第80話 文化祭準備

「永那、マジで空井さんと付き合ってんの?」

クラスメイトが言う。

「うん。私から告った」

「え、なんでー?」

他の人も参加してくる。

「めっちゃタイプだったから…話したいなあって思って話しかけて、デートしたりして…ムフフって感じ」

「ムフフってなんだよ!」

「両角、こえー」「空井さんって、鉄壁だと思ってたのに…」

「私をナメんなよ、鉄壁を崩すのが私の使命なんだから!」

「何言ってんの」「やっぱ永那ってバカだよね」「空井さん可哀想…」「空井さん、被害者じゃない?」「マジで残念なやつだわ」

…なぜか永那ちゃんの批判になってくる。

「てかさー、両角と千陽ちゃん付き合ってないなら、俺恋人に立候補しちゃおっかなー!」

クラスが一瞬静まり返って、ザワザワする。

そばに立っていた千陽が「ハァ」とため息をつく。

「バカじゃないの?あたし、相手いるし」

ワッとクラスが盛り上がる。

「うっそー!」「なんで今まで教えてくれなかったの!?」「誰!?この学校!?」「マジかよー…」

全ての話題が千陽に引っ張られていく。

私はようやく顔を覆っていた手をどけた。


…みんなの顔が、キラキラしてる。

そっか。

みんな、楽しいんだ。

肩の力が、抜けていく。

「穂」

耳元で囁かれる。

「ごめんね」

永那ちゃんの、優しい声。

「うん」

永那ちゃんと千陽が、守ってくれている。

…大切にしたい。

やっぱり、どちらかを切り捨てる…なんて、できない。


クラスは盛り上がったまま、授業が始まった。

休み時間中、前に座っていた子が、恐る恐る振り向いた。

目が合って、私が首を傾げると…オドオドしながらも「あ、あの…空井さん」と話し始める。

「なに?」

「…私、実は今好きな人がいて」

突然のことに、目を白黒させる。

「その…永那に好きになられたくらいだし、なんか、秘訣とか…あるのかなって…よければ、何かアドバイスを…してもらえないかなって…」

…秘訣?…アドバイス?

「あ、ごめんなさい…!そんな、いきなり言われても困りますよね…」

「いや…その…えっと…。私はただ、普通に掃除をして、永那ちゃんが寝ていて…どうやったら起こせるのか、試行錯誤していただけで…特に、何かしたわけでは…」

「あー、空井さん、しばらく1人で掃除してたもんね」

隣の席の子にも声をかけられて、肩をビクッと上げる。

カラオケにいた子だ。

「あのときかー。え、じゃあ2人がくっついたのって俺らのおかげじゃね?」「そーだ!俺らが遊んでたおかげじゃん!」

「…掃除は、ちゃんとやってください」

私が言うと、なぜかみんなが笑う。


私が、興味がないと切り捨ててきたこと。

私が、他人を許せなくて切り捨ててきたこと。

自分が、恥ずかしいと思ってきたこと。

今まで、一体私は何を怖がっていたのか。

なぜ、誰のこともちゃんと見ようとしてこなかったのか。

永那ちゃんのやり方は、いつも少し強引だけど…それくらいしてもらわないと、私は何も気付けなかったのかもしれない。

千陽が、永那ちゃんは王子様だと言った。

私にとって永那ちゃんが王子様かどうかはわからない。

でも、グイグイ引っ張って、私を違う世界に連れて行ってくれる。

無邪気に、まっすぐに、いろんなことを教えてくれる。

…永那ちゃんが、好き。


永那ちゃんは、グーグー寝ていた。

千陽を見ると、クラスメイトと話していたけど、すぐに目が合って、微笑まれた。

周りの席の子に話しかけられて、私は視線を戻す。

不思議と緊張感はない。

私がいると、周りの人たちの楽しい雰囲気を壊してしまうと思っていたけれど、今はそれを感じない。

普通に時間が過ぎていく。

…いや、私からすれば、これは普通ではない。

クラスメイトから話しかけられて、休み時間中に本を読まない…。

そんな、当たり前みたいだけど、当たり前じゃない、時間。


放課後、永那ちゃんを起こしに行く。

「永那ちゃん、起きて」

彼女の頬をつついて、そのまま指で唇に触れる。

ゆっくり何度か唇を撫でて、「永那ちゃん」と呼んでいると、ペロッと指先を舐められた。

慌てて引っ込めると、薄く目を開いて、永那ちゃんが笑う。

「穂」

起き上がって、抱きしめられる。

一瞬みんなの注目を浴びて鳥肌が立ったけど、すぐに視線を感じなくなった。

「え、永那ちゃん…」


「いくらみんなに知られたからって、あからさまにイチャつかないでくれる?」

千陽が私の腕に腕を絡めた。

胸を腕に押し付けられると、シャツから見える谷間が寄って見えて、顔が熱くなる。

「うっせー」

「今日は…何かあるの?」

千陽が永那ちゃんを無視して聞く。

「うん、永那ちゃんの家に遊びに行こうと思って」

彼女の耳元で囁く。

「家?」

「うん」

「ふーん」

“あたしも行きたい”と言うかと思ったけど、千陽は何も言わなかった。

永那ちゃんと手を繋いで、千陽に腕を組まれて、3人で電車に乗る。

駅前で千陽と別れて、永那ちゃんと2人で家に向かう。

前にも一度、歩いた道。

「穂」

「ん?」

「一回、私が1人で中に入るね」

「うん」

「もし、ダメそうだったら…その、帰ってもらうことになっちゃうけど…」

「大丈夫だよ」

永那ちゃんが不安そうに、笑った。


***


ブロック塀に寄りかかって、本を開く。

木造2階建てのアパート。横に4つずつドアが並んでいる。

永那ちゃんの家は、2階の、右から2番目のドア。

階段が少し錆びれて、心なしかどのドアも塗装が剥げている。

15分くらい経ってから、ドアが開いた。

「穂、いいよ」

大好きな人の、お母さん。

来る途中でお菓子を買った。

永那ちゃんは“いいよ”と言ったけど、初対面なのに、そういうわけにはいかない。

そのお菓子の袋をギュッと握って、フゥッと息を吐いて、階段を上る。


ドアの前に立って、永那ちゃんと一度目が合う。

片手でドアを開けておいてくれるから、私は「お邪魔します…」と中に入った。

「こんにちはぁ」

目がトロンと垂れた、でも、目鼻立ちの整った綺麗なお母さんだった。

「こんにちは」

「ふふ、永那が友達を連れてくるなんて、いつぶりかなぁ?…よろしくね!」

私は会釈して「よろしくお願いします」と言った。

優しそうな、お母さんだった。

「お母さん、ほら、中に入れてあげようよ」

「あ、そうだね!…どうぞどうぞ。ちょっと…汚いから申し訳ないのだけど」

お母さんが楽しそうに背を向ける。

永那ちゃんは眉をハの字にして笑う。

「どうぞ」と言われて、靴を脱ぐ。


部屋中の壁が、傷だらけだった。

玄関入ってすぐにキッチンがあって、その先にある、座卓とテレビのある部屋に通された。

座布団を敷いてくれる。

「お茶、持ってくるね」

永那ちゃんがキッチンに行く。

「あの、お母さん…これ、どうぞ。今日は、突然お邪魔させていただいたので」

「うわー!なにー?」

楽しそうに袋を受け取って、中身を見る。

「わーーー!おいしそう!」

永那ちゃんがコップを机に置いてくれた。

「ありがとう」

彼女が優しく笑って、頷く。

永那ちゃんは私とお母さんの間、キッチン(玄関)側に座った。

「ねえ、ねえ、食べていい?」

お母さんに触れられて、一瞬ビクッとしたけれど、すぐに笑みを作る。

「はい。お口に合うといいんですけど」


「あ、えーっと…穂ちゃん?」

「はい」

えへへと笑いながら、頬杖をつく。

「ありがとう」

その笑顔が、永那ちゃんに重なって、私も口元を綻ばせた。

「いえ」

お母さんはフフッと笑って、お菓子を食べ始める。

「おいしー!…永那も食べて!食べて!」

「はいはい。…もらうね?」

私が頷くと、口に運ぶ。

「うん、おいしい」

「でしょー?…こんなにおいしいの、いつぶりかなぁ?」

「そうだね」


永那ちゃんが1つ、私にお菓子をわたしてくれた。

他のを全部、お母さんの前に並べて、ため息をつく。

「これ全部いいのぉ?」

「うん、全部お母さんのだよ」

お母さんは顔を輝かせて、大事そうに抱えて、お菓子の袋に頬擦りする。

その腕には、痛々しい傷が刻まれていた。

「穂」

「ん?」

「こっちが私の部屋で、こっちが…お母さんの」

今いる部屋を2分割するように、部屋が2つあった。

綺麗に半分というわけではなく、永那ちゃんの部屋のほうが小さかった。

「なんもないけど、部屋見る?」

「うん」

永那ちゃんが立ち上がって部屋に入るから、一緒に入る。


プラスチックの衣装ケース2段と、布団が畳まれている。それだけの部屋。

過去の教材が、衣装ケースの横に積み上げられている。

「穂」

呼ばれて、永那ちゃんのいるところにしゃがむ。

衣装ケースを開けて、ジプロックに入った私のショーツをニヤニヤしながら見せてくる。

「返してくれるの?」

ジーッと睨むけど「やだ」と笑顔で断られる。

「私の宝物だよ?」

「返す気ないね?」

へへへと永那ちゃんが笑う。

鍵のついた箱を出す。

開けると、アクセサリーが入っていた。

いつか見た雫のピアスも、シンプルな物もあった。

「アクセサリーはね、基本、友達が誕生日プレゼントでくれたんだ」

「そうなんだ。…永那ちゃん、ピアスいつ開けたの?」

「中二のときかな」

「早いね、先生に怒られなかったの?」

「怒られた」

ニヒヒと笑う。

彼女の耳に触れる。

右に2つ、左に1つ。

学校のある日は、ピアスをつけていないことが多い。


「なんか、変なの」

永那ちゃんは胡座をかいて、私をジッと見る。

「穂が家にいるなんて…変なの」

可愛くて、彼女の頭を撫でる。

「永那~」

「なに?」

永那ちゃんが小さくため息をついて、立ち上がる。

私は衣装ケースに入っている服を見る。

やっぱり、永那ちゃんは数着しか服がなかった。

1ヶ月記念のプレゼント、服にしてよかったな。

衣装ケースを閉じて、私も居間に戻る。

「これがね、開かないの」

「何が取りたいの?」

「ハサミ」

「なんで?」

「綺麗な包装紙でしょ?取っておきたい」

「わかった」

ポケットから鍵の束を出して、棚の鍵を開ける。

私があげたタヌキのキーホルダーもついていた。

永那ちゃんがハサミを取って、お母さんにわたす。

私が買ったお菓子の包装紙を丁寧にハサミで切って、キッチンの棚にあてる。

「見て、可愛いでしょ?」

「うん、可愛いね」

「穂ちゃん、可愛いよね?」

「はい、可愛いです」

お母さんは嬉しそうに笑って「貼りたい」と永那ちゃんにねだった。

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