第72話 まだまだ終わらなかった夏


「あのね」

「うん」

「ちょっと、目、瞑ってて?」

永那ちゃんが首を傾げて、割座する。

一度左眉を上げてから、ゆっくり目を閉じた。

私は足首丈まであるスカートを自分で捲し上げる。

なるべくシワにならないように、お尻に敷かないように。

スカートの裾を手に持ったまま、太ももにおろす。

「いいよ」

永那ちゃんは閉じたときと同じように、ゆっくり目を開けた。

私の足が晒されていることに驚きはするものの、私が何を見せたかったのか理解できないような顔。

私はゴクリと唾を飲んで、裾を握りしめた手を、ゆっくり上げる。

永那ちゃんの視線が私の太ももに釘付けになる。

自分でスカートを捲って見せるなんて、そんな恥ずかしいこと…永那ちゃんにしかできない。

ジッと見られるのは恥ずかしいけれど、見てもらうためにやっているのだから、グッと歯を食いしばる。

彼女が見やすいように、脚を立てて、M字になるように座る。


私の大事なところだけを隠す、面積の小さい布が露わになる。

彼女は一瞬目を見開いて、すぐに顔を綻ばせる。

割座から正座になって、私との距離を詰める。

を見つめたまま、彼女は何度か瞬きを繰り返した。

眉間にシワが寄って、私を見る。

目が合う。

心臓がバクバク鳴って、あまりの恥ずかしさで目をそらす。

彼女が、喜んでくれるのか、確証はない。

もしかしたら、今度こそ引かれるかも…なんて思いも、ないわけじゃない。

…でも、きっと。

そこに触れられて、体がピクッと動く。

優しく撫でられて、チラリと目を遣った。

彼女が愛おしそうに、でも、興奮気味に、吐息をもらす。


「穂、これ…」

いつもより瞳孔が開いて、黒目が大きくなっている。

その反応に、私の心臓も高鳴って、息をするのも忘れそうになる。

すぐに私は恥ずかしくなって、顔をそむけた。

「昨日着たとき、はみ出ていたのが嫌で、やってみたんだけど…」

「見てもいい?」

目を閉じて、一度、頷く。

紐に指をかけられ、引っ張られる。

全ての紐が繋がっているから、股の紐を引っ張られると、胸の紐の締め付けがキツくなる。

「ツルツル」

彼女が笑う。

「穂の可愛いところが丸見えだね?」

そう言われて、頭から湯気が出そうになるくらい、顔が熱くなる。

布を横にずらして、指で押さえながら、彼女の顔が近づく気配がする。

目を薄く開けると、彼女が赤い舌を出しているのが見えて、また目を閉じた。

彼女のあたたかい息がかかって、思わず脚を閉じそうになる。


長い時間が経ち、どんな顔をしているのか見たくなって、目を開ける。

彼女はただ無心で、喉の乾きを潤わしているかのようだった。

体を小さく丸めて、猫みたい。

手を伸ばして、彼女の髪に触れる。


彼女が顔を上げて、やっと目が合う。

眼鏡が下がっているから、上げてあげる。

彼女は唇をペロリと舐めて、私の足を引っ張る。

ヘッドボードと枕に寄りかかるように座っていた姿勢から、仰向けにさせられた。

「永那ちゃん、嬉しい?」

顔が蕩けそうなほど綻んで「うん」と小さく答えてくれる。

「穂がどんどんエロくなってく」

「永那ちゃんが…そうしたの」

「そうだね」

足を肩に乗せられ、彼女はまた、舌を出した。私に見せつけるように。

目が合ったまま、彼女が私の太ももの間に顔をうずめる。


なんだか、焦れったい。

私の体は十分すぎるほどに準備が整っているのに、彼女は優しい刺激以上の何かを与えてはくれない。

胸だって、今日はまだ一度も触れられてない。

これ以上、どうすればいいのか、私にはわからなくて、戸惑う。

時計を見ると、もう、ベッドに来てから1時間以上経っている。

キスと、舐められるのだけで、1時間以上…。

私は下唇を噛んで、彼女を見つめる。

目は、合わない。

「…永那ちゃん?」

「ん?」

彼女は舌を這わせたまま、返事をする。

こちらを見もしないから、不満が募っていく。

「…気持ちよく、なりたい」

もう理性なんてものはなくて、この焦れったさから解放されたいという欲だけに心が支配される。

「気持ちよく、なりたいよ…」

私の息だけが荒くなって、余裕がなくなっていく。

「永那ちゃん…」

彼女が上目遣いに私を見た。

体を起こす。

ニヤリと笑って、私を見下ろした。


***


「イきたい?」

私は頷く。

彼女の左眉が上がって、もう一度「イきたい?」と聞かれた。

「…イきたい」

彼女が満足そうに笑う。

「どうしてほしい?」

「…さわってほしい」

「どこを?」

心臓の音が、目を覚ましたように大きくなる。

「胸…とか」

「胸だけでいい?」

意地悪。…今日、永那ちゃん、すごく意地悪。

「…ここも、さわって?いつもみたいに、やって?お願い…」

「いいよ」

彼女が四つん這いになって、顔が近づく。


くるみボタンが1つずつ外されていく。

それすら焦れったく思えて、最後の1つが外された瞬間に、私は自分で服を脱いだ。

永那ちゃんのうなじに手を回して、自分の胸元に彼女を押し付ける。

「早く…早くシてよ…」

フフッと彼女が笑って、上を向く。

「可愛いなあ、もう。…あぁ、可愛すぎ」

眉頭に力がこもる。

彼女の舌が、乳房に触れる。

布なんか、いらない。早く、早く…。

さわって。

私はまた、自分で紐のビキニを脱いだ。

永那ちゃんが心底嬉しそうに笑う。


指を離されて、脱力する。

「ハァ、ハァ」と私は息を切らして、永那ちゃんは楽しそうにする。

「気持ちいい?」

「…うん。うん、気持ちいい。もっと…」

「可愛い、穂。私の、穂。私だけの…」


***


私はへたり込んで、呼吸を繰り返す。

彼女は私の頭のそばに座って、指をしゃぶった。

ティッシュで拭った後、パンツやTシャツを着る。

私はただ、それを目で追うことしかできない。


「穂」

「な、に?」

「私以外となんてこと、ありえないよね?」

「佐藤さんの、こと?」

「…うん」

「ないよ…私は、永那ちゃんが好き」

「うん」

彼女の瞳が不安げに揺れるのは、悲しい。

「ごめんね、永那ちゃん…私が、ちゃんとハッキリ断らないから」

彼女の優しい瞳と目が合った。

少し笑って「いいよ」と言う。

本当は、よくないのに。

「ハァ」と彼女はため息をついて、ヘッドボードに寄りかかる。


***


「あいつの、寂しさを…埋めてあげたいと思ってるのも、本当なんだ」

永那ちゃんは宙を見る。

「できれば、穂以外の人を見つけてほしかったけど…きっと、あいつは、私が穂を好きになったから、安心してあいつも穂を好きになれたところもあるんだと思う」

私は、まだ、2人がどういう絆で結ばれているのか、あまりよくわかっていない。

ただ、佐藤さんが中学のときにいじめられていて、永那ちゃんがそれを助けた…ということしか、わからない。

そして、今でも永那ちゃんは佐藤さんを守り続けている。

…なぜ?

永那ちゃんは、佐藤さんがひとりぼっちだと言ったけど、ひとりぼっちなのは…佐藤さんだけ?

もう、佐藤さんは誰からもいじめられていないのに。

どうして佐藤さんにとっては、永那ちゃんしかいないの?

どうして佐藤さんは、永那ちゃんしか信用できないの?

どうして佐藤さんが、あんなにも泣くほど…私なんかに縋りつくほど、寂しさを抱えているのか…。

私には、わからない。

わからない。

永那ちゃんが、佐藤さんにこだわる理由も。


「穂?私は…穂みたいに自制心があんまり利かないから…千陽には腕組ませたりすることしかできないけど…穂は…穂は…」

永那ちゃんは俯いて、眉間にシワを寄せた。

私は疲れきった体を起こして、彼女の頭を抱く。

「わかった。…でも、私は、永那ちゃんのだからね?」

腕のなかで、彼女が頷く。

「いつか、佐藤さんが、寂しくなくなる日は、くるのかな?」

「…わからない。でも、そう、あってほしい」

「そうだね」


しばらく彼女を抱いていた。

「好きだよ、永那ちゃん」と言うと、彼女の手が私の背中に回って、抱きしめ合う。

「穂は、私のどこが好き?」

初めての質問に、ドキッとする。

今までは、私から質問することが多かった。

もちろん“どんな食べ物が好き?”とか“趣味は?”とか、“誕生日は?”とか、そういうことは聞いてくれていた。

でも、こういう、本質的な質問は初めてだ。

「私の気持ちに、気づいてくれるところ。…私の世界を、変えてくれたこと。永那ちゃんだけが、私の手を、掴んでくれたから」

私の胸に顔をうずめていた彼女が、顔を上げる。

「世界を、変えた?」

彼女が首を傾げる。

それが可愛くて、頬が緩む。

寒くなって、私は下着も着けずにシャツを着る。

膝には、布団をかけた。


「私、お父さんが好きだったの」

彼女が姿勢を正す。

その姿も、愛おしい。

「お父さんとの記憶は、少ししかないんだけど…一緒にたくさん遊んで、悪ふざけもして、2人でお母さんに叱られたこともあった」

永那ちゃんの薄茶色の瞳が、まっすぐ私を見る。

「でも、離婚して…お父さんと会えなくなるって、知って」

フゥーッと息を吐く。

「悲しかった。…寂しかった」

彼女が手を握ってくれるから、嬉しくなる。

「お母さんは仕事で忙しくしていたし、誉はまだ赤ちゃんだったし…私がしっかりしなきゃいけないんだって気を張って。悪ふざけとか、そういうことも絶対しちゃだめなんだって思った。…そしたら、気づいたら、ひとりぼっちだった」

彼女の、私の手を握る力が強くなる。

「でもね、ひとりぼっちなことにも、全然気づかなかった。気づかないように、してた。全然平気だって、思い込んでた」


過去の自分を思い出す。

小学生のときから“優等生”だった。

“みんな、先生が話してるんだから、ちゃんと聞こうよ”

私の声が教室に響く。

“なんでちゃんと掃除ができないの?今は遊ぶ時間じゃないでしょ?”

みんなの引きつった顔。

“食事中は喋らない!肘もついちゃダメ!なんでそんなこともわからないの?”

おばあちゃんから教わったことを、同級生に教えるつもりで言っていた。

“しっかりしてよ!ちゃんとしてれば、こんなことにはならないでしょ?”

誰かが失敗しても、それが許せなかった。

誰かが悪ふざけしたら、それが許せなかった。

私が、お父さんと悪ふざけをしたから、失敗したから、お母さんは怒ったのかもしれないとか…そんなことを考えた日もあった。


自分が、許せなかった。


「永那ちゃんが、私の手を掴んでくれた、あの日…。もしかしたら、同じクラスになった日から…私は、私が何を言っても全然気にしない永那ちゃんが、好きだったのかもしれない。私が何度起こしても寝続ける。私が何を言っても笑ってる。…そんな永那ちゃんを、好きになった」

彼女をまっすぐ見ると、彼女は目を潤ませて、上唇を噛んでいた。

「永那ちゃん?」

永那ちゃんは眉間にシワを寄せて、唇をモゴモゴ動かした。

私はフフッと笑って、話し続ける。

「私のことなんて、無視できたと思う。でも、永那ちゃんは無視せずに、手を掴んでくれた。その手をどんどん引っ張って、私を…私の世界を、変えてくれた。いつぶりかの友達…もしかしたら、初めての友達も、永那ちゃんのおかげでできた。たくさんの感情を、知れた。…ああ、こんなに生きるのって楽しいんだなって、生きるのって難しいんだなって、思えたよ」

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