3.成長
第50話 噂
私の隣に日住君が座り、その隣に金井さんが座った。
2人が楽しそうに話す姿を眺めていた。
たまに話を振ってくれて、相槌を打ちつつ、のんびり過ごす。
1時間経ったあたりで、(永那ちゃんは、そろそろ家についたかなあ?)なんて考える。
「空井さん」
突然、私とは別のクラスの同級生に話しかけられる。
生徒会の業務連絡で話したことはあるけれど、彼女から普通に話しかけられるのは初めてだ。
「なに?」
「あの、空井さんって…
久しぶりの同級生からの敬語に少し緊張する。
隣には彼女と同じクラスの子もいる。
「ああ…まあ…」
「えー!やっぱり本当だったんだ」と、2人が手を重ねて言う。
「私達、めっちゃ両角さんと
応援?
私は首を傾げる。
「…空井さんに言うことじゃないとは思うんですけど、ほら…あの2人って、お似合いっていうか…ね?」
2人はお互いに顔を見合わせて「ね?」「ね?」と言い合っている。
「正直、両角さんと佐藤さんって付き合ってるんですか?」
思わず顔が引きつる。
どう答えればいいかわからないし、答えたいとも思わない。
「両角先輩は体育祭のとき“好きな人”のカードを引いて、空井先輩の手を引いていましたよね?」
金井さんが爆弾を投下する。
「あ、そうそう!…それも気になってた!」
「三角関係?」
私は視線を下げて、唾を飲む。
やっぱり、恋話ってめんどくさいし、どうでもいいなあ。なんて。
「ちょっと、先輩方…そういう話はやめましょうよ」
「え、日住君?」
「え、なになに。怒ってる?」
2人は顔を見合わせている。
「私達は、ちょっと推しカプがどうなってるのか知りたかっただけで…ねえ?」
もう1人が頷く。
“推しカプ”?なにそれ。
「日住君が怒ることじゃなくない?」
「…すみません。でも、聞いてて良い気分しなくて」
私は小さくため息をつく。
旅行の初日で空気を悪くするわけにもいかないし、普通に答えるしかないか…。
「日住君、ありがとう。…あの2人は付き合ってないよ」
「え!そうなんだー」
「やっぱりまだ友達なんだね」
2人が楽しそうにする。
“まだ”とは?
これからも、友達だよ。
「ちょっ…」
「いいから、大丈夫だから」
日住君が珍しく眉間にシワを寄せているから、制止する。
「ありがとうございました~」なんて言って、2人がまた距離を取って、楽しそうに話し始めた。
人を勝手に妄想の道具にしないでほしい。
「金井、なんであんなこと言ったんだよ?」
「両角先輩の相手は、どこかの誰かじゃないって教えてあげたの」
私は苦笑する。
そんなこと言わなくていい。
「先輩、なんで言わないんですか?相手は私ですよって」
「…なんでそんなこと言わなきゃいけないの?」
金井さんがの目が大きく見開かれて、口元が緩む。
「先輩、目が怖いですよ」
そう言われて、ハッとする。
自分の頬をペシペシ叩く。
「金井、先輩を振り回すなよ」
「日住君には関係ないでしょ」
金井さんはプイとそっぽを向いてしまった。
「すみません」
なぜか日住君に謝られる。
「私だったら、嫌です」
そっぽを向く金井さんが言う。
「私だったら、好きな人と他の人が“お似合い”なんて、勝手に言ってほしくない」
胸がチクリと痛む。
金井さんの言っていることは正しい。
正しいけれど、それが正解ではないと、わかる。
「なんで、先輩は笑っていられるんですか?」
私、笑えてたんだ。知らなかった。
悔しげな表情を向けられて、思わず、本当に笑みが溢れる。
「べつに…笑えてるわけじゃないよ。でも、私と永那ちゃんのことは、私達が1番知っているとわかっているから。そこは揺るがないし。…永那ちゃんと佐藤さんが綺麗なのは事実だし。どうしても表面上は、仕方ないんじゃない?」
金井さんの喉が上下する。
「そう、ですか」
「空井先輩も、綺麗です」
「え!?」
日住君が俯いて、膝で手を握りしめている。
突然褒められて、どう答えればいいかわからない。
「ひ、日住君…ありがとう。…そんな、あの、励ましてもらわなくても、大丈夫だよ?」
日住君の頭がもっと下を向いてしまう。
「俺、本当に先輩のこと、綺麗だと思ってます」
まっすぐ見つめられて、顔に熱がおびていく。
「あ…ありがとう…」
今度は私が、俯いた。
あれ?日住君?…どうしたの?
「やめてよ、こんな、電車の中で」
金井さんの声が冷え切っていて、少し心が落ち着く。
「ごめん」
日住君が謝って、ポリポリと頭を掻いた。
私が横目で見ていたら、目が合って「すみません」と謝られた。
…なんか、気まずい。
そのまま私達は無言で電車に揺られた。
幸いその時間は30分程度で、電車をおりると、自然の匂いが鼻を通って、体を満たした。
みんなのテンションも上がって、生徒会長の後に続いた。
***
観光マップを生徒会長が広げる。
スマホで見るよりも、街にどんな物があるのかパッとわかるから、やっぱり紙はあるにこしたことはないと思う。
「まずは郷土資料館に行って、この街の歴史を学んでから散策しよう。そのほうが楽しいだろう」
数人は少し興味なさげだけれど、みんな従う。
郷土資料館では、発掘された昔の道具とかの展示と、街に生息している動植物が書かれていた。
興味のない人達はサッと展示を見た後、出入り口にあるベンチに座っていた。
私、生徒会長、日住君、金井さんともう1人はじっくり見ていた。
日住君はわかるけど、金井さんは意外だった。
でも彼女をチラリと見ると、ずっと日住君を見ていたから、金井さんは展示を見ているわけではないのだとすぐにわかる。
生徒会長の言う通り、歴史を知ってから街を散策すると、歩くだけで楽しい。
お土産屋さんもあって、みんな各々買い物をして楽しんでいた。
それを見た生徒会長が、観光案内所に4時集合とみんなに告げた。
それぞれ仲良しの人と組んで、バラバラになる。
生徒会長は1人で楽しそうに、独り言を呟きながら歩き始めた。
「空井先輩、一緒に行きましょう?」
日住君が言う。
横には金井さんが立っていた。
「私はいいや、お誘いありがとう」
できるだけ2人の時間を邪魔したくない。
私も生徒会長を真似て、1人で歩く。
…ああ、永那ちゃんと来られたら、楽しいだろうなあ。
でも、永那ちゃんは街の歴史とかには興味がないかな?
眠そうにサーッと読んで、じっくり見る私を待っているイメージができる。
でも意外と、成績も良いし、じっくり読んでくれたりするのかな?
どっちなんだろう?
「この橋かな?」
郷土資料館で見た、昔からあるという橋を眺める。
…そうだ。今まで、お土産を誰かに買うという思考がなかったけど、永那ちゃんに買ってあげたいな。
そんなふうに、1人で永那ちゃんのことばかり考えながら歩いていると、あっという間に4時になった。
みんなで、会長が予約してくれた民宿に向かう。
ちょうど男女4人ずつで、部屋は4人4人で分かれている。
…さっき(電車の中)のことがあるから、同級生2人と同じ部屋というのは、少し気が重い。
金井さんも、金井さんなりの正義感で行動してくれるのは嬉しいけれど、それが良いほうに転じるといった感じもしなくて、余計に気が重い。
4時半過ぎに宿について、それぞれ部屋に向かう。
6時から夕飯の予定だ。
「わあ、けっこう眺めいいね」
「そうですね」
そんなに値段の高い宿ではなかったけれど、宿のそばに川が流れていて、心地いい。
同級生の2人は部屋の隅で何やら楽しそうに話している。
…まあ、勝手に2人で楽しんでいる分には、何も問題はないか。
「ねえ、日住君と、何か進展あった?」
私は小声で言う。
「2人で遊ぶことは増えました」
「よかったね!」
金井さんが伏し目がちに、嬉しそうに微笑んだ。
「さっき、ありがとうございました」
「ん?」
「2人になれるように、断ってくれたんですよね?」
「ああ…まあね…。でも、私も1人でいろいろ考えたかったし、ちょうど良かったよ」
「何を考えてたんですか?…ああ、言いたくなければ、べつに」
金井さんの気遣いにフフッと笑う。
「くだらないことだよ。永那ちゃんと来たらどんなふうなんだろう?とか、どんなお土産が喜ぶかなあ?とか」
金井さんも笑う。
「本当に先輩は、両角先輩が好きなんですね」
そう言われて、顔がポッと熱くなる。
「…うん」
「ノロケてもいいですよ?」
金井さんを見ると、優しく微笑まれていた。
「え…そんな…」
「どうぞ?…夏休み、どんなふうに過ごしたんですか?」
私は鼓動が速まるのを感じつつ、思い出す。
「永那ちゃんが、ほとんど毎日家に来てくれて」
「へえ」
「今日もね、弟が熱出しちゃって」
「え、大丈夫なんですか?」
「うん、いつものことだから。…でも、永那ちゃんが看病してくれるって、家に来てくれたの。もう、この時間だと、帰ってるだろうけど」
「へえ、弟さんとも仲良しなんですね。家族ぐるみの関係、憧れます」
金井さんが私の耳元に近づくから、私も肩を寄せる。
「ちなみに、毎日家にってことは…体の関係も…?」
カーッと顔が熱くなる。
私は両手で顔を覆って「ま、まあ…それは…」と言う。
何も反応が返ってこないから、指のすき間から金井さんを見た。
彼女の顔もほんのりピンク色になっていて「そうですか」と一言。
「どうでした?」
「え、それ聞く?」
「知りたいです」
「それは…恥ずかしすぎて、無理」
「そうですか。…いいですね、ラブラブで」
「金井さんは、日住君に告白したりしないの?」
「しようとは、思ってます」
「いつ頃とか、考えてるの?」
「夏祭りの日がいいかなと」
「そーなんだ!頑張ってね」
「…はい。その前に、ちょっと解決しなければならない問題はありますが」
「そうなの?どんな問題?」
「日住君の好きな人についてです」
「あー…そっか。日住君の好きな人」
すっかり忘れていたけど、彼には好きな人がいるんだった。
詳しく聞こうと思って、忘れていた。
相談に乗ってもらったのに、私は何もしてあげられていなかった。
ちょっと永那ちゃんとのことで浮かれすぎていたかもしれない。
いつか、私も相談に乗ってあげないと。
金井さんを見ると、目を細くして、私をジッと見ていてびっくりした。
「なに?」
「いえ、先輩は…」
「ん?」
「先輩は、けっこう鈍感なんですね」
「え?」
なんとなく、金井さんに睨まれている気がした。
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