第64話 海とか祭りとか

その後、2人はいくつか会話を交わして、静かになった。

あたしは優里達のそばに寄って、膝を抱えた。

弟に「やる?」と聞かれたけど首を横に振った。

「ハァ」と大きくため息をついて、自分で自分の胸をさする。

なんか、胸焼けしてるみたいな感覚…気持ち悪い。

あたしって、また傷口に塩塗ってる?


…優里、告白されたって言ってた。

あたしは最近、全然誰からも告白されていない。

それは永那がそばにいて、あたしが永那と付き合っているように振る舞っていたからだと思う。

今回の相手と優里が付き合うかはわからないけど、いつかは優里もパートナーができて、あたしはまたひとりぼっちになるのかな。

…嫌だな。

弟を見る。

モテそう。

今は好きな人がいないって言ってたけど、中学生、高校生になったら、きっと好きな人ができて、青春するんだろうなあ。

今のあたしは、部活もやってないし、恋人もいないし、何もないな。

ただ叶わない恋をして、無様にしがみついているだけ。

だからって、また適当な相手を見繕いたいとは思えない。

ため息をつく。


「千陽。やっぱ、やりなよ」

弟があたしにコントローラーをわたしてくる。

「何でため息ついてるのかわかんないけど、とりあえず楽しまない?」

そんな、キラキラした目であたしを見ないでよ。

わたされたコントローラーを手に持って、優里と対戦する。

ゲームをしていたら気が紛れて、不思議と憂鬱な気分も晴れていった。

「ねえ、誉」

「な、なに?」

あたしが名前を呼ぶと、弟はいつも挙動不審になる。

「月曜、どっか2人で行かない?」

「え!?どうしたの?急に。…いいけど」

「千陽と誉すごい仲良しー!ずるいー!私も遊びたいー!…水曜じゃだめ?」

「だめ」

あたしが言うと、優里が「なんでなんでー!」と騒ぐ。

「あたしは絶対月曜がいいの」

「じゃあ、月曜は2人で、水曜は3人で遊ぶ?」

あたしが頷くと、優里が両手をあげて喜ぶ。


永那が起きて、優里と3人で帰る。

優里は途中で別れた。

「月曜は、あたし誉と2人で外に遊びに行くから」

「え?」

「水曜も、優里と3人でどっか遊んでくる」

「そ、そーなんだ」

永那がポリポリと頬を掻く。

「ヤるんでしょ?浴衣で」

永那の目が見開かれて、顔が真っ赤になる。

…なに?今更。

中学のときは何の感情もなく、あたしの気持ちも考えずに、セックスしたこと言ってたのに。

「聞いてたの?」

あたしは無視する。

胸がチクチク痛む。

無言のまま、あたし達は帰った。


次の日は特に何もなく、火曜日と同じように過ごした。

永那が空井さんを抱きしめながら寝て、あたしは弟とゲームをする。

なんてことない日。


金曜。

永那も空井さんもいない。

でも、風景は大して変わりない。

2人がいたとしてもベッドで寝るのだから、あたしの視界にはほとんど入ってこない。

強いて違いをあげるなら、お昼ご飯のときだけか。

「千陽、永那より上手いんじゃない?」

ゲームをしながら弟が言う。

「あたしも買おうかな、これ」

「マジ!?そしたら通信できるじゃん!…俺、1人でしか遊べないんだけど、好きなゲームあって、千陽がそれもやってくれたら、めっちゃ嬉しいんだけど!通信プレイできたら、離れてても遊べるよ!」

…待って。おかしい。

今、あたしの心臓が、鳴った気がする。

あり得ない、あり得ない。

5歳も年下の、小学生相手に。犯罪じゃない?

なに?永那と空井さんを見過ぎて、頭おかしくなった?

しかも話の内容的に、どこにもときめくようなことなんてないんだけど?

気のせいだ。うん。

あたし、あまりの寂しさに気が狂い始めたのかも。


弟が料理をしてくれる。

あたしは椅子に座って、ただ眺める。

「今日は永那がいないから、カレー!…市販のルーじゃなくて、カレー粉で作ったんだよ?」

ドライカレーだった。

ほとんど食べたことないけど、口にすると、普通のカレーよりも好みだった。

「おいしい?」

あたしが頷くと、また弟は嬉しそうに笑う。

あたし達は向かい合って座っている。

「ねえ」

「なに?」

「キスしようって言ったら、どうする?」

弟の目が見開いて、顔が真っ赤になる。

「な、なに言ってんの!?…あ、あれだな…姉ちゃんと永那がキスばっかしてるから…おかしくなっちゃったんだって思うよ」

弟はカレーをかき込む。

そうだよね。やっぱりあの2人のせいだよね。

「それか…千陽は姉ちゃんにキスしてたし…千陽はキス魔ってやつなんだなって思う」

ふむ。…空井さんの唇はやわらかくて、気持ちよかったな。

「そうだね」

あたしはカレーを食べる。

「そ、それだけ?」

「他に何かある?」

弟はポリポリ頬を掻いて、カレーを食べた。


***


お祭り当日。

夕方に待ち合わせると混むからと、いつも通り朝にマンションに向かった。

空井さんが着付けてくれると言うので、あたしは洋服で行く。

動画で浴衣の着方を見てみけど、自信がなかったから安心した。

空井さんは昔おばあちゃんに教えてもらったのだと言っていた。


家につくと、弟はもう既に甚平を着ていた。

空井さんはまだ洋服だった。

「千陽、おはよ」

「おはよ」

「佐藤さん、おはよう」

あたしは頷いて、いつものようにテレビの前に座る。

弟がハンディファンを見せてくる。

…どうでもいい。


お昼を食べた後、空井さんに浴衣を着ようと誘われた。

2人で空井さんの部屋に入る。

部屋には全身鏡が置かれていた。

「鏡なんて部屋にあったっけ?」

「…よく覚えてるね。クローゼットにしまってたんだけど、着付けるのに必要だから出したんだ」

「ふーん」

あたしの浴衣は、白地に紺色の桔梗が描かれたもの。

水墨画のようなタッチで、花柱の部分が黄色だから、アクセントになっている。

紺色の帯に、白の帯締めをつける。

下駄はシンプルに、鼻緒が白、台が黒に近い焦げ茶色。

空井さんはあたしの着付けからしてくれる。

あたしが服を脱ぐと、空井さんは頬をピンク色に染める。

そんな顔されたら、またキスしちゃうよ?なんて。

嫌われるだろうから、しないけど。

キャミソールを脱ごうとしたら「はだけたら大変だから、そのままで!」と言われてしまった。

あたしは目を細めて彼女を見る。

空井さんは恥ずかしそうに、前髪を指で梳く。


浴衣の袖に手を通す。

空井さんが前に立って、着付け始める。

学校でもそうだったけど、彼女の視線はすぐにあたしの胸元にいく。

胸が大きいのは自覚してるけど、そんなに見なくても…。

男のほうがよっぽど、さりげなく見ようとしているのが伝わってくるくらい。

あたしは気まぐれに彼女の手を取って、胸に押し付けた。

彼女の目が見開かれて、顔が真っ赤になる。

さわられるのは慣れてても、さわるのは慣れてない?

「そんなに見たいなら、見せてあげるのに。空井さんになら特別に、さわらせてだってあげるよ?」

「なん」

「あたしのこと、好きだって思ってくれてるんでしょ?永那から聞いた」

彼女の言葉を遮って答える。

空井さんの喉が上下した。

「空井さんからしたら、あたし、いっぱい嫌なことしただろうに…あたしのこと、好きなんでしょ?だから、特別」


彼女が固まって動かない。

あたしは、あいている自分の手を後ろに回してブラのホックを外す。

「さわって?」

永那にも、こういうふうにすれば良かったのかも。もっと早くに。

ブラを上にずらして、キャミソール越しに胸をさわらせる。

「でも」

それでも彼女は動かない。

「あたしは永那には言わないし、空井さんも言わなければいいでしょ?…胸をさわるなんて、女子同士ではよくあることなんだし」

更衣室で女子同士で胸の話をして、お互いにさわったりする。

真面目な空井さんは、みんなとそんなことしたことないかもしれないけど、こんなの…

「普通のことだよ。優里にも、何度もさわられてるよ?」

そう言うと、空井さんがあたしを真っ直ぐ見た。

唾をゴクリと飲んで、優しく揉み始める。

「すごい」

なにその感想。

「あ、ありがとう」

空井さんはまた前髪を指で梳いて、ブラをつけ直してくれる。

そっちのほうがエロいんだけど。

思わず笑う。


その後は、大人しく着付けてもらった。

「綺麗だね」

…弟がしょっぱなから“綺麗”とか吐かしてきたのは、姉譲りか。

一緒に過ごすようになる前は、ハッキリ自分の考えを言って、言い方もキツくて、厳しい印象があったけど…ハッキリ自分の考えを言うってことは、こういうこともハッキリ言うってことだよね。

あたしは手鏡を出して、髪を結っていく。

空井さんが服を脱いで、浴衣を着る。

あたしはニヤリと笑って、彼女に後ろから抱きついた。

「え!?」

「さわらせてあげたんだから、空井さんのもさわらせて?」

浴衣とキャミソールのなかに手を忍ばせて、ブラのホックを外す。

手を前にやって、彼女のを直接さわる。

「ちょっ」

鏡越しに、彼女の顔が真っ赤になっているのを見る。

永那が女の子を襲いたくなる気持ちが、少しわかった。

…可愛い。

「やわらかい」

手から少し溢れるくらいの、ちょうどいいサイズ。

永那は、いつもこれをさわってるんだ。

真ん中の突起に触れる。

肩がピクッと動く。

ああ、なんか、ゾクゾクする。

「さ、佐藤さん…だめ…」


「佐藤さん…!だ、だめだよ…これは、普通じゃないでしょ?」

手を押さえられる。

「そうだね」

あたしは手を抜く。

空井さんは汗をタラリと流して、ブラをつけた。

手鏡の前に座り直して、あたしは髪を結い直す。


2人の準備が終わってリビングに出ると、弟は寝転んで漫画を読んでいた。

ドアが開いたことに気づいて、起き上がる。

「う、わー…綺麗」

またそうやって、目をキラキラさせないで。

「千陽、写真嫌いなんだよね?」

「どうして?」

あたしは弟を睨む。

「いや…綺麗だから…撮りたかっただけ。でも、嫌がられるのは嫌だし、やっぱいいや!」

「べつに、いいけど」

あたしは奥歯を噛みしめる。

「え?いいよー」

「いいって言ってんじゃん。…もう、二度と言わない」

「ちょっ!待って!撮る!撮らせてください!」

弟はポケットからスマホを出す。

つい、睨む。

「姉ちゃんもー、隣に立って」

「え?私も?」

「早く!」

ぎこちなく、笑みを作る。

カシャッと音が鳴って、あたしはホッとする。

「絶対、どこにも、誰にも、あげたり送ったりしないでよ?」

「うん!」

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