第69話 夏が終わる

永那ちゃんの手が下におりていく。

ゆっくり、浴衣の生地を撫でるように。

裾を捲られて、足を撫でられる。

私は歯を食いしばって、視界に入る、鏡に映る自分を見ないように目を閉じた。

永那ちゃんにたくさん触れられて、全身が感じるようになっているのか、ただ太ももを撫でられただけで、子宮が目を覚ましたかのようにキュゥキュゥ締まった。

耳元でフッと永那ちゃんが笑って、ショーツに触れる。

「やっぱ、綺麗。穂は肌が白いから、赤がよく映えるね。…自分で着たのに、照れてる姿も、可愛い」

顔が熱くなる。

…そんなこと、いちいち言わなくていいよ。

ショーツを優しく撫でられる。

ジワッとショーツに何かが滲み出た。

「穂、もっと見たいから、ちょっと鏡に手ついて」

「え?」

手を掴まれて、鏡の縁を握らされる。

前かがみになって、鏡に映る自分の顔が急激に近くなる。

揺れるブラのすき間から胸が丸見えになって、また目を閉じた。


***


「あ、起きた」

私は何度も瞬きをした。

優しい笑みを浮かべて、私を見る永那ちゃん。

私達はベッドの上に移動していた。

「お茶、いる?」

私が頷くと、彼女は口にお茶を含んで、飲ませてくれる。

「もっと?」

頷いて、また与えられるそれを飲む。

「私…」

「失神しちゃったみたい…やりすぎたかな?」

そう言う彼女は、なんだか楽しそうだった。

失神って…私、大丈夫なのかな。

「1分くらい?…穂が何も言わなくなってびっくりしたよ」

体が重たくて、動けそうにない。

永那ちゃんが私に跨る。

まだ浴衣がはだけたままの私の胸を揉み始める。

私は目を閉じて、静かに呼吸した。


「ハァ」と深く息を吐いて、彼女は私の横に寝転ぶ。

「穂、気持ちよかった?」

「…うん」

「痛くなかった?」

「大丈夫」

「動けない?」

「うん」

フフッと笑って、彼女は私を抱きしめる。

そして、はだけていた衿を適当に戻す。

浴衣は、一度はだけてしまうと、戻すのは難しい。

よくわかっていないのか、首を傾げながら、途中で放り出した。

「大好き、穂」

「うん。私も、永那ちゃんが好きだよ」

「千陽より?」

「好きの形が、違うよ」

彼女が私の頬にキスをする。

「もう、12時だね」

永那ちゃんが言う。

12時。

エッチって、こんなに長くするものなのかな?

…よくわからない。

「お風呂、入る?」

「入りたいけど…入れない」

「ハハハッ」と彼女が楽しそうに笑う。

「また洗ってあげるよ?」

「もう…全然動けないの」

「そっかあ」


「“お仕置き”って、このことだったの?」

ようやくまともに話せるようになる。

「さあ?」

…他にもあるんだね。

「…眠い」

「寝てもいいよ?…そしたら私も寝るし」

「服、着たい」

「でも動けないんでしょ?」

「着させて?」

「どうしよっかな」

永那ちゃんは横向きに寝て、手で頭を支えるように、上半身を起こしている。

私を見下ろすように見て、ニヤニヤ笑っている。

「お願い」

「でも、まだ穂の浴衣姿見てたい」

「もう、はだけちゃってるよ?」

「それが可愛い」

私は諦めて、目を閉じる。

帯の結び目が背中にあるから、反るように寝転がっていて、違和感がある。

それでも、襲ってくる睡魔に、勝てそうにない。

「永那ちゃん…4時に、アラーム」

「いいよ」

すぐに意識がなくなった。


音楽が鳴る。

重たい瞼をなんとか持ち上げて、静かに呼吸を繰り返す。

布団がかけられていて、隣にはスヤスヤ眠る永那ちゃんがいた。

永那ちゃんのスマホを取って、アラームを消す。

結局永那ちゃんは着替えさせてくれず、私は浴衣を着たままだった。

私は上半身を起こして、大きく伸びた。

ショーツが下がったままだったから、穿く。

ブラのホックもつけた。

私はゆっくり足を床におろして、フゥッと息を吐いてから立ち上がった。

もう既に筋肉痛だ。

背中を反らしたまま寝たからか、腰も痛い。

…他にも理由はあるのかな。

なんとかクローゼットに辿り着いて、新しいショーツと服を取る。

ベッドに座って、体を労るように浴衣を脱いで、服を着た。

彼女を見る。

気持ちよさそうに眠る彼女が、愛おしい。


***



「永那ちゃん、起きて」

唇に唇を重ねる。

疲れているから、寝ている彼女にキスする姿勢が辛い。

「ただいまー!」

誉の元気な声が聞こえてくる。

…頑張って着替えてよかった。

「姉ちゃーん!」

私は「ハァ」とため息をつく。

「おかえり!」

少し大きな声を出す。

永那ちゃんの唇に、舌を這わせる。

彼女が薄く目を開いたから、すぐに離れた。

「おはよ、穂。具合はどう?」

「全身筋肉痛で、辛い」

彼女は口元を綻ばせた。

「姉ちゃん」

誉が顔を出す。

その後ろに佐藤さんが立っていた。

「おかえり。楽しかった?」

「うん!」


永那ちゃんは目を擦りながら起き上がる。

私は体が辛くて、ヘッドボードに寄りかかった。

誉は「手洗ってくる!千陽も行く?」と元気だった。

その元気を分けてほしい。

「穂、相当辛そうだね」

彼女が楽しそうに笑う。

「ひどいよ」

「そう?」

私は目を閉じる。

「もう嫌?ヤりたくない?」

耳元で囁かれる。

「…そんなこと、言ってない」

彼女がフフッと笑った。

「そっか」


誉と佐藤さんが戻ってくる。

2人がベッドに座って、ベッドが沈む。

「姉ちゃん、どうしたの?具合悪い?」

「…ちょっとね」

「風邪引いた?」

「疲れただけ」

「千陽、土曜日泊まったんだよね?」

永那ちゃんの声音が低くなる。

佐藤さんは澄ました顔で「うん」と言った。

「お前、もう絶対穂と2人きりになるの、禁止な?」

「どうして?」

「なんで?」

佐藤さんと誉が同時に聞く。

永那ちゃんの眉間にシワが刻まれる。

「お前、自分が何やったかわかってんだろ?」

「知らない」

佐藤さんは永那ちゃんから目をそらして、私と目が合った。

ニコッと笑われて、ドキッとする。

「千陽、なんかしたの?」

「してないよ?」

誉が首を傾げる。


「あたし、明日も家に来る予定だし、また泊まりたいなあ」

「お前…っ!」

「いいよ?」

誉が永那ちゃんの怒りを無視して言う。

永那ちゃんは何も言えなくなって、項垂れる。

「私、ちょっと疲れてるから、無理…かも」

「どうして家にいたのに疲れてるの?」

佐藤さんは膝に頬杖をついて、まっすぐ私を見る。

誉にも見つめられて、何も言えなくなる。

「もー!…千陽、一緒に帰るよ?」

永那ちゃんが起き上がって、眼鏡をかける。

「腕、組んでもいいなら…帰ってもいいよ?ちゃんと家まで送ってね?」

永那ちゃんが私を見るから、私はただ頷く。

「ハァ」とため息をついて「わかったよ」と頭をポリポリ掻く。

永那ちゃんが私にキスをしてくれた。

ポンポンと頭を撫でて、「今日はここでいいから。また明日ね」と笑みを浮かべた。

「うん、気を付けてね」

2人が部屋から出ていって、後を追うように誉が走った。


誉が戻ってきて「大丈夫?」と聞いてくれる。

「今日はご飯、作れなさそう」

「いいよ、俺作るから」

…頼もしくなったなあ。

「ありがとう。…もう少し、寝るね」

私は寝転がって、布団をかぶる。

布団のなかで、慌てて隠した汗まみれの浴衣がクシャクシャになっていた。

それを軽く畳んで、ベッドの端に置く。

誉がご飯を作り終えて起こしてくれるまで、私は寝続けた。


翌日、永那ちゃんと佐藤さんが来た。

佐藤さんは永那ちゃんの腕に抱きついていた。

私の視線を感じて、永那ちゃんは困ったように笑った。

だから私も笑みを返す。

「おはよ」

挨拶を交わして、2人を中に入れる。

私はまだ筋肉痛が残っていて、歩くのが辛い。

誉が走ってきて、挨拶をする。

すぐに佐藤さんとゲームの話を始めた。

昨日、2人は小規模の遊園地に行ったらしい。

ゲームセンターにも行って、いろいろ遊んだと言っていた。

私は永那ちゃんの手を引いて、ベッドに連れて行く。

彼女が私を抱きしめようとしたけど、頭を撫でて、強引に寝かせた。

筋肉痛の体を抱き枕にされるのは、かなりしんどそうだったから。


誉と佐藤さんがゲームをしている。

私は彼らの横に座って、ローテーブルに肘をついて本を読んだ。

「空井さん」

「なに?」

「昨日は、楽しかった?」

「う、うん。…おかげ、さまで」

「よかった」

彼女の横顔からは、どんな気持ちなのか読み取れない。

しばらくの沈黙がおりて、私は本に視線を戻す。

誉が「トイレ」と立ち上がった。

彼を目で追って、視線を戻すと、目の前に佐藤さんがいた。

「ずるい」

大きな瞳がまっすぐ私を捕らえる。


「あたしも、穂と、シたい。永那とでも、いいけど…」

私はゴクリと唾を飲んだ。

「穂に、さわられた感触が、まだ残ってるの」

彼女が自分の胸をさわる。

「また、さわられたい。…さわって?」

「だ、だめだよ」

「じゃあ、永那にさわってもらえばいい?」

「…だめ」

「じゃあ、やっぱり穂がさわって?」

誉がトイレのドアを開ける音がした。

「む、無理でしょ?」

彼女の目が、私を睨むように細くなる。

「ごめんごめん」

誉が走って戻ってきて、彼女の横に座るから、私は胸を撫で下ろす。

その様子を彼女に見られていて、本で顔を隠した。


***


インターホンが鳴った。

宅配便で、昨日永那ちゃんがを買っていたことを思い出す。

箱を受け取ってリビングに戻ると、誉が「なに?」と聞いてきた。

「永那ちゃんの荷物だから、わからない」

曖昧に笑って、部屋に行く。

隠すように、リビングから見えない位置に箱を置いた。

永那ちゃんはスゥスゥ寝息を立てて寝ていた。

彼女の髪をそっと撫でて、リビングに戻る。


「誉、どうしたの?」

誉が立ち上がって、帽子をかぶっていた。

「ん?千陽がお菓子食べたいって言うから、買ってくる」

背筋がゾワリとする。

恐る恐る佐藤さんを見ると、優しく笑みを浮かべていて、逆にそれが怖い。

「お菓子なら、家に」

「駅前のケーキ屋さんのやつが食べたいんだってさ。…ちょっと行ってくるよ」

そう言って、誉は玄関のドアを閉めた。

ドッドッドッと心臓が速くなる。

彼女の気配をすぐそばに感じて、後ろから抱きしめられた。

「ねえ、永那に怒られた?」

「怒られて、ないよ」

「本当に?…何かされたんでしょ?」

「特に、なにも…」

「歩けないくらい、何かされてたんでしょ?」

そう言われて、昨日の感覚が蘇る。


彼女の手が私の胸に伸びる。

「何されたの?…あたしから、永那を盗った、穂は」

“だめ”と言いたいのに、彼女からの圧で、動けない。

優しく揉まれる。

「あたし、昨日、ちゃんと4時過ぎに帰ってきたでしょ?誉が何時に帰ってくるかわからない状況じゃ、思う存分楽しめないと思って…気を利かせてあげたの。お礼くらい、してもらっても、いいと思うけど?」

耳を甘噛みされて、全身に鳥肌が立つ。

「キス、して?」

胸から手が離れて、佐藤さんが私の前に立つ。

「して?」

頬を両手で包まれて、顔が近づく。

「してくれないなら、あたしがするね?」

私は目を閉じた。

彼女のやわらかい肌が、唇に触れる。

「明日も、ちゃんと、4時に帰ってきてあげるから」

そう言って、もう一度唇が触れ合う。

また胸を揉まれて、緊張で肩が上がった。

「穂、あたしの胸、さわりたくないの?」

私は歯を食いしばる。

「あたしの胸、好きでしょ?」

手を取られて、彼女の胸に触れさせられる。


手から溢れ落ちるほど大きいのに、やわらかくて、つい指を動かす。

「気持ちいい」

彼女の可愛らしい声が、脳に響く。

…また、浮気って、怒られるかな。

私、こんな、不設楽な性格だったっけ。

「穂?」

目を薄く開く。

彼女は片手を自分の背に回していた。

「直接、さわりたいでしょ?」

透け感のある白のブラウスを捲し上げて、私を上目遣いに見る。

大きな乳房の下半分が見えていて、私の理性が崩壊していく。

私は自分でそこに手を伸ばし、彼女の肌に、直に触れた。

彼女が声を出す。

やわらかい乳房を堪能しようと、私は手を大きく動かした。


ガチャッとドアが開く音がする。

「ただいまー」

理性が物凄い勢いで戻ってくる。

彼女のブラウスから手を引っこ抜いて、前髪を指で梳いた。

「もう終わりか…残念…」

彼女がブラをつけ直して、ブラウスを整える。

「穂、またさわってね?」

恐ろしい、子…。

私はトボトボと部屋に行く。

永那ちゃんの横に寝転んで、両手で顔を覆った。

もう、私はダメな人なんだ…。

真面目とか厳しいとか言われてきたけど…そんなの嘘っぱちだったんだ…。

自分がもう、信じられない。


「姉ちゃん、今日も俺が作ったほうがいい?」

しばらくして、誉の声が頭上から降ってくる。

「だ、大丈夫…私、作るよ」

私は起き上がって、キッチンに向かう。

佐藤さんが私を見て嬉しそうに微笑む。

目をそらして、冷蔵庫を開けた。


いつものように永那ちゃんを起こして、みんなでお昼を食べる。

佐藤さんはいつも通り無言だったけど、口元を少し緩めていたから、たぶんおいしいと思ってくれているのだと思う。

ご飯を食べ終えて、永那ちゃんを部屋に引っ張っていく。

「永那ちゃん、荷物、届いたよ?」

小声で言うと、彼女はニヤリと笑って部屋のドアを閉めた。

彼女が楽しそうに箱を開ける。

そばに正座して「永那ちゃん」と呼んだ。

彼女が手を止めて、私を見る。

「私、またキスしちゃった…胸も…さわっちゃった…。もう、私、ダメな人みたい…。永那ちゃんに、嫌われちゃう…」

ポンポンと頭を撫でられる。

「もう、それはいいよ」

「え?」

彼女を見ると、口元は笑っているけれど、目は笑っていなかった。

既に嫌われてしまったのかと思って、鼓動が速くなる。

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