第62話 海とか祭りとか

「そんなに気にすること?2人ともたくさんしてるんだから、1回くらいいいじゃん?」

「1回くらいって…」

「永那が広い心で許せばいいだけの話でしょ?」

「お前が言うなよ」

「それに、永那にはダメって言われたけど、空井さんにダメとは言われてない」

「なんだその屁理屈」

「永那がダメなら、空井さんにすればいいじゃない?ってね」

「パンがなければケーキを…じゃないんだから」

…なんで項垂れながらツッコミを入れ続けるのか謎だけど、あたしは面白くて笑う。

「もー!」

頭をボリボリ掻いて、髪が乱れる。

「もう、穂に接近禁止!」

「どうして?」

「お前…!自分がしたこと、反省してないのか!」

「反省反省」

「…絶対してないじゃん」

空井さんと弟が苦笑している。

永那がギロリとあたしを睨む。


永那は立ち上がって、空井さんの頬を両手で包む。

彼女の唇に唇を押し付けてから、チロチロと舐める。

空井さんが顔を真っ赤にして、目をギュッと瞑った。

よくもまあ…こんな、人前でできるもんだわ…と、自分のことを棚に上げて、思う。

2人の顔が離れたのを見てから「あたし、明日も遊びに来るから」と告げた。

「…いいけどさ。もう、穂にもしちゃだめだからね?」

永那の言い方が優しくて…もっと怒るかと思ってたのに、拍子抜けする。

あたしは目をそらして、唇を尖らせる。

「永那ちゃん…そろそろ、帰らないと」

「…うん」

永那と空井さんが至近距離で見つめ合って、永那はため息をつく。


永那と2人で駅に向かう。

「あたしが明日も来るって、イライラしないの?」

「しないよ」

「なんで?前はあんなにイライラしてたのに」

永那が立ち止まって、ニヤリと笑う。

あたしの耳元に口を近づけて言う。

「穂が生理だから、できないんだよ」

永那の息が耳にかかって、くすぐったい。

…あー、もう。こういうところが嫌い。

「永那、そんなんで空井さんに引かれないの?」

「引かれないよ」

見下ろされるように流し目で見られて、胸の痛みを感じる。

これが、どういう痛みなのか、自分でもわからない。

羨ましいような、寂しいような、ときめいているような、ごちゃ混ぜの感情。

「あたしのファーストキス、空井さんになっちゃった」

「自分でやったんだろ?」

「永那との間接キスだもん」

永那が左眉を上げる。

「お前、頭おかしいんじゃないの?」

「かもね」


次の日、永那は空井さんを抱きしめたまま眠った。

最初、空井さんは恥ずかしげにしていたけど、そのうち当たり前みたいに抱かれながら本を読み始めた。

トイレに行くときにチラッと見たら、抱きしめられていることを何も気にしてないみたいな顔をしていたから、永那の前では、いつもそうなんだなってわかって、少し胸が痛む。

自分で自分の傷口に塩を塗っている気分になる。

明日は優里の部活が休みだから、優里も来ることになった。

あたしは弟とゲームをして過ごす。

家で1人で悶々としているよりはマシかな。

お昼もおいしいし。

「友達と遊ばないの?」

「え?…ああ、べつに。いつも約束してるわけじゃないから」

「そうなんだ」

「千陽達と一緒にいたほうが、俺、楽しいし」

なんでそんなに目がキラキラしているのか。

眩しくて見てられない。

「そんなんじゃ、いつか友達いなくなるんじゃないの?」

「えー?そうかな?」

弟は特に不安になる様子もなく、画面を見続ける。


「あんたは、恋人とか好きな人とかいるの?」

「んー…いないかな」

「そうなんだ。優里が好きなのかと思ったけど」

「好きだよ。でも、俺は千陽も永那も好きだよ」

…なにこの真っ直ぐな人間。

小6男児って、あたしのイメージではもっと生意気で、憎たらしい感じだけど。

「俺、まだ好きってよくわかんない。永那と姉ちゃんが…その…キスとか、してるの見ると、ちょっと、気まずいくらいで…」

「へえ」

その“気まずい”って感情、具体的には、どんな気持ちなんだろう?

まあ…そういうお年頃だもんね。

目の前であんなふうにされたら、落ち着かないのも無理はない。

「てか、千陽、なんで昨日姉ちゃんに…」

「なんとなく。理由なんてないよ」

「えー…そんなもんなの?女同士だから?」

「女同士とか関係ないし。女同士でも口にキスなんてしないでしょ」

「わけわかんねー」

弟が笑う。


***


「そういえば昨日、浴衣買ったよ」

「え!?マジで!?」

永那に“寄るとこあるから”と言って、電車の中で別れた。

あたしはそのまま電車に揺られて、都心部に出かけた。

たしかに最低でも7千円くらいで、安いものは全然可愛くなかった。

可愛いなと思うものもあったけど、セットになってる帯や下駄が微妙で…長く使うなら、良い物を買えばいいやと思った。

どうせ体型も大きくは変わらないだろうと思って、1万5千円くらいの物を買った。

「めっちゃ楽しみになってきた」

「お祭りで友達とかとすれ違ったら、恥ずかしく思ったりしないの?」

「なんで?」

「べつに」

あたしは、小6のとき、適当に見繕った相手と2人で歩くのは恥ずかしかったけど。

相手も同級生にからかわれて、恥ずかしげにしていた。

年の差があるから、あんまり気にならないってことなのかな?

でも、年の差があるからこそ、余計恥ずかしさを感じる部分もあると思うんだけど。


翌日。

あたし達がマンションに向かっていると、途中で優里と合流した。

優里は部屋について早々、ラグに寝転んだ。

「あー、生き返るー」

永那は優里がいるからか、今日は寝ないみたいだった。

テーブルに頬杖をついて、優里を眺めている。

「そんな部活キツいの?」

「まあ、それもあるんだけどさー。…早くみんなに聞いてほしくて!」

「なに?」

空井さんが人数分のお茶とお菓子を用意してくれる。

さっき優里が手渡していたお菓子も含まれていた。

優里が寝転んでいるから、ローテーブルの片側に永那、空井さん、弟、あたしが座っている。

「私さー、男女ペアでも組んでるんだけど、そのペアの相手に告白されちゃって…」

「良かったじゃん」

永那が言って、あたしも頷く。

そのまま手を伸ばして、クッキーを食べる。

弟は興味深げにしてる。


「え!?それだけ!?」

優里が起き上がる。

空井さんはどう反応すればいいかわからなさそうに、優里を見てる。

「私、全然そういう目で見てなかったから…なんていうか、ショックでさー」

「じゃあ断ったんだ?」

永那の反応はいつもこんな感じ。

「まだなの…保留にした…」

「なんで?」

「ペアの相手だよ!?断ったら気まずくない?」

「ふーん」

優里が机に突っ伏す。

「じゃあ、とりあえず付き合ったら?」

あたしはクッキーを頬張りながら言う。

「いや…えー…だって、付き合ったら手繋いだり…キ、キスしたりするんでしょー!?無理無理無理無理!そういうのじゃないんだって…」

「じゃあ断りなよ」

弟が言う。

「ハァ…私に理解者はいないんだね…」


「その人は、どうして優里ちゃんが好きなの?」

意外にも空井さんが質問する。

「んー…わかんない。告白されて、驚きすぎて、何も聞けなかった。保留にすることで精一杯だったんだよ」

「そっか。理由を聞いたら、優里ちゃんの気持ちもハッキリするのかも」

「理由かー…」

「理由次第で、付き合うかどうか決めてもいいんじゃない?」

「…たしかに。…うー」

何をそんなに悩んでいるのか、あたしにはさっぱりわからない。

あたしはずっと永那が好きだったし、永那に出会う前は誰に対しても“気まずい”なんて思ったこともなかったから。

相手から告白されて、付き合ってる相手がいなければ“いいよ”って言うだけ。

「それに断ったとしても、関係が悪くなるとは限らないんじゃないかな?」

「そうなの?」

「ただ相手は、優里ちゃんに“好き”って伝えたかっただけってこともあると思う。もちろん、付き合いたいとは思ってると思うけど」

「…そっかあ。ハァ、本当に穂ちゃんがいてくれてよかったよ…私、とりあえず理由を聞いてみる!」

「うん」

「部活仲間には相談し難かったし…本当にありがとう」

優里が空井さんの両手を掴んでいる。


「ねえ、穂?」

「ん?」

永那は目を薄く開いて、無表情に空井さんを見ている。

「その口ぶりだと、穂は過去に誰かを振ったみたいに聞こえるんだけど、気のせいかな?」

空井さんの顔が引きつる。

目をそらして、ソワソワし始める。

「あ、いや…その…あの…永那ちゃんに言おうと思ってたんだけど、タイミングがなくて」

「タイミング?」

永那の左眉が上がる。

「姉ちゃん、誰かに告白されたの!?」

弟が空気を読まずに発言する。

「あの…生徒会の、後輩に」

へえ…空井さんってやっぱりモテるんだ。

百戦錬磨の永那を落とすくらいなんだから、当然かな。

「またあいつか…。てか、なんで言わないの!?穂、私に“ちゃんと話して”って言ったじゃん!穂は言わないの!?」

「…ごめんなさい」

永那が少しイライラしている。

永那は項垂れて、ため息をつく。


「はい。じゃあ、具体的にどうぞ」

永那はまた頬杖をついて、空井さんを見る。

あたしと優里はお菓子に手を伸ばす。

「ど、どこから話せば…」

「全部。最初から」

「最初!?…む、難しい。どこが最初なんだろう…」

空井さんは考え込んでしまう。

「こ、告白されたのは、この前の旅行のときで。でも、好きだったのは中二のときから…と、言われました」

あたしが永那を好きな期間とほぼ同じ。

永那に空井さんを取られて焦ったか。

…焦るよね。その相手の気持ちが痛いほどわかる。

「でも、私全然気づかなくて。…2人で遊んだこともなかったし、生徒会のある日に一緒に帰って話すくらいで。もちろん、彼に今まで“好き”って言われたこともなかった」

空井さんの耳が赤く染まっている。

公開処刑みたいになってる。

まあ、事前に永那に話しておけば良かったんだろうから、自業自得だけど。

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