第84話 文化祭

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文化祭前日、授業が丸一日休みになる。

1週間前から、放課後にみんなが学校に残って準備をしていた。

「参加しろよー」とみんなからブーイングを浴びつつ「すまんな!」と軽く敬礼して家に帰る。

本当は私だって参加したい。

あの、やる気ない魔人の千陽ちよですら、すいがいるからと、今年は参加している。

しかも文化祭委員とかいう、すごく忙しそうな…でも穂と一緒にいられて幸せそうなことまでしていやがる。

…ずるい。羨ましい。

とは言え、朝の電車で話を聞いたら、穂と話す時間なんてほとんどないと、ぶーたれていた。


「1回しかキスできなかった」とか言ってたけど…いや!1回でもできたならよくない!?

私だって、3ヶ月記念のときに少しキスしたくらいなのに…。

自分で“いい”とは言ったものの、千陽と穂がキスするのは…複雑な気持ちだ。

千陽のことは大事だけど、穂は絶対とられたくない。

千陽は…私のことも好きだと言う。

私達の関係を壊したいわけじゃないと言う。

穂の言葉では“穂は私ので、千陽は穂ので、結果的に2人とも私の”ということだけど。

まだ、あまりよく理解できていない。

本当に千陽と穂は、キス以上の関係にならないのか?

私よりも一緒にいてくれる千陽のことを、穂は私以上に好きになってしまわないか?

いつもそんな不安を抱えている気がする。


それでも、穂が私を大事にしてくれようとする気持ちが伝わってくるから、彼女の言葉を信じたいと思ってる。

私との時間を増やすために、お母さんとも会ってくれた。

お母さんはかなり穂が気に入ったらしく、毎日のように“次いつくるの?”と聞いてくる。

全く人との関わりがなかった状態からすれば、進展したのかもしれない。

お母さんにも、無理矢理にでも、人と関わる機会が必要だったのかもしれないと思った。

最近パニックを起こすことも減って、なんだか楽しそうにしている。


そんなこんなで、今日は丸一日授業が休みなので、文化祭準備を手伝いつつ、サボりつつ…穂を探しているのだった。

生徒会室に行くと、人が慌ただしく出入りしていて、とてもじゃないけど“穂はどこか?”なんて聞ける雰囲気じゃなかった。

少し部屋を覗いてみたけど、穂はいなかった。

でも廊下を歩いていたら、日住ひずみを見つけた。

こっそり後をついていくと、放送室についた。

ドアの窓を覗くと、穂がいて、胸がギュゥッと締めつけられる。

真剣な姿が、好き。


「マイクテスト、マイクテスト」

穂の声が廊下に響いて、びっくりする。

その後、音楽が流れ始めた。

日住と、知らない女子と3人で打ち合わせしている。

…羨ましい。

日住が振り向いて、目が合った。

彼が穂に何か言って、穂と目が合う。

穂が来て、ドアを開けてくれる。

永那えなちゃん、どうしたの?」

…はぁ、好きだ。

穂はブレザーを着ていない。

私は自然と、上目遣いになっている穂の胸元に目がいく。

…やっぱ、ダメかな。

この前膝に乗せたときも思ったけど。


「永那ちゃん?」

「…ああ、特に用事はないんだけど…穂、どこいるかなあ?って、ちょっと探してみただけ」

「そっか」

穂の目が少し泳ぐから、彼女が“どうしよう?”と考えているのがわかる。

「…忙しいのにごめんね。じゃあ、教室に戻るわ。会えてよかった」

「…待って!」

帰ろうとしたら、手を掴まれた。

日住と女子に「すぐ戻ってくるから」と告げて、私の手を取る。

放送室の奥にある、多目的室の鍵を開けて、中に入る。

「私も、永那ちゃんに、会いたかった」

ドアに寄りかかって、穂が私を見る。

ゴクリと唾を飲んで、彼女に口付けする。

「穂、好き」

彼女の頬を両手で包んで、もう一度唇を重ねる。

彼女の胸に触れると、「だめ」と言われて、手をどかされてしまう。

ブラをつけていないから、シャツの上からでも彼女を感じられる気がして、もっと触れたくなる。


「穂?」

「ん?」

「ブレザーある?」

「うん、生徒会室に…」

「生徒会室か」

放送室(多目的室)は1階の教員室のそばにある。

生徒会室は3階。

「しばらく生徒会室行かない?」

「…うん、どうして?」

“胸元が気になるから”とは言えない。

そんな格好をさせたのは自分だけど、そんな格好で日住と狭い部屋で2人きりになられると想像すると、嫌だった。

「これ、着といて」

私のブレザーを脱いで、彼女の肩にかける。

彼女が首を傾げる。

「いいから、着といて」

「…わかった。…永那ちゃんの匂いがする」

肩のあたりを嗅ぐ仕草が可愛くて、もう一度キスをする。

…いつまでもしていたい。

このまま、2人でずっとここにいたい。

舌を出すと、受け入れてくれた。

久しぶりの感触。

子宮が疼く。

彼女を味わいたくて、口内を舐める。

まだまだしていたかったのに、彼女に肩を押された。

「おしまい」

「おしまい?」

「うん」

フフッと笑うから、もう一度口付ける。


***


「おしまいだよ?」

「最後…」

もう一度、触れ合う。

見つめ合って、彼女が扉を後ろ手に開ける。

触れたい。抱きしめたい。離れたくない。

「永那ちゃん、明日来るんだよね?」

「うん」

「私、一応12時~2時は空き時間だから。緊急で何かあったら、対応しなきゃいけないかもしれないけど」

「わかった、その時間に来るね」

彼女が放送室に入って、手を振ってくれた。

…本当に僅かな触れ合い。

嬉しいけど、寂しさも膨れる。


教室に戻ると、優里ゆりがほっぺを膨らませながら肩をポカポカ叩いた。

「どこ行ってたのー!明日、明後日いないんだから、ちゃんとやってよー!」

「はいはい、ごめんごめん」

ポンポンと頭を撫でて、飾り付けを手伝う。

「どこ行ってたの?」

千陽が聞く。

文化祭委員は、今日は仕事がないらしい。

「穂のとこ」

「あたしも行こっかな」

「忙しそうだったよ?」

千陽は目を細めて、私の言葉を疑うような視線を送ってくる。

「マジで」

「顔がニヤけてる」

その言葉は、無視する。

久しぶりの触れ合いだったんだから、ニヤけもするよ。


5時過ぎても、みんなはカフェのメニューの試作をしていた。

「千陽、こんな時間だけど…1人で帰れる?」

千陽がため息をつく。

「子供扱いしないで」

「…心配してるだけだろ」

頭をボリボリ掻く。

「…森山もりやまさんと帰るから、大丈夫」

文化祭委員をやり始めてから、千陽は森山さんとよく喋るようになった。

森山さんのほうはずっとビクビクしているようだけど。

彼女は、実は中学も一緒だったのだと千陽から聞いて心配になったけど、問題ないらしかった。

千陽が自分から喋りたいと思える相手ができたのは、良いことだ。

私は鞄を拾って、ブーイングを浴びながら1人で帰る。

大きくあくびをして、両手を上げて伸びる。


お母さんが3時頃寝たから、私も寝た。

昼間眠れなかったから、眠い。

アラームをつけたかったけど、もちろんそんなことはできない。

「起きれますように」と真剣に願って、布団に潜る。

目が覚めたのは11時半で…12時前に学校につきたかったのに、つけそうにないことにガッカリした。

急いで…でも音を立てないように、制服を着る。

小走りに学校に向かった。

ついたのは12時半過ぎで、放送室に行っても、もう穂はいなかった。

仕方ないから教室に向かった。

「あ、永那ー!」「両角もろずみ、手伝えよ」「来れたの?」

クラスメイトの声を聞き流しながら「穂見なかった?」と聞く。

「彼女のためだけに来たのかよー」と文句を言われるけど「当たり前だろー」と返す。

「さっき体育館のあたりで見たよ」

その言葉を頼りに、体育館に行くけど、穂はいなかった。

「手伝ってけー!」「永那もう行っちゃうのー?」という声は無視した。


「永那?」

宣伝が書かれているダンボールを首から下げた優里がいた。

隣には2人、似たような格好をしているクラスメイトがいる。

「穂見なかった?」

3人は顔を見合わせて、「校門でパンフレット配ってるところにいたかな?」「見た気がする」「ラブラブだねえ、羨ましい」「ねー!私も恋人欲し~!」「文化祭でイケメンとの出会い、ないかな~」「私は好きな人が欲しい!」各々自由に話す。

「サンキュ」

校門に行ったけど、人がごった返していて、探しにくかった。


「あ、千陽」

千陽が森山さんと歩いていた。

「穂どこ?」

「知らない。さっきまでいたけど…」

「た、たしか、生徒会室に戻るって、い、言ってました…」

「ありがとう」

走って生徒会室に行く。

途中で時間を見て、2人でのんびり見て回る時間がなさそうだと判断して、お昼のたこ焼きを買った。

ドアの窓から覗くけど、生徒会室には誰もいなかった。

…早く会いたい。

一応メッセージは入れたけど、既読はつかない。

「両角先輩?」

名前を呼ばれて振り向くけど、誰かわからない。

「私、生徒会の者です。空井そらい先輩をお探しですか?」

「ああ、うん」

「少々お待ちください」

少しキツめの目をした1年生の女子がトランシーバーを腰から外した。

「空井先輩、金井かねいです。どうぞ」

ジジと音が鳴った後「空井です、どうぞ」と穂の声がする。

「両角先輩がお探しです。生徒会室にいます。どうぞ」

「わ、わかった…ありがとう。すぐ、行きます」

金井さんがトランシーバーを腰に戻す。

「ありがとう」

「いえ」

彼女はそのまま、生徒会室の中に入る。


私も入っていいのかわからなくて突っ立っていると「どうぞ」と言われた。

ドア近くの椅子に座る。

時計を見ると、もう1時半近くになっていて、ガッカリする。

金井さんは鞄からお茶を出して飲んでいた。

少し汗もかいているようで、(たしかに今日暑いもんなー)なんて、呑気に思う。

穂、ブレザー脱いじゃってるかな…。

「ねえ、金井さん」

「は、はい」

彼女は“ごきゅ”と喉を鳴らして、お茶を飲んだ。

「これ、お礼。穂を呼んでくれた」

手伝えないからと、クラスの売上に貢献。

ワッフルとタピオカ。

「え、い、いいんですか?」

「うん、たくさんあるしね」

「ありがとうございます…」

彼女が袋を受け取る。

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