第82話 文化祭準備

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夏休み最終日、あたしは2人に嫉妬して、耐えられなくなって、家に帰った。

すいがあたしを愛してくれたあのベッドで、永那えなが穂を愛していると考えただけで、嫉妬で頭が狂いそうだった。

どっちに嫉妬しているのかわからない。

もはや、どっちにも嫉妬している。

2人と一緒にいたい。

2人に愛されたい。

2人だけが、本当のあたしを見てくれる人。

あたしを、愛してくれる人。

2人にとって邪魔者のあたしを排除する機会なんて、たくさんあったのに。

それでも2人はあたしを見捨てずに、あたしのことを大事にしてくれる。


前まで、永那と2人きりのときは、あたしが一方的に話すことが多かった。

中学のときは永那もセックスの話をしていたけど、高校に入ってからは、永那の口数は減った。

複数人でいるときは、永那は元気に振る舞っていて“よく喋るなあ”なんて、逆にあたしの口数が減ったけど。

最近は、2人で穂の話をすることが多くなった。

まだあたしが穂にイライラしていたときのことを聞くのは、楽しかった。

あのときは…穂に永那を盗られて、またひとりぼっちになるんじゃないかって、焦っていた。

だから、全く穂のことが見えていなかった。

それが恥ずかしくもあり…でも、その過去があるから、穂があたしのことを好きだと思っていてくれたことがなおさら嬉しかった。

永那はあたしを守ってくれる王子様。

でも穂は…なんなんだろう…愛をくれる存在。

安心感をくれる存在。

どう表現すればいいかまだわからないけど、ずっと一緒にいたいって思う。

彼女に、ずっと、愛されていたい。


始業式が終わって、文化祭について決めることになった。

穂が教壇に立って、前までは何も思わなかったのに、愛しさで胸が溢れるから不思議。

ずっと見てられる。

永那に対する気持ちとは全然違う。

この違いがなんなのか、やっぱりまだあたしにはわからない。

文化祭委員がなかなか決まらなくて、穂が時計を見た。

穂が文化祭委員について説明して、あたしは“生徒会の仕事も手伝ってもらう”という言葉に反応した。

…もしかして、文化祭委員になれば、穂と長く一緒にいられる?

だから、手を挙げた。

あたしの後に続くように、何人か立候補する人が出て、じゃんけんで塩見しおみ森山もりやまさんが文化祭委員になった。


まさか、あたしが文化祭委員に立候補したことによって永那が暴走するとは思わなかった。

穂が、傷ついていた。

前の、近寄り難い穂みたいな雰囲気を醸し出していたけど、今のあたしにはハッキリと違うのがわかった。

傷つく姿を見ていられなくて、マンションの前で彼女を待った。

生徒会があるのは知っていたけど、なかなか帰ってこないから、不安になった。

彼女の顔を見た瞬間に、その不安は、胸の痛みに変わる。

あたしのせいで、2人の関係が悪くなって、穂が傷ついてる。

…やっぱり、あたしは2人にとって邪魔者なんだと、実感させられる。

だから“切り捨ててくれていい”と言ったのに。

自分で言っておきながら、胸が抉られるような痛みが走った。

でも、その痛みをかき消すように、彼女があたしの唇を奪った。

彼女らしくない、少し強引な触れ合いに、ドキドキした。

体が反射的に反応して、涙は出たものの…それは嫌な感じではなくて。

嬉しかった。

彼女が、あたしを大事にしてくれようとする気持ちが、伝わってきたから。

彼女が、あたしと永那の両方を大事にする方法を考えると言うから…そんな方法ないのにと思いながらも、あたしは安心した。

…捨てられずに済む。

また、ひとりぼっちにならずに済む。

そのことに、ただただ、ホッとした。


次の日の朝、永那と穂が話し合った。

あたしが教室に戻ったら、永那はあたしを睨みながら、穂を膝の上に乗せた。

永那の強引な扱いに、穂は顔を真っ赤にしていた。

ホント、永那は中学のときからやり方が強引で、堂々とし過ぎていて、怖い。

まあ、そのおかげで…なんとかあたしに注目を浴びさせることもできたし。

これで、穂が傷つかずに済むと思って、安心した。

“相手、誰?”と、みんなからしつこく質問される。

相手なんて、穂しかいないけど。

そんなこと言えるはずないから“みんなの知らない人”と答えておいた。

あながち嘘じゃない。

あたしの前でしか見せない穂の顔があることを、あたしは知っているのだから。

きっと、永那だって見たことない。

…もちろん、永那にしか見せない穂の顔があることも知ってるけど。

なんとか、一件落着。


***


文化祭委員の仕事は単調でつまらなかった。

穂と同じ空間にいられはするものの、生徒会長(仮)である彼女と話せる機会はほとんどなかった。

塩見と森山さんと、任された仕事をこなしていく。

主なことは生徒会の人たちがやるから、あたし達は本当に手伝い程度で、雑用みたいなことばかりをやらされた。

パンフレットに載せる、各クラス・部活の催し物の広告を書く時間があった。

あたし達は自分のクラスの広告を考えていたけど、塩見と森山さんが頭をひねっていた。

何か案がないか求められたけど、そんなのに興味もないから、あたしは「わかんない」と言って、2人に任せる。

頬杖をついて穂を眺めていたら、たまに目が合うから、それだけが幸せの時間。


既に2回の集まりを終えて、今日が3回目。

いい加減、飽きてきた。

こんなの人生で一度もやりたいと思ったことはなかったし、穂がいなければ、今回だってやるはずのなかったこと。

マジでめんどくさい。

資料のホチキス止めとか、資料室から資料を取ってくるのとか、体育館の設備の確認とか、当日の役割決めとか…そんなんばっかでつまらない。

正直、どうでもいい。

…昨日、穂がまた永那の家に行くと言っていたのも、あたしがイライラしている理由かも。

しかも、昨日って記念日でしょ?

あー、嫉妬する。

べつに、2人のイチャイチャする時間を邪魔したいわけじゃないし、見たいわけでもないから、あたしは永那の家に一緒に行きたいとは思わない。

それに…中学のときに永那の家に行ってみたいと言ったことがあったけど“絶対嫌”と睨まれたことがあったから、あたしから“行きたい”とは、もう言えない。

でも、もう少しあたしのこともかまってほしい。

…でも、そんなこと言えるはずもない。

言える立場じゃない。

すごく、寂しいけど。


「ちょっと、資料室行ってくるね」

穂が日住ひずみに言う。

「それなら俺が」

穂は優しく微笑んで、彼の耳元で何か囁く。

…あんなこと平気でするから、穂はモテるんだ。

そのことに気づいていないこともまた、彼女がモテてしまう要因なんだろうけど。

気づかせるようなことを言ったら、顔を真っ赤にするんだろうなあ…なんて思うと、ニヤける。

ちょうどいいから、あたしはこっそり穂の後をついていく。

資料室の扉を開けると、穂が棚を指さして確認していた。

千陽ちよ…どうしたの?」

ドアを閉めて「べつに」と笑う。

彼女の目が泳いで、少し頬がピンク色に染まる。

…可愛い。

あたしは伸びた髪を後ろにやって、少し前かがみになって、胸元が見えやすいように歩く。

これなら上目遣いにもなるし…穂、好きでしょ?こういうの。


「ねえ、昨日、楽しかった?記念日でしょ?」

穂の目が大きく開かれる。

「う、うん…楽しかったよ」

目をそらされる。

あたしが目の前に来ると、穂は一歩後ずさった。

だから、あたしは一歩前に出る。

「エッチした?」

一気に穂の顔が赤くなる。

「し、してないよ…!」

「そうなの?」

意外。

…永那の家ではできないのかな?

「穂、あたし…ずっとおあずけされてて、そろそろ耐えられないんだけど?」

彼女がまた一歩後ずさるから、あたしはそれに合わせて一歩前に出る。

穂がそろそろと横歩きをして、あたしと棚の間をすり抜けるように移動する。

逃げようとする姿に、チクリと胸が痛む。

…あたしのことも大事にするって言ったのに。


あたしは窓の縁に寄りかかって、穂の腕を掴む。

右手で彼女の腕をグッと引っ張って、左手で彼女のネクタイを掴んで彼女を引き寄せた。

まだまだ暑いから、クールビズ的なやつで、ネクタイを着用する必要はまだない。

ブレザーも、まだ着なくていい。

でも穂は真面目だから、9月からネクタイをつけていた。

ブレザーはさすがに脱いでいるけど。

「穂、それは、傷つく」

眉をハの字にさせて、彼女の瞳が揺らぐ。

「ご、ごめん…」

「して?」

穂の視線があたしの唇に落ちる。

喉が上下して、唇が触れ合う。

…ああ、やっとだ。

やっと彼女から愛される。

こんなに、柄にもなく文化祭のことを頑張っているんだから、少しくらいのご褒美はほしい。

あたしが舌を出すと、彼女も絡ませてくれる。

子宮が疼く。

…早く、穂の家に泊まりに行きたいな。

今度はあたしの家でもいいかも。

そしたらたかという邪魔者もいないし。

思う存分愛してもらえる。


なんとなく、薄く目を開いた。

穂の後ろに…扉の向こう側に…人影。

あたしは慌てて唇を離して、穂の頭を胸に押し付けた。

むごむご、何か穂が言うけど…そんな場合じゃない。

…ヤバイ、かな。


「穂、ありがと」

髪を乱して、顔を真っ赤に染めて、瞳を潤ませる彼女の唇に、触れるだけのキスをした。

あたしは資料室を小走りに出た。

見つけた背中を追いかける。

肩を掴んで、振り向かせる。

あたしよりも背の低い、丸眼鏡の女。

彼女の瞳は怯えていた。

「ご、ごめんなさい…!」

「なにが?」

「あ…あの…えっと…その…」

「見たの?」

「…ご、めん、な、さい…」

…顔は見えていなくとも、穂が資料室に行ったことはわかっていたはずだから、きっと、バレてる。

肩のシャツを掴んだまま、空き教室に入った。

壁に彼女を押し付ける。

「誰にも、言わないよね?」

彼女はガクガクと頭を縦に振る。

あたしの心臓は、ものすごい速さで血液を全身に送る。

緊張なのか、怒りなのか、恥ずかしさなのか…そのどれもなのかは、わからない。

「あたし、あなたがエロ本持ってきてたの…知ってるから」

彼女の顔が引きつる。

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