第92話 疲労

永那がキッチンで手を洗う。

「穂に飲み物持っていきたいんだけど」と言われて「水しかない」と答える。

コーヒーもあるけど、絶対コーヒーじゃないことはわかる。

「いいよ、水で」

あたしは立ち上がって、コップを取って、ウォーターサーバーの水を入れる。

永那がコップを受け取って、ゴクゴクと飲み干す。

「もう一杯!」

「自分でやって?」

あたしは2階に行く。

「あ!おい!待て!」


ドアを開けると、穂の顔が真っ赤に染まった。

「可愛い」

あたしはベッドに座って、彼女の汗ばんだ髪を撫でる。

「ち、千陽…ごめん、ね…汗、たくさん…」

「いいよ。…ねえ、しよ?」

穂の目が大きくなる。

あたしが顔を近づけると、布団に隠れていた唇を出してくれる。

そっと触れるだけのキスをする。

あったかい。

少し離れて、もう一度押し付ける。

舌を出すと、彼女が受け入れてくれる。

絡めると、永那の味がする気がした。

永那の味なんて、知らないけど。


視線を感じて、彼女から離れる。

2人の間に橋がかかって、プツリと切れる。

永那がドアの枠に寄りかかりながらあたし達を見ていた。

「なに?」

永那を睨む。

「いーえ、仲が良さそうでなによりです」

永那もベッドに座って、コップの水を口に含んだ。

四つん這いになって穂に近づいて、それを彼女の口に流し込む。

…エロい。

もう一度水を口に含んで、また穂の中に流し込む。

穂の喉が上下に動く。


「あ、千陽」

「なに?」

「玩具、あるんだって?」

永那がニヤニヤしながら言ってくる。

「だからなに?」

「見、せ、て♡」

…うざい。

「やだ」

「は?なんで?」

「あたし、穂のだから」

布団に包まってる穂の上にダイブする。

「うっ…」と、うめき声が聞こえたけど、気にしない。

「穂、しよ?」

「おいおい、もうしたでしょ?」

「永那、うるさい。散々ヤったんだからいいでしょ。心狭い」

永那が「うわー、傷つく」とベッドに倒れる。

…本当に狭かったら、こんなこと、許してくれるはずないけど。


あたしは穂に口付けする。

「千陽」

「なに?」

何も身に着けていないことがわかる、袖もなにもない腕が、伸びてくる。

目元を撫でられる。

「泣いた?」

ドキッとする。

すぐにあたしはフッと笑う。

「映画見てたの」

穂がパチパチと瞬きする。

「そっか。千陽、映画で泣くんだ。意外。なに見てたの?」

質問に答えたくないから、キスした。

彼女の手を掴んで、恋人繋ぎする。

舌を出すと彼女の声が漏れる。

唾液を交換する。


離れて、口を開く。

「本当は、シてもらいたいけど…できないよね?」

穂は頬をピンク色にして「ご、ごめんね」と目をそらす。

「ちょっと…疲れてて、体が、動かなくて」

「いいよ」

もう一度、彼女と触れ合う。

「穂、好き」

彼女が微笑んでくれる。

「私も、千陽が好きだよ」

嬉しくて、布団越しに彼女をギュッと抱きしめる。

彼女の汗の匂いがふわりと香る。

今日は、このベッドで、あたし、寝るんだ。

顔を上げて、チラリと永那を見た。

まだ寝転がってる。

眠いのか、目を閉じてウトウトしているみたいだった。

つい、口元が緩む。


「わっ!…千陽!?」

勢いよく布団に潜る。

そして、裸の穂を抱きしめた。

ちょっと肌がベタついてる。

「千陽!?…千陽」

どうすればいいかわからないらしく、穂は抵抗しない。

裸の穂を抱きしめちゃだめとは言われてないもんね。

「千陽ー、なにしてんだよー」

永那がのそのそ、四つん這いになってこっちに来る。

初めて見た、初めて触れた、生まれたままの姿の、穂。

あったかい。

…胸は、さわったこと、あったかな。

「いつか一緒にお風呂に入ったら見れるんだし、いいでしょ」

「はー?入るなよ」

「修学旅行、あるでしょ」

沈黙がおりる。


「…修学旅行…行けるかなあ」

永那があたし達の上に倒れ込む。

「行けないの?」

中学のときの修学旅行は、来ていたけど。

穂は、何も言わない。

永那に、どんな事情があるのか、あたしはまだ知らない。

「わかんない。…けど、行きたい」

永那はあたしと穂をまとめて抱きしめる。

…ああ、幸せ。

裸の穂と、こんなに密着していいの…?

一応、少しは遠慮してたのに。

穂の足の間に、足をねじ込む。

彼女の頬がピンク色に染まる。

…ワンピースにしといて良かった。

彼女のあたたかい股が、直に太ももに当たる。

陰毛…剃ってるのかな。

「…行けるように、しよう?」

穂が言う。

「どうやって?」

「先生とか、お母さんに、ちゃんと話そう?…お姉さんにも」

永那が深くため息をつく。

「私も、できることは、手伝うから」

「…わかった」

きっと、永那のことは穂に任せておけばいい。

あたしにできることがあるなら、2人から言ってくれると、信じてる。


***


「千陽…そろそろ、着替えるから…その…」

穂が言う。

伏し目がちな彼女の唇を上向かせて、重ねる。

もう少し足を上げて、彼女の脚の間に、太ももを押し付けた。

「んっ…」

永那が起き上がって、伸びをする。

あたし達がキスすること、もう全然気にしていないみたい。

舌を絡めて、クチュクチュと音を立てる。

太ももに、トロッと、何かが垂れる。

彼女があたしから離れて、唇に糸が引く。

…もうおしまいか。

そっと布団から出る。

「お昼、ピザでもいい?」

「お!いいねえ」

永那が言う。

あたしは部屋を出て、1階におりた。


ソファに座る。

太ももに布がつかないように、ワンピースの裾を浮かせて来た。

裾を捲ると、太ももの一部が濡れているのがわかる。

穂の、味…。

どんなかな。

昨日の夜、穂があたしのを興味深げに眺めていた。

本人は“匂いを嗅いでいた”と言っていたけど、舐めそうなくらい顔が近くて、ドキドキした。

太ももを指で拭う。

それを、舐めてみる。

…ちょっと、しょっぱい。

汗かいてたからかな?

自分の指のしょっぱさもあるのかもしれない。


あたしはテーブルに置いていたスマホを取って、ピザを注文する。

フゥッと息を吐いて、背もたれに寄りかかる。

しばらく目を閉じていたら、2人がおりてきた。

「千陽」

目を開けると、隣に制服姿の穂が座った。

「今日は…泊まってあげられないけど、夜ご飯は、一緒に食べよう?」

穂の優しさが、嬉しい。

あたしが頷くと、優しく微笑んでくれる。

「よいしょーっ」

永那がソファに寝転んで、穂の膝を枕にする。

…ずるい。

「あたしも寝たい」

「だめー」

永那は目を閉じて、ニヤニヤしながら言う。

穂は、苦笑してる。

仕方ないから、彼女の肩に頭を乗せる。


なんとなく…ただ、なんとなく…スマホのカメラを起動する。

SNSでレズビアンの人達と交流するために、試しに何度か自撮りしてみた。

結局載せなかったけど、我ながら可愛く撮れた自負はある。

あたしがスマホを構えて、穂があたしを見る。

ニコッと笑ってくれて、心臓がギュッと掴まれた。

画面の下に、永那も写っている。

永那は目を閉じているから、あたしがカメラを起動していることに気づいていない。

あたしは穂の頬にキスして、その瞬間、シャッターボタンを押した。

カシャッと音が鳴って、永那が目を開ける。

「ん?写真?」

撮れた写真を見ると、綺麗に撮れていて、満足。

「え、千陽が撮ったの?」

「悪い?」

「い、いや…珍しい…ってか、初じゃないの?」

「千陽…」

穂が小さく唇を尖らせていて可愛い。

「見して」

永那が手を伸ばす。

永那にはスマホを持たせないように、画面を見せる。

下手したら消されかねない…。

そんなことはしないと思うけど。


「あ!なにこれ!ずるい!私もする!」

「い、いいよー、やらなくて」

穂が困った顔をするから、やっぱり1枚目でやってよかった。

綺麗に撮れたし。

その後、永那が何度も挑戦しようとしたけど、穂は嫌そうな顔をしていた。

永那が不機嫌になったあたりで、インターホンが鳴る。

あたしが立ち上がって玄関に向かう途中、振り向くと、2人はキスしていた。

「ハァ」とため息をついて、ドアを開ける。

ピザを受け取って、3人で食べた。


穂が、永那を寝かせたいと言うから、ソファに寝かせた。

ベッドは、絶対あのままがいいから。

永那がまた穂の膝枕で寝るから、あたしも彼女の肩に頭を乗せる。

「穂、好き」

フフッと彼女が笑う。

「私も、好きだよ」

「穂が?」

「…なんでよ。千陽がだよ?」

嬉しくて、心がふわふわする。

穂は永那の髪を指で梳いている。

…この時間がずっと続けばいいのに。


永那がスゥスゥ寝息を立て始めた。

「ちょっと…トイレ借りるね」

穂は永那の頭をゆっくり膝からおろして、立ち上がる。

永那は起きる気配もない。

彼女の髪を撫でる。

久しぶりな気がした。

…永那とは、キスしちゃだめなのかな。

欲張りすぎ?

穂を傷つけたくないし、やらないほうがいいよね。

永那の寝顔を眺めていたら、穂が戻ってくる。

元いた場所(永那とあたしの間)には座らず、あたしの横に座った。

あたしが彼女をジッと眺めていると“なに?”という顔で、首を傾げる。

「…あたしも、膝枕…してほしい」

フフッと笑って「いいよ」と言ってくれるから、横になる。

7,8人が座れる広いソファなんて、寂しいだけだと思っていたけど、初めてありがたみを感じた。

「…幸せ」

「よかった」

穂がそう言って、心の声が出ていたことに気づく。

顔が一気に熱くなる。

意識して言うのと、気づいたら言っていたのとでは…感覚が全然違う。


「そういえば、玩具は…大丈夫だったんだよね?永那」

チラリと穂を見ると、穂の顔も赤くなった。

2人で赤くなるなら、まあ…いっか。

「う、うん。たぶん…。私が動かすのは、やっぱりだめだったけど、千陽がするのは、良いみたい」

…永那、“エッチはだめ”って言うけど、これも立派なエッチじゃない?と、あたしは思う。

とにかく、あたしが自分で勝手にするのはOKっていうのが基準なんだろうけど…変な基準。

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