第83話 文化祭準備

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「この前、あなたの机に資料を置きに行ったとき、机の中から、エロ本が顔を出してたの。…これからは、気をつけたほうがいいんじゃない?」


なぜ、私は今、こんなことになっているのでしょうか。

生徒会長の空井そらいさんが資料室に行って、副生徒会長の日住ひずみ君に「空井さんに資料をわたしてきてほしい」とお願いされたので、行っただけなのです。

決して、2人の秘密の関係を覗き見たかったわけではないのです。

…見たことで失神しかけたのは事実ですが。

そして、なぜ、今、私は、こっそりエロ本を持ってきていたことを、バラされているのでしょうか。

これは…あれですね。

“絶対言うんじゃねえよ、クソ陰キャが”と、暗に言われているんですね。

はい、わかっています。

絶対言いません。

…なので、どうか私を社会的に抹殺しないでください。お願いします。


…エロ本と言ってもBLもので、最近はアニメオタクにも優しい世の中になったと言いますが、さすがにエロ本を持っていたと知られたら、抹殺されること間違いなしです。

今までひっそり隠れていたのに。

目立たないように、誰にも目をつけられないように、努力してきたのに。

よりにもよって、こんな、陽キャの頂点みたいな人に目をつけられるなんて…思いもしませんでした。

「確認だけど、相手が誰か、わかってるよね?」

心臓がかつてない程に働いています。

運動が苦手で、運動をするたびにぶっ倒れそうになりますが、それ以上に心臓が動いていて、うるさいです。

「ねえ、聞いてる?」

「あ、あ、あ、あ、あ…あの…わ、私、だ、だ、誰にも言いません」


「そうじゃなくて、あたしがキスしてた相手、誰かわかってるか聞いてるの」

空井さんです。

空井さんでした。

最近、あの両角もろずみさんとお付き合いされていると公表なさった、空井さんです。

佐藤さとうさんの目の下がピクピクと痙攣して、怒りを表しています!

ギャー!やだー!いじめないでー!

「わかってるの?」

「そ、そ、そ、空井さ、ん…」

「ハァ」と大きくため息をつかれる。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

言いません、絶対に誰にも言いません。

許してください。許してください。


佐藤さんは机に乗っている椅子をおろして、足を組んで座ります。

私よりも低い位置にいるはずなのに、ものすごく見下ろされているような、そんな圧を感じます。

「ちなみに永那えなは、このこと、知ってるから」

…………え?

何度瞬きしても、景色は変わりません。

「空井さんは永那のだけど、あたしは空井さんのなの」

バッコンバッコン心臓が鳴って、意識が朦朧としてきました。

全く理解が追いつきません。

「だから永那に告げ口しても意味がないし…もしあなたがみんなにこのことを言ったら、あなたの秘密も…」

「はい!はい!絶っ対に、絶っっっ対に言いません。ど、どんな拷問を受けようとも、私は口を開きません!」

過去一大きな声が出たと思います。

それくらい、私の覚悟は決まっているということです。

どうか、伝わってください。

どうか、どうか…。


プッと彼女が笑いました。

…綺麗な顔。

ハッ…!調子に乗りました。すみません。

「拷問ってなに?」

優しく微笑まれて、私の心臓が、違う意味で、ドキドキ…しているような…。

「…じゃあ、まあ…これは、2人だけの秘密、ね?」

2人だけの…。

佐藤さんは唇に人差し指をつけて、私を見ます。

「空井さんにも、永那にも、言わないで?…お願い」

美女の上目遣い…!!!くはっ……!

こんな…こんな…お願いのされかた…反則、ですね。

「は、はい…もちろんです」

「よかった」

ようやく私は解放されて、彼女が教室を出るのと同時に膝から崩れ落ちました。


中学のとき、私は友達とBLについて話すのがとても楽しみでした。

お店でBL本を探しているとき、たまたま目に入った百合の漫画。

なんとなく買ってみて、どハマりしました。

友達に言うと“百合はちょっと…”と言われ、ショックでした。

それからはBLは友達と、百合は1人で楽しむようになりました。

高校に入って、2人の友人ができました。

彼女達は百合好きで、私は興奮しました。

私はリアルでの推しカプはいなかったのですが、2人が両角さん×佐藤さんカプを推しているという話を楽しそうにするので、自然と私もリアルに興味を持つようになりました。

…私は、空井さん派でした。

空井さんと両角さん、あるいは、空井さんと佐藤さんがくっつけばいいな…なんて思っていました。

でも友人の2人からは賛同を得られそうになかったので、その想いはひっそりと、自分の頭のなかだけであたためていたのです。


***


両角さんと佐藤さんは、入学して早々、学校中の話題になりました。

当然です。2人とも、あの美貌ですから。

それに比べて空井さんは、すごく有名だったわけではありません。

高1のときはクラスも違ったし、彼女のことを詳しく知っていたわけではありません。

でも、生徒会に入った友人2人の話を聞いて、私は興味を持ちました。

規律正しく、品行方正、成績も常にトップで、クラス委員も生徒会もやっている。

…そんな完璧なアニメキャラみたいな人、います?

信じられませんでした。

友人たちの生徒会にこっそりついていって初めて見た彼女はとても綺麗で、両角さんや佐藤さんに引けを取らないと思いました。

彼女の気品のある振る舞いが、余計そう思わせたのだと思います。

それからは、私の頭のなかでは、空井さん×両角さんか空井さん×佐藤さんで、妄想が繰り広げられていたのです。

…ちなみにどちらかと言うと私は、空井さん×佐藤さん推しでした。


それが…頭の中だけで繰り広げられていた光景が…急に目の前に飛び込んできたのです。

失神しかけるのも当然です。


そもそも、空井さん、両角さん、佐藤さんと同じクラスになれただけでも眼福で、幸せでした。

人生の幸運を全て使ったのではないかとすら思いました。

友人2人から羨ましがられたのは、良い思い出です。

ちょっとした優越感と言うのでしょうか…。

“何か情報があったら、常に教えてほしい”と懇願されました。

空井さんと佐藤さんが喧嘩をした日は、焦りました。

(わ、私の一番の推しカプが、喧嘩だなんて…)と。

それでも、例えば(喧嘩した後に仲直りで…)なんて考えたら萌えましたが。

トイレに行きたくなって廊下を歩いていると、授業にいなかった両角さんと佐藤さんが2人でいる姿を見てしまいました。

壁の影に隠れていてよく見えなかったのですが、キスしているように…見えたのです。

(やっぱり、両角さん×佐藤さんだよね…)と、少しガッカリしつつも、友人に情報提供しました。

しっかり“見間違いかもしれない”と強調して。


実は、私は佐藤さんの家の近所に住んでいます。

なので、昔から佐藤さんのことは知っていました。

“近所に、ものすごく可愛い子がいる”と話題になっていましたから。

でも彼女の両親は、決して愛想の良い人達とは言えませんでした。

なので、近所に住んでいても彼女と交流する機会なんてありませんでした。

同じ小学校、同じ中学校、同じ高校でしたが、彼女と話したのは、今回が初めてです。

一度も同じクラスになったことはありませんでしたが、彼女が両角さんと付き合っているらしいという話は、中学のときからありました。

彼女が、酷いイジメにあっていたことも…知っています。

それを両角さんが守っているのだと、なんとなく、思っていました。

だから、私からすれば両角さん×佐藤さんは、当たり前というか…簡単に想像ができたのです。

このことは、友人2人には話していませんが。

人のデリケートな問題を簡単に他人に話すほど、自分が落ちぶれているとは思っていません。


私は生徒会なんて、とてもじゃないけどできる器じゃないから、少しでも空井さんにお近づきになれたら…と、体育祭委員も文化祭員も立候補しました。

純粋に、空井さんに対する憧れもあったので。

そして…空井さんと両角さんが、お揃いのアンクレットをつけていると気づいたときには、大興奮しました。

(両角さん×佐藤さんじゃないの!?)と、1人で転げまわりました。

2人の秘密の関係…気づいた日の夜は、眠ることもできませんでした。

…ただ、やっぱり私は空井さん×佐藤さんの組み合わせが好きで、少しの寂しさも感じました。

なんというか、両角さんは見るからにかっこいいですし、誰と組み合わせても違和感がありません。

だからこそ、少し闇を抱えたクールな佐藤さんと品行方正でクールな空井さんが掛け合わさったら、とんでもなく萌えるのではないかと…妄想していたのです。

両角さんに対してだけは甘えるような態度を取る佐藤さんが、空井さんにだけしか見せない姿を…なんて考えたら、それだけで涎が垂れて止まりません。


…それが!!そんな、私の妄想が!!…目の前で……。

え、許されるの?

私の推しカプが、両方とも叶うって、あり得るの?

あり得ていいのですか!?神様!!

“空井さんは永那のだけど、あたしは空井さんのなの”

あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙…そんなこと…そんなことあっていいの…。

頭が…おかしくなる…。


森山もりやま?…大丈夫!?」

「し、塩見しおみ君…だ、大丈夫、です…」

床に倒れていたら、塩見君に見られてしまいました。

とんでもなく恥ずかしいです。

なんとか起き上がって、生徒会室に戻ります。

もう、佐藤さんと空井さんを、ただ妄想する存在として見れなくなっていました。

…マジかよーーーー、リアルかよーーーー、ヤバイじゃん!!!!


***


「森山さんって、同じ駅だったんだ」

「…は、はい」

“家も近所です”とは言えませんでした。

たまに両角さんと佐藤さんが2人で登下校しているのを見て、ムフムフしてました…なんて言えません。

文化祭委員で、同じ時間に帰宅しなければならなくなっても、私はあえて遠回りして帰っていました。

でも、今日は佐藤さんにがっちり腕を掴まれて、一緒に帰ることになりました。

電車に乗るまでずっと無言で、とんでもなく気まずかったのは言うまでもありません。

「ねえ、どう思った?」

「…え?ど、どう、とは?」

佐藤さんにジッと見つめられて、私の体が硬直します。

「あたし達の、関係…。歪、だよね?」

歪…?

…たしかに、通常の恋愛とは、違うかもしれません。

が…私は推しカプが両方見れて、幸せです!…とは、言えません。

「…2人にとって、あたしって、邪魔な存在なんだよね」

佐藤さんが窓の外を眺めて、その横顔が…酷く傷ついているようで、私は、こういうときにかける言葉を、持ち合わせていません。


「なんて言われても…困るよね。ごめんね。…気にしないで」

そんな…そんな…悲しい笑みを…浮かべないで。

あなたは私の、推しなのだから。

「じゃ、邪魔じゃ!ありまそん!」

顔から火が吹き出そうです。

なんで、なんで私は噛むかなー!!

佐藤さんのただでさえ大きな瞳が、大きくなります。

その後プッと笑って、「ありまそん」と小さく繰り返しました。

私は俯くことしかできませんでした。

「す、少なくとも…私は…さ、佐藤さんと両角さんと、そ、空井さんが好きです」

「好き?」

心臓がバッコンバッコン鳴り始めます。

一体、私は何を言っているのでしょうか?

…好きです。そりゃあ、大好きです。

でも、それを本人に言うって…!!

バカ!私のバカ!!どう収拾つけるの!?

「いや、あのー…えー…あー…す、好きというのは、あの、好感を持っているという意味で…け、決して、決して、変な意味では……」

「ふーん。…じゃあ、変だって思わないの?」

「…は、はい。す、少なくとも、わ、私は…という話ですが」

「そうなんだ」


それからまた会話はなく、駅につきました。

“家はどこか?”と聞かれたので、目をそらしながら、家のほうを指さします。

佐藤さんは首を傾げて「うちと同じほうだ」と呟きます。

2人で歩くと、佐藤さんの私への視線がどんどん険しくなっていきます。

「家、どこ?」

もう、この声…絶対怒ってるよ…。怖い。

「あそこです」

「へえ?…随分、近所だね」

「ははは、そ、そうでしたね」

「…知ってたよね?」

ギクッとして、肩が上がったまま、また体が硬直します。

小学校、中学校を聞かれて、素直に答えると、舌打ちをされました。

怖すぎます。

もう、私、社会的に抹殺されるかも…。

「森山さん、あたしのこと、ずっと知ってたんだ」

「ごごごご、ごめんなさい!」

「べつに、いいけど。…じゃあ、また明日」

あっさりした物言いに、ビクビクしながらも、ホッとします。


「ねえ」

ホッとしたのも束の間、声をかけられて「はひ!」と声が裏返って、汗が流れ落ちます。

「あたしがイジメられてたこと、誰かに言った?」

私は顔をブンブン横に振りました。

「よかった。…これからも、よろしくね」

今度は縦にブンブン振ります。

彼女が家に入って、ドアを閉めるまで、私は動けませんでした。

「お姉ちゃん?」

聞き覚えのある声に、体がビクッと反応します。

「す、すみれ

菫は1歳下の妹です。

おそらく部活帰りなのでしょう。

彼女も同じ高校に通っています。

菫は佐藤さんの家をジッと見てから、私を見ます。

「佐藤さんの家の前で何やってんの?…うぇ!?なに!?キモっ!?」

気づけば、涙と鼻水と涎が溢れ出ていました。

「す、菫~、どうしよう~、お姉ちゃん、死ぬかも~」

彼女に縋り付こうとすると、走って逃げられました。

それをゾンビのように追いかけて、なんとか家につきました。


「おかえり~!…え!?さくら!?どうしたの!?」

「わけわかんない、マジで気持ち悪いんだけど…」

「お、お母さん…私…もう…死ぬかも…」

「何があったの!?お母さんに話してごらん?ね?」

そう言われて、リビングまで連れて行かれました。

ソファに転がって、お母さんが持ってきてくれたお茶を飲んで、ようやく落ち着きます。

「どうしたの?」

「どうせキモい趣味がバレたんじゃないの?」

「…キモいって…キモくない!尊いの!」

「エロ本はさすがにキモいだろ…」

妹の辛辣な意見は聞きません。

お母さんは苦笑します。

「バレた…バレたのもあるけど…」

「やっぱバレたんだ」

「佐藤さんに、バレた…」

場が凍ります。

「お姉ちゃん、ドンマイ」

「え、えーっと…ほら、佐藤さん、良い子じゃない?大丈夫だよ」

お母さんが私の背中を適当に撫でて、キッチンに逃げました。

もう終わりです。

…でもそれ以上に、最高のシチュエーションを見てしまったなんて…言えない…!!!

私は両手で顔を覆って、唸り声をあげることしかできませんでした。

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