第46話 夏休み

彼女の舌が、私のなかに入ってくる。

それだけでキュゥッと下腹部が疼く。

私が彼女に応えるように舌をチロチロ動かすと、なぜか彼女の動きが止まる。

不安になって目を開けると、彼女が薄く目を開いて笑っていた。

一瞬、時が止まったかのような感覚に陥る。

でもすぐに彼女の舌が動くから、私はまた目を瞑った。

唾液が絡み合う。

心地よさに蕩ける前に、また彼女の動きが止まる。

私は思わず首を傾げて、目を開ける。

フフッと笑って彼女の舌が動く。

止めてほしくなくて、必死に縋りつくように、私は自分の舌を動かした。

でもやっぱり彼女は止まってしまう。

私は口を離して、「なんで?」と聞く。

「なにが?」

「意地悪」

「なにが?」

耳たぶをふにふに触られる。

「なんで、やめちゃうの?」

彼女を見つめると、楽しそうに笑った。

「可愛いから」

額にチュッと口付けされて、頭をポンポンと撫でられる。


彼女が大きく伸びをする。

「ねえ、穂?シャワー借りていい?」

「ん?…うん」

これで終わり?と拍子抜けする。

永那ちゃんは今日も早朝のバイトを終えて、直接こっちに来てくれた。

そりゃあ、眠たいよね…なんて、自分に言い聞かせる。

彼女がシャワーを浴びている間、私は椅子に座って、机に突っ伏した。

「ハァ」とため息をついて、太ももと太ももの間に手を挟む。

なんでこのタイミングで生理?

自分の体のタイミングの悪さにイライラする。

でも…月曜日には終わるよね。

想像したら、フフッと口元が緩む。


永那ちゃんがシャワーから出てくる。

相変わらずドライヤーをかけずに出てくるから、風邪を引かないか少し心配になる。

「髪だいぶ伸びてきちゃった」

「そうだね」

前髪が頬骨の下辺りまで伸びて、邪魔だからと、分けられている。

これはこれで似合っているけれど。

寝転がる永那ちゃんの髪を撫でると、前と同じように目がトロンとしてきて、眠ってしまいそうだった。

私はなんとか彼女を起こして、ベッドに連れて行く。

…あれ?これって、一緒にご飯作れるのかな?

彼女を寝かせると、うなじを掴まれて、顔を引き寄せられる。

さっきの続きかと一瞬期待したけど、ただ触れ合うだけのキスをして、彼女は眠ってしまった。


私は1人で、頬を膨らませる。

ジッと彼女を見るけど、夢のなかにいる彼女が気づくわけもない。

…もう、全然できなくて、呆れちゃったってことは、ないよね?

それとも、やっぱり積極的過ぎて引かれた?

そんなことは、ないよね?

私はそっとベッドの中に入る。

スゥスゥと寝息を立てる彼女を眺める。

彼女にさわられたい。

彼女ともっと、キスしていたかった。

いつもは隙あらば触れてくれるのに、今日はなんだかすごくサッパリしてる。

…ちょっと、寂しい。

私はモゾモゾ動いて、彼女の息がかかるくらい近くに寄る。

彼女の頬に口付けする。

それに反応したのか、彼女が寝返りをうった。

私に背を向けるような形になり、胸がチクリと痛んだ。

また私は芋虫みたいに動いて、彼女の背中に引っ付いた。


自分で、自分の胸に触れてみる。

あいている手を、太ももに挟む。

目を閉じて、彼女に触れられていると想像する。

鼻で息を吸って、彼女の匂いを体のなかに取りこむ。

しばらく胸を揉んでみたけど、やっぱり彼女に触れられるのとは全然違う。

さわられたい。

彼女の背中に額をつける。

瞼が重くなる。

プールって、けっこう疲れるよね。

昨日、私はいつもより早くに寝たけど、それでも疲れが残っている感じがする。

…永那ちゃんは、帰ってからも一睡もしなかったのかな?そのままバイトに行って…。

眠たいに決まってるよね。疲れてるに決まってるよね。

我が儘言っちゃ、ダメだよね。

そのまま私も微睡みのなかに引き寄せられていく。


ハッと目を覚ます。

慌てて時計を見ると、もう1時だった。

永那ちゃんはまだ寝ていた。

…こんなに寝てしまうなんて、初めてのことかもしれない。

彼女の背中をギュッと抱きしめる。

背中で顔を擦って、彼女の足の間に、私の足をねじ込ませる。

(起きて、起きて)

私は彼女の服の中に手をいれて、彼女の肌に触れた。

永那ちゃんはピクッと体を動かして「穂?」と枯れた声で言う。

そのまま彼女の胸に触れる。

やわらかくて、あったかい。

「穂?」

今度はハッキリと言われる。


…嫌だ、嫌だ。

永那ちゃんは気遣わなくていいって言ってくれた。

思っていることを言っていいって言ってくれた。

やっぱり、我慢なんて嫌だ。

永那ちゃんと料理するのも、触れ合うのも、キスするのも、楽しみにしてたんだもん。

もうこんな時間になっちゃった…。

嫌。

本当は帰ってほしくないし、もっと、もっと、一緒にいたい。

「穂」

好き、好き、好き。離れたくない。

彼女の息が溢れて、足に力が入った。

私のねじ込んだ足がギュッと締め付けられる。

彼女の股に太ももをグリグリと押し付けた。

彼女の体がビクッと動く。


***


「穂…ご飯は?」

知らない。

後で一緒に作ればいい。

永那ちゃんが気持ちよくなれば、もっとさわってくれるかも。

永那ちゃんがその気になれば、もっとキスしてくれるかも。

そう思って、彼女に刺激を与え続ける。

彼女の息が荒くなる。

ギュッと腕を掴まれて、彼女の背が丸まる。

彼女の手が下に伸びていく。

太ももがくすぐられる感触。

彼女が自分の気持ちいいところに触れているのだとわかる。

永那ちゃんの体がもっと小さく丸まって、痙攣した。

ほんの少しの間があいた後、「ハァ」と息を溢して、体を伸ばした。


私は彼女の体から手を離して、慌てて背を向ける。

罪悪感に似た、でも違う感情も混ざっているような気持ちが私の心を支配して。

彼女の手が頭に伸びてくる。

まだ荒い呼吸を整えることもせず「穂、どうした?」と優しい声が降ってくる。

優しく抱きしめられて、私は奥歯を噛み締めた。

自分が、自分ではコントロールできなくなっていく感覚が怖い。

自分が壊れていくような…そんな感覚。

永那ちゃんには休んでほしいと思っているのに、それだって本心なはずなのに、もっと私を見てほしいという気持ちが膨れ上がっていく。

「よしよし」

髪を撫でられて、彼女の腕の中で体を回転させる。

彼女を見つめると、見つめ返してくれる。

「可愛い穂」

微笑む彼女に心臓を鷲掴みにされて、唾を飲む。

私が唇を近づけると、彼女も近づいてくれる。

私は彼女の頬を両手で包んで、薄いけどやわらかくて艶のあるに、私の唇を押し付けた。

強引に舌をねじ込んで、彼女の舌を探す。

すぐに見つかって、何度も絡めた。

全く力の入っていない彼女の舌は心地よくて、ずっと絡めていたいと思った。

もっと彼女が欲しくなる。


私は上半身を起こして、彼女のなかを味わう。

自分の唾液が彼女に流れ込んでいく。

彼女の口内が液体で溢れて、口端から涎が垂れる。

彼女はされるがままになって、薄く目を開いたまま私を見ていた。

涎が垂れている口端が、心なしか上がっている気がする。

私はどんどん自分のなかから溢れ出て来る唾液を彼女のなかに送り込む。

彼女の口の両端から涎が垂れていく。

私が唇を離すと、彼女はゴクリと音を鳴らしてそれを飲んだ。

ペロリと口端を舐めて、ニコッと笑う。

「おいしかった」

そう言われて、急に顔に熱がおびていった。

私はまた寝転がって、彼女に背を向ける。

背中に彼女の体温を感じて頭が冷静になると、自分の心臓の音がバクバクと大きくなっていく。

…なにしてるの?私。


「あ、もうこんな時間」

永那ちゃんが起き上がる。

「穂、ビビンバ作ろ?」

両手で視界を覆っていた私は、隙間を作って、彼女を見た。

気づけば彼女が眼鏡をかけている。

学校では見られないその姿に、ときめく。

ちょっと寝癖がついているのが可愛くて、私はそこを撫でた。

フフッと彼女は笑って「やっと穂の顔が見れた」と言う。

だから、サッと両手で顔を覆った。

「おーい、隠れないで」

両手を掴まれて、永那ちゃんが立ち上がると同時に私のことも引っ張り上げる。

ドクドクと鳴る心音は落ち着かなくて、立ち上がってもソワソワしてしまう。


永那ちゃんは鼻歌をうたいながら、キッチンに私を引っ張っていく。

「レシピは?」と言うから、寝室に置いてきたスマホを小走りに取りに行った。

2人で料理をする。

永那ちゃんは器用で、野菜を小気味よく切っていった。

私はその間にひき肉を炒める。

今晩のおかずにもしようと、多めに買っておいたから、けっこう量がある。

多い分はタッパーに入れる。

私は辛いのが苦手だから、永那ちゃんがどうかわからなかったけど、辛味は入れていない。

永那ちゃんも辛いのが特別好きというわけではないらしく、カレーもいつも中辛で、生卵を入れて辛さを中和させたりしているらしい。

2人で作ると不思議と料理も楽しくて、あっという間に作り終えた。

自分で作るよりもおいしく感じるから、なおのこと不思議だ。

「ビビンバ、お店では1回食べたことあるけど、家で作れるなんて知らなかった」

永那ちゃんが笑う。


「永那ちゃん、寝る?」

ご飯を食べ終えた頃には3時になっていて、寝たとしても1時間しか眠れない。

「んー、どうしよ?とりあえずベッドには行こうかな。穂も一緒に来て」

手を引かれて、またベッドに行く。

永那ちゃんがヘッドボードに寄りかかるように座る。

「ここ、来て?」

足を広げて、その間をトントンと叩く。

私は言われたようにそこに座る。

後ろから抱きしめられた。

「穂、好きだよ」

耳元で囁かれる。

思えば今日初めて言われるその言葉が、嬉しくてたまらない。

首筋に何かが這う。

その跡がひやりとして、またすぐにぬくもりに包まれる。

甘噛みされて、少しくすぐったくて「ん」と声が出る。

「…あ、永那ちゃん、だめ」

彼女が吸い付くから、すぐにそう言う。

「バレた?」

「バレバレだよ」

キスマークをつけようとしてること。

最初のときみたいな痛みは感じないけど、体中につけられたときと同じ感覚だった。

フゥッと彼女が息を吐いて、うなじに顔を擦りつけられる。

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