてあげなかったんだし」

シャツを脱がされる。

…少し、恥ずかしい。

「拭くね」

永那ちゃんが、背中の汗を優しくタオルで拭ってくれる。

水に濡らしたタオルが気持ちいい。

「ハァ」と小さく息がこぼれた。

永那ちゃんに後ろから抱きしめられて、ボーッとしていた脳が冴える。

「穂、好きだよ」

その優しい声音に、速くなりかけた鼓動は、落ち着きを取り戻していく。

「私も、永那ちゃんが好き」

抱きしめられたまま、永那ちゃんは私の胸元に手を伸ばして、タオルで拭いてくれる。

…たしかに、谷間に汗は溜まりやすいけど…なんか、変な気分になる。


「え、永那ちゃん…あんまり、近づいたら、また、うつっちゃうよ」

「そんなの、どうでもいいよ。むしろうつって穂の具合が良くなるなら…」

「だめ。私が、心配し過ぎて、心がもたなくなるから」

「…そっか」

そのままブラのホックを外される。

千陽もいるし…もう、彼女にも裸を見られてしまったけれど…でも、それでも、恥ずかしい。

腕を交差させて、隠す。

永那ちゃんがフッと笑って、膝立ちになって、頭を撫でてくれる。

「可愛い穂」

そんな…そんな、優しい目で、見下ろされながら言われたら…胸が、ギュッとする。

永那ちゃんを見ていたら、額にキスを落とされる。

新しいブラをつけてもらって、シャツも着させてくれた。

汗で湿ったシャツを着ていたから、これだけでなんだかスッキリする。


布団を捲られると、足がスースーした。

こっちも、汗で布が湿っている。

私が自分で脱ぐと、永那ちゃんは、太ももから足先まで、丁寧にタオルで拭いてくれる。

あまりに優しい手つきで、彼女の白くて細長い指先が、魅惑的に見えて仕方ない。

ゴクリと唾を飲んで、ジッと彼女を見ていた。

そしたら急にこっちを見て微笑むから、また胸がドキドキする。

「どした?」

私は小さく首を横に振って、俯く。

…私だって誉にこんなに丁寧にやってあげたことない。

両足を拭き終えて、永那ちゃんが畳んであるショーツとパンツを広げた。

「ショーツは…自分で、できるから…」

永那ちゃんが左眉を上げて、ニヤリと笑う。

「やってあげるのに」

「いい!」

布団をかぶって、その中で穿き替える。


脱いだショーツの行方をどうすればいいかわからず、畳んで手の中で丸めていると、布団を剥いで、永那ちゃんに取られた。

わたされたパンツを穿いて寝転ぶと、体が少し軽くなったような気がする。

布団をかけてくれて、永那ちゃんが顔のそばに座った。

頭を撫でてくれる。

千陽もベッドに座って、手を握ってくれた。

彼女も優しく微笑んでくれる。

…な、なんか…なんか、すごく、贅沢なような…夢みたいな…私って、すごく幸せ者なのでは…。


2人を見ていたら、その間にある時計が視界に入った。

「え、永那ちゃん…!そろそろ、帰らないといけないんじゃない?…ご、ごめんね、私のせいで」


***


「謝るなら、キスするよ?」

永那ちゃんの目がスーッと細くなる。

「だ、だめ…」

キス…したいけど、うつすのは絶対に嫌。

「ノート、穂の分も書いておくから。ゆっくり休んで」

千陽が言ってくれる。

「ありがとう」

中学のときから、ノートを借りられる相手なんていなかったから、絶対に休むわけにはいかなかった。

誉が何度も熱を出したけど、私は心配しつつも学校には行った。

それでも“友達がいれば…”なんて、思ったことはなかった。

友達がいてくれることの安心感…一度感じてしまったら、簡単に手放すことはできない。

…千陽は、ただの友達なのか、わからないけれど。

こんなにも心の距離が近い関係が、ただの友人関係とは思えない。


「永那ちゃん…時間…」

「帰りたくない」

「でも」

永那ちゃんが眉間にシワを寄せる。

「なんで、一番大事な人が熱出してるのに、帰らなきゃいけないの?…いいよ、なんとかなるから」

そう言って睨まれてしまえば、私は何も言えなくなる。

千陽が握ってくれている手の力が強くなる。

彼女を見ると、永那ちゃんをジッと見ていた。

千陽は…永那ちゃんの事情を知らない。

きっと、ずっと知りたいと思っているはずなのに、彼女は、知らされていない。

私もギュッと手を握り返す。

千陽の視線が私に移動する。

私が笑みを作ると、彼女も返してくれる。


彼女達に優しくされたまま、だんだんと瞼が落ちていった。

意識を手放す直前、2人が頬にキスしてくれた気がした。

心がふわふわしたまま、頭もふわふわしたまま、私は眠った。

目が覚めたときには、2人はいなかった。

外も部屋も暗くて、リビングから漏れる光が、やけに眩しく感じた。

起き上がると、体のダルさは、かなり良くなっていた。

リビングに行くと、テレビを見ていた誉が笑った。

「具合は?」

「大丈夫、けっこう良くなったよ。ありがとう」

椅子に座ると、誉がうどんを作ってくれた。

「おいしい」

「良かった」

誉が頬杖をつきながら、私を見る。

「そういえば、永那達がいろいろ買ってきてくれたよ?」

冷蔵庫から袋を出して、中身を見せてくれる。

…またいっぱい。

「あと、冷凍のたこ焼きもある。明日の昼にでも食べたら?」

たこ焼き…。

文化祭でも買ってくれていた。

“好きな人に好きな物を覚えていてもらえて嬉しい”なんてよく聞くけど、こういうことなのだと、知る。


スマホのメッセージ画面を開く。

『今日はありがとう。たこ焼きとか、他にも、いろいろ。具合悪くない?』

永那ちゃんに送る。

『今日来てくれてありがとう。ノートも、すごく助かる。具合悪くなってない?』

千陽にも送る。

優里ちゃんから『大丈夫?』ときていたから『だいぶ良くなったよ、ありがとう』と返事をした。

『大丈夫。穂は、今、どう?』

千陽からはすぐに返事がきた。

『2人のおかげでだいぶ良くなったよ。ありがとう、嬉しかった』

『良かった。穂好き』

千陽からは、ほとんど毎日のように“好き”と言われている。

たまに写真を送ってほしいと言われるから、生徒会で撮った写真を送ったりもする。

“写真”と言われて、ベランダで育てているお花の写真を送ったら“穂の写真”と返ってきたときは少し恥ずかしかった。

“自撮りして”と言われたときはドキッとした。

最初は断ったけど、何度か言われて、誉に一緒に撮ってもらって、それで良しとしてもらった。

『千陽好きだよ』

そう送ると、ハートの絵文字だけが送られてくる。

普段学校で見る千陽からは全く想像できないくらい甘々で、なんだか気恥ずかしい。


私はシャワーを浴びて、ベッドに寝転んだ。

一応アラームもつけて、目を閉じると、またすぐに眠った。

お母さんが帰ってきたとき、目を覚ましたような気もするけれど、あまり覚えていない。


朝、アラームで目が覚める。

昨日のダルさが嘘だったかのように、体が軽かった。

熱を測ると、平熱だった。

「姉ちゃん、どう?」

「平熱…」

「マジ?…永那と千陽にうつったのかな。2人にうつったら、2倍早く治るとか?」

「不謹慎なこと言わないで」

スマホを見る。

『具合悪くないよ!穂、熱どのくらい?』

永那ちゃんから。

永那ちゃんの“大丈夫”は、全然当てにならないんだよね…。

『平熱だったから、治ったのかな?でも、念のため今日も休むね』

返事をする。

すぐに既読がついたけど、千陽からもメッセージがきていたから、そっちにも返事をする。

『おはよ。具合どう?』

『おはよう。良くなったよ、ありがとう』

きっと2人はもう一緒にいるだろうから、休むことは伝えなくても大丈夫だろう。

『わかった、ゆっくり休んでね。今日も行くから!穂好きだよ』

永那ちゃんからメッセージで“好き”と言われたのが久しぶりで、瞬きを繰り返す。

『ありがとう。楽しみにしてるね。…私も、永那ちゃんが好きだよ』

返事をすると、彼女からキスマークの絵文字が送られてくる。

永那ちゃんが千陽みたいなことをしていて、思わず首を傾げる。

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