第48話 夏休み

「ベッド行く?」

私が頷くと、体が浮いた。

慌てて私は彼女のうなじに手を回す。

「お姫様抱っこじゃなくて申し訳ないね」

太ももを持ち上げられて、彼女の腰に引っかかるように抱っこされる。

ふわっとした感覚に一瞬怖さを感じたけど、彼女がしっかり支えてくれていて、嬉しさがまさっていく。

ギュッと抱きしめてから彼女を見つめると、優しく笑みを浮かべていた。

私が彼女の唇に視線を落とすと、顎を上げてくれる。

触れるだけのキスをする。

そのままベッドに運ばれる。

心臓の音がトクトクと鳴っているけど、心地よさもある。


彼女が私に覆いかぶさる。

少しずれ落ちた眼鏡を、上げてあげる。

フッと笑って、永那ちゃんは額、瞼、鼻、頬、最後に唇に口付けを落としていく。

「好きだよ、穂」

「私も、永那ちゃんが好き」

「ごめんね?さっきは意地悪して」

彼女の眉が下がる。

私が首を傾げると、すぐに瞳が弧を描く。

「わざと、キスしなかった」

「どうして?」

「穂がしてくれるの、待ってみた」

そう言われて、瞬きをする。

「また穂に“シたい”って言われたくて、ちょっと意地悪した」

「言われたいの?」

「当たり前じゃん」

唇が重なる。

同時に胸が優しく包まれる。

2つの胸を揉まれながらするキスは、さっきよりも体を敏感にさせる。

2人の吐息が荒くなって、交換し合う。


永那ちゃんも私と同じ気持ちなのか、次第に胸を揉む手に熱がこもる。

動きが速くなって、それだけで私は気持ちよくなる。

そのうち服を捲られて、私の肌が露わになる。

ブラ越しに触れられると、たまに指が直接肌に触れて、もどかしくなる。

永那ちゃんは左手をくびれに移動させ、肌を撫でる。

…違う。もっと、もっと触ってほしいの。

私は自分でブラのホックを外した。

彼女の目が見開かれる。

すぐに笑顔が弾けた。


目元を腕で覆うと、パンツのボタンを外され、チャックをおろされ、サッと太ももの辺りまで脱がされてしまう。

驚いて腕を上げると、彼女がニヤリと笑っていた。

そのままゆっくり、裾から足を抜かれていく。

ショーツだけの姿になって、私は恥ずかしさから足を閉じた。

「ずっと“おあずけ”だったもんね。…もう、我慢できないよね?」

艶めかしい声で言われて、体が疼く。

自然と太ももにも力が入った。


彼女に身を委ね、のように、あっという間に快楽が押し寄せてきた。

…もうだめ。

そう思ったとき、ガチャとドアが開く音が鮮明に聞こえた。

すぐにガヤガヤする声が聞こえてきて、「姉ちゃーん」と誉が叫んだ。

何度も果てて、既に心臓は駆けるように速かったけど、違う意味で心臓が速くなる。

全身が緊張と警報を知らせるのに、体は疲れきっていて動かない。

フフッと彼女が笑う。

彼女が私のなかから出ていく。

永那ちゃんは立ち上がって、指を舐めた。

眼鏡をシャツの裾で拭いて、私を見てニヤリと笑った。

ドアがパタンと閉まる。

部屋の中が一気に暗くなった。

支えのなくなった私の体が、ベッドに倒れ込む。

動けないまま、耳を済ます。

「あれ?姉ちゃんは?」

「今、具合が悪くて寝てるよ」

「そうなの!?大丈夫なの!?」

「うん、大丈夫。…タオルいる?」

「あ、うん」

少しして、何人かの話し声が聞こえてくる。

誉が友達を連れてきたらしい。

「私、穂の部屋にいるから」

「うん、わかった。…ホントに姉ちゃん大丈夫なの?」

「大丈夫だよ。少し疲れただけみたいだから」

ドアが開いて、リビングの光が射し込んでくる。

すぐにドアが閉まる。


***


「ハハハッ」と永那ちゃんがお腹を抱えて笑った。

勢いよくベッドに飛び乗って、ベッドが沈む。

「ドキドキしたね」

耳元で囁かれる。

私は頷く。

永那ちゃんは、私の体を仰向けにしてくれる。

ようやく、思いっきり空気を吸えた。

ティッシュを何枚か取って、汗を拭いてくれる。

敷かれていた布団を引っ張り出して、私にかけてくれる。

永那ちゃんが布団のなかに入ってきて、ギュッと抱きしめられた。

彼女が首筋に顔をうずめる。

ペロペロ舐められる。

「くすぐったい」

乾いた声で言う。

…喉、渇いたな。

永那ちゃんは私の言葉に耳を傾けず、舐め続ける。

動けない私は、ただされるがままになる。

そのうち永那ちゃんの頭が布団のなかに消えていった。

だめだよ、なにやってるの。


「永那ちゃん」

名前を呼んでも、彼女は止まらない。

私は腕を口元にやって、必死に声を出さないようにする。

くびれを撫でられる。

全身に鳥肌が立つ。

今は、どこをさわられても敏感に感じてしまう。

「っしゃあ!」

大声が聞こえて、心臓が跳ねる。

「おい、静かにしろって!」

誉が注意する。

なんだかすごく申し訳ない気持ちになる。

…むしろ騒いでくれたほうがいい。


不完全燃焼だったさっきの続きが行われることに、理性とは反対に、体は期待する。

彼女の右手がどんどん下におりていく。

心臓がドッドッドッと音を立て始める。

鼻で息をして、腕を強く噛む。

目が潤む。

体に電気を流されているみたいな感覚。

声が出てしまって、さらに強く腕を噛んだ。

痛みと快楽で、目の端から涙がひとすじ零れ落ちた。

止めどなく訪れる刺激に耐えられなくなって、体が仰け反る。


彼女の指が抜かれ、終わったことが告げられる。

口から腕を外して、荒い呼吸を繰り返す。

彼女が「暑い」と言いながら、布団から出てくる。

暗い部屋の中でもやたら艶めいて見える指を私に見せつけた後、彼女はしゃぶった。

「おいしい」

ふふふと笑って、仰向けに寝転んだ。

私は横向きになって、彼女をつついた。

「なに?」

ニヤニヤしながら彼女がこちらに顔を向ける。

「え」

声が掠れたから、咳払いをする。

「永那ちゃんは?」

「ん?」

「永那ちゃんは、やらないの?」

目が大きく見開かれて、顔が綻ぶ。

「やらないよー」

ニコニコ楽しそうに笑いながら、顔を近づけて言う。

「なんで?」

「だって、今日は穂の日でしょ?」

私が眉間にシワを寄せると、彼女はまた笑う。

「私は、生理のときにたくさんさせてもらったし?…今日はもう、誉がいるし?」

絶対後者が、やらない本当の理由だ。

彼女の笑みがそう語っている。

私には誉がいてもやったくせに。


私は唇を尖らせて、彼女に背を向けた。

背中にぬくもりを感じる。

「穂、好きだよ」

そう囁かれただけで、また下腹部がジクジクと動き出す。

くびれの辺りから手が伸びてきて、肌を優しく撫でられる。

…もう、私の体、おかしくなっちゃったみたい。

横向きに寝ていると、太ももの付け根に何かが垂れるのを感じた。

私はその垂れた感覚をどうにかしたくて、彼女の手を取った。

そっと太ももの間に挟むと、彼女が耳元で笑う。

指で掬い取られる。

振り向くと、また指をしゃぶっていた。

ジッと唇を見つめていたら「なに?」と聞かれた。


「嫌じゃないの?」

「なにが?」

彼女の左眉が上がる。

「それ…なんで、そんなに舐めるの?」

彼女がフッと笑う。

「おいしいからだよ」

「そんなに?」

「うん、ヤバい。ずっと舐めてられる。水筒に入れて持ち運びたいくらい」

「え…それはちょっと…」

気持ち悪い。

永那ちゃんは左眉を上げたまま目を細めて、私を睨む。

「キモいって思った?」

私は目をそらす。

「おいー」

くすぐられて、身が捩れる。

「やめっ…くすぐったい…!」

「シーッ」

…永那ちゃんが擽ったせいじゃん。

リビングからは、もう誉の注意も聞こえなくなって、遊びに夢中になっている声が響いていた。


***


「今までエッチしてきた人にも、そう思ってたの?」

「うぇ!?…そ、そんなこと、今聞く?」

「だめ?」

「い、いや、だめじゃ…ないけど」

永那ちゃんはポリポリと頬を掻く。

「まあ、正直、今までは何が良いのかさっぱりわからなかったよ」

「そうなの?」

「うん。みんな、そのほうが気持ちよさそうだったからやってただけで…。ってかさ、穂、こういうこと知りたいの?」

「じゃなきゃ、聞かなくない?私、永那ちゃんが他の人とエッチするとき、どんな気持ちだったのか知りたかったから」

「そーなんだ」

永那ちゃんが苦笑する。

「嫌だ?聞かれたくない?」

「え、いや、嫌じゃないけど。普通、彼女のほうが、恋人の昔のセックス事情なんて知りたくないもんなんじゃないの?」

「え、そうなの?…私、そんなに普通じゃないのかな」

「んー…わかんないけど…。でも、私は好きだよ。そういう穂が好き」

“そういう穂”?

普通じゃないところが良いってこと?

よくわからない。

「なんでも真面目なところ。私のこと、知ろうとしてくれるとこ」

答えが返ってくる。

「それって良いことなのかな?」

「他の人がどう思うかは知らないけど、私は嬉しい」

永那ちゃんが嬉しいなら…いっか。


「穂、そろそろご飯作る時間じゃない?」

時計を見ると、もう11時半を過ぎていた。

「もうヘトヘトだよ…」

布団を肩まで被って、出たくない意思を伝える。

その瞬間、窓の外がピカッと光った。

「わっ…!」

目をギュッと瞑ると、彼女に優しく抱かれた。

ドーンと地響きが鳴った。

「大丈夫、大丈夫」

頭を撫でられて、顔の近くまで布団をかけられる。

不思議と怖くなくて、それがなんだか嬉しくて、私も彼女を抱きしめる。

バンッとドアが開く音がする。

「姉ちゃん、大丈夫!?」

…心配してくれるのはすごく嬉しいけど、この状態で部屋に入ってきてほしくなかったな。

幸いにも私は布団を被っていて、裸体を晒す羽目にはなっていない。

永那ちゃんが横向きに寝ているから、彼女が壁になってくれているはず。

「あ、れ…?」

「誉、大丈夫だって」

「あ、そ、そっか…よかった…」

「もう起きるから、あっち行ってて」

「うん…ごめん」

パタンとドアが閉まる。


「なんだったの?」、「大丈夫?」、「雷凄かったな」と、誉の友達が口々にする。

「大丈夫だった、ごめんごめん」

なんだか、本当に申し訳ない。

私と永那ちゃんは起き上がって、彼女が服を取ってくれた。

「ハァ」とため息をつく。

永那ちゃんが、俯く私を見て楽しそうに笑う。

「なんで笑うの?」

「いや、可愛いなって」

「どこが」

彼女の顔が近づいて、顎を上げられる。

触れるだけの口付けを交わして、すぐに離れる。

手を差し出されるから、それを支えに立ち上がる。

やっぱり足がプルプル震える。

立つのもしんどい。

彼女が私の髪を撫でてくれる。

私はローテーブルの下にある棚からゴムを出す。

ゴムを口に挟んでから、サッとひとつ結びにする。

「エロい」

そう言われて、彼女を睨む。

へへへと彼女が笑うから、もうどうでもよくなる。

ティッシュで顔を拭いて、ゴミ箱に捨てる。


リビングに出ると、誉が心配そうに振り向いた。

「姉ちゃん、具合大丈夫?」

「大丈夫、ありがとう。…っていうか、誉。ちゃんと服着替えたの?」

「ん?ううん」

目をそらされる。

「風邪引くでしょ、着替えて」

「もういいよ、乾いたし」

ゲームをしている誉のそばに寄って、髪に触れる。

まだ少し湿っている。

「誉、濡れてる。傘持ってってって言ったのに、持っていかなかったの?」

「忘れたのー」

「あんなに曇ってたのになんで忘れるの!?」

「しょーがないじゃん」

誉の声が不機嫌になる。

誉の友達3人も、みんなまだ濡れている。

「ほら、みんなゲームやめて」

「えー、なんでー」、「平気だよー」という声が聞こえるけど、無視する。

「やめないならご飯抜きにするよ?」

盛大なブーイングを浴びながら、彼らの服を脱がしていく。

とりあえず誉の服を着させる。

全部ハンガーにかけて、除湿機のそばに引っ掛ける。


永那ちゃんが楽しそうに笑う。

「笑い事じゃないよー」と言っても、永那ちゃんは笑っていた。

2人で食事の準備をする。

「今日のご飯なにー?」と聞いてくるから、「チヂミ」と答えたら誉が喜んでいた。

誉の友達がいるから、夜の分は作れなさそうだなあ。

夜は野菜炒めにでもするか、と、冷蔵庫を覗きながら考える。


誉達はローテーブルでご飯を食べる。

私と永那ちゃんはダイニングテーブル。

「チヂミ、初めて食べる。めっちゃおいしいな」

「永那ちゃんは、普段カレーが多いって言ってたけど、もしかしてほとんど毎日カレーなのでは?」

永那ちゃんが口元を押さえて笑いを堪えている。

「穂とご飯食べるようになってからは、レパートリーが少し増えたよ」

…本当に毎日のようにカレーを食べてたんだ。

「昔は…和食が多かったかなあ。焼き魚とか、煮物とか」

昔。お母さんが、病気になる前の話かな。

「ああ、甘い卵焼きがおいしかったなあ」

「明日、作る?」

彼女の顔がパッと明るくなる。

「うん!」

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