第74話 まだまだ終わらなかった夏
1人になって、大きくため息をつく。
お母さんのこと…本当に何かできないのかな?
いつまでも永那ちゃんがいないとダメ、なんて…それじゃあ、永那ちゃんの人生はどうなるの?
依存関係。
スマホで調べると、色々出てくる。
…それを永那ちゃんに伝えたところで、どうすることもできないだろうし、ありがた迷惑だろうから、何も言わない。
でも、絶対に、このままでいいわけがない。
どうにかできないのか…。
考えても答えは出ず、家につく。
3人が人生ゲームで遊んでいた。
「あ、穂ちゃん!おかえりー!」
「ただいま」
「永那大丈夫だった?」
優里ちゃんは眉をハの字にさせて聞く。
「うーん…どうかな」
「なんか、申し訳ないことしちゃったな…」
「べつに、いつものことでしょ?」
佐藤さんがルーレットを回している。
「そう、だけど…」
「次、優里だよ」
誉が俯く優里ちゃんに声をかけた。
テーブルに何もないから、私は4人分のお茶を用意する。
ボーッとボードを眺める。
なんだかんだ優里ちゃんも、申し訳ない気持ちを横に置いて、楽しそうにしていた。
勝敗は、1位が佐藤さん、2位 誉、3位 優里ちゃんの順だった。
優里ちゃんが「もう一回!」と言って、今度は私も参加することになった。
この回は、1位 私、2位 誉、3位 佐藤さん、4位 優里ちゃんだった。
優里ちゃんが「もう一回!!」と言ったけど、私は遠慮した。
1人で買い物に行こうとしたら、佐藤さんも行きたがった。
優里ちゃんも来ようとしたけど、誉がゴネて、2人は家に残ることになった。
今日は、3人で屋内型のアトラクション施設に行ってきたらしく、誉は“もう歩けない”と寝転んだ。
エレベーターに乗ると、佐藤さんに壁に押しやられた。
「キス、したい」
ズキズキと胸が痛みながら、彼女の唇に唇を重ねる。
エレベーターが1階について唇が離れると、彼女は満足げだった。
佐藤さんのも、依存なのかな。
…永那ちゃんのお母さんに、似てるのかな。
だから永那ちゃんは、佐藤さんを放っておけない?
手を繋いで、スーパーに行く。
「今日、ご飯なに?」
「んー…何も考えてないんだよね。何か食べたい物ある?」
「特には…」
野菜を見つめても、何も浮かんでこない。
「佐藤さんは」
「千陽」
「ああ…千陽は、トマト以外に嫌いなものある?」
「野菜は、全般的に苦手だけど…食べられないわけじゃない」
「そっか。じゃあ…まあ、お肉系かな」
適当な、使えそうな定番の野菜をカゴに入れてから、お肉コーナーに移動する。
「穂」
「なに?」
「そんなに永那が心配?」
私の腕に抱きつく佐藤さんと、見つめ合う。
彼女は無表情だ。
「うん、心配だよ」
唐揚げ用の鶏肉を手に取る。
「永那…帰る理由は、門限じゃないの?他に、理由があるの?」
私は口角を上げて、内容量の多い鶏肉に変える。
「私は、何も言えないよ。永那ちゃんに、聞いて?」
「…聞いても、あたしには言ってくれない」
佐藤さんを見ると、その横顔がすごく寂しげで…彼女が一歩永那ちゃんに踏み込めない理由が、わかった気がした。
私にはキスしたり、胸をさわらせたりできるのに、永那ちゃんにはできない、理由。
永那ちゃんが、佐藤さんに心を開いていないのか。
…開いていないというより、永那ちゃんは佐藤さんを守る立場だから、自分の悩みなんて言えないのかもしれない。
本当に、問題が山積みだ。
「千陽は、どうしてそんなに寂しいの?…昔、いじめられてたから?」
おやつを買うために、お菓子コーナーに行く。
なんとなく優里ちゃんは、夜にお菓子パーティーをやりたいとか言い出しそうだったから。
「それも、あると思う」
私が彼女に目を遣ると、クッキーを見ていたから、それもカゴに入れた。
彼女が、少し嬉しそうな顔をする。
「あたし、昔、ストーカーされてたの」
驚きのあまり、立ち止まる。
彼女の瞳が、酷く冷たい。
「母親にね、小さい頃、写真を勝手にSNSにあげられてて…それを見た男に、襲われそうになった」
彼女はもう1つ別のクッキーの箱を取って、カゴに入れた。
「母親には、言えなかった。もちろん、父親にも。2人には、あたしよりも大事な人が、他にいるから」
私が首を傾げると、彼女に手を引かれて、飲み物コーナーに連れて行かれる。
「誰かに守ってもらいたくて、適当に彼氏を作ったの」
彼女は、炭酸飲料をカゴに入れていく。
「その彼氏には、元々女がいたらしくてね…あたし知らなくて、奪っちゃったの」
ジッと私を見つめる。
「そしたら、その女に、顔を便器に突っ込まれた。…笑えるよね」
彼女は、全く笑っていない。
…私は、イジメを受けたことがない。
距離を置かれることはあっても、無視をされたことすらほとんどない。
「結局、その男には捨てられたし。…あたし、男にさわられるの、無理だから…それで、嫌われて」
彼女の受けてきた傷を、私は、到底わかってあげられない。
鼓動が、速くなる。
***
「まあ…他にもいろいろあったんだけど、そのとき、永那が助けてくれたの。それから、イジメがなくなった。奇跡だと思った。永那が、王子様に見えた」
“あいつは…ひとりぼっちだから。みんなから顔でしか見てもらえなくて…親からも、顔でしか見られなくて、道具みたいに扱われて…。心を許せる人が、いないんだよ”
永那ちゃんの言っていた意味が、ようやくわかる。
もちろん、全部を理解できたわけではないけれど。
フゥーッと息を吐く。
「…でも永那は、あたしに、大事なことは、何も教えてくれない。永那は、あたしにとっては王子様だけど、永那にとってあたしは、ただの友達。ちょっとめんどくさい、友達」
胸が、締め付けられるほどに痛い。
「穂とのことも、教えてくれなかった」
繋ぐ手が、ギュッと強くなる。
「あたし…迷惑だよね」
悲しげな瞳を向けられる。
「わかってる。2人にとって、邪魔な存在だって」
迷惑だと思っていても、私達から離れられない彼女の苦しみを想像する。
居場所が他にどこにもない、彼女の苦しみを。
「…そんなことない。私も、永那ちゃんも、千陽が大事だよ。優里ちゃんだって、誉だって、千陽が好きだよ?」
彼女は少し目を見開いて、すぐに俯く。
「ありがと。…あたし、穂があたしのことを好きって思ってくれてるって知って、嬉しかった」
彼女が歩き出すから、私もつられて歩き出す。
「きっと、嫌な気持ちに、たくさんさせたはずなのに…」
佐藤さん…千陽は、本当に、すごく、優しい子なのだと、わかる。
それを、永那ちゃん以外、誰も気づいてあげていない。
寂しいに決まってる。
そんなの…寂しいに決まってる。
優里ちゃんは、気づいているのかいないのか、わからないけれど。
レジに行って、お会計をする。
千陽が財布を出して、カードで払う。
…カード!?
「ち、千陽…カード持ってるの?」
「うん、パパがくれた」
「へえ…」
私が荷物を持って、スーパーを出る。
「千陽」
彼女が私を見る。
「千陽が寂しいって思わなくなるまで、私は、離れないからね」
彼女のただでさえ大きな瞳が、さらに大きくなる。
「寂しいって思わなくなっても、友達でいるつもりだけど…」
「なんだ、告白されたのかと思った」
ぷいとそっぽを向く。
だから、彼女の顎をこちらに向ける。
唇を重ねる。
「いいよ、しばらくは…告白と思ってくれても」
彼女は頬をピンク色に染めて、俯く。
「…永那が、怒るよ?」
「大丈夫。私は永那ちゃんのだから」
「どういう意味?」
彼女が眉間にシワを寄せる。
「私は永那ちゃんの。千陽は私の。結果的に、私も千陽も、永那ちゃんの」
「意味わかんない」
「私も」
私が笑うと、千陽も笑う。
家に帰って、唐揚げを作る。
千陽が珍しく横に立って、私が料理するのを眺めていた。
「千陽、味噌溶いて?」
千陽が眉間にシワを寄せる。
「“佐藤さん”でしょ…」
小声で言われる。
…それ、まだ続けるんだ。
私は苦笑する。
「じゃあ佐藤さん、味噌を溶いてください」
「どうすれば、いいの?」
「スプーンに味噌を取って、おたまの中で溶くの」
千陽が恐る恐るやってる姿が可愛くて、笑ってしまう。
彼女は拗ねていたけど、どことなく、嬉しそうでもあった。
ご飯を食べ終えて、千陽、優里ちゃん、誉、私の順でお風呂に入った。
誉がお風呂に入っている間にお母さんが帰ってきて、なぜか楽しそうにしていた。
ビールを飲んで、唐揚げをつまみにする。
お母さんの絡みが始まったから、私達は私の部屋に避難した。
優里ちゃんが私のベッドに寝転んで、千陽が座った。
私もベッドに座って、誉は床に座った。
優里ちゃんが、お菓子パーティをしつつ、もう一回人生ゲームをしたいと言うから、お菓子を食べながら人生ゲームをする。
「そういえば優里ちゃん、告白された件はどうなったの?」
「あー、断った!…私と一緒にいて、居心地が良かったんだって。楽というか」
「そうなんだ」
「私は…もうちょっとロマンチックな理由が良かったな~。穂ちゃんが前に、私と一緒にいて居心地がいいって言ってくれたじゃん?そう思う人はきっと他にもいて、いつか告白されるかもって。…穂ちゃんの予想通りだったんだけど、やっぱり私は好きとは思えなくて」
「優里ちゃんがどう思うかが一番大事なんだし、好きじゃないと思ったなら、良いと思うよ」
「ハァ…やっぱり穂ちゃんがいてくれて良かったよ…。千陽も誉も“ふーん”で終わりだったからね!?」
想像できて、苦笑する。
「関係も、悪くならなかった」
へへへと嬉しそうに笑う優里ちゃん。
「よかったね」
11時過ぎに誉が船を漕ぎ始めたから、私達は寝ることにした。
誉と寝るのなんて久しぶりで、2人で並んで寝転ぶと、けっこう狭く感じた。
誉はすぐに寝息を立て始めて、寝相の悪さを発揮する。
頬を肘でグリグリされて、私は誉のベッドで寝ることを諦める。
リビングに出て、デスクライトをつけた。
お茶をコップに注いで、椅子に座る。
机に顔を突っ伏して、夏休みを振り返る。
人生で一番充実した夏休みだった。
心も体もジェットコースターのように忙しくて(ジェットコースターには乗ったことがないけど)、本当に酔いそうだった。
…そういえば、1ヶ月記念日にはプレゼントを贈りあったけど、2ヶ月記念日は何もなくてよかったのかな?
なんて、いまさらなことを考える。
まあ、永那ちゃんが熱出したり、喧嘩もしたり、千陽のこともあったりで、全然それどころじゃなかったというのが正直なところだ。
永那ちゃんも、あの公園のとき以来何も言わないから、同じ気持ちなのかもしれない。
…でも、念のため、今度ちゃんと聞いとこう。
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