第81話 文化祭準備
「穂、ご飯どうする?」
「あ、そっか。…じゃあ、そろそろ帰ろうかな?」
「え~もう帰っちゃうの?」
お母さんに腕を掴まれる。
「食べていったらいいじゃない?…私が作るよ!」
「お母さん、ご飯は私に作らせて?」
「え~、いつも永那が作る~」
「私のご飯、嫌い?」
「嫌いじゃ、ないけど…」
永那ちゃんがお母さんの頭を撫でる。
「穂、食べてく?」
「いいの?」
「うん」
お母さんは私に抱きついて、「わ~い!」と嬉しそうに笑った。
「手伝おうか?」と聞いたけど、「大丈夫」と頭を撫でられた。
「ねえ、穂ちゃんは~部活とかしてるの?」
「生徒会を」
「生徒会?…難しそう」
「もうすぐ文化祭なので、今は忙しいですけど、楽しいですよ」
「文化祭!?永那から聞いてない~」
言ってはいけないことだったのかと思って焦ったけど、永那ちゃんはご飯を作り続けていた。
「永那~聞いてない~」
「どうせ私は参加しないんだから、いいでしょ」
“参加しない”という言葉に、胸がズキリと痛む。
「え~、やったらいいのに~。お母さん、文化祭好きだったな~」
「めんどくさいから、私はいいんだよ」
これは…永那ちゃんの、嘘。
永那ちゃんがいないと、パニックを起こしてしまうお母さんへの、優しさ。
「文化祭、楽しいですよね」
「うん!私ね、学校で一番かっこいい人がいて、その人に告白されたの~、あれは恥ずかしかったな~。でも、嬉しくて…良い思い出」
「それは、ドキドキしそうですね」
「ドキドキ!そう!ドキドキした~!…穂ちゃんは、彼氏いるの?」
彼氏。
…そりゃあ、そうだよね。
「お付き合いしてる人は…います」
「えー!イケメン?」
「はい、かっこいいです」
「きゃー!いいな~!私も高校生に戻りた~い!」
お母さんから学校生活について聞かれたり、永那ちゃんのことを聞かれたりして、話していたら、永那ちゃんがカレーを出してくれる。
…これが、永那ちゃんがほぼ毎日食べているというカレー。
事前に誉に連絡して、夜ご飯はいらないと伝えた。
最近誉も自分で料理をするようになって、家事の心配はグッと減った。
「いただきま~す」
お母さんが食べ始める。
それに続いて私達も食べ始める。
「おいしい」
そう言うと、永那ちゃんが鼻で笑う。
「おいし~ね~!」
お母さんも言う。
「ごめんね、駅まで送れなくて」
「大丈夫だよ」
ご飯を食べ終えて、私は家に帰る。
「気をつけてね」
「うん」
「穂ちゃ~ん!また来てね~!」
「はい、お邪魔しました」
永那ちゃんは私が見えなくなるまで、ドアを開けて手を振ってくれていた。
クラスメイトから普通に話しかけられる日常に慣れないながらも、1週間経った、3ヶ月記念日。
“3ヶ月記念を、盛大にしよう”と、永那ちゃんと約束していた。
1ヶ月記念はプレゼントが遅くなってしまったし、2ヶ月記念は会えもしなかった。
全部私が、記念日をそこまで重要視していなかったことが原因だけど。
だからこそ、今回はちゃんとやりたかった。
とは言え、平日ということもあって、どうしたらいいのか、悩ましかった。
“盛大”と言うと、なんとなく誕生日が思い浮かんで、誕生日と言えばケーキかな?と思い、手作りのケーキを用意した。
学校に持ってくるのは不安だったから、学校が終わったら家に取りに行こうと思ってる。
…でも、それだけでいいのかな?
2人で過ごすために、また永那ちゃんの家に行くことは決まっている。
だから夜ご飯も作ろうと思ってる。
あれから、永那ちゃんのお母さんは、しきりに私が次いつ家に来るのか聞いてくるらしい。
永那ちゃんは“せっかくの記念日なのに”と申し訳なさそうにしていたけど、嬉しそうに笑うから、私も嬉しくなった。
ケーキと夜ご飯とお母さんに会うこと…その3つをプレゼントとするには、なんだかまだ足りない気がした。
飾り付け…。
何か、永那ちゃんが家で癒やされるような…そんな物がプレゼントできたらいいかな?
何がいいかな?
…こんなにも楽しく、授業中にも考えてしまう自分がいるなんて、想像したこともなかった。
永那ちゃんには、後で家に行くことを伝えて、私は家に帰った。
冷蔵庫からケーキを取って、袋に入れた。
夜ご飯用の食材をスーパーで買う。
何か他にあげられるものがないか、駅前のお店を少し覗いて歩く。
「ああ、これがいいかな」
私はそれも買って、永那ちゃんの家に向かった。
インターホンを押すと、すぐに永那ちゃんが開けてくれる。
「おお、荷物いっぱいだね!…大変だったんじゃない?」
「平気。…冷蔵庫開けてもいいかな?」
「うん、好きにして」
「穂ちゃ~ん!会いたかった~!」
荷物を持った状態でお母さんに抱きしめられた。
「ちょ、お母さん…!穂、ごめん」
永那ちゃんが垂れた眉を掻きながら、お母さんを引き離す。
***
「お母さん、永那ちゃん…これ…」
さっき買ったお花を差し出す。
「え?…お花?綺麗!」
お母さんの顔が輝く。
永那ちゃんは興味深そうにお花を見ている。
「最近、ビニールでできた花瓶もあって…」
江戸切子のような絵柄の、花瓶の形をしたビニールを出す。
水を入れて、買った花を生ける。
「うわあ、キラキラしてて、綺麗」
座卓の上に置くと、お母さんは腕を枕にして、机に顔をつけた。
永那ちゃんはその様子を嬉しそうに眺めていた。
目が合って、優しい笑みを浮かべてくれる。
「ありがとう、穂」
頭を撫でられる。
昔、永那ちゃんのお母さんは和食をよく作っていたと言っていた。
だから今晩は、和食にしようと思って、いろいろ考えてきた。
さばの味噌煮、レンコンの金ぴら、味噌汁と炊き込みご飯。
レンコンの金ぴらは少し多めに作って、明日食べられるようにする。
ふいに、後ろから抱きしめられる。
「穂、好き」
「え、永那ちゃん…お母さんが…」
「大丈夫」
振り向くと、彼女は私達に後頭部を見せるように、机に顔をつけていた。
テレビを見ているのか、さっきあげた花瓶を見ているのか…。
視界が遮られて、唇が重なる。
すぐに離れてしまったけど、久しぶりな彼女との触れ合いに、心臓が喜ぶようにトクトクと鳴り始める。
「プレゼント、何がいいか、考えたんだけど…」
永那ちゃんが囁くように言う。
抱きしめるように手を伸ばして、私の首の後ろに触れる。
「結局、定番な物しか思い浮かばなくて」
彼女が離れる。
私の首元には、キラリと光る石のついたネックレスがかけられていた。
石のついているチェーンがY字で、長さを調節できるようになっていた。
「綺麗」
「ごめんね、盛大にするって言ったのに…私はこれしかなくて…」
「そんな…嬉しいよ」
なんでも、嬉しい。
永那ちゃんが私のことを考えてくれて、贈ってくれたものなら、なんでも。
「よかった。…ネックレスの箱、穂の鞄に入れておくね?」
「うん、ありがとう」
頭をポンポンと撫でられる。
そっと石に触れて、料理を再開した。
座卓に料理を並べると、お母さんが拍手する。
「すごい!すごい!…こんなの、いつぶりかな」
一瞬お母さんの目の色が曇って、永那ちゃんがお母さんを抱きしめた。
「本当だね、おいしそうだね」
「…うん!おいしそう。いただきま~す!」
永那ちゃんが、すごい勢いで食べていくから、その姿に笑ってしまう。
「穂ちゃん、料理上手だね~。穂ちゃんの彼氏も、こんなおいしいご飯食べられたら、離れられなくなっちゃうんじゃない?」
お母さんが楽しそうに笑う。
「胃袋がっちり掴んで!」
グッと手を握りしめて、顔をキリッとさせる。
そういえば永那ちゃんも、千陽のことを誉に話していたとき、似たようなこと言ってたな。
アハハと笑って、私は永那ちゃんを見る。
…がっちり、掴めてるといいな。
食後に少し休んでから、ケーキを出した。
今回は崩れにくいように、ムースにした。
ビスケットを砕いて台にして、ホワイトチョコと生クリーム、抹茶を混ぜた、簡単なもの。
「え~!ケーキも!?なんで~?」
そう言われて、ハッとする。
そうだよね…いきなりケーキなんて、お母さんからしたら、どういうことかわからないよね。
言い訳が何も思い浮かばず固まっていたら、永那ちゃんが口を開く。
「お母さん、もうすぐ誕生日でしょ?」
…え!?そうなの!?
「え~!!穂ちゃん、それで作ってくれたの!?」
チラリと永那ちゃんを見ると、微笑まれた。
「…あ、はい」
「嬉し~!嬉し~!」
そう言って、抱きつかれた。
「ねえ、穂ちゃんは誕生日いつ?」
抱きつかれた勢いで、私はお母さんに押し倒される。
「11月、です」
「じゃあ、じゃあ、次は私がお祝いするね!」
「そんな…あの…」
「約束!」
お母さんが私に覆いかぶさりながら、小指を出す。
だから、その小指に小指を絡めた。
彼女が嬉しそうに笑って、ギュッと抱きしめられた。
「ほら、お母さん。穂が困ってるよ」
そう言って、永那ちゃんはお母さんを起き上がらせる。
「へへへ、ごめんね?」
「いえ…喜んでもらえて、よかったです」
「うん!嬉しい!」
残ったケーキをラップで包んで、冷蔵庫に入れる。
「じゃあ、帰るね」
「うん、気をつけてね」
「穂ちゃん!また来てね!絶対ね!」
「はい、お邪魔しました」
2人に見送られながら、私は帰った。
家に帰って、鞄を開ける。
教科書の上に、ぽんと箱が置かれていた。
箱に書かれたブランド名が、私でも知っている名前で、驚愕する。
「これ…けっこう高いんじゃ…」
永那ちゃんは“これしか”なんて言ってたけど、1つが大きいよ…。
無理しなくていいのに。
箱を開けると、折り畳まれた紙が入っていた。
『穂へ
今日は一緒に過ごせて嬉しかった。お母さんも、きっと楽しんでくれていると思う。本当にありがとう。
私は、穂を怒らせたり悲しませてばかりだけど、大事にしたい。うまくいかないことも多いけど、ずっと、この先も、大事にしたいと思ってる。
穂が思ったことがあれば、なんでも言ってほしい。1人で、泣かないで。全部、受け止めたいから。
穂が、大好きだよ。これからも、一緒にいたい。大好き。
永那』
ポタポタと、涙が溢れ出す。
…こんなの、ずるい。
全然“これしか”じゃない。
箱にネックレスをしまって、手紙を見つめる。
私も、手紙書けばよかった。
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