第94話 疲労

2人でご飯を食べてから、たくさんキスをして、穂が帰った。

本当はシたかったけど、穂が「だめ」って言うから、仕方なく、キスだけ。

いつもは1人の夜は大嫌いだけど、今日は…楽しみがある。

誉から『ゲームしよ』とメッセージがきたけど『今日は無理』と返しておいた。

シャワーを浴びて、クローゼットから2つ玩具を出して、ベッドに寝転がる。

「穂の匂い…」

服を脱いで、うつ伏せになる。

何度も深呼吸してから、仰向けになった。


装着して、動かす。

穂の手の感触とは全然違うけど、頭のなかで穂を思い浮かべるだけで、彼女の感覚が蘇る。

「穂」

穂にさわってもらってるイメージ。

足に力が入る。

最初は弱め。

徐々に強くしていく。

何度か繰り返して、ゆっくり玩具を抜いた。

穂がやったみたいに。


「ハァ、ハァ」と呼吸の音だけが部屋に響く。

いつもは、虚しくなった。

でも今日は、幸せだ。

…少し、寂しいけど。

次は穂と…って考えたら、そんな寂しさも消える。


1人でやって、公園で男に触れられたことを思い出して、泣いたこともある。

矛盾した感情。

そういうことが気持ち悪いのに、してしまう。

昔からママとパパがセックスしてるのを聞いていたから、きっとあたしの頭、おかしいんだ。

もちろん、永那のせいも大いにあると思う。

セックスしたら姉弟ができると知って、なんであたしには弟なり妹なりがいないんだろう?って思ったこともあった。

「弟か妹、できないの?」とママに聞いたら「これ以上子育てなんて無理」とのことだった。

無駄に傷ついた。


もう、穂に会いたい。

…明日学校で会える。

早く会いたい。

寝るには早いけど、あたしは電気を消して布団に潜った。

昨日と今日を振り返って、ニマニマする。


気づいたら眠っていて、アラームで起こされる。

永那が早いから、あたしも早起きになる。

顔を洗って、朝ご飯を食べる。

昨日、穂がご飯と肉じゃがを残しておいてくれた。

…おいしい。

朝からご飯と肉じゃがなんて…日本人っぽい。

軽くメイクをして、髪を巻く。

お気に入りの香水をつけて、念のため鞄の中をチェックする。

ちょうど終わった頃に、インターホンが鳴る。

画面を確認してから、ドアを開けて、鍵を閉める。

振り向くと、永那があくびをしながら立っていた。


永那が遅刻することはほとんどない。

ほとんど、というか、全くない。

うちに来ないときは、学校にも来ない。

昔、夜一睡もしていないと言っていた。

毎日そうなのだとして…一体夜に何をしているんだろう?

みんなは「秘密のバイトしてるのかな?」とか言ってるけど、だったらもっとお金があるはず。

家族の問題か、永那自身の問題か。

…踏み込むつもりは、今のところ、ない。

「昨日のご飯なんだったの?」

永那の横に立つと、彼女が歩き始める。

「肉じゃが」

「うっわー、めっちゃいいな」

「朝も食べた」

「は!?それ言っとけよー、もっと早くに来たのに」

「…次は、そうする」

「おー!」

永那と一緒に朝ご飯…しかも穂が作ってくれた朝ご飯…めっちゃ良い。


いつも、クラスで1番につく。

永那がすぐ寝るから、あたしは暇になる。

イヤホンをして、動画を見る。

そのうちチラホラ人が来る。

森山さんが来たから、彼女の前に座る。

「おはよ」

「お、おはよう、ご、ございます」

森山さんは鼻の下を伸ばして、ニヤける口元をモゴモゴ動かして隠しながら、そっぽを向く。


文化祭委員をやっているとき、暇だから森山さんのBL話を聞いていた。

塩見しおみは気まずそうにしていたし、最初は森山さんも遠慮がちだったけど、話す内に熱がこもって、ちょっとうるさかった。

存在は知っていたけど、見たことのないもの。

彼女から漫画を借りて読んだら、けっこう面白くて、森山さんが喜んでいた。

「ま、まさか!佐藤さとうさんが!嬉しいです!」と、笑っていた。

喜ぶ勢いのまま、百合の話をし始めて、可愛い女の子と可愛い女の子がイチャイチャしていることがどれだけ尊いか説かれた。

だからあたしの話にも偏見がなかったのかな。

…なんて思っていたら、口端から涎を垂らして「あの日は最高でした」と遠くを見ながら、彼女が言った。


帰りの電車で2人きりだったし、油断したんだろう。

「あの日って?」と聞いたら、顔が真っ青になった。

その態度で、あたしはすぐに察する。

「あだ、あああだだ、あー」

意味不明な言葉を発して、汗をタラタラ流していた。

あたしが睨むと、ピンと体を硬直させる。

「い、いつだったかなー、あはははははははは、おも、思い出せません…!」

“あはは”が長い。わざとらし過ぎる。

「ふーん、言わないつもりなんだ?」

彼女の肩がビクッと上がる。

「…あ、あの…ごご、ごめんなしゃい」

「しゃい」

プッと笑ってしまう。

「で?」

彼女の目が右往左往する。

「あー、えーっ…そ、その…あのー…し、資料室の…とき…の…」

俯いて、叱られる前の子供みたいな顔であたしを見る。


***


フゥーッと息を吐いて、思わず口元が緩んだ。

「そっかあ。最高かあ」

「あの!嫌ですよね!すびばせん!本当に…ほんとーに!申し訳ないで、す…あ、あの、勝手に…なんか…」

「べつに。なんとも思わないけど」

森山さんは何度も瞬きをして、首を90度ひねった。

…痛くないの?

「あたし、可愛いし。空井そらいさんも、可愛いもんね?」

顎を上げて、彼女を見下ろす。

ニヤリと笑うと、彼女の目が大きく開かれた。

「…はい」

小さな声で、瞳を潤ませてまっすぐ言うから…逆に、恥ずかしくなった。

そのまま、あたし達の良さを説かれた。

無駄に饒舌で、すごく恥ずかしかった。


そんなこんなで、彼女にとって、あたし達は推しカプだということが判明した。

推しって…そんな対象に見られているなんて、思いもしなかった。

あたしはどうでもいいけど、穂は…嫌がりそう。

「空井さんがあたしの家に泊まったけど、何か考えてたの?」

「へっ!?!?」

人差し指と人差し指をグルグル凄い勢いで回して、彼女は汗を流す。

キョロキョロして、周りを確認する。

あたしは彼女の耳元に口を近づけた。

「最高、だったよ」

一気に彼女の顔が真っ赤に染まって、白目を剥いて、机に倒れた。

「森山さん?」

肩を揺さぶっても何も反応がない。

…え?…大丈夫なの?これ。

「森山さん」

「ハッ…!!!!すびばせん…」

変な人。


「昨日、永那も来てね」

森山さんの目が、かつてないほど大きくなっている。

「楽しかったよ」

彼女の鼻から血が流れる。

「え…」

ポタポタと机に血が落ちる。

「森山!?」

塩見が反応する。

「な、なに!?どうしたの!?」

「知らない」

塩見がポケットからティッシュを出して「ほら、これ使えよ」とわたしてあげていた。

「あ、ああありがとうございまし」

まし…。

塩見に介抱される森山さんを、頬杖をついて眺める。

…今度、百合の漫画でも貸してもらおうかな。


いつも来る時間に、穂が来ない。

スマホを出して、メッセージを送る。

『寝坊?』

少しして既読がつく。

『熱、出ちゃった。学校休みます。…千陽も永那ちゃんも、大丈夫かな?』

鼓動が速くなる。

『あたし達は大丈夫だよ』

『良かった』

「ちょっと、ごめん」

あたしは立ち上がって、永那のそばに行く。

「千陽ー、おはよー」

優里が伸びをしながら言う。

「おはよ」

永那の足を踏む。

「いってー!…なにすんだよ!」

睨まれるし、クラスメイトからも注目を浴びる。

あたしはしゃがんで、スマホの画面を見せる。

睨んで細くなった目が、丸くなっていく。

スマホを取り上げられる。

「は?なんで?」

「わかんないけど…具合、悪かったのかな」


「どしたの?」

優里が顔を出す。

「穂、熱だって」

「えー!?…文化祭で疲れちゃったのかな?」

…そのうえ、あたしと永那の相手してたからなあ。

ほんの少しの罪悪感。

「あたし、お見舞いに行こうかな」

「私も行きたかったー」

「部活、サボれば?」

「そ、そんなわけには…!」

永那が持ってるスマホを手から引っこ抜く。

メッセージのやり取りを遡られていて、永那を睨んだ。

永那が左眉を上げながら、ニヤニヤする。

「勝手に見んな」

そう言って、席に戻った。


午後の授業、永那はウトウトしながらも起きていた。

最後の授業が終わると同時に、あたしを急かす。

優里の「お大事にって伝えといてね~!」という声を背に、2人で走る。

…走る必要なくない?

永那は運動なんてしていないのに、足は速いし筋力もある。

体の線が細いから、全然そうは見えないのに、なんでだろう?なんて思ったりする。

一応あたしに合わせてくれているみたいだけど、ニコリともしない。

コンビニに寄って、いろいろ買う。

もちろん、あたしのカードで。

「熱出してて、たこ焼きなんて食べられるの?」

「穂がたこ焼き好きなんだよ」

…ああ、プールに行ったときも買ってたな。

夏祭りのときも食べてたし、そういえば、お母さんも食べてた。

永那が買う物を選んでいる間に、誉に連絡する。


家につくと、誉がドアを開けてくれた。

永那が走って穂の部屋に行く。

「久しぶり」

誉が笑う。

…1週間に1回以上はオンラインで一緒にゲームしてるけど。

あたしは誉の頭を撫でて、穂の部屋を覗く。

永那が穂を抱きしめていた。

「永那ちゃん…苦しい…」

そう言われて、勢いよく距離を取る。

「あ、千陽…来てくれたんだ。ありがとう」

額に汗を滲ませながら、微笑まれる。

…好き。

「具合はどう?」

「咳は出てないんだけど…熱があって…」

彼女はまた笑う。

そんなに酷くなさそうで少し安心した。

「穂、無理してた?」

永那が不安そうに聞く。

「大丈夫だよ。文化祭もあったし、少し、疲れただけだと思う」

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