第47話 夏休み

ずっしりと背中に重みを感じて、スゥスゥと寝息が聞こえてきて、笑ってしまう。

座りながら寝るって、首とか腰とか痛くならないのかな?

ヘッドボードに置いてある本を手に取って読み始める。

少し経ってから「ただいまー」と誉の声が聞こえる。

永那ちゃんは私の肩で寝息を立てたまま、起きそうにない。

「姉ちゃん?永那?」

部屋のドアが開いてたから、誉が顔を出した。

「おかえり」

小声で言うと、誉は何度か瞬きして「ただいま」と小声で返した。

一度いなくなって、手を洗ってきたのか戻ってくる。

手には漫画があって、ベッドに寄りかかるように座るから驚く。

いつもならリビングで読むのに。

手を伸ばして頭を撫でると、嬉しそうに私を見上げた。


「永那ちゃん」

太ももを撫でる。

1時間も彼女の重みを感じると、さすがに私も背中が痛くなりかけているのがわかる。

「…ん」

珍しく彼女がすぐに起きた。

誉が振り向く。

「永那、おはよー」

「ん?」

永那ちゃんは目を擦って、あくびをしながら伸びる。

「誉、いたんだ」

「うん」

「おはよう、永那ちゃん」

「おはよ、穂」

誉が今日私達が何をしていたのか聞くから、2人で料理をしたと話した。

私達も誉が何をしていたのか聞いたりしながら、永那ちゃんが帰る支度をする。


次の日は、3人で料理をした。前日に買った野菜の余りを活かす。

誉がいるからキスすることもままならなくて、私の体は、まるで今にも噴火しそうなマグマみたいになっている。

自然とため息も増えて、永那ちゃんがそれに気づいているのか、ニヤニヤ笑っていた。

私は知らんぷりする。


土曜日、生徒会の清掃ボランティアがある。

金井かねいさんには公園で会ったけれど、約1ヶ月ぶりの生徒会の活動。

朝9時に制服で学校集合。学校周辺の清掃をする。

「おはようございます、空井そらい先輩」

日住ひずみ君が笑いかけてくれる。

「おはよう」

「おはようございます」

日住君の横には金井さんが立っていた。

先生が用意してくれたゴミ袋や軍手、ゴミ拾い用のトングをそれぞれ受け取る。

今日の参加人数は10人。思ったよりも多かった。先生も合わせると12人だ。

生徒会長が簡単に挨拶と説明をして、2グループに分かれてゴミ拾いをする。


「暑いですね」

ほんのり日焼けした日住君が言う。

「そうだね」

「先輩、ちょっと日に焼けました?」

お互いに同じことを思っていたとわかって、笑う。

「この前の水曜日にプールに行ったんだ」

「え!そうなんですか。俺も昨日友達とプール行きましたよ」

行ったプールが同じだった。

まあ、近場で大きめのプールと言えば、あそこしかないもんね。

「私、初めてウォータースライダーに乗ったんだけど、けっこう怖いんだね」

日住君が目を大きく開いた。

すぐに弧を描いて、口元を隠す。

「え?笑ってる?」

「い、いえ」

そう言う顔は綻んでいて、むぅっと唇を尖らす。

「今どき、子供でもそんなこと言いませんよ」

しゃがんでゴミを拾っていた金井さんが立ち上がる。

「え…えー、そうなの?やっぱりみんな、怖くないの?」

「あれ、小学生でも楽しく滑ってるじゃないですか」

金井さんの視線が冷たい。


「私も楽しく乗れるようになりたいとは思ってるんだよ?」

プッと、ついに日住君が吹き出す。

金井さんは呆れたような顔をして、ゴミを探す。

私もトングをカチカチさせながら、タバコやら何かの包装紙を拾っていく。

「先輩が行くんだったら、俺も水曜日に行けばよかったな」

日住君が笑いながら言う。

「人が怖がってるところをそんなに見たい?」

「ハハハッ」と軽快に笑われる。

「そういうわけじゃないですけど、楽しそうだなって思って」

よくわからない。

「金井さんはプールとか行かないの?」

「プールはないですけど、海に行く予定はあります」

「へえ!どこの?」

「ハワイです」

目を白黒させる。

まさかの海外。

「いいなあ、ハワイ。俺も行きてー」

「す、すごいね…」

「お土産、楽しみにしててください」

「…うん」


そういえば、金井さんは日住君と過ごしたりしないのかな?

「先輩は、お祭り行きますか?」

「え?お祭り?」

「近所の…8月末のです。次のボランティアの翌日にある…」

「ああ…行く予定は特にないけど、弟が行きたいって言ったら行くかも?…でも、弟も友達と行くだろうし、行かない可能性のほうが高いかな?」

「そうなんですか…。俺、金井と行く予定なんですけど、先輩も一緒にどうですか?」

「え!?」

なんというタイミング…。

2人で夏祭りかあ。青春だなあ。

「私はいいよ。2人で楽しんで」

金井さんを見ると、一瞬目が合って、すぐにそらされてしまった。

お祭りは基本的に夕方からだし、永那ちゃんとは一緒に行けないから、少し寂しさもある。

でも毎年必ず行っているわけでもないから、どうということもない。

去年は、誉が友達と行くと言うから、私は行かなかった。


3時間ほどの清掃を終えて、解散となった。


***


日曜日、もう生理が終わって、私は両手をあげてピョンピョン飛び跳ねたくなるほどに嬉しかった。

…って、もちろんそんなことはしないけれど。

永那ちゃんの変態性が自分に乗り移ったのではないだろうか?と、人のせいにしてみる。

夏休みの宿題もちょうど終わって、なんだか心の重みみたいなのが全部なくなったかのような気持ちになる。

暇潰しに、永那ちゃんと出会ってから撮った写真を見返す。

永那ちゃんに出会う前のデータなんて、月に1枚か2枚しかない。

年間で、多くとも12枚程度となる。

ほとんどないも同然だ。

でも彼女と出会ってからは、毎日のように写真が追加されていく。

どれも思い出が詰まっていて、ついニヤけてしまう。

優里ちゃんは、カメラを向けると、よく変顔をする。

それを私が笑うと、永那ちゃんも対抗するから、たくさんの写真を撮る羽目になる。

「早く明日にならないかなあ」

ベッドに飛び込む。

ほとんど毎日のように永那ちゃんが寝ているベッド。

枕に顔をうずめると、心なしか彼女の匂いがする気がする。

洗濯したくないと思いつつも、毎週日曜日にベッドのシーツや枕カバーを替えるのが習慣化されていて、やむなく引っぺがす。

…明日も永那ちゃんは寝るもんね。


待ちに待った月曜日。

雲行きは怪しく、今にも雨が降りそうなくらいどんよりしていた。

部屋も、電気をつけなくてはならないほど暗い。

それなのに誉は遊びに行くと言って出かけた。

…でも、“ラッキー”と思う自分がいる。

仕方ないよね?

ずっと“おあずけ”だったのだから。

これで心置きなく永那ちゃんと触れ合える。

私はウキウキしながら駅に向かう。

今日も買い物をしてから家に行くことになっている。

早く買い物を終えて、早く家に帰りたい。


駅につくと、永那ちゃんはいつも通り、そこに立っている。

今日は、私がプレゼントしたパンツを穿いていて、余計に心が踊る。

「永那ちゃん」

声をかけると、永那ちゃんの目が見開く。

パチパチと何度か瞬きをした後、口元が緩む。

「穂、今日すごいご機嫌なんだね。…なんでかな?」

「えっ?」

急に恥ずかしくなって、顔が熱くなる。

「永那ちゃんに…会えるから」

「ふーん」

見下ろされるように、私の心のなかが見えているかのように、口角を上げて私を見る。

「行こっか?」

「うん」

手を繋いで、スーパーに向かう。

手を繋ぐのにも慣れて、彼女に言われる寸前に、もう準備ができている自分がいる。

流れるような2人の動きが、恋人らしさを強調するかのようで、やっぱりまだ照れくさい。


家に帰って、冷蔵庫に食材をしまう。

木曜日と同じように、後ろから抱きしめられる。

たったそれだけのことで、私の体は期待する。

「生理、終わったの?」

耳元で囁かれる。

私が頷くと「ふーん」と、ただ相槌を打たれる。

しばらくの沈黙がおりて、私が全部の食材をしまい終えると、この空気感がわからなくて、私は戸惑う。

彼女の顔が見たくなって、抱きしめられる腕のなかで体を回転させる。

彼女の口角は少し上がっていて、私を見下ろしていた。

「永那ちゃん?」

「ん?」

名前を呼んでみたものの、なんて言えばいいのかわからない。

「どうしたの?穂」

…なんで、いつもみたいにキスしてくれないんだろう?とか。

永那ちゃんは、嬉しくなかったのかな?とか。

私だけが浮かれてるのかな?とか。

…もしかしたら、私が“シたい”ってたくさん言うの、やっぱり引いてたのかな?とか。

不安の渦が私のなかにグルグルと生まれる。


フッと彼女が笑った。

「ごめん、ちょっと意地悪しすぎたか」

なんのことかわからず、彼女を見つめた。

一瞬で彼女の顔が近づいて、唇が重なった。

私は冷蔵庫のほうに押しやられて、後頭部がコツンとつくかと思ったけど、やわらかい感触があって、冷蔵庫にぶつかることはなかった。

それがなんなのか、私に確認することはできない。

でも、彼女の左手が冷蔵庫についているから、頭が冷蔵庫にぶつからないように、手を枕みたいにしてくれているのかもしれないと思った。

彼女の体温が唇を通して伝ってくる。

ホッとする。

私は彼女の背に手を回して、ギュッと服を握る。

啄むように、チュッ チュッと音を立てて口付けを交わす。


左胸にぬくもりを感じたと思ったら、優しく揉まれる。

待ち合わせしたかのように、唇と唇の間で舌が触れ合う。

舌先だけ触れ合っていたところに、彼女のが強引に私のなかに入ってくる。

舌の表面をじっくり舐められて、絡み合う。

…でも私はそれだけでは満足できなくなっていて、今度は私が彼女のなかに入っていく。

彼女の口角が、嬉しそうに上がる。

彼女は舌の力を抜いて、私にそれを味わわせてくれる。

少しずつ彼女の舌も動き出して、また絡み合っていく。

舌を吸われて、体がピクッと反応する。

何度も出し入れされて、子宮が主張し始める。

最後と知らせるように、ゆっくりと唇で挟んだ私の舌を出していく。

額がコツンと合わさって、2人で笑い合う。

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