第49話 夏休み

昼食後、永那ちゃんは寝るかと思っていたけど、誉に誘われてゲームで遊んでいた。

永那ちゃんはゲームをほとんどやったことがないという。

誉の友人が「違うよ、もっと右!ほら!」と必死に説明する。

失敗して「あー」と言われると「“あー”って言うな!ちゃんともっと丁寧に教えろ!」と怒っていた。

私は何度か「寝なくていいの?」と聞いたけど、土日にたくさん寝たから大丈夫なのだそう。


駅まで送ろうとしたけど「雨だから」と断られた。

永那ちゃんに私の傘を貸す。

誉の友達も永那ちゃんと帰っていく。

帰る頃には、一応服も乾いていた。

分厚いところは濡れていたかもしれないけれど。

さすがに3人に貸す傘はなくて、それぞれ走って帰るから大丈夫と言われた。


次の日、誉が熱を出した。

…やっぱり。

誉はすぐに熱を出す。そのくせ気をつけないから、いつも口酸っぱく言うことになる。

彼はそれで不機嫌になるけど、世話をするこっちの身にもなってほしい。

額に冷却シートを貼って、風邪薬を飲ませる。

「寒いよー。でも暑いぃ」と、布団の中で唸っていた。

…明日から生徒会の旅行があるのに。

お金を払ってしまっているから、今更キャンセルもできない。

インターホンが鳴って、ドアを開ける。

「ごめんね」

「いや、全然。昨日びしょ濡れだったもんね」

永那ちゃんが苦笑する。

「ほい」

袋をわたしてくれる。

中を見ると、プリンやらアイスやらゼリーやらが入っていた。

「こんなに?…お金払うよ」

「いいって。…たぶん私のせいだし、ね?」

肩をトントンと叩かれて、永那ちゃんが家の中に入ってくる。

昨日貸した傘を返される。

“私のせい”?

なんで永那ちゃんのせい?


「誉ー、大丈夫かー?」

「俺、死ぬかも」

永那ちゃんが笑う。

私は永那ちゃんが買ってきてくれた物を誉に見せて、ゼリーが食べたいと言うから、開けてあげる。

「永那ちゃん、寝るよね?」

「んー…どうしよう」

彼女の目の下の濃いクマを見て「寝なさい」と言う。

昨日の昼に寝なかったっていうことは、1日以上起きていたということ。

やっぱり、無理にでも寝かせたほうがいいなと思う。

…なんて、私が言えた義理じゃないのかもしれないけど。

「今日はご飯も私が作るから、永那ちゃんは寝てて。ね?」

「でも、穂といたい」

誉の目の前で言われて、顔がボッと熱くなる。

誉を見ると、一生懸命ゼリーを食べていて、こちらのことは気にしていないみたいだった。


「じゃあ…リビングで寝る?私、リビングにいる予定だし」

永那ちゃんの顔に花が咲く。

昨日誉の友達が座っていたから、念のためラグに掃除機をかける。

ローテーブルをずらして、私の部屋から枕と布団を持ってくる。

予備の布団とかは、家にはない。

本当なら敷布団があれば、お客さんが来たときに泊められるのかもしれないけど…そんな想定、うちではされたことがなかった。

永那ちゃんは気持ちよさそうに寝転がる。

「穂の枕、良い匂い」

正直、昨日たくさん汗をかいたから洗濯したかった。

でも昨日は体が疲れきっていたし(ちなみに今日も絶賛筋肉痛)、雨が降っていて、除湿機をつけていても湿度がすごかったから、洗濯できなかった。

明日から生徒会の旅行もあるから、家を出る前に洗濯機に放り込んでおけば、お母さんが洗濯してくれるだろうと思っている。


彼女に布団をかけてあげる。

「ここ、エアコンの風当たっちゃわない?」

手で確かめる。

「大丈夫」

「そう?」

「うん。それより、穂」

永那ちゃんが両手を広げる。

斜め後ろを振り向く。

この位置からは、誉のベッドが少し見える。

でも誉のベッドは私のベッドの向きとは逆に置かれているから、足先しか見えない。

…一応、大丈夫なのかな?

彼女の胸に飛び込む。

ギュッと抱きしめられて、幸せな気持ちで満ち溢れる。

私も彼女の肩を掴んで、ギュッと力を込める。

上半身を起こして、触れるだけのキスを何度もする。


彼女の頭を撫でて、立ち上がる。

今日は小雨が降っていた。

部屋の中が少し暗いけど、電気を消す。

ダイニングテーブルに置いてある、お母さんの仕事用のデスクライトをつけて、本を読む。

たまに誉が辛そうにするから、様子を見に行く。


お昼前になって、食事の準備をする。

誉には卵粥。

永那ちゃんと私には、煮物と甘い卵焼き、ご飯、味噌汁を作る。

まずは永那ちゃんを起こす。

「永那ちゃん」

彼女の唇に唇を重ねる。

何度かキスをすると、そのうち彼女は起きる。

「おはよ、穂」

幸せそうな笑みを浮かべるから、私も幸せな気持ちになる。

「おはよう、永那ちゃん」

髪を撫でると、気持ちよさそうに目を瞑って、伸びをする。

「私、誉も起こしてくるね」

永那ちゃんが頷くのを確認してから、誉の部屋に行く。

「誉、起きられる?」

「んー…」

眉間にシワを寄せて薄く目を開く。

「お粥作ったから、起き上がれるなら起きて。起きれなさそう?」

「…大丈夫」

頬がピンク色に染まって、汗をかいている。

「服も着替えちゃおっか」


***


テーブルに置いておいたタオルで誉の体を拭いてあげる。

新しい服に着替えさせて、お粥を口に運んであげる。

何度か繰り返したら、永那ちゃんが誉の部屋に入ってきた。

「永那ちゃん、先食べてていいよ」

「ううん、待ってる」

床に座って、ベッドを肘置きにしている。

「明日から穂、生徒会の合宿なんでしょ?」

「うん」

「お母さんも仕事?」

「そうだね」

お母さんに連絡したけど、お盆前で忙しいらしく、早く帰ってくることはあまり期待できない。

「あのさ、私が誉のこと見ようか?」

「え!?…いやいや、大丈夫だよ」

「そうなの?」

本心を言えば、ありがたい。

でも、そんなの申し訳なさすぎる。

「うん」

少しの沈黙がおりて、永那ちゃんが口を開く。

「私が誉の面倒みたら、迷惑?」

「…そんなことは、ないけど」

「じゃあ、やっぱり私が来るよ」

私は誉の口にお粥を運びながら、彼女を見る。

「本当に、いいの?疲れちゃうんじゃない?…熱がうつっても困るし」

「大丈夫だよ、どうせ暇だし」

…暇って言っても、バイトから帰って寝ればいいのに…と思ってしまう。


誉がご飯を食べ終えて、薬を飲ませたら、私達2人はダイニングテーブルに移動した。

「おいしそう。ザ・和食って感じがする」

「そう?魚もあればよかったのかもしれないけど、買いに行けなくて」

「全然!これで十分だよ」

永那ちゃんは毎回おいしそうにご飯を食べる。

こんなにもおいしそうに食べてくれるなら、料理は面倒だと思っていたけど、作りたいと思えてしまう。

「あ、そうだ」

私は立ち上がって、リビングにある棚の、鍵付きの引き出しを開ける。

「これ、忘れないうちに…」

家のスペアキーをわたす。

永那ちゃんが何度も目を瞬かせ、私を見る。

「え?こんな大事な物…いいの?」

「え、だって、来てくれるんでしょ?たぶん誉、出られないだろうし」

永那ちゃんの顔が綻んで、耳を赤く染める。

私はよくわからなくて、首を傾げる。

彼女は口元を手で押さえて、俯いてしまった。

「ありがとう」

小さく呟いて、鍵を受け取る。

「私のほうこそ、本当にありがとう。…生徒会の旅行、キャンセルしようかすごく迷ってたんだ」

「そうなんだ。…じゃあ、よかった」

彼女は鞄についているカラビナ、鍵がいくつかついている物に、私の家の鍵もつけた。


「来週の月曜日まで会えなくなるのに、寝たくないよ」

永那ちゃんが寝転がりながら言う。

「だめ。昨日寝なかったんだから、ちゃんと寝て?」

彼女の唇に、自分のを重ねる。

「ね?」と言うと、彼女は頷いて、すぐに瞼が落ちていく。

また1人の時間がやってくる。

そしていつも通り、4時過ぎに彼女を起こす。

彼女を起こすのにも、もうだいぶ慣れた。

「明日は8時に駅集合なんだよね?」

「うん」

「朝、会いたかったなあ…バイトサボろうかな」

「だめ」

「穂は、会いたくないの?」

うっ…。そりゃあ、会いたいに決まってる。

会いたくないなんて、思ったこともない。

「会いたいよ。会いたいけど、サボるのは…だめ」

永那ちゃんは唇を尖らせて、でも頷いた。

彼女に頬を包まれる。

目を閉じると、唇にぬくもりを感じた。

彼女の舌が入ってきて、私のに絡む。

別れを惜しむように、長く、長く。

糸を引いて、離れる。

「好きだよ、穂」

「私も好きだよ。永那ちゃん」

ギュッと抱きしめ合って、玄関でバイバイする。

彼女がエレベーターに乗るまで見送って、ドアを閉めた。


翌日、少しだけ誉の熱は下がっていたけれど、それでもまだ辛そうだった。

お母さんに、永那ちゃんが来てくれることを言ったら、仰天していた。

「申し訳ない…」と、私と全く同じことを思って、笑ってしまう。

誉を心配しつつ、肩掛けのボストンバッグを持って、私は駅に向かう。

7時50分頃につくと、生徒会長、金井さん、日住君が既にいた。

「おはようございます」

私が声をかけると、3人とも挨拶を返してくれる。

今回は生徒会の合宿と言っても、生徒が勝手に企画した旅行という扱いで、先生から「怪我のないように」と注意はあったものの、同行はない。

今回は8人参加予定なので、あと4人だ。

私のすぐ後に3人来て、最後に8時過ぎに1年生が遅れて来た。

県をまたいで、電車で1時間半のところに向かう。

1日目は郷土資料館や神社などを見て回って、街の散策も行う。

2日目は山登り。

3日目は川辺でバーベキューをして、帰る。

1泊目は民宿、2泊目はキャンプ場で宿泊予定。

この日程は、ほとんど生徒会長が独断で決めたものだ。

私達が意見しても、彼は主張を曲げないから、みんな諦めている。

なんだかんだと楽しそうなプランで、特に不満は出ていない。

不満なら参加しなければいいだけの話だ。

ちなみに3年生は受験勉強があるからか、生徒会長しか参加していない。

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