第58話 海とか祭りとか
もう、玄関にお土産を置いておいた。
そんな大したものじゃないけど…ずっと人への贈り物を持ったままというのも落ち着かない。
永那ちゃんが家に来て、すぐわたす。
「わあ!お饅頭?…と、キーホルダー?」
「お揃いなの。永那ちゃん、鍵たくさんつけてたから…。あのね、最初に資料館で地域に生息している動物とかを知ってから街を散策したの。そしたらタヌキがね、いたの!見たんだよー!」
だから、タヌキのキーホルダー。
「そうなんだ」
永那ちゃんの顔が蕩けるように綻んで、頭を撫でてくれた。
「ありがとう。つけるね」
そう言って、カラビナにキーホルダーをつけてくれる。
「あ、鍵返してなかった」
「…いいよ!」
「え?」
「永那ちゃん、持ってて」
「え、でも」
「嫌?」
「全然!全然、嫌じゃない…嬉しい、けど、本当にいいの?」
「うん!」
前に永那ちゃんに鍵を預けたとき、喜んでいたから。
これで喜んでくれるなら、いくらでもあげたい。
「永那ー!」
誉が走ってくる。
「誉、おはよ」
「おはよ!…あのさ、明日の作戦会議しよーぜ!」
作戦会議?
「おー、いいともー」
私は永那ちゃんのお茶を用意して、ローテーブルの前に座る。
「俺、海の家調べたんだよ?」
「ほぅ?」
「千陽は、何食べたいかなあ?」
…その話か。
「とりあえず、トマトは絶対NG」
「うん、バーガー系のものとかありそうだったけど、それもだめかな?」
「そうだなー、あいつ、基本ポテトとか、絶対トマト入ってないやつを頼むから…避けたほうがいいかも」
「俺はさ?串焼きがおいしそうだなって思ったんだよね」
「わ!なにこれ、めっちゃおいしそう」
「だろー?」
私が誉のスマホを覗きこむと、ステーキが串に刺さっていた。
「あとは…焼きとうもろこし」
「あー、それは千陽だめだな」
「なんで?」
「歯に挟まるから。あいつ、青のりとかも嫌がる」
「へえ…なんで?」
「え、歯に挟まるからだって」
「なんで歯に挟まるとだめなの?」
永那ちゃんがポリポリ頭を掻く。
「歯に挟まって、それがずっとついたままだと見た目も悪いし、なんか気持ち悪くない?」
「うん」
「それを取る姿を、見せたくないんだって」
「ふーん」
誉はあんまり理解していなさそうな顔で、とりあえず頷いていた。
「イカ焼きもあるんだよ?それは?」
「いいんじゃない?」
誉が嬉しそうに笑う。
「あと、誉」
「ん?」
「大事なのは、ずっと千陽のそばにいることだからね?」
「うん!わかってる!」
「あいつは、いろんな人から話しかけられる。誉は、それを守る。わかった?」
「うん!」
…ん?永那ちゃん、佐藤さんを守る役目を、誉にやらせようとしてない?
まだ誉、小学生なんだけどな。無理だと思うんだけどな。
その後も、1時間くらい2人は何やら作戦を立てていて、私は暇になってテレビを見た。
「永那ちゃん、明日寝られないんだから、そろそろ寝て?」
そう言うと、2人は解散した。
私はベッドまで彼女を送って、いつものようにキスをして、寝るのを見届けた。
誉はルンルンしながら、何度も明日の持ち物をチェックしていた。
お母さんから特別にお小遣いが支給されたらしく、目を輝かせている。
「姉ちゃん、俺さ」
「ん?」
「鍛えたほうがいいかな?」
誉がTシャツを脱いで、自分の腕やお腹を見ている。
思わず吹き出して笑ってしまう。
「な、なんだよー!」
「そんなに佐藤さんが好きなの?」
「え!?…そ、そういうわけじゃないけど」
私はお煎餅を口に運びながら誉を眺める。
「だって、いざってときに姉ちゃんのこともお母さんのことも守れるでしょ?」
…少し、嬉しい。
「誉の好きにしたら?」
そう言って、私は綻びそうになる口元を隠すように俯いた。
冷蔵庫を開けて、何もないことに気づく。
急いで買い物に行って、今日のお昼はお惣菜にすることにした。
お昼を食べた後、永那ちゃんはやっぱり寝るのを渋ったけど、強引に寝かせる。
ベッドに寝転がらせてしまえば、彼女の瞼は勝手に落ちていく。
彼女に口付けする。
何度か繰り返せば、彼女は起きる。
いつも幸せそうに笑って「おはよう」と言ってくれる。
誉と一緒に玄関まで見送る。
ギュッと抱きしめられて、思わず誉を見る。
誉は恥ずかしげに頭をポリポリ掻いて、目をそらす。
フッとそばで笑う声がして顔を戻すと、キスされた。
全身が一気に熱くなる。
すぐに離れて、永那ちゃんが笑う。
「え、永那ちゃん…!」
彼女の胸をポカポカ叩く。
恥ずかしくて誉を見れない。
「アメリカ人じゃないんだから!!!」
「え?アメリカ人?」
「わ、私は、そんな、まだ、人前でできる、心の準備なんて、できてないの!…しかも、誉の、前で!!」
「ヒューヒュー」
誉が目をそらしながらからかう。
永那ちゃんが私の頭をポンポンと撫でる。
「んじゃ2人とも、また明日ね」
私は何度も前髪を指で梳いて、彼女がエレベーターに乗るまで見送った。
***
■■■
男は嫌だったから、レズビアンのイベントに、いくつか。
初めてのことばかりで、緊張しっぱなしだった。
けっこうみんな気さくに話しかけてくれて、SNSも教えあった。
あたしはSNSはただ登録しているだけで、何も投稿なんてしていないけど。
何人かからその後メッセージが来て、2人で会ったりもした。
でも、やっぱり永那以外はありえないと思ってしまう。
永那以外ありえないという感情だけが膨れ上がるばかりで、行くはずだったイベントにも、行かなくなった。
家に引きこもって、たまにくるメッセージに返事をして、イベントで出会った人に遊びに誘われても、断るだけ。
こんなことなら、永那に“毎日泣いてる”とか言っておけばよかったかも…なんて、言えるわけのないことを考える。
寂しさばかりが、募っていく。
やたら目をキラキラさせてあたしのことを見てくるから、少しイライラする。
…まあ、下心丸出しの視線よりはマシか。
小6ともなれば、下心丸出しの視線を向けてくるガキもいるから。
新しく買った水着と、去年買った水着を見比べる。
“どうせ意味がないなら”と、胸元が隠れるような水着を選んだ。
でも…寂しい思いをしたし、少しは永那にかまってもらえるかな?なんて、去年の水着を着ようか迷う。
永那は…今年の夏は、毎日のように空井さんの家に遊びに行っていると言っていた。
風邪を引いたのも、空井さんの弟が熱を出してうつったと。
…羨ましい。
あたしでも毎日じゃなかったのに。
彼女が教室を掃除したときに心地よさを感じるのと同じように。
あたしも暇だし、遊びに行きたいって言ったら良いって言ってもらえるのかな?とか思ったけど、優里もいないのに、そんなの気まずすぎて無理なのもわかってる。
2人がイチャつく姿なんて、見てられないし。
テスト期間中、1日目で辛すぎて優里を召喚した。
2人が部屋に入ったとき、明らかに何かやっている声が聞こえて、頭痛がした。
隣に座る優里は顔を真っ赤にして「い、いや~、やっとテスト終わるね~」なんて誤魔化していたけど。
部屋を覗いてみれば、永那が空井さんに覆い被さっていて、胸元まではだけていて、呆れた。
空井さんが実はやり手なのか?とも疑ったけど、あの様子では違うんだろう。
…もう、永那の暴走が凄すぎて、ついていけない。
そんな姿を見て諦められると思った。
永那に引いたのは事実だし、心は冷めたのだと思った。
でも、この前のプールのときだって、ちゃんといつも通り守ってくれた。
相変わらず、家まで送ってくれなくても『家帰った?』って、必ずメッセージもくれる。
…その気がないなら、優しくなんてしないでよって思う。
嫌いになれない。
“好き”が、消えない。消えてくれない。
ほんの少しの期待を胸に、去年の水着を着た。
駅につくと、もう永那がいて、その姿に胸が締めつけられる。
「
あたしを呼ぶその声が、好き。
「永那、髪伸びたんじゃない?」
髪に触れると、永那も自分で触れるから、自然と手がぶつかる。
それだけで嬉しいんだから、あたしは重症だ。
「そうなんだよ。そろそろ切らなきゃ」
2人で改札を通って、待ち合わせの電車に乗る。
空井さん、弟、優里の順で座っているから、あたしは当たり前のように優里の隣に座る。
永那は空井さんの隣。
ほんの少し、奥歯を噛みしめる。
「ねえ、千陽。聞いてよ」
「なに?」
「
…だからなに?
「“優里”だよ!?呼び捨てだよ!?びっくりしたよ!」
「ごめんてー、つい永那と話してたら、そうなっちゃったんだよー」
「いや、いいよ!?全然いいけど!びっくりしたって話」
永那が笑う。
「千陽も“千陽”だもんね?」
「あ…っ、いや、
「べつに、呼び方なんてどうでもいいんじゃない?」
そうやって言うと、弟は「じゃあ…千陽って呼ぶ」と小声で言った。
「じゃあ私も誉って呼ぶー!」
優里が対抗する。
海について、永那がパラソルを借りてきてくれる。
レジャーシートは優里が持ってきていて、それを敷く。
4人でプールに行ったときは半分にして使ったけど、今回は1枚広げて使う。
あたしはあんまり海に入るつもりもないし、寝転がれるならちょうどいい。
海の家の更衣室で服を脱ぐ。
永那と弟は服を脱ぐだけだから、と、レジャーシートで待機している。
「千陽!?今日その水着なの!?」
優里が言う。
「だめ?」
「だ、だめじゃないけど…またナンパされるんじゃないの?」
「新しく買ったやつでも変わらなかったでしょ?」
空井さんは目を見開いて、少し顔を赤らめていた。
…そんな目で見られたら、ちょっと恥ずかしい。まあ、どうでもいいけど。
これも全部、永那のためだった。
あたしはサングラスをかけて、まとめた荷物を手に持つ。
あたしが歩き出すと、優里も空井さんも慌てて後からついてくる。
更衣室から出れば、サングラス越しにも、視線を感じる。
小さくため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます