第86話 文化祭

■■■


永那えなちゃんが帰って、私は放送室に戻った。

本当は、もっと一緒にいたかった。

金井かねいさんのおかげで、少しは長く一緒にいられたけど、それでも…悔しい。

本当は、一緒に校内を歩きたかった。

そのために、事前にどこにどんな出店があるか、頭に叩き込んでおいたのに。


体育館で演劇をしていたクラスの生徒が怪我をしたという情報が入って、急いで体育館に向かったのが12時前。

大きな怪我はなくホッとしたけど、念のため保健室に連れて行った。

放送室に戻ろうとしたら、校門に人が殺到してパニックが起きていると連絡が入り、それをなんとか鎮めた。

その時点で12時半をとうに過ぎていて、焦った。

ようやく永那ちゃんの元へ…と思ったら、今度は1年生の作ったオブジェが倒れたと連絡があった。

一度生徒会室に寄ってから、オブジェの詳細がわかる資料を取って、オブジェのある場所に向かった。

怪我人の確認や、修復可能か、先生との相談や1年生の文化祭委員との話し合いで大幅に時間が取られた。


永那ちゃんのことを不安に思っていたら、金井さんから連絡が来て、顔が熱くなった。

生徒会メンバー全員に聞かれていることを知っていたから。

トランシーバーからの連絡を聞いていたのか、なぜか先生にも「悪いな」と謝られた。

…先生にまで知られてるなんて…恥ずかしすぎて心臓がもたない。

でも、そのおかげか、心なしか早めに話し合いを切り上げてくれたようにも思えた。

私は走って生徒会室に行った。

それでも、もう2時の10分前で…。

こんなに頑張ったのに、永那ちゃんとの時間がたった10分…?と絶望した。


なんとか2人の時間は確保できたけど、何も食べていなかった私はお腹がペコペコで…永那ちゃんがたこ焼きを私のために買ってくれていたのが、嬉しかった。

…エッチを、してあげたかったけど、やっぱり、私には、学校でするのは無理だった。

ただでさえ待たせたというのに、傷ついた、悲しそうな顔をされるのは胸がズキズキと痛んだ。

月曜日…月曜日…月曜日!

落ち込んでる場合じゃない。

今は目の前のことに集中!

そして、月曜日を楽しみに、頑張るんだ。

そっとネックレスに触れる。

足元のアンクレットも確認して、フゥッと息を吐く。


「2人とも、ごめんね」

「いえ、おつかれさまでした」

副生徒会長の2人に謝って、マイクを交代する。

文化祭は4時まで。

その後、片付けや修復作業がある人達は学校に残って作業をする。

そのまま問題なく帰れる人達は帰れる算段になっている。

私達生徒会は最終下校時刻の夜8時まで残って、校内全体の確認をしてから、帰る。

ちなみに文化祭委員の人達は、特に用事がなければ、4時に帰っていいことになっている。


ただ音楽を流している間は、私達はひと息つける。

「先輩、本当に、おつかれさまでした」

日住ひずみ君が言う。

もう1人の副生徒会長は休憩だ。

「ありがとう」

両角もろずみ先輩からの差し入れ、美味しかったです。ごちそうさまでした…」

「…よかった」

永那ちゃんは“クラスメイトに買わされた”と言っていた。

…なんだか、苦虫を噛み潰したような気持ちだ。

“そのくらいの関係がちょうどいい”という、彼女の友人との距離の取り方は、私にはわからない。

口出しすることでもないのはわかっているけれど、腑に落ちない。


「そういえば、先輩」

「ん?」

「明日は、佐藤さとう先輩は、隔離したほうが良さそうですね」

「…ああ」

千陽ちよが校門でパンフレットを配っていたら、男子生徒や遊びに来たOB、その他の男性陣が殺到したのだった。

そのなかにチラホラ女子も混ざっていて、物凄い人混みになっていた。

なんとか千陽を隠して、とにかくみんなの興奮を鎮めるのは大変だった。

まるでニュースで見た、アイドルの握手会だ。

でも、隔離と言っても…1番隔離しやすい体育館の作業は、千陽には重労働で、全く当てにならない。

問題が立て続けに起きて走っていたとき、優里ゆりちゃんに会った。

そのときにも“千陽がいると、教室が人で溢れ返って大変だった”と言っていた。

去年は、永那ちゃんが参加しないから、千陽も参加しなかったらしい。

それでパニックが起きなかった…ということらしい。


「隔離…どこに隔離すればいいんだろう」

椅子の背もたれに寄りかかって、フゥッと息をつく。

「ここが、ベストじゃないですか?」

「放送室?…それは、そうかもしれないけど」

「俺、佐藤先輩と交代しますよ。音楽の放送とかなら、教えれば佐藤先輩もできますよね?」

じゃあ、もう1人の副生徒会長にも交渉しなきゃいけないな。

たぶん了承してくれると思うけど。

「そうだね。じゃあ、佐藤さんには放送室に来てもらおうか」

「はい」


***


3時半に、あと30分で文化祭が終わることを告げる。

4時10分前にも、もう一度告げる。

5分前になったら「本日は、文化祭にお越しいただき、ありがとうございました。明日も朝10時から午後4時まで開催予定なので、是非お越しください」と、4時になるまで繰り返した。

4時ちょうどに「本日の文化祭は、以上をもちまして、終了となります。みなさん、おつかれさまでした。片付けなど、作業のある方は、本日8時までに作業を終えてください」と3度繰り返して、マイクを切った。

日住君が音楽の音量を小さくして、フフッと笑った。

「今日は1日、大変でしたねー」

「まだまだ、今からも大変だよ?」

日住君は机に突っ伏す。

「そうですよね…残る必要もないのに、騒ぎたいがために残る生徒もいるんですよね…」

「うん」

去年、それで大変だった。


案の定、廊下をバタバタ走り回って、服を脱ぐ生徒がいた。

先生と、生徒会の男子メンバーが力づくで止め、なんとか押さえる。

8時になっても下校しようとしない生徒もいて、慎重に見回りをしつつ、早く帰るように促した。


翌日、千陽と副生徒会長の役割が交換となった。

クラスでも“千陽が来ると困る”とのことで、放送室での隔離は最適に思えた。

千陽は「みんなひどい」と頬を膨らませていたけど「でもラッキー」とニヤけてもいた。

「変なことしないでよ」と念押ししたけど「変なことってなに?」と言われて、無視した。

一通り音楽のかけかたを教えて、文化祭が始まる前に練習させた。

千陽は器用で、1回教えただけで覚えたみたいだった。

12時から2時までは、2人で休憩。

その間は、副生徒会長の2人が放送を担当してくれる。


10時の、文化祭開始の放送をした後は、音楽を流しつつ、しばらく待機。

何かしらの緊急の連絡が入れば、私が動かなければならない。

基本的には副生徒会長が対応してくれることになっているけれど、昨日みたいにオブジェが倒れる…なんてことがあれば、私が行かざるを得ない。

その間の放送は…千陽、できるかなあ?

一応それも教えたけど、彼女は心底面倒そうな顔をしていた。

何事もないことを願いたい。

すい

抱きしめられる。

「だーめ」

「これくらい」

「だめ」

彼女の手を解く。

彼女は頬を膨らませる。

仕方ないから、手を繋ぐ。

嬉しそうに顔がヘニャッとなるから、良しとした。


体育館での催し物の時間が近づくと、それを放送する。

トランシーバーから迷子のお知らせが入れば、その人の名前や特徴を言って、相手(主に保護者等)に校門に来てもらうように告げる。

たまに“友人を探してる”という迷子のお知らせもあるから、困りものだ。

他の時間は、各クラスの出店紹介。

千陽は真面目に音楽の調整をしたり、迷子のお知らせが入ったときには言われた名前や特徴をメモしたり、各クラスの出店情報が書かれている紙を捲ってくれたりした。

「ねえ、穂?」

「ん?」

「今日、あたし達、帰るの遅くなるでしょ?」

今日は文化祭に参加している全員、片付けがあるから、多くの生徒が8時近くまで残ることになる。

片付けが早く終わったクラスは、打ち上げをすることもあるらしい。

でも文化祭委員には、最後に、校内全体の清掃を手伝ってもらう予定だから、クラスの片付けが早く終わろうが終わらなかろうが、千陽は8時まで残ることになる。


「そうだね」

千陽の顔が浮かない。

「どうしたの?」

「…怖いの」

文化祭準備で7時近くまで残ることはあったけど、さすがに8時までは残らなかった。

…7時は大丈夫だけど、8時だと遅いから怖いってことなのかな?

「今日ね、家にパパもママもいないの」

彼女は椅子の上で膝を抱えながら、私を横目に見る。

スカートが短いから、太ももが露わになっている。

「8時に帰っても、家の中は真っ暗…それが、怖い」

「…そっか。じゃあ…うちに泊まる?」

「…穂が、あたしの家に来るんじゃ、だめ?」

上目遣いに見られて、心臓が跳ねる。

「え、えーっと…」

「あたし、疲れたから…今、あんまり…お母さんとたかと、話せる気がしなくて」

元々、千陽は人といても、口数が多い方ではないのは知っていた。

それを永那ちゃんがカバーしていたから、単純に、人が周りに集まってきていたのかもしれない。


「そっか。…わかった」

「来てくれるの?」

「うん。…ああ、でも、明日永那ちゃんと会う予定だから…朝には帰らなきゃいけないけど」

「ふーん…セックスするの?」

直球だなあ…。

一応、マイクがちゃんとオフになってるか確認する。

「んー…」

答えにくい。

「べつに、隠さなくてもいいじゃん」

彼女は唇を尖らせて、不機嫌そうにする。

「…うん。私は…シたい…」

…自分で言って、すごく恥ずかしい。

両手で顔を覆う。

「いいなあ」

それっきり、会話はなかった。

副生徒会長の2人が来て、私達は放送室を出た。

千陽に腕を組まれる。

彼女が楽しそうに笑うから、自然と私も笑みが溢れた。

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