第67話 夏が終わる

あたしは彼女の横に寝転がる。

「あたしだって、空井さんのこと、友達として好きなだけだし」

「そっか。勘違いしちゃった」

「ねえ」

「なに?」

彼女は、横向きに寝て、あたしを見る。

「永那とのセックスって気持ちいい?」

彼女の目が見開かれる。

「そ、それは…まあ…」

目をそらされる。

「どんなことしたのか、教えて?友達でしょ?」

「と、友達って、そんなこと言うの?」

「うん」

…言わないけど。

空井さんはしばらく考えた後「この前」と話し始める。


「昼間の公園!?」

「…も、もう…あれは…恥ずかしすぎて…穴があったら入りたかった…」

永那が怖い。

空井さんが両手で顔を覆ってる。

「でも、それがいいんでしょ?」

彼女は体を丸める。

ベッドがちょっと狭くなる。

「あとさ、首のシミ、キスマークでしょ?」

「え!?」

彼女が驚いて手を外す。

「あれ、いつつけられたの?」

「…た、体育祭の日」

「…へえ。永那があたしの手を振り払った日だ」

また顔を手で隠す。

「ごめんなさい」

「べつに、いいけど」

あたしは空井さんの手を取る。

空井さんが眉をハの字にさせながら、あたしを見た。

もう目が慣れて、だいぶいろんなものが細かく見えるようになった。


空井さんに背を向けて、あたしは右手でボタンを外していく。

ブラは、つけていない。

キャミソールも汗で濡れていたから、脱いだ。

彼女の右手はあたしのくびれの辺りから伸びている。

ボタンを外し終えて、あたしの上半身が曝け出される。

彼女の左手をあたしの胸に押し付ける。

その瞬間、彼女の体が強張るのがわかる。

右手も強引に曲げて、押し付ける。

「ち、千陽…」

「お詫び、して?…これくらい、いいでしょ?」

あたしは彼女の手に手を重ねて、胸を揉む。

「ハァ…」

息が溢れて、下腹部が疼く。

「ねえ、もっと、永那とのセックスの話、聞かせて?…あたしと優里が家にいた日、どんなことしてたの?」

しばらくの沈黙がおりる。

彼女の手が少し動いて、あたしの体がピクッと反応する。


背中にぬくもりを感じて、後ろから抱きしめられるような形になる。

そんなことしてくれると思わなくて、心臓の音が大きくなる。

彼女の手が優しく動く。

「永那ちゃんが…私に嫌われたんじゃないかって、本当は友達みたいな関係を望んでるんじゃないかって、不安だったらしくて…泣きながら、首とか、胸とか、舐められた」

優しい声で囁かれる。

全身に鳥肌が立って、あたしは太ももに力を入れる。

「2人きりになれなくて、キスすらできなくて、もどかしくて、ずっと我慢してたんだって…」

あたしの太ももは勝手に動いて、モゾモゾし始める。

あたしは奥歯を噛みしめて、手をおろす。

ショーツのなかに自分の手を忍ばせる。

あたしの腕と彼女の腕が交差する。

「それで…永那ちゃんに、食べられた」


何度か自分でさわったことのある場所。

1人の部屋で、自分でさわったときは、あんまり良さがわからなかった。

今日は、やたら感じる。

彼女に胸をさわられているからか、耳元でエロい話を囁かれているからか…その両方のせいか。

「でも、あのときは、エッチなことをしない条件やくそくだったから…。私、千陽達もいたし、頑張って“ダメ”って言ったんだよ」

自分の息が、うるさい。

心臓の音がドクドクと鳴って、それすら、うるさい。

「永那ちゃん、私のショーツ、いつの間にか盗ってて」

指の動きを速くする。

「私恥ずかしくて、ベッドから出られなかった。でも、永那ちゃんに無理やり新しいショーツを穿かせられて、それを」

胸に刺激を感じて、体が仰け反る。

「それを、優里ちゃんと千陽に見られて、もっと恥ずかしかった」

あたしは自分で自分を刺激し続けて、空井さんから与えられる胸からの刺激と合わせる。

足の指が開かれて、2度痙攣する。


あたしは呼吸を繰り返す。

彼女の手は未だに優しく動き続ける。

「千陽の胸、やわらかくて大きくて気持ちいい」

そう言われただけで、また下腹部が疼いた。

「永那のは、さわったこと、ある?」

息を切らしながら、あたしは聞く。

「あるよ」

「どうだった?」

「小ぶりで、それはそれで良かったかな。やわらかくて、あったかくて、手にすっぽりおさまる感じが」

あたしは、まだショーツのなかにいた手を、もう一度動かす。

「2人の、初めての日は…どんなだったの?」

「それは…」

彼女の右手がズレて、上半身が起き上がる気配がする。

「秘密」

耳元で囁かれる。

あたしは彼女からの刺激が与えられているうちに果てたくて、指の平を必死に動かした。

彼女の長い髪が、あたしの顔に垂れ下がる。

それすらあたしを撫でているように感じられて、あたしはまた、足の指を開く。

体が跳ねて、荒い呼吸をする。


***


「おしまい」

スッと手が抜かれる。

「このこと、永那ちゃんに、ちゃんと言うからね」

「…そんなこと、言って…怒られるんじゃない?」

「千陽のせいにする」

「あたし、永那に絶交されるかも…」

そうなったら、嫌だな。

「そしたら、私が一緒にいてあげるよ」

あたしは目を閉じて、ショーツから手を抜く。

キュゥッと胸が締め付けられる。

「それも、永那に怒られるかもよ?」

「そうかもね。…でも、千陽が泣いているのを、永那ちゃんだって放ってなんかおけないでしょ?」

あたしはフフッと笑う。

空井さんがティッシュを取ってくれる。

…ちょっと、恥ずかしくなってきた。

ティッシュを受け取って、指を拭う。


あたしが仰向けになると、空井さんの顔が近くて、ドキドキした。

「やっぱりさ、、普通友達には言わないよね?」

「そうだね」

「もー」

空井さんの視線が、あたしの胸元にいく。

まだ胸は曝け出されていて、そんなに見られたら、また…。

「綺麗だね」

「自分じゃ、わかんない」

「綺麗だよ」

…惚れさせようとしてない?

空井さんはボタンを1つずつかけてくれる。

「寝よっか」

あたしは頷く。


彼女が仰向けで寝転ぶ。

あたしは右腕に抱きつく。

「ねえ」

「ん?」

「名前、呼んで」

「…千陽」

「もう一回」

「千陽」

「もう、一回」

空井さんはフフッと笑う。

「千陽」

「明日から“佐藤さん”に戻してね?」

「いいよ」

「じゃあ、もう一回呼んで」

「千陽」

呼ばれるたびに、安心する。

「もう一回」

「千陽」

「あたしのこと、好き?」

「好きだよ、千陽」

嬉しくて、彼女の腕を強く握る。

「痛いよ」

彼女が笑う。

「もう一回、呼んで」

「千陽、好きだよ」

キュゥッと胸が締め付けられる。

「もう、寝よう」

嫌だけど、あたしは頷く。

「おやすみ、千陽」

「おやすみ、穂」

あたしの瞼はすぐに重たくなって、意識がなくなった。


アラームの音がけたたましく鳴って、目を覚ます。

窓から日差しが射し込んでいて、眩しい。

横を向くと、ちょうど彼女も目覚めたところだった。

目が合って、彼女が笑う。

「おはよう、“佐藤さん”」

「おはよ、空井さん」

寂しくなって、彼女の手を掴む。

「やっぱり…部屋のなかでは」

「おはよう、千陽」

心臓が跳ねる。

あたしはモソモソと彼女の腕に抱きつく。

「おはよ、穂」

「みんなの前でも“千陽”でいいんじゃない?」

「だめ、絶対」

彼女が楽しそうに笑う。

…キスしたい。

彼女があたしを見る。

「ダメだよ?…もうこれ以上は、本当に永那ちゃんがおかしくなっちゃう。それに…既に、永那ちゃんにどう話せばいいか、わからないのに…これ以上は…」

あたしは唇を尖らせる。


「弟とキスするのは良いのかな?」

穂が目を見開く。

「弟って、なんか、永那と穂を足して2で割ったみたいな性格してるし…」

「…大きくなるまで、待ってあげて」

「待てない場合は、どうすればいい?穂とキスしてもいい?」

「それは、永那ちゃんがおかしくなっちゃうからダメだってば」

「じゃあ、永那とキスすればいいのかな?」

穂が眉間を親指と人差し指で押す。

「優里ちゃんは?」

「は?なんで優里?…あり得ないし」

穂が苦笑する。

「やっぱり…穂がいいよね?」

あたしが近づくと、「こらっ」と制止される。

「したい」

穂の顔が赤くなる。

「だ、だめ」

「お願い」

「だーめっ」

「泣くよ?」

「それでも…だめ」

永那みたいにはいかないか。

仕方ないから起き上がる。

穂も起き上がる。

フゥッと息を吐いている。

“なんとか嵐が過ぎ去った”みたいな顔しないでよ。

あたしが睨むと、穂は気まずそうに目をそらした。


あたしは立ち上がって、服を脱ぐ。

穂に見せつけるように、脱ぐ。

案の定、穂はあたしの胸に釘付けで、あたしはニヤける。

「そんなに好き?」

穂が頬をピンクにして、頷く。

…あたしは好きじゃなかったけど、穂が好きって言うなら、まあいっか。

「さわる?」

穂は伏し目がちになって、頷く。

あたしはベッドの上に四つん這いになる。

キスはダメって言うのに、自分だけ良い思いして、卑怯。

垂れるあたしの胸を、そっと優しく包み込む。

「永那のと、どっちが好き?」

「…どっちも好きだよ」

「穂って、けっこう女好きなんだね?」

「え!?…ち、違うよ」

どこが。

「なんていうか、胸は…自分の以外さわったことがなかったから…なんか、良くて」

「へえ」


さわられていると、昨日の夜を思い出す。

…気持ちよかったな。

嫌悪感すら抱いていたのに、なんで穂にさわられると気持ちいいんだろう?

…安心感。うん…安心感が、あるからかな。

絶対酷いことされないって、絶対嫌なことされないって、わかるからかな。

声を出してみる。

穂の顔が真っ赤になるから嬉しくなる。

昨日も、真っ赤になってたのかな?

穂が触れるのをやめてしまう。

…残念。

あたしは起き上がって、ブラをつける。

「穂、キャミソール貸してくれない?」

「あ、うん。いいよ」

穂が立ち上がって、クローゼットを開ける。

「あたし、月曜と水曜は来ないけど…それ以外は遊びに来るからね?」

穂は首を傾げつつも、頷く。

「月曜と水曜は永那とエッチしてもいいけど、それ以外はダメだよって言ってるの」

耳元で言うと、カーッと顔が赤くなる。

「はい」

「ねえ、最後に、呼んで?」

穂がジッとあたしを見る。

「千陽」

あたしの口元が緩む。

ドアを開けて、部屋から出る。


***

■■■


佐藤さとうさんは朝とお昼を一緒に食べて、帰った。

この時間ならまだそこまで混んではいないはず。

食事中、彼女はご機嫌だった。

約束通り、私は佐藤さんを“佐藤さん”と呼び、佐藤さんは私を“空井そらいさん”と呼んだ。

佐藤さんが帰って、1人部屋にこもった。

…どう、永那えなちゃんに話せばいいんだろう。

頭を抱えた。文字通り、本当に。

永那ちゃんは、あんな凄まじい攻めに耐えたの?

私は、泣いている彼女を突き放すなんてできなくて、つい許してしまった。

お、恐ろしい…。


海の日、佐藤さんが泣いたから、肩を少し抱いたと永那ちゃんから謝られた。

“永那が言ったから好きになったのに。責任取ってよ。あたしには永那しかいないのに”と泣かれて、ついそうしてしまったと。

私は全然、肩を抱くくらい気にしないから、謝らなくていいと言ったけど、永那ちゃんは気にしているみたいだった。

そんな永那ちゃんに…私は何て説明をすればいいの?

怒るかな。悲しむかな。呆れるかな。

…永那ちゃんがどんな反応をするのか、全く想像できない。

それこそ佐藤さんが言うように、本当に“絶交”なんてことになったら洒落にならない。


夜まで考えても何も思い浮かばず、夜ご飯を久しぶりに失敗して、お母さんとたかに心配された。

そしてベッドの前に立って、また頭を抱えた。

今日は昼まで佐藤さんがいたから、ベッドのシーツを洗えなかったんだ。

寝転ぶと、少し佐藤さんの匂いがする。

こう…永那ちゃんが最初に寝たときも同じだったけど、自分のベッドから人の匂いがするっていうのは、なんだか不思議な気持ちになる。

明日の朝、シーツを替えるだけ替えよう。

しばらく眠れなかったけど、一応は眠れた。


目覚めた瞬間から憂鬱で、項垂れる。

私はシーツを替えて、朝ご飯を食べて、浴衣を着る。

ため息を大きくついて、駅に向かう。

駅にはもう、永那ちゃんが立っていた。

嬉しそうに笑う顔を向けられて、申し訳なくなって俯く。

すい?」

「永那ちゃん…」

「なんかあった?」

私は頷く。

「でも、家に帰ってから、話す」

「…わかった。じゃあ、行こっか」

永那ちゃんと繋ぐ手は、しっとりと汗をかいていて、それすらも申し訳なく思えてくる。


部屋について、お茶を用意する。

2人でベッドに座った。

「で?どうした?」

「あの…」

私は深呼吸する。

「一昨日ね、佐藤さんが家に泊まったの。夜遅かったから」

永那ちゃんをチラリと見ると、目を細めていた。

あー…この目は、もう察してるのかな…。

「あの、家に予備の布団がなくて、一緒にベッドで寝たんだけど…」

私は俯いて、どんどん顔が熱くなっていく。

「で?」

トーンの低い声。

心臓がドッドッドッと駆けるように速くなる。

「キ、キスを…してしまいました」

「浮気じゃん」

胸がズキリと痛む。

「あ、あの…最初は、なんで私が佐藤さんを好きなのか聞かれて、それに答えたの。結果的には、私が永那ちゃんを佐藤さんから奪ってしまった形になったけど、それでも佐藤さんは怒りもせず、一緒に遊んでくれて、それが嬉しかったから好きだって」

永那ちゃんは足を組んで、膝に頬杖をついている。

睨むように見られて、私は萎縮する。


「そしたら、泣き始めちゃって…」

永那ちゃんの眉がピクリと動く。

「だから私、彼女を抱きしめて、顔を拭いてあげて…。そしたらいきなり」

永那ちゃんの眉間にシワが寄る。

「“だめ”って言ったんだけど、佐藤さん“寂しい”って。何度も寂しいって言って。永那ちゃんを盗ったんだから、その分を埋めてよって言われて」

「許しちゃったんだ?」

やっと反応が返ってくる。

私は頷く。

「それで?」

「“今だけ千陽ちよって呼んでほしい”って言うから、千陽って呼んで…佐藤さんも私のことを名前で呼んで」

永那ちゃんが大きくため息をつく。


「それで、永那ちゃんとのセックスは気持ちいいか?って聞かれて“うん”って答えて。どんなことしたのかも聞かれて…友達なら話すのは普通でしょって」

永那ちゃんが目を閉じてしまう。

「私の、この首の痕」

私は永那ちゃんにつけられたマーキングに触れる。

「“キスマークでしょ?”って言われて。“いつつけられたの?”って聞かれたから体育祭の日って答えたら、永那ちゃんが手を振り払った日だねって言われたの」

「うん」

永那ちゃんは目を閉じたまま、ジッと動かない。

「佐藤さんが…私に背を向けて…気づいたら、服のボタンを全部外していて、私の手を…胸に…。お詫びに、さわってって…」

「ハァ」と大きなため息をついて、項垂れる。

「…マジで浮気じゃん」

「ご、ごめんなさい」

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