第63話 海とか祭りとか
「最近は、少し様子が変わったな…と思っていたけど、彼は前から親切だったし、私以外の女の子にも優しいし、そんな…特別な何かがあるとは、全く思っていなくて」
空井さんが気まずそうに永那を見る。
永那は相槌も打たずに、ただ彼女を眺めている。
「旅行のとき…」
なぜか空井さんがあたしを見る。
急に見られて、なんとなく背筋を伸ばしてしまう。
「同級生から、永那ちゃんと佐藤さんが付き合ってるんじゃないかって話をされて。彼は私と永那ちゃんが付き合ってるって知っていたから、庇ってくれて」
…そんな話されたんだ。
ああ。“どっかの誰かが見てた”んだっけ?
「そのとき、空気が悪くなりそうだったから…私は“2人が綺麗なのは事実で、周りからそう見られても仕方ない”って、彼を制したんだけど」
空井さんはどんどん顔を俯かせて、顔が見えない。
「彼が、私も綺麗だって、言ってくれて」
永那の目の下がピクピクと動いている。
…彼女を褒められてるんだから、そんなに怒らなくてもいいんじゃない?と心の中で笑う。
「でも、それでも私、気づかなくて」
永那は、あたしの好意に気づいてて無視し続けたけど、天然で気づかれないとなると…それはそれで辛そう。
「他の人に言われて、初めて彼が私を好きなんだって気づいて。私が気づいたことに彼が気づいて、告白…されました」
「どんなふうに?」
永那は相変わらず頬杖をついて、空井さんを見下ろすように見ている。
「元々生徒会には目立ちたくて入ったんだけど、私に話しかけられるのが嬉しくて、頑張るようになって、それから真面目で良い人になれたって。中二のときに、夏祭りで私の浴衣姿を見て、話しかけられないくらいドキドキして、恋だと気づいたって」
「なんか、ロマンチックだね。そんな理由なら嬉しくてドキドキしちゃうかも~」
優里が両手で頬杖をつきながら、ただでさえタレ目な目を垂らしている。
それは…火に油を注ぐのでは?
永那が頬杖をついていた左手を振り下ろして、テーブルを叩く。
…こわっ。
優里が肩を上げてギョッとしてる。…バカだなあ。
「それ、いつの話?いつ告白されたの?」
「え?2日目の、夕方くらい?」
空井さんもびっくりしながら、目を白黒させて答えている。
「じゃあ、浴衣姿見てんだ?穂の、浴衣姿。あれ、ゲームかなんかしてたよね?」
「…あ、うん」
なんの話かよくわからない。
旅行で浴衣を着ていたってこと?
永那が貧乏揺すりを始める。
「お風呂上がりっぽかった」
「はい」
こちらまで聞こえるほどにギリリと歯を食いしばる音がした。
「私だってまだ、見てないのに。浴衣姿。しかもお風呂上がりの…見てないのに…なんであいつが先なわけ?」
永那がテーブルに頭を打ち付ける。
「あ゙ー、腹立つ」
思わずあたしと優里と弟は顔を見合わせる。
永那が割と短気なのは知っていたけど、こんなに怒るのは初めて見る。
怒るというより、嫉妬か。
空井さんは、あたしが見たことのない永那を、どんどん引き出すんだなあ…。
寂しさもあるけど、“そりゃあ、あたしじゃ敵わないよね”って気持ちに、嫌でもさせられる。
「穂もさー、なんでそんな気づくの遅いの?気づいたらさ、遊んじゃだめでしょ?」
…あんたはあたしと遊んでるくせに。
「もし襲われたらどうするの!?」
「ご、ごめんなさい」
「男はみんな狼なんだよ!?」
永那は女のくせに襲ってるんだから、性別なんか関係ない。
「ま、まあまあ、永那。…穂ちゃん、怖がってるよ?」
優里にそう言われて、眉間にシワを寄せてから、ため息をつく。
「話すのが遅くなって、ごめんね。永那ちゃん」
永那は顔を両手で覆って、「あ゙ー」と唸ってる。
「姉ちゃん、この前浴衣買ってたじゃん。今見せてあげれば?」
弟が言う。
永那の手が勢いよく外されて、「見たい」と眉間にシワを寄せながら言う。
「ん?てか、なんで浴衣買ったの?」
「ああ、1人でお祭り行こうと思って」
「え!?1人で!?…私、行くって聞いてないけど!?」
「あれ?永那ちゃんに“行けないよね?”って確認したけど…」
「いやいや、それは聞かれたけど、穂が1人で行くとは聞いてないよ!?」
「あ、そっか」
また永那がテーブルに頭を打ち付ける。
すごい音してるけど、痛くないの?
「それならべつに、あたし達と行けばいいんじゃない?」
「いいの…?」
空井さんが心底驚いた表情で見る。
弟を見ると、“うんうん”と頷いていた。
「私も部活仲間と行くから、みんなに会えるかもー!楽しみ!」
永那が床に倒れ込む。
「もう…死にたい…」
「え!?永那ちゃん!?」
空井さんが永那に触れる。
「俺もさ、今甚平着る!姉ちゃんも早く着なよー!」
弟…神経図太いな。
空井さんは倒れている永那を心配そうに見つめながら、部屋に入った。
「永那、これからも穂ちゃんと一緒にいるんだったらいいじゃん」
「うるさい!お祭りに行けるみんなには、私の気持ちなんかわからないよ。今は今しかないんだよ!」
両手で顔を覆っている。
…門限なんて、破っちゃえばいいのに。
***
紺色に白の縦ストライプが入った甚平を着た弟が部屋から出てくる。
バンッと勢いよくドアを開けて、いかにも“登場”といった格好をする。
「おー!かっこいー!」
優里が言う。
永那は変わらず両手で顔を覆っている。
…泣いてる?
「だろー?」
しばらくして、空井さんが部屋から出てくる。
白地の浴衣に、真紅の縦ストライプが入っている。
そこに大きめのシンプルな椿がいくつか散りばめられている。
椿も白と真紅で描かれていて、帯も色が揃ってるから、大人っぽくて落ち着きがあるのに、華やかな印象もある。
少し、紫色も混ざっているのかな。
だから大人っぽさがあるのかも。
そして髪を簡単にお団子にしていた。
「わー!穂ちゃん綺麗」
永那が指の間にすき間を作っている。
「そ、そうかな。…永那ちゃん、どうかな?」
空井さんは手を広げて、永那に見えるようにする。
永那の体がどんどん丸まっていく。
「うぅ…」
スンスンと鼻を啜る音が聞こえる。
「永那ちゃん?」
空井さんがしゃがんで、永那の手をどかす。
やっぱり永那は泣いていて、鼻水まで垂らしている。
…なにその顔。
空井さんは何枚かティッシュを取って、永那の顔を拭く。
「えー!?なんで永那、泣いてんの!?」
「え!?永那泣いてるの!?」
弟と優里が驚愕して体を乗り出している。
あたしは最後のクッキーを食べながら、頬杖をついて様子を眺めてる。
空井さんが永那の頭を撫でる。
「穂は…穂は…誉が言わなかったら、私に見せてくれなかったんだ~」
子供みたいに泣き始める。
泣く姿も、初めて見る。
「そんなわけないでしょ。永那ちゃんに見せたくて買ったのに」
「じゃあなんで黙ってるんだよ~」
「喜ばせたかったから」
…ああ、もう。なんでそんな綺麗な笑みを浮かべるの。
そんな笑みを向けられたら、そりゃあ永那も惚れるよね。
「永那、泣きすぎだろー」
弟がおかしそうに笑ってる。
優里はアワアワしてて、手を宙に彷徨わせている。
「ほら、起きて?ちゃんと見て?」
思わずため息が出る。
空井さんが泣いている永那の手を引いて、永那が起き上がる。
「どう?」
「綺麗」
まだ永那の目からはポタポタと涙が零れ落ちている。
フフッと空井さんが笑って、かがんで、永那の目元を指で拭う。
そのまま永那が両手を伸ばして、彼女の頬を包む。
唇と唇が触れ合う。
あたしは目を閉じた。
深呼吸してから、瞼を上げる。
2人は見つめ合って笑っていた。
…綺麗。
優里と弟を見ると、2人とも顔を真っ赤にして固まっていた。
汚れると嫌だからと、空井さんはすぐに着替えていた。
弟にも着替えるように言っていたけど、弟は「やだー」と言って、ゲームの準備をしていた。
空井さんと優里がご飯を作ってくれて、あたし達はその間、ゲームで遊んだ。
チラリと永那を見ると、涙は止まっていたし楽しそうにしていたけど、やっぱりどこか悲しげだった。
ご飯を食べた後は、空井さんが永那を寝かせる。
さすがにあたしに見られて恥ずかしい思いをしたからか、優里には見られないように、ドアを閉めていた。
優里があたしのそばに寄ってくる。
「ね、ねえ…またかな?」
優里の鼻の穴が少し大きくなって、頬がピンク色になっている。
あたしは首を横に振る。
「生理だからできないんだって」
彼女に耳打ちすると、耳まで真っ赤に染めて「ひゃ~!」と手で顔を隠した。
「でも永那、空井さんのこと抱き枕みたいにして寝てるんだよ?ヤバくない?」
小声で言うと「も、もういいよ~!」なんて、あたしから逃げていった。
あたしは空井さんの部屋のドアのそばに寄る。
もうこうなったら野次馬根性だ。
優里と弟がゲームを始める。
「穂、いつ見せてくれる予定だったの?」
「本当は、月曜日か昨日にでも見せようと思ってたんだけど…」
普通の声量で話してるから、普通に聞こえる。
枕がドア側にあるし、ベッドに寝転がって普通に話したら、そりゃあ聞こえるよね。
テレビのそばの優里達には聞こえていないだろうけど。
「生理になっちゃったし…」
…生理だと、なぜ見せられないのか。
すぐに理由がわかって、あたしは頭を抱える。
永那が暴走してるのを空井さんは引かないのか疑問だったけど、案外空井さんも好んでるのか…。
ちょっと、複雑な気持ち。
あたしは…そういうことをしたことがないし、実際にはよくわからない。
永那に話を合わせるためにネットでいろいろ調べたけど、むしろ嫌悪感が増した感じがした。
「千陽達もいるしね」
永那が言う。
「じゃあさ、月曜くらいには…また見せてくれる?」
「わ、わかんないよ!」
「金曜に、またあの後輩と会うんでしょ?…約束してくれないと、私、本当に頭おかしくなりそうなんだけど?」
金曜…空井さんは生徒会のボランティアがあるから家にはいないと言っていた。
生徒会の後輩に告白されたと言っていたから、会うのだろう。
だから永那も来ないし、あたしも自分の家にいようかと思ったけど、弟に誘われたから来ることにした。
「でも佐藤さん、家に来るんじゃない?」
「そしたら2人でどっか行く?」
来ないから!…来ないから。もう、2人の会話がヤバすぎて、ついてけない。
盗み聞きしてるのはあたしだけど。
顔が熱くなる。
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