踏み込む
第77話 文化祭準備
始業式が行われた後、クラスで文化祭について話し合われた。
私はクラスの委員長だから、進行役を務める。
「まず、文化祭に参加するか否か、多数決で決めたいと思います。参加希望の方、手を挙げてください」
クラスメイトの大半が手を挙げた。
みんな楽しそうに、何の催しをするか話している。
「希望者が多いので、クラスでの文化祭参加を決定します。…では次に、文化祭委員を3名決めたいのですが、立候補する方はいますか?」
ガヤガヤといろんな声が飛び交う。
みんな押し付け合って、冗談を言い合って、なかなか決まらない。
「文化祭委員は火曜日と木曜日に、放課後に集まりがあります。集まりは、来週の木曜日からです。文化祭の当日は、生徒会の仕事も手伝ってもらうので、遅くまで学校に残ると思っていてください。…なので、極力それに参加できる方をお願いします」
さらにみんなの声が大きくなる。
“俺は部活あるから無理”とか“めんどくさそう”とか。
体育祭委員を決めるときも大変だったけど、もっと大変だ。
私は時計を見る。
永那ちゃんを見ると、楽しそうに優里ちゃんと話していた。
視界の端に、手を挙げた人物が映る。
目が合って、微笑まれた。
心臓がトクンと鳴る。
「さ、佐藤さん」
私が言うと、みんなが彼女に注目する。
「あたし、やる」
「千陽!?」
永那ちゃんの声が通る。
「えー、じゃあ俺もやるー!」、「私もやろうかな」、「お前部活あるんじゃないのかよ?」…新しい反応が教室中を飛び交った。
…一言で空気をガラリと変える力…すごい。
永那ちゃんと目が合う。
すごく迷っているような、でも無理なことだと葛藤するような…頭を抱えて、縋るように私を見ていた。
でも、私にはどうすることもできなくて、苦笑する。
「えっと…とりあえず、1人、佐藤さん」
黒板に佐藤さんの名前を書く。
その後、7人の立候補があったから、じゃんけんをしてもらった。
1人女子、1人男子。
それぞれの名前を黒板に書く。
3人に教壇に立ってもらって、進行役を交代する。
「あとは、何をするのかと、希望する場所の候補を決めるだけだから…」
3人に伝える。
ジッと千陽に見つめられて、どう反応すればいいのか、わからなくなる。
曖昧に笑って、私は席についた。
文化祭委員に決まった男子、
カラオケにもプールにもいた、ノリの良い男子の1人だ。
でも彼はしつこく千陽を誘うようなタイプではなく、断れば引いてくれる、私にとっても悪い印象のない人だった。
もう1人の女子、
千陽がやる・やらないに関わらず、今回も手を挙げてくれようとしていたのかもしれない。
「じゃー、何するー?案ある人、挙手!」
塩見君のラフな進行で、みんながより楽しそうに盛り上がる。
私の役目は終わったし、頬杖をついて外を見た。
みんながやりたいことを言っていく。
私は生徒会の仕事があるから、クラスの催し物にはほとんど参加できない。
参加できないことに対して、私は口出ししない。
飲食系とお化け屋敷が人気だ。
「でもそれじゃあ他と被るよね?」なんて声も聞こえてくる。
「俺、コスプレ喫茶がいいなー。水着とか浴衣とか…バニーガール的なの着たりとか!」
プールで私の肩を掴んだ男子が言う。
「うちのクラス可愛い子揃いだし?めっちゃ良くね?」「えー、あたしのことー?」「はー?何言ってんだよ」「ひどいー」「はいはい、お前も可愛いよ」
嫌いなタイプの集団が大声を出す。
「えーっと、じゃあ、まあ、いろいろ候補出たし、多数決にしよー!」
塩見君が彼らの会話を遮る。
黒板には、ワッフル、クレープ、たこ焼き、タピオカ、いくつかの食べ物を出せるようなカフェ、お化け屋敷、迷路、アクセサリー作り、女装・男装喫茶、コスプレ喫茶…と並んでいた。
私はなんでもかまわないけど…○○喫茶、というのは、あまり好きになれそうにない。
「やりたいものに手挙げてねー」
塩見君が候補を1つずつ言って、森山さんが人数を数えて正の字を書いていく。
千陽は興味なさげに髪の毛をいじっていた。
私はアクセサリー作りに手を挙げた。
カフェとコスプレ喫茶が同票になる。
「じゃあ、この2つでもう一回多数決取るよ」
当然、私はカフェに手を挙げる。
さっきの会話を聞いていたからか、ほとんどの女子がカフェに手を挙げた。
永那ちゃんはコスプレ喫茶で、なんとも言えない気持ちになる。
…本当に変態なんだから。
まあ、こういうところで永那ちゃんは遠慮なく手を挙げるから、私が嫌いなタイプの集団とも仲良くあれるのだろうとも思う。
それでクラスが平和なら、許容できる。
結果、カフェになってホッとする。
嫌いな集団がブーイングしてるけど、多数決では仕方ない。
文化祭の取り決めが終わると、先生が挨拶をして、解散になった。
***
「空井さん」
千陽が私の肩に触れる。
しゃがんで、私の机に頬杖をつく。
「生徒会の手伝いって、何するの?」
また第二ボタンがあいてる…。
「…あぁ、学校の入口でパンフレット配ったり、校内の見回りをしたり、毎年体育館でダンス部とか軽音部が何か発表するから、その時間の管理だったり椅子の出し入れをするよ」
「ふーん。…あたし、空井さんと一緒にいられる?」
上目遣いに言われて、ドキッとする。
「ど、どうかな?…私は、たぶん当日放送室にこもることになると思うから」
「放送室?」
「うん。いろんなことを…放送するんだ。校内でどんなことが行われているかとか…迷子のお知らせとか…」
「なんだ、つまんない」
心底つまらなさそうに言う。
放送は生徒会長と副生徒会長の役目だ。
事前に生徒会長から、次の生徒会長を私がやるように言われている。
副生徒会長は、同級生1人と、日住君だ。
だから今回の文化祭は、生徒会長になる私の初めての仕事と言える。
来週の火曜日に生徒会があって、そこで正式に発表される。
一応、今日、全校生徒に生徒会長に立候補するかどうかのプリントが配られたけれど、だいたい、みんな文化祭に夢中で見られもしない。
もし候補者が現れたとしても、今回の文化祭に限っては、私が仕切ることになる。
「…でも、放課後、たくさん一緒にいられるんでしょ?」
…どうしてそういう、可愛い言い方をするの。
「ま、まあ…それは、そうだね」
「よかった。…楽しみ」
「空井さん」
千陽の横に、森山さんが立った。
千陽よりも少し身長が低くて、丸い眼鏡をかけている。
か細い声なのは、体育祭のときも一緒。
しゃがんでいる千陽が彼女を見上げる。
「ぶ、文化祭の候補の紙、来週の木曜日の集まりで提出すれば、いいんですよね?」
「うん」
私が頷くと、森山さんはぺこりと頭を下げて、パタパタと走って席に戻った。
「あんな子、クラスにいたんだ」
「…いたよ」
千陽はいつもの、愛想のない顔で、彼女の背中を見ていた。
「千陽、なんで急に」
鞄を肩にかけた永那ちゃんが、私の肩に手をついて寄りかかる。
急に触れられて、心臓が跳ねる。
「ホントだよ~、びっくりしたー!」
優里ちゃんが千陽に抱きつく。
「いいじゃん。どうせ暇だし」
千陽は立ち上がって、私を見下ろしながら微笑んだ。
「私もしたかった…」
「永那ん
優里ちゃんが哀れみの目を永那ちゃんに向ける。
「うっせー」
「…そういえば、永那ちゃんは文化祭、参加できるの?」
そう聞くと、急に顔を覗きこまれる。
顔が近くて、鼓動が速くなった。
「少しだけ、ね」
頭をポンポンと撫でられる。
「穂と、回れる?」
胸がキュゥッと締めつけられる。
「それ、は…」
「生徒会で忙しい?」
「…なんとか、あける」
永那ちゃんが優しく笑う。
「ありがと」
優里ちゃんは体育館に向かって、私達3人は校門に向かった。
「じゃあ、穂、また月曜ね」
永那ちゃんが抱きしめてくれるから、心臓がドクドクと大きく鳴る。
思えば学校で永那ちゃんに抱きしめられるなんて初めてで、帰宅する生徒の視線が刺さって、恥ずかしさのあまり顔が熱くなる。
彼女に見つめられて、まるでキスしそうな雰囲気に、慌てて距離を取る。
「う、うん。また、月曜」
永那ちゃんが私の考えていることを察したのか、楽しそうに口角を上げた。
千陽が永那ちゃんの腕に、自分の腕を絡める。
その光景に、胸がチクリと痛んだ。
…やっぱり2人はお似合いだな。なんて、思ってしまったから。
「穂」
2人に見つめられる。
「穂は、私の彼女だよ」
「あたしは、穂の」
風が吹く。
…私、こんな美女2人に、なんてこと言われてるんだろう。
冷静にそう思ってしまうほど、2人が綺麗だった。
「ねえ、それどういう意味?」
「聞いてないの?」
「聞いてない、言え」
「やだ」
永那ちゃんの目の下がピクピク動く。
「あ、永那ちゃん…」
ボーッとしている場合じゃなくなって、私は慌てて永那ちゃんに説明した。
なんとか納得してもらって、2人の背中を見送る。
何度か永那ちゃんが振り向いて手を振ってくれるから、振り返す。
いつまでも永那ちゃんが千陽に怒っているみたいだった。
微笑ましい気持ちのまま、私も家に帰った。
月曜日、永那ちゃんの髪が短くなっていた。
6月はマッシュヘアだったけど、夏休みを経てかなり髪が伸びていた。
ハンサムショートになっていて、クラスの女子から抱きつかれていた。
「永那かっこい~」「夏全然会えなかったから寂しかった~」
キャーキャー騒がれて、永那ちゃんも満更でもなさそうな顔をする。
…私も、永那ちゃんに触れたい。
そんな気持ちを隠すように、本で顔を隠す。
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