第73話 まだまだ終わらなかった夏


永那ちゃんに、ギュッと抱きしめられる。

「私は…私は、ただ、穂が好きだなあって、思っただけで…なにも…。何かをしてあげようとか、そんなふうに思えてたわけじゃない」

「…それが、いいんだよ。そうやって、素で接してくれたから、嬉しかったんだよ」

私も、彼女の背中に手を回す。

「恋愛なんて、できると思ってなかった。…永那ちゃんに手を掴まれた日から、永那ちゃんのことが気になって仕方なくなって、もっと私を見てほしいって、気づいたら思ってた」

唾をゴクリと飲んで、唇を舐める。

彼女の耳に、唇をつけた。

「エッチなことも…こんなに良いものだなんて、一生知れなかったかも」

永那ちゃんが、息を吐く。

彼女の鼓動が少し速くなって、私の首に顔をうずめる。

「穂、好き」

「私も、永那ちゃんが好き」


グゥと2人のお腹が鳴る。

時計を見ると、もう2時だった。

唇も、少し切れて痛い。

2人で笑い合う。

「お昼、おにぎりとサラダと卵焼きでいいかな?」

「めっちゃ良い!」

彼女の頭を撫でる。

「ねえ、ブラとショーツ着ていい?」

「んー…」

「着るね?」

「え!?」

私は布団を捲って、立ち上がる。

うぅ…何も穿かずに座っていたから、ベッドのシーツに染みが…。

目を閉じて、ため息をつく。


「穂」

グッと太ももを掴んで体を引き寄せられる。

前のめりになると、ちょうど良い位置に彼女の肩があった。

肩を支えに、なんとか姿勢を戻す。

彼女の顔が私の下腹部にあって、子宮が疼いた。

「永那ちゃん?」

彼女の舌が伸びる。

「え、永那ちゃん…もう、終わり…」

舐められて、目を細めた。

「もったいないでしょ?」

上目遣いに見られる。

…でた、変態。

なんて思うのに、自分の子宮もキュゥキュゥ締まるから、嫌になる。

「あ、また」

そう言って、また舐める。

強引に彼女の頭を引き離した。

ティッシュで拭き取って、投げつけるようにゴミ箱に捨てる。

「あー!もったいない…」

私は「ハァ」と大きくため息をついて、永那ちゃんを睨む。

彼女は眉間にシワを寄せて、頬を膨らませた。

私はまたため息をついて、小さく首を横に振る。


クローゼットからブラとショーツを取って、着た。

スカートにも染みがついてしまったから、適当な服を身に着ける。

永那ちゃんをどかして、ベッドのシーツを引っぺがす。

全部まとめて、洗濯機行きだ。

キッチンに行って、昆布と梅のおにぎりを作る。

サラダは昨日の夜の残り、卵焼きを甘めで作って、15分でお昼が完成した。

「穂」

頬杖をつきながら、隣に座る永那ちゃんが私を見た。

「ご飯中なんだからテーブルに肘つかない」

永那ちゃんは肘を浮かすだけ浮かして、姿勢は変えない。…逆に辛くないの?その姿勢。

「穂」

「なに?」

「けっこう、体力ついたんじゃない?」

大粒のご飯を飲み込んでしまう。

咳払いして「なんのこと?」と知らん顔する。

永那ちゃんはそれを鼻で笑って、ご飯を口に運んだ。


ちょうどご飯を食べ終えた頃、インターホンが鳴った。

誉達が帰ってきたのかと思ったけど、宅配便だった。

永那ちゃんがニタニタして箱を開ける。

「見てー!いっぱい!」

5枚もマイクロビキニを買っていた。

3枚は肩紐がついていない、ストラップレスブラだった。

これも布面積がやたら小さい…。それでもまだマシに思えた。

もう2枚は、昨日届いた物に少し似ている。

でも、昨日の物よりも見た目が…。正直、本当に着けたくない。

昨日のは、股に布をつけて、布に繋がった紐を腰の辺りで捻って、反対側の肩にかけるタイプのもの。

胸から首にかけてXになるように布がついていて、乳首が隠れるようになっている。

今日届いた2枚は、サスペンダーのようで…こんなの、少し激しく動いたら取れちゃうんじゃないの?

まだ交差するタイプのほうが取れにくそうだった。


「永那ちゃん…これ、トイレ行くとき、どうすればいいの?」

「あー、考えてなかった」

膝から崩れ落ちそうになる。

「もう、この3枚でやりくりする…」

ストラップレスの3枚を手に取って、床に座り込む。

「えー、せっかく買ったのに」

「永那ちゃんがトイレのことをちゃんと考えてなかったのが悪い…!」

彼女は膨れっ面になって「じゃあ、エッチのときにたくさん使お」と、恐ろしいことを言っていた。

「返品したら?」と言ってみたけど、睨まれた。

「穂、もうすぐ千陽来るだろうから、着て?」

爽やかな笑顔で言われる。

、覚えてるよね?」

目をそらす。

そらした先に、永那ちゃんの顔がくる。

「キスとおっぱい触るのは、ほとんど千陽のせいだけど、この約束破ったら、100%穂が悪いことになるからね?わかってる?」

「破ったら…どうなるの?」

スッと真顔になるのが、怖い。

「…死ぬ。私が」

冗談でも笑えない。…冗談っぽくないのが、本当に怖い。


***


私は諦めて、彼女の指示でサスペンダータイプのものを身に着けた。

永那ちゃんに見つめられながら…。

着終えると、永那ちゃんに抱きしめられた。

「エロ…可愛い」

お尻を撫でられて、鳥肌が立つ。

「ねえ、永那ちゃん?」

「なに?」

「これ…少ししゃがんだら紐が浮いて、見えちゃうんだけど…」

永那ちゃんが離れる。

「やってみて?」

そう言われて火照る体を、知らないフリする。

私は前かがみになったり、しゃがんだり、いろんな姿勢をしてみる。

やっぱり胸の部分が浮いてしまって、すぐに布(紐?)が乳首から外れてしまう。

…こんなの普段使いするような物じゃないよ。

「ハァ…エロい…」

眉頭に力がこもる。

「そうじゃなくて…!やっぱりこれは使えないよ…。家でも無理」


永那ちゃんからのブーイングを浴びながら、ストラップレスブラをつける。

…うん、やっぱりこれが一番マシ。

それでもパッドが入っていない、ただの布に変わりなくて、心許ない。

キャミソールを着て、服を着る。

隠すように、他のビキニを衣装ケースにしまいこんだ。


2人でベッドに座る。

彼女に後ろから抱きしめられて、幸せな気持ちになる。

ローテーブルの棚に置いてあったリップを取って、彼女に塗ってあげる。

そのまま彼女の手が私の顎に伸びて添えられる。

口付けを交わして、彼女の唇のリップが、私にも塗られる。

「永那ちゃん、寝られなかったね…」

もう3時半で、みんなが帰ってくるまで30分程しかない。

「…いいよ。私、今日めっちゃ幸せだった」

「それなら…よかった。明日は寝てね?」

「えー…夏休み最終日だよ?始業式の後、帰って寝るからいいよ」

そう言われてしまうと、強く言えない。

本当に、彼女の睡眠不足が心配だ。


「そういえば、気になってたんだけど…」

「なに?」

「永那ちゃんってお姉さんいるんだよね?」

「うん」

「お姉さんは、どうしてるの?」

「働いてる。…一緒には住んでない」

「そっか」

「なんで?」

「…前に、永那ちゃんが熱出したとき、少し気になったの。永那ちゃんが…心配で。お母さん、永那ちゃんの看病できるのかな?とか…。ごめんね、余計なお世話だよね」

彼女がギュッと抱きしめてくれる。

首筋に顔をうずめて首を振るから、肌と肌が擦れる。

「心配してくれてありがとう。…でも、それは大丈夫だよ。お母さん、私がいないとパニック起こすことが多いけど、私がいる分には、ほとんど問題ないから」

「…そっか。なら、よかった」


4時過ぎに、誉、佐藤さん、優里ちゃんが遊び終えて家に来た。

私達は玄関まで行って、出迎えた。

「パンパカパーン!」

優里ちゃんが手をあげる。

「発表です!」

私と永那ちゃんが首を傾げる。

「今日、私達はお泊まりすることになりました!」

目を白黒させる。

「穂ちゃん、いいかな?…誉はいいって言ってくれたんだけど。あ、あと一応お母さんにも連絡してもらって、OKもらってます!」

優里ちゃんが上目遣いに言う。

「ほら、明日が夏休み最終日だし?…お祭りの日、千陽が泊まったんでしょ!?ずるいー!私もそういうことしたいー!」

永那ちゃんを見ると、目の下がピクピクと痙攣していた。

「もう家寄って、明日の部活道具とかも持ってきちゃったの」

“えへ”と舌を出す。

これは…“いいかな?”と聞いておきながら、どう見てももう断れない状況。

もう一度チラリと永那ちゃんを見るけど、眉間にシワを寄せていた。

佐藤さんは薄っすら笑っている。

…あぁ、なんでこうなるの。


「でも、どこで寝るの?…予備の布団なんてないよ?」

「姉ちゃんが俺と寝ればいいんじゃない?」

もう、予備の布団、買っておこう。

永那ちゃんは落ち込んで、蹲ってしまった。

「…まあ、それはいいけど」

私はしゃがんで、彼女の頭を撫でる。

「永那ちゃん」

また泣いちゃった…。

問題が山積みだ。

「永那、門限なんて破って泊まっちゃえばいいじゃん」

誉が言う。

…門限、か。

そんなもの、存在しない。

でも、みんなは知らない。

「そういうわけにもいかないでしょ。家それぞれに事情があるんだから」

私が言うと、誉は「ふーん」と首を傾げる。

「とりあえず私、永那ちゃんを駅まで送ってくるね」

なんとか永那ちゃんの腕を引っ張って立たせる。


「また永那、泣いてる」

誉が彼女の顔を覗き込む。

優里ちゃんは申し訳なさそうに笑って、佐藤さんは靴を脱いで当たり前のように家にあがった。


エレベーターで、彼女に口付けする。

「私、いつまで我慢しなきゃいけないんだろう…」

「お姉さんに頼れないの?」

「…無理だよ」

「連絡してみた?」

「前、無理だった」

「そっか」

繋いでいる手を強く握る。

「穂」

ポタポタと、静かに落ちる涙。

「千陽と、エッチしちゃだめだよ?…穂のこと、さわらせちゃ…ダメだよ?」

「うん」

彼女の涙を指で拭う。

「穂」

ギュッと抱きしめられる。


駅まで無言で歩いた。

彼女は帰りたくなさそうに、いつまでも手を離さなかった。

「家まで行こうか?」と聞いて、ようやく彼女はトボトボと帰って行った。

最後まで背中を見送ったけど、初めて彼女が一度も振り向かなかった。

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