第71話 まだまだ終わらなかった夏


私が永那ちゃんを起こしに行こうとすると、佐藤さんに呼び止められた。

「あたしも行く」

誉の肩に手をついて、彼女が立ち上がる。

私は頷いて、彼女が隣に立つのを待った。

部屋に入ると、佐藤さんがドアを閉めるのと同時に、私の手を引いた。

強引に振り向かされる。

佐藤さんはドアに寄りかかって、上目遣いに私を見る。

「本当に、いいの?」

「なに、が?」

「キス」

私を掴んでいる彼女の手の力が、強くなる。

心臓の音が、うるさくなる。

隣で寝ている永那ちゃんをチラリと見た。

…本当に、いいの?私。

「…だめ」

「さっき、いいって言ったよね?」

「“仕方ないから”であって、いつでもしていいわけじゃ、ないよ」

「じゃあ、いつならしていいの?」

「どうしても、寂しいときだけ…」

佐藤さんの目が細まって、顔が近づく。

「今、どうしても寂しいって言ったら?」


時計の針が、うるさく感じる。

奥歯を食いしばる。

また、永那ちゃんを見る。

長い時間、そうしていたような気がするけど、実際には数十秒のことだった。

「…やっぱ、いい」

彼女を見ると、酷く傷ついたような顔をしていた。

胸がズキズキ痛んで、私は彼女の唇に唇を重ねる。

彼女の瞳が、少し潤んでいるような気がした。

でもすぐにその瞳は閉じられて、見えなくなる。

私も、瞼を落とした。

彼女の豊満な胸に触れると、彼女の鼓動が速くなっているのがわかった。

唇を離すと、彼女と目が合う。

頬がピンク色に染まっていて、“離れないで”と言うように、口先がツンと上向いていた。

眉頭に力が入る。

もう一度触れ合って、私は、ゆっくり舌を出す。

彼女の唇を舐めると、肩がピクッと上がった。

1度離れて「これは、しなくていい?」と小声で聞く。


「…して」

舌を出すと、わずかに口を開いてくれる。

そのすき間を縫って、彼女のなかに入っていく。

彼女の、やわらかい舌を見つけて、舌先で舐めた。

永那ちゃんみたいに、上手にできる自信はない。

でも、彼女の寂しさが、一時的にでも埋まれば…それでいいと思った。

奥に入っていく。

彼女の舌を撫でるように、舌を動かす。

少しずつ、唾液が混じっていく。

彼女の舌がゆっくり動き出して、絡まる。

お互いの息を吸っては吐き、吸っては吐きを繰り返す。

彼女が自分のブラのホックを外して、私の手をブラウスの中に入れる。

導かれるまま、彼女の肌に触れた。

優しく揉むと彼女が声を出すから、つい永那ちゃんを見る。

すぐに佐藤さんに視線を戻して、彼女の舌に吸い付く。

何度か彼女の舌を出し入れしながら、乳房の突起を抓ると、彼女の頬が紅潮した。

彼女は自分の太ももの間に手をおろす。

唇を離して「千陽、それはだめ」と告げた。


「なん、で?」

ねだるようなで見つめられて、胸がキュッと締め付けられる。…けど。

「少なくとも、永那ちゃんがいるところで…できない」

彼女の眉間にシワが寄り、唇を尖らす。

「おしまい」

佐藤さんの頭を撫でて、私は永那ちゃんを見た。

罪悪感と、愛しい気持ちがごちゃ混ぜになる。

恋愛小説をそこそこ読んできたけれど、こんな複雑な展開は見たことがない。

それに…多くは付き合うまでの過程が描かれていて、付き合ってからのいざこざなんて、どの本も教えてはくれなかった。

恋敵だと思っていた相手とキスするのが常態化するなんて、明らかに異常で。

でも、特に大きな問題らしき問題は起きていないようにも思えて、心底不思議な感覚にさせられる。


私は永那ちゃんの唇に、唇を重ねた。

何度も、何度も、啄むように。

“好き”の気持ちを伝えるように。

彼女の目が薄っすら開く。

「穂」

「おはよう、永那ちゃん」

「おはよう」

彼女が私の首に腕を回す。

顔が近づいて、口付けを交わす。

すぐに離れて、永那ちゃんの目が細くなる。

左眉が上がって、瞳が動く。

「…千陽」

「おはよ」

佐藤さんは、もう澄まし顔になっていて、腕を組んでいた。

「2人…キスした?」

心臓がピョンと跳ねる。

佐藤さんがぷいとそっぽを向く。

「…やっぱり。なんか、違う気がした」

そ、そんなことまでわかるなんて…。

羞恥心と罪悪感に押しつぶされそうになる。


「“いい”って言ったけどさ、さすがに妬くよ?穂」

首に回されていた腕に押されて、強引に唇が重なる。

彼女の舌が入り込んできた。

立って、前かがみになっているから、ベッドについている手がプルプルと震える。

せめて、ベッドに乗らせてほしい。

でもそんな時間は与えられず、彼女の舌は、私の口の中を綺麗にするように歯の1つ1つをなぞって、頬の内側、上顎、舌の裏を撫でた。

最後に舌が絡む。

腕の力が緩み、ゆっくり離れると、糸が引く。

プツッと切れて、彼女の唇に落ちる。

彼女はそれを指で拭う。

「もう、今日は千陽としちゃダメだよ?」

私が頷くのを確認して、永那ちゃんは起き上がる。


***


「千陽、少しは寂しさは紛れたの?」

佐藤さんは相変わらずそっぽを向いている。

「全然」

その言葉に、私は苦笑する。

…けっこう頑張ったんだけどなあ。

「あっそ。…んじゃ、帰るよ」

永那ちゃんが眼鏡をかけて、立つ。

私が部屋を出ると、佐藤さんと永那ちゃんも出る。

誉は遊んでいたゲームを片付けて、テレビを見ていた。

私達が出てきたから、誉も立ち上がって、玄関まで見送りに行く。

佐藤さんは、永那ちゃんの腕を掴んでいたけど、引っ付くというほどではなかった。

…多少は満たされたって判断してもいいのかな?


2人が帰った後、私は部屋に戻って、マイクロビキニとやらを脱いだ。

明日もこれを着ていなければならないと思うと、少し憂鬱な気持ちになる。

永那ちゃんのお仕置きって、少し過激…。

私の知らないことをどんどんされて、心も頭も追いつかない。

…昨日は失神してしまったし、私の体、本当にもつのかな。

というか、私、永那ちゃんみたいにアンダーヘアを剃ったほうがいいのかな?…なんて思う。

マイクロビキニを着させられたとき、毛がはみ出ていたのが、すごく恥ずかしくて、永那ちゃんにじっくり見られたくなかった。

私はしばらく考えて、端のほうを試しにハサミで切ってみた。

また考えて、決心する。

バサバサと長い毛を切っていく。

後で、お風呂でちゃんと剃ろう。


翌朝。

永那ちゃんはすんなり着せてくれたけど、自分で着るとなると少し難しくて、着るのに時間がかかった。

ちょうど襟がついているから、初めてデートした日に永那ちゃんが選んでくれて買った、ベージュのくるみボタンのシャツを着た。

やっぱり、ブラとショーツじゃないから、すごく違和感がある。

外に出ると、暑いからスースーなんてするはずもないのに、心なしかスースーする気がした。

守られてないって、こんなに心許ないのだと、初めて知る。

少し家を出るのが遅くなったから、永那ちゃんを待たせてしまった。

でも彼女は気にする素振りもなく、むしろ楽しそうに笑っていた。


「明日で夏休みも終わりかー…あっという間だったなあ」

永那ちゃんがベッドに寝転ぶ。

「こんな夏休みなら、ずっと夏休みがいい」

私は彼女の横に座って、頭を撫でる。

永那ちゃんは上半身を起こして、私の太ももに頭を乗せた。

「ああ。いいな、これ」

目を閉じて、そのまま眠ってしまいそうだった。

「え、永那ちゃん…寝ちゃうの?」

彼女は片目を開けて「ん?」と聞く。

「今日…その…」

彼女を見るけど、微笑むだけで、何も言わない。

「シないの?」

「シたいの?」

私は自分の胸元に視線を落とす。

前に永那ちゃんは、私に“シたいって言われたい”と言っていた。

佐藤さんとのこと、“悲しかった”とも言っていた。

永那ちゃんにとって安心できる存在でありたいのに、そうなれていない自分が嫌になる。

だから、こんなことしかできないけど、彼女の願いを、1つでも叶えてあげたい。

「シたい」

顔が熱くなるのを感じながら、永那ちゃんを見つめた。

彼女は嬉しそうに笑う。


「永那ちゃんと…シたいよ」

もう一度言うと、彼女が体を起こした。

唇が重なって、少し離れて、もう一度重なる。

彼女が少し乱暴に私の頬を包む。

歯がぶつかることも気にせず、彼女の舌が奥までねじ込まれる。

彼女の両手が耳に触れて、そのままこめかみまで移動する。

髪をくしゃくしゃに掴まれる。

私は目をギュッと瞑ったまま、必死に彼女に応えようとする。

彼女が膝立ちになって、自然と私は上を向く。

荒い吐息が混じり合う。

彼女の舌が引っ込む。

私はそれを追いかけて、彼女のなかに入っていく。

彼女の首に腕を回して、おいていかれないように。

時間も忘れて、私達はお互いを求め合う。

この時だけは、私達だけのものだと確かめ合うように。


唇が離れる頃には、お互いのそれが、ふやけて皮がめくれていた。

やっといつもの、楽しげな笑顔を見せてくれた永那ちゃんに、ホッとする。

「リップ塗る?」

私が立ち上がろうとすると、手を掴まれた。

「まだ、いい」

彼女の縋るような視線に捕らわれて、そのまま私はまた彼女に口付けする。

触れ合うだけの、キス。

額が合わさって、お互いに目を閉じる。

「大好きだよ、永那ちゃん」

彼女が嬉しそうにフフッと笑った。

「私も、穂が大好き」


永那ちゃんが離れて、枕をヘッドボードに立てた。

私は手を引っ張られて、そこに座らされる。

彼女が私の肩を撫でる。

ジッと上から下まで見られて、服を着ているのに、なんだか恥ずかしい。

永那ちゃんが、どう服を脱がすか考えているのが、わかる。

だから、を自ら言おうか、思案する。

ドクドクと心臓が音を立て始める。

「穂?」

私が何かを考えていることにすぐ気づかれる。

永那ちゃんの瞳が不安そうに揺らぐ。

…そんな顔、しないで。

私は、永那ちゃんを喜ばせたいだけなのだから。

口角を上げて、彼女を上目遣いに見る。

すると彼女の瞳が疑問の色に変わるから、安心して、頬が緩む。

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