第59話 海とか祭りとか

「ち、千陽!?…新しく買った水着は!?どうした!?」

永那が慌てふためく。

弟は、空井さんと全く同じ反応。

「あたしが何着ようが自由でしょ?」

もっと、かまって。

「ハァ」と永那がため息をつく。

「なんか上に着ろよ」

「やだ」

「まあ、とりあえず、海行く?」

優里が言う。

みんなが頷いて、波打ち際に行く。

「わー!気持ちいい!」

優里がどんどん奥に行く。

弟も走って奥に行って優里と水をかけあって遊ぶ。

空井さんは足元の水を蹴っていた。

永那がその様子を微笑ましそうに見ている。

すぐに目をそらして、あたしは優里のほうに歩き出す。


「千陽!」

弟が呼ぶ。

水の抵抗を受けながら、こちらに走ってくる。

水しぶきが飛んでくるから、顔をそらした。

「もっと奥行く?」

「行かない」

「そーなの?じゃあ、この辺でいっか!」

あたしと同じくらいの身長。

波が引いては寄せてくる。

「わ!でかそう!」

あたしは顔にかかるのが嫌だから、少し浜のほうに下がっていく。

「あれ?千陽?」

「誉ー!来るよー!」

「うん!!!」

優里と弟が波を受け止めようと、手を大きく広げる。

優里と弟は頭から波をかぶって、あたしのへその辺りで波が揺れた。

少し水しぶきがあがったけど、この程度なら気持ちいい。


「千陽ー!気持ちいいよ!」

弟が声をかけてくる。

鬱陶しくなって、あたしはシートに戻るために背を向ける。

そしたら永那と空井さんが手を繋いで、ちょうど入れ替わるみたいに海に入ってきた。

「千陽、もう戻るの?」

「うん」

「マジか」

永那は空井さんとあたしを交互に見て、迷っているようだった。

…そんなことしてるから、空井さんの笑顔がぎこちないんでしょ?

「千陽!」

弟が隣に来る。

「どうしたの?具合悪い?」

思わず眉間にシワが寄る。

「おー、誉。千陽のそばにいてやって?」

弟が頷く。

あたしは息を吐いて、歩き出す。


「ねえ、千陽?大丈夫?」

「あたし、海そんなに好きじゃないから」

「そーだったんだ!…俺は、あんまり来たことないから、好きだなあ」

…本当にどうでもいい。

パラソルの下に座って、サングラスを外す。

鞄から日焼け止めを出す。

「千陽、なんか食べる?」

「いらない」

「俺さ、今日楽しみで、めっちゃいろいろ調べたんだ」

首からかけている防水ケースからスマホを取り出す。

「ほら、今日の海の家のご飯」

マップが表示されていて、その下に各店舗のメニュー一覧が続く。

「串焼きがおいしそうだなって思って」

「買ってくれるの?」

冗談で言ったのに、弟は目を輝かせた。

「うん!今日は俺が奢るよ!…お母さんから軍資金貰ったんだあ」

そんなの、払わせるわけにいかないでしょ。

イライラする。


「ねえ、お姉さん」

ああ、もっとイライラするものが来た。

「俺達と一緒に遊ばない?」

「あ、日焼け止め?塗ってあげようか?」

「遊ばないから!」

弟があたしの前に立つ。

「は?…ああ、弟君?」

気持ち悪い笑い声が降ってくる。

「まあまあ、お姉さんは俺達に任せて。ね?良い子で待っててよ」

「弟じゃない、友達だし」

「よしよし」

日に焼けた男が弟の頭を撫でようとして、彼はそれを振り払う。

パッと見、20cmくらいは身長差がありそう。

「もう、どっか行けよ」

「どっか行かせてみろよ」

またバカにするような笑い声が響く。

弟は手を握りしめて、少し震えている。

「じゃあ、俺達がどっか行くわ」

そう言って、弟があたしの手を取る。

「行こ」

全員分の荷物を持って、海の家のほうに歩き出す。


チラリと後ろを見ると、男達はこっちを睨みながらどこかに行った。

「もう、大丈夫みたい」

そう言うと、弟が後ろを向く。

「本当だ。…ハァ~、良かった~」

しゃがみこんで、荷物を砂に落とす。

あたしは荷物を拾って「戻ろう」と声をかけた。

弟は頷いて、一緒に荷物を拾う。

シートに座って、もう一度日焼け止めを出す。

膝を抱えて座る弟を横目で見る。

「ねえ」

「なに?」

「塗ってくれない?」

「え!?…え?俺が?」

あたしは後ろに手をついて、足を伸ばす。

永那を盗った空井さんの、弟。

どうせあんたも、あたしを顔でしか見てないくせに。

「お、俺?本当に?」

「早くしてよ」

弟の喉が何度も上下する。

日焼け止めを取って、しばらく容器を眺める。

「普通に塗ればいいの?」

あたしは何も答えない。

視線を遠くにやって、永那を探す。


少しひんやりして、すぐに体温であたたかくなる。

弟を見ると、ただ一心にあたしの足に日焼け止めを塗っていた。

「俺ね」

あたしの足を見ながら、彼が言う。

「最近、姉ちゃんと料理してるんだ。卵焼きなら、1人で作れるようになったよ」

興味ない。

「あと、永那とも一緒に作ったよ」

“永那”に反応して、あたしは弟に視線を戻す。

「永那って、けっこう料理できるんだね?めっちゃ意外だった」

…できないことはないと思ってたけど、あたしも永那が作ったご飯食べたい。

弟がチラリとあたしを見て、目が合う。


***


「あと最近は、永那が読みたいって言うから、一緒に漫画読んだりゲームしたりする。今度さ、千陽も一緒に遊ぼうよ?」

残りの夏休みをどう過ごせばいいかわからずにいたあたしにとって、魅惑的な誘い。

「いいよ」

「え!?マジ!?えーっと…今度の月曜は?」

「べつにいいけど…永那いるんでしょ?」

「うん。じゃあ、姉ちゃんと永那に言わないと」

足の甲から膝まで塗り終えて、弟が膝立ちになる。

「こんなもんでいいかな?」

「まだ終わってないでしょ?」

「え?」

ジッと見ていると、頬を掻く。

「太股も?」

あたしは何も言わずに、また視線を遠くに戻した。

彼の手が触れて、ひんやりした感覚に緊張する。

グッと奥歯を噛んで、冷静を装う。

触れられたくない。気持ち悪い。


「や、やっぱ、やめるよ」

そう言って、パッと手を離される。

思わず眉間にシワを寄せる。

「だって、なんか、千陽、嫌そうだったし」

イライラする。クソガキ。

「早くやれよ」

「でも」

睨むと、弟が驚いたように目を見開く。

日焼け止めで白くなった手を宙に彷徨わせ、キョロキョロし始める。

「わ、わかったよ…」

もう冷たさの消えた日焼け止めを、彼があたしの足に塗っていく。

…これが、永那だったら。

去年は、背中を永那に塗ってもらった。

でも、彼女は避けるように太股や胸にはさわらなかった。

“それくらい自分でやれよ”と、冷たく言われた。

あたしは目を閉じて、永那を想像する。

不思議と緊張感がやわらいで、心が落ち着いていく。


「誉!?」

空井さんの声が悲鳴にも近い。

「ね、姉ちゃん」

「何やってるの!?」

目の前で弟の頭が叩かれる。

「いってー」

「ごめんなさい、佐藤さん」

「べつに」

あたしは床についていた手を払って、弟の塗り残し部分を自分で塗っていく。

永那がお腹を抱えて笑ってる。

…好き。

「誉、なにやってんだよー」

「えー?」

弟が困った表情であたしを見るけど、あたしは知らんぷりする。

「私も塗ってー!誉ー!」

優里が弟を後ろから抱きしめる。

弟が顔を赤らめて「ええ!?」と驚いている。

案外、弟は優里が好きなのかも?なんて。


優里が結んだ髪を片手で上げて「ちゃんと紐の下も塗ってね?」と言って、弟に背中を塗ってもらっている。

あたしも背中から塗ってもらえば良かったかも。

すい、私が塗ってあげるよ?」

「いいよ、自分でできるから」

「えー、でもさ?ほら、背中は塗れないでしょ?」

永那の顔がデレデレしてて、胸糞悪い。

「あ、月曜日さ。千陽に一緒に遊ぼうって言ったんだけど、姉ちゃんと永那、家に呼んでもいいかな?」

「あれー?私はー?」

「優里は部活って言ってたじゃん」

弟に言われて、優里が膨れっ面になる。

「大丈夫だよ」

空井さんが答える。

「じゃあ4人で遊ぼー」

優里がギャーギャー騒ぐ。


「俺、なんかご飯買ってくるよ」

「じゃあ私も行くー!」

「千陽は、さっきの串焼き食べる?」

あたしが頷くと、弟が嬉しそうに笑う。

「あたしも行く」

立ち上がって、2人についていく。

永那と空井さんのところに残さないでよ。

少し遠く離れてからシートを見ると、2人がキスしていた。

…本当、嫌になる。

「そういえば、2人はお祭り行くの?」

「私は部活の友達と行く予定だよ」

「あたしは…行かない」

「誉は?」

「俺も友達と行く予定!…千陽、1人なら一緒に行く?」

眉間にシワが寄る。

「行かない。人混み嫌いだし」

「そっか」

「タイミングがあえば、誉と会えるかもね」

「そうだね!」

中学のとき、1回だけ永那とお祭りに行ったことがある。

そのときは2人で人混みでもみくちゃにされて、酷く疲れた覚えがある。

それでも、2人で人気ひとけの少ないところを探して、疲れてしゃがみこんだ記憶は、楽しかった思い出の1つ。


何人かに声をかけられたけど、無視したり、しつこければ弟が断ってくれたりして、なんとか人数分の食事が買えた。

3人で手分けして持って、シートに戻る。

遠くからでも、永那と空井さんがくっついているのがわかる。

永那が空井さんを後ろから抱きしめている。

「あの2人、俺に付き合ってるって知られてから、本当遠慮なくなって困るよ」

「誉ももう知ってるんだ」

弟が頷く。

「普段、2人、どんな感じなの?」

あたしが聞くと、弟は立ち止まって考える。

「この前、普通に俺の前でキスしてた」

…引くわー。

「姉ちゃんは怒ってたけど」

また永那が暴走してるのか。呆れる。

「あと…でも、喧嘩してたな?」

「え?あの2人が?」

「うん。理由はよくわかんないけど、永那が悪いことしたんだって」

「まあ、穂ちゃんが悪いことするとこは想像できないもんね…」

「そう?姉ちゃん言い方キツいし、それも悪いんじゃないの?」

弟が呑気に笑う。

また歩き出して戻ると、空井さんの顔が赤くなった。

身動ぐけど、永那が離そうとしなかった。


イカ焼きはソースが垂れて、少し食べにくかった。

胸元に落とすと、弟が顔を真っ赤にしながら紙をわたしてくれる。

空井さんの弟と思うと、いじめたくなる。

「拭いてよ」

そう言うと、弟は助けを求めるように永那と空井さんを見た。

「ち、千陽…!誉になんてことさせるつもりなの…!」

優里が助け船を出す。

「いいじゃん、両手が塞がってて拭けないんだもん」

わざと飲み物とイカを持って、上目遣いに見た。

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