第87話 文化祭

「穂、昨日、永那と学校まわれたの?」

「あー…忙しくて、無理だった」

「ふーん…永那、穂のこと探してたけど」

「うん、会えたは会えたけど…文化祭らしいことは全然できなかったな…」

「じゃあ、あたしと、楽しも?」

この子は…自分の可愛さを知り尽くしているとしか思えない。

優しく微笑まれて、上目遣いに見られる。

彼女の胸元は、また第二ボタンまで開いていて、それを私の腕に押し付けている。

心臓が、トクトクと鳴る。

「…うん」

通り過ぎる人の視線を物凄く感じた。

でも話しかけてくる人はほとんどいなくて、“生徒会”の腕章が意味を成しているように思えた。

たまに道を聞かれることはあったけど、それだけだった。

「あいつ、絶対あえて道聞いてきた」と、千陽は彼らを睨む。

「まあまあ…」となだめると、「あたし、穂との時間、少しも邪魔されたくないの」と見つめられる。

私は苦笑して、昨日倒れた1年生のオブジェを見た。


「ちゃんと修復できてるね」

「どこが壊れたの?」

「顔のところ、少しへこんで、穴があいちゃってたんだよね」

等身大の恐竜のオブジェ。

倒れないように固定していたのに、固定していた棒がいつの間にか外れていたらしい。

よく見れば、穴があいたところに違和感はあったけれど、パッと見ではわからなかった。

もう行こうかと思ったけど、千陽がジーッと恐竜を見ていたから、彼女を待つ。

…なんか、意外。

彼女を見ていたら「なに?」と聞かれて「なんでもない」と答えた。

その後は、千陽がお化け屋敷に行きたがって、全てのお化け屋敷を見て回った。

「3年生のは凄かったね」

「うん」

反応は薄いけど、千陽の表情は明るかった。


「穂、唐揚げ食べたい」

お昼の時間を少し過ぎたあたりで、まだ飲食系は混んでいた。

でもここで食べないと、この後食べられないから、並んででも食べなければいけない。

一緒に並んで、唐揚げとポテトを2人分注文した。

「…やっぱり、穂の唐揚げが好き」

夏休み、千陽と優里ちゃんが泊まったとき、唐揚げを作ってあげた。

そのときも彼女は反応が薄かったけど、気に入ってくれていたらしい。

「今日の夜、どうしよっか」

スマホでお母さんと誉には、今日千陽の家に泊まることを連絡する。

「遅いから…どこかで食べていく?」

「…穂のご飯、食べたい」

…私も、疲れてるんだけどなあ。

でも、まあ…家にお邪魔するんだし、そのくらいは。

「簡単なものでもいい?」

「うん!」

家にどんな調味料があるのか聞いたけど「何もない」と答えられて、驚愕する。

「ママもパパも、料理しないもん」

その言葉を聞いて、作ってあげたい気持ちが膨れ上がる。

炊飯器と電子レンジ、フライパンはあるとのことで、少しホッとする。


「昔ね、おばあちゃんの家に、よく預けられてたの」

千陽が口を開く。

「おばあちゃんは、手作りのご飯をたくさん作ってくれた。あたし、それがすごく好きだったの。穂と一緒にいるようになって、思い出した」

彼女が、本当に楽しそうに、笑う。

「…今は、おばあちゃんは?」

「ママが、行きたがらないんだよね。べつに、あたし1人で会いに行ってもいいんだけど…忘れてたから…」

へへへと笑う。

“忘れてた”って…千陽らしいと言えば、千陽らしい…のかな?

「今度、行ってみようかな」

「うん、きっと喜ぶよ」

彼女が頷く。


2時前に放送室につく。

千陽は大人しく、仕事をこなしていた。

相変わらず手は握ったままだったけど。

特に大きな問題も起こらず、無事に2日目が終了した。

7時にもなると、大半の生徒が帰っていた。

私達生徒会と文化祭委員は、見回りも兼ねて校内の清掃を手分けして行う。

最後に生徒会室に集まって、私が挨拶して、解散となった。


森山もりやまさんの手を引っ張りながら、千陽が私のそばに来た。

「帰ろ?」

森山さんは汗をタラタラ流していた。

「も、森山さん?大丈夫?」

「ははははははい、だだ、大丈夫、だす」

「だす」

プッと千陽が笑って、森山さんはもっと汗をかいた。

「ち、千陽…あんまり無理に絡んじゃだめだよ?」

千陽は首を傾げて、森山さんを見る。

「あたしに話しかけられるの、嫌?」

「いいいいいえ!とんでもござぁません!」

千陽が楽しそうに笑う。

…こんな千陽、初めて見るかも。

しかも、森山さんって…もっと落ち着いている印象があったけど…こんな感じだったかな?

「じゃあ、行こ?」

私の腕に腕を絡めて、千陽が歩き出す。


「森山さんは、千陽の近所に住んでるんだ?」

電車のなかで、森山さんと千陽が同じ小学校、中学校に通っていたことを知らされる。

「ははは、はい」

「だから最近、一緒に帰ってたんだね」

森山さんがコクリと頷く。

「…そしたら、森山さんも、千陽の家に泊まったらいいんじゃない?」

森山さんの目が大きくなり、千陽の目はスッと細まる。

「いいいいえ、わ、わ、私は、おおお、お2人の邪魔には、なりたくないので…!」

「邪魔?…邪魔なんかじゃ」

千陽の視線を感じて彼女を見ると、明らかに怒っていた。

「わ、私は…あの、本当に、いいので」

「そ、そっか。わかった、ごめんね」

「い、いえ…」


***


3人で駅近くのスーパーに寄った。

小学生のときはなかったと思うけど、最近は3合分のお米が売っていて、便利だ。

今日は梅おにぎりと卵焼きと、牛肉とごぼうのしぐれ煮を作ることにした。

味噌汁はインスタント。

野菜が少ないのがネックだけど、ブロッコリーを茹でることにして、誤魔化す。

調味料も買って、これは、明日持ち帰ることにした。

「そ、空井そらいさんの、手作り…ですか…」

森山さんの鼻の下が伸びている。

「えっと…食べていく?」

「いいいえ!い、いけません!…大丈夫です!はい!」

「…そっか」

森山さんって、どんな人なんだろう…?

「じゃあ森山さん、またね?」

千陽が言う。

「は、はい。また…」

千陽の家は、綺麗な戸建てだった。

森山さんの家が千陽の家から見えて、かなり近い距離に住んでいたのだとわかる。

「千陽…森山さんのこと“あんな子いたんだ”って言ってなかった?」

「んー…そうだっけ?」

私は苦笑して、家にお邪魔する。


真っ白な室内。

足元はフローリングではなく、タイル調だった。

大きなソファがリビングにあって、思わず「わぁ」と声が出た。

ほとんど無駄な物が置かれていない。

お掃除ロボットが目に入って「すごい!」と言うと「そお?」と返ってくる。

広いダイニングテーブル。

「これ、大理石…じゃ、ないよね?」

「知らない」

家具1つ1つが高級そうで、なんだかモゾモゾしてしまう。

「たまにパパの会社の人が来て、パーティを開いたりするの。だから、無駄に広くて、あたしは好きじゃない」

「…そっか」

「穂、お腹すいた」

「ああ、うん。ちょっと待ってね」

…す、すごい。

高そうな冷蔵庫…というか、冷蔵庫の横にワインセラーがあって、目が回りそうだ。

フライパンは新品そのもので、これも、高そう…。

本当に使っていいのかな…。


でももう夜も遅いし、早く作っちゃわないと…と、ご飯を炊いて、他のものを作る。

お皿も全部ブランド物で、正直触るのが怖い。

千陽は楽しそうに私のそばに立っていた。

だから、彼女にお皿を運んでもらう。

…お皿が違うだけで、いつものご飯がいつものご飯に見えないから不思議だ。

「いただきます」と言うと、千陽も小さく呟いた。

そのことに驚きを隠せずにいたけれど、彼女がおいしそうにご飯を食べるから、心がふわふわする。

ご飯を食べ終えると、千陽が雑に食洗機にお皿を入れた。

その扱いに恐怖を感じつつも、私は見守ることしかできない。


「お風呂、入る?」

「ああ…うん」

千陽が私の手を引いて、浴室に連れて行ってくれる。

お風呂は2階にあった。

高級なホテル…泊まったことはないけれど、イメージする高級なホテルの浴室って感じがした。

脱衣所とお風呂場の仕切りは全体が磨りガラスになっていて、お洒落に一部が普通の透明のガラスで…なんか、すごい。

…ちょっと、説明できない。

千陽が服を脱ぎ始める。

「ちょ、ちょ…ち、千陽!?」

「なに?」

「あ…えっと…私、1回出るね…」

「なんで?」

「え!?…だって、千陽…服、脱ぎ始めてるし…」

「一緒に入らないの?」

心臓がドッドッドッドッと音を鳴らす。

「は、入らない…よ…」

「なんで?」

「いや…さすがに…」

俯きながら、目だけ彼女に遣ると、「ハァ」とため息をつきつつ、彼女は服を着直した。


「わかった。じゃあ、穂、先入って?…あたし、ルームウェア持ってくる」

「あ、ありがとう…」

彼女が浴室から出ていって、大きく息を吐いた。

「私、大丈夫かな…だ、大丈夫だよね?」

胸に手を当てる。

制服を脱ぐ。

永那ちゃんに“着けて”と言われたマイクロビキニ…。

こういうときのためだったのかな…なんて。

制服のスカートの中に忍び込ませて、隠す。

ネックレスとアンクレットを取って、畳んだ制服の上に置く。

恐る恐るお風呂場に入ると、広々していてソワソワする。

シャワーが天井にもあるし、普通の物もある。

一般家庭に2つもシャワーって必要なの!?

…ああ、そっか。だから2人で入れるのか…。

怖い…。

どうすればいいのかわからなくて、適当にハンドルを回す。

天井からシャワーが降ってくる。

眉頭に力を入れながら、ボタンを押すと、普通のシャワーに切り替わる。


「穂」

心臓が飛び跳ねる…し、体もちょっと飛び跳ねた。

「は、はい」

「ここに、置いとくね」

「あ、ありがとう…」

磨りガラス越しにも、彼女の影が見える。

…これって、私の体も千陽に見えてるってことなのかな。

お風呂場のドアは、透明のガラス部分が縦に1本伸びていて、そこから中を覗こうと思えば、覗けてしまうようになっていた。

そろりそろりと、そこから体が見えないように移動した。

結局そんなのは杞憂で、千陽はすぐにパタンとドアを閉めて、浴室から出ていった。

なぜかシャンプーとコンディショナー、ボディソープがうちの物と一緒で、びっくりする。

他にも高そうな物が置かれていたけれど、当然使い慣れた物を選んだ。

ドキドキしながらのお風呂を終えて、彼女が用意してくれた服を着た。

ブラは、今日着けていたストラップレスのマイクロビキニを…ショーツはさっき買ったものを着た。

本当は汗をかいたから、ビキニはつけたくなかったけど、理性を保つためにも必要だと判断した。

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