第55話 噂

翌日、まだ咳が酷いからと、永那ちゃんは家には来なかった。

生徒会の旅行で使ったボストンバッグに、自分の荷物を入れていく。

なんだか、もう1週間以上、ろくに永那ちゃんと触れ合えていない。

誉の熱をうつしてしまったわけだし、仕方ないことだけれど、ずっと、旅行のときからモヤモヤみたいなのが心にあって、居心地が悪い。

来週まで会えないとすると、2週間も触れ合えないことになる。

永那ちゃんと2人きりで話したい。

念のため誉の鞄の中を確認して、準備終了。

…今年の夏はバタバタだなあ。

5時頃お母さんが帰ってきて、1時間で準備して、家を出た。

最悪足りないものがあっても買えるだろう、というのがお母さんの考え方で、準備も適当だ。

お母さんの荒い運転で車に揺られながら、私は目を閉じる。

…いろんなことがありすぎた。

感情の起伏が激しくて、そこまで疲れている感じはしないのに、体がダルい。

普段は眠れないのに、あまりに体がダルくて、眠ってしまった。


一度サービスエリアで休憩して、夜ご飯を食べる。

少し渋滞していたけど、概ね通常通りにおばあちゃんの家についた。

夏に来るのは3年ぶりかな?

おばあちゃんの家は広くて、和室が多いからか不思議と“帰ってきた”っていう感覚になる。

おじいちゃんは私が小さい頃に亡くなった。

だから今は、この広い家におばあちゃん1人が住んでいる。

「あんた、もうちょっと早く言うとかできないの?ザッとしか掃除できないじゃないの」

「もー、仕事が忙しいの。来れるかどうかもわからないんだから」

お母さんはつくなりビールをあけて寝転がった。

「あー、疲れた」

私は誉を連れて、寝室に向かう。

もう既に3人分の布団が敷かれていて、今すぐにでも寝転びたくなる。

…と、思っていたら、誉が寝転んだ。

「誉、お風呂入ってからにしてよ」

「いいじゃん、どうせずっと車の中だったんだし」

「ハァ」とため息をつく。


次の日以降、特にやることもないから、散歩した。

誉が付き合ってくれたり、1人だったり。

誉はゲームを持ってきていたから、部屋で転がって遊んだりしていた。

お母さんは寝てるかビールを飲んでいるかのどっちか。

おばあちゃんがご飯の準備も、布団の出し入れも、何もかもしてくれるから、基本的に私は暇だった。

丘にあるベンチに座って、田畑を眺める。

セミの鳴き声がうるさいくらいに大きい。

永那ちゃんは今頃、何をしているんだろう?

メッセージを送ろうか迷ったけど、やめた。

ショルダーバッグに入れておいた本を出して、読む。

暑くて汗が垂れるけど、不思議と家に帰ろうとは思わなかった。


4日過ごして、私達は家に帰ることになった。

「あー、まだ帰りたくないー」と駄々をこねるのはお母さん。

それでも最後にはいつも通り、ドタバタと帰る支度をする。

『今日、帰るよ』

永那ちゃんに連絡する。

明日、会えるかなあ?

それとも、明後日かな?

返事がくるのは明日の朝だと思っていたけれど、すぐにきた。

『明日会えるの?』

同じことを考えていて、フフッと笑みが溢れる。

『会いたい』

『穂の家?』

「お母さん」

運転しているお母さんに声をかける。

「なに?」

「明日って、お母さん家にいるの?」

「うん、一応ね。なんで?」

「いや、なんでもない。出かけようと思って」

「そうなんだ。わかった」

『お母さんいるから、どこかに出かけない?お散歩でもいいよ』

『了解、じゃあ駅で待ち合わせよう』

『わかった』

のんびり過ごせたからか、心のモヤモヤは、ほんの少し晴れていた。

純粋に、永那ちゃんに会えるのが楽しみに思える。

家についたのは4時だった。

おばあちゃんがタッパーに入れてくれたご飯の数々を、冷蔵庫に入れる。

これで今日と明日はご飯を作らなくても大丈夫そうだ。


朝9時に駅待ち合わせ。

8時40分についても、やっぱり永那ちゃんはもういる。

「穂、早いね」

「早く会いたかったから」

永那ちゃんが笑みを浮かべる。…けど、どことなく悲しげだ。

「今日も、バイトだったの?」

「うん、お盆は会社が休みだからか、朝は暇だよ」

「そうなんだ、おつかれさま」

「ありがと」

私が彼女の手に触れると、それに気づいて、繋いでくれる。

「永那ちゃん、風邪は?」

大きな公園に向かう。

「もう、大丈夫。ありがとう」

「よかった…」

無言のまま、2人で歩く。

しばらくの沈黙がおりた後「穂」と名前を呼ばれた。

彼女を見ると、何か言いたげで…でも躊躇うような表情を浮かべていた。


「どうしたの?」

不安になって、手を強く握る。

「…穂、何か忘れてない?」

そう言われて、必死に考える。

「…あ!お土産!」

永那ちゃんを見ると、彼女は何度か瞬きして、プッと吹き出す。

「ご、ごめんね?また忘れちゃった…」

永那ちゃんは伏し目がちに、少し呆れたように笑った。

「それも、そうかもしれないけど…別のこと」

「え!?」

眉頭に力が入るけど、何も浮かばない。

なんだろう?

何か約束とかしてたっけ?

永那ちゃんが小さくため息をつく。

「穂にとっては、あんまり大事なことじゃないんだね」

今にも泣いてしまいそうな表情に、どうすればいいかわからず、ただ何度も空気を飲み込む。

「ごめん…ごめんね?」

「いいよ」

笑みを浮かべるけど、必死に口角を上げているのがわかる。


***


「ねえ、なに?教えて」

「やだ」

永那ちゃんはただまっすぐ前を見て、少し猫背になりながら歩いている。

繋ぐ手は離れないものの、彼女の手にはほとんど力が入っていない。

私は俯きながら必死に考えるけど、全く何も思い出せない。

気まずいまま、時間だけが過ぎていく。

一緒にいるのにいないみたいな、そんな時間が。

お盆だからか、公園はけっこう人がいて、子供たちが楽しそうに遊んでいる。

「穂」

「ん?」

永那ちゃんがニヤリと笑う。

「お仕置きだ」

「え?」

「穂が忘れるから、お仕置きする」

急に永那ちゃんに強く手を引かれた。

「ど、どこ行くの?」


草木が生い茂る中を進んでいく。

虫が驚いたように飛び回って、私は顔の前で手を払う。

「永那ちゃん、こんなとこ…」

永那ちゃんが振り向いて、冷たい目で見下ろされた。

その瞳は、全ての反論を許さないかのようで、私は何も言えなくなる。

太い木の幹の前に立たされる。

永那ちゃんは薄っすら笑みを浮かべながら、視線はまだ冷たくて、私の鼓動は速まった。

ゴクリと唾を飲むと同時に、私の唇は塞がれる。

「思い出したら、教えてね?」

全く心当たりがなくて、戸惑うけど、何も言えずに頷く。

「私、楽しみにしてたんだから」

楽しみ?

…余計わからない。

そしてまた、唇が重なる。

シャツの上から胸に触れられて、心臓が跳ね上がる。

「永那、ん…っ!」

話そうとしたら、舌が絡まる。

幹に体を押し付けられながら、胸が動かされるたびに、スカートの中に入れたシャツの裾が少しずつ上がっていく。

まるで、わざとシャツを出そうとしているかのような動き。


背後の公園では、人々が楽しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。

…こんな、ところで。なんで…?

暑さと恥ずかしさで、汗が全身から吹き出る。

風が吹いて、おへそが露出しているのがわかる。

「えあ、あぁ」

声を出して講義するけど、永那ちゃんが止まる気配はない。

サッと服の中に手が入ってきて、慣れた手つきでブラのホックが外される。

「んーっ!」

肩を叩くけど、無視される。

少し強く彼女を押そうとしても、びくともしない。

直に乳房をさわられて、体がビクッと反応する。

刺激が走り、足がカクンと曲がって、少しずり下がる。

彼女の唇が離れたから「永那ちゃん」と呼ぶけど、無表情の彼女は私の脇を持って、元の位置に私を戻した。

片手が服の中から出てきて、顎を上げられる。

「早く思い出せば?」

いつもよりトーンの低い声で言われて、全身に鳥肌が立つ。

また唇が重なって、すぐに舌が入ってくる。


クチュクチュと音が鳴って、唾液が混ざり合う。

…絶対わざとだ。

必死に鼻で呼吸して、震える足で立つ。

彼女の肩を掴んで、なんとか火照る脳で考える。

胸にほんの少し痛みが走る。

…“お仕置き”だから?

視線だけ下におろすけど、服の上からでは何が行われているのかはわからない。


唇が離される。

は、頭が良いんじゃないの?なんでまだわかんないの?」

永那ちゃんが私を睨みながら、口をモゴモゴ動かす。

離されたそれがまた重なって、一気に液体が流れ込んでくる。

溢れそうになるほど…。舌を絡めただけで、口端から垂れていく。

私が飲もうとして、舌を舌で押さえつけられた。

急に喉を駆けおりていった唾液に対応しきれなくて、咽る。

唇が離される。

「大丈夫?」

そう言う瞳に優しさは感じられない。


コホコホと咳をして「なんで?」と詰まった声で言う。

瞳に涙が溜まって、視界がボヤける。

「穂が、忘れるのが悪いんだよ」

…私、一体何を忘れたの?

肩で息をしていると、“もういいでしょ?”と言うかのように、唇を塞がれる。

服に入ったままの手は思い出したように動き出す。

焦れったい動きに体がピクピクと動いて“さわって”と主張する。

…だめなのに。

彼女が私の期待に応えると、足がガクガク震えた。

なんとか幹に支えられて立っていられる。


彼女の手が、プリーツスカートを捲し上げていく。

…だめだよ、だめ。こんなところで…誰かに見られたら…。

彼女の肩に指を食い込ませる。

食い込ませた指が、震えている。

必死に両足に力をこめて足を閉じるけど、彼女の手はいとも簡単にすき間に入ってくる。

それだけなのに、なぜか私の体は期待する。

すぐそばで子供たちの楽しそうな話し声が聞こえる。

すぐに彼女の手はなかに入ってきて、私に触れる。

私は首を横に振る。

なんの意味もなくて、目を閉じる。

ひとすじの涙が頬を伝っていく。

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