第43話 夏休み

ご飯を食べ終えると、穂に強引にベッドに連れて行かれた。

学習したのか、今度は穂はベッドに乗らない。

私は大人しく眠ることにして、穂の匂いに包まれながら、すぐに意識がなくなった。


唇に何かが触れて、意識が引き戻される。

「永那ちゃん、起きて」

何度か唇にぬくもりを感じて、目を開く。

目の前に穂がいた。

穂の口が弧を描く。

「おはよう、永那ちゃん」

「おはよう、穂」

ああ、穂と一緒に暮らしたい。

毎日こんなふうに起こしてもらえるなんて、幸せすぎない?

私の目覚めと言えば、定番はお母さんの泣き声だ。

自然に起きるときも、何か嫌な夢を見ていたような感覚で起きることが多い。内容は覚えていないけど。

深呼吸して、目をギュッと瞑る。

今は…今だけは、そういうことを考えずに過ごそう。

せっかく穂と一緒にいるんだし、楽しみたい。

「永那ちゃん、大丈夫?」

ほら、穂が心配そうにする。

こんな顔を見たいわけじゃない。

「大丈夫だよ」

彼女の頬を手で包み込んで、そっと口付けする。

彼女は嬉しそうに笑って、私から離れた。


大きく伸びをしたら、あくびもでた。

私は起き上がって、時計を見る。

4時過ぎ。

彼女はいつもこの時間に起こしてくれる。

「もう帰る時間か。あっという間だな」

「そうだね」

彼女が私の横に座る。

「明日は、プールだね」

「うん」

「タンポン、平気そう?」

「…うん。昨日買って、試してみた」

「どうだった?」

「最初はよくわからなかったけど…一応できたのかな?あれで本当に大丈夫なのか、ちょっと心配」

彼女が苦笑する。

私はヘッドボードに置いてあった眼鏡をかけて、前髪を指で梳く。

「大丈夫だよ。…ちゃんと定期的に替えればさ」

彼女が頷く。

水着を買うときに見せてもらった穂の水着姿。

あのときは一瞬でカーテンを閉められてしまったから、明日はじっくり見られるんだなあと思うと、楽しみで仕方ない。


「ただいまー」

誉の声が聞こえる。

「おかえり」

2人で同時に言って、私達は笑い合う。

立ち上がってリビングに行くと、服が土まみれになっている誉が立っていた。

「ちょっと、誉!なにその格好!」

「サッカーでスライディングしたらこうなった」

「なっ…!もう、部屋あがってこないでよ。玄関戻って」

誉はへへへと笑いながら、穂に背中を押される。

私も2人の後を追う。

玄関で一丁にさせられて、誉は鳥肌を立たせていた。

「姉ちゃん、服!」

「自分で取ってきて」

穂は誉の服を玄関でバサバサと叩いた後、バケツに服を突っ込んでいる。

お風呂場に向かうから、私もついていく。

誉は走って部屋に戻ったようだった。

「ごめんね…なんか、バタバタしちゃって」

穂は洗剤をバケツにいれて、立ち上がった。

「いや、全然。こういうのも、楽しい」

「そうなの?」

首を傾げて、不思議そうに私を見る。

そうだよ。…こんな平和な日常を体験させてもらえて、楽しい。

私が頷くと、穂は頬を掻いて笑った。


「誉、私帰るね」

「えー?もう?」

着替え終えた誉が走って玄関にやって来る。

「早くない?」

「いつもと同じ時間だよ」

誉が肩を落としてガックリする。

「まあ、明日も来るんだもんね?」

「え?明日はプール行くから来ないよ?」

誉の体が小さくなって、床に四つん這いになる。

大袈裟だなあ。…でも、ちょっと嬉しい。

「そうだった…忘れてた…。あ!」

顔を勢いよく上げる。

「ん?」

「そういえば、海!いつ行くの?」

「ああ、まだ千陽と優里に言ってなかった」

「えー!ちゃんと言ってよー!」

「ごめんごめん。明日聞いとくから」

「わかった」

誉が立ち上がったのを見て、私は穂に顔を向ける。

穂が気づいて、目が合う。

優しく微笑む姿は…もう、天使だ。マイ、エンジェル。


玄関で別れて、私は帰途につく。

毎日こんなに幸せにあれたら…と、心の底から願う。

彼女がくれたカーゴパンツに触れる。

私がお店で見たときは8千円くらいしてたはず。

私が持ってる服はどれも3千円以下で、たぶん、これが1番高い服なんじゃないかな。

お母さんの服は、良い物もあるんだと思うけど、彼女が働いていたときに買った物ばかりだから、少し古い。

もう…4年くらい前になるのか。

数字で見ると短いようにも感じる。

でも、長かったな。

いろんなことが変わった。

身長もかなり伸びたし、髪は短くなったし…初めて誰かとセックスして、その楽しさに目覚めて、千陽と出会って、お母さんが死のうとして、お姉ちゃんが出て行って、そして…穂に出会った。

穂に出会えて、久しぶりに、生きてることがこんなにも楽しいと思えた。

大事にしたい。大切にしたい。


***


前と同じように、電車内での待ち合わせ。

穂と優里が楽しそうに笑っている。

3人とも、脱ぎ着しやすいようにか、ワンピースだった。

たぶんみんなも同じだろうけど、私はもう既に水着を中に着ている。

私の水着はスポーツブラとパンツタイプのセパレート型だ。

ブラとパンツが繋がっていると水泳選手みたいになって、ちょっと恥ずかしいから、そこは少しこだわった。

去年買って、身長も体重もほとんど変わらないから、そのまま今年も同じのを着る。

千陽は去年、やたらエロい水着だった。

ビキニなんだけど、ホルターネックで胸元がかなり強調されていた。

通り過ぎる男の視線が必ず彼女の胸元に落ちて、私は気が気でなかった。

でも今回は、少し大人しめのを買っていたかな?…ちゃんと見ていないから、ハッキリとはわからないけど。

去年の優里の水着は、正直覚えていない。

千陽の格好が不安すぎて、他の人のことまで覚えていられる余裕はなかった。


プールに到着して、各々準備する。

私は服を脱ぐだけで、すぐに準備ができたから、ベンチに座って穂を眺めていた。

事前に、防水ケースにスマホとお金も入れておいた。

これで穂の水着姿を写真におさめられるし、お昼も問題ない。

穂はジトーッとこちらを見てから、隠れるように水着になっていたけど、これからその姿で遊ぶんだから隠れても意味ないのに。

優里が準備を終えたようで、隣に座る。

彼女は水色と白を基調にした、肩紐がついているオフショルダーのトップスに、スカートを身に着けていた。

「ちゃんとレジャーシート持ってきたよ」

「おー、ありがとう」

首から防水ケースをかけて、膝にはレジャーシートとタオル、まだ空気の入っていないビーチボールが乗っている。

千陽と穂はほぼ同時に準備が終わった。

2人は念入りに日焼け止めを塗っていたから、少し時間がかかっていた。

千陽は相変わらずホルターネックだけど、去年の胸元が開いている物とは全然違って、レースがあしらわれて胸元が隠れていた。

黒色で、肩も見えているからエロさはあるけど、下もボクサーパンツくらいの長さがあって、レースのパレオを巻いている。

穂は…私は本当はビキニとか、そういうのが見たかったけど、まあ、べつに?他の人に見せたいわけでもないから?…キャミソールに、ショートパンツを合わせた水着を着ている。

モスグリーンに、白のドット柄。

…普通に服じゃん!

なんて、野暮なことは言わない。


「うわー、すごい人だね」

優里が言う。

「場所取れるかなあ?」

私達は海を模したプールのそばに行って、あいているスペースを見つける。

4人が座れる大きさのレジャーシートはかなり大きくて、邪魔になってしまうだろうからと、半分に畳んで使った。

タオルと日焼け止めを置くだけだし、なんの問題もない。

急に、穂がストレッチを始めた。

千陽は明らかに笑いを堪えていて、優里はびっくりしている。

私は「穂は真面目だなあ」と、彼女を眺めた。

「みんなもやったほうがいいよ?」

優里は穂に従って、千陽は無視してる。

「ほら、永那ちゃんも」

レジャーシートに座ってたら、手を引っ張られた。

これは…恥ずかしすぎる。

「永那ちゃん、寝てないんだから、ちゃんとやらないと足るよ?」

…まあたしかに、去年は足を攣りかけて焦った。

穂はなんでもわかるんだなあ、と呑気に感心する。

仕方ないから穂を真似てアキレス腱を伸ばす。


ストレッチを終えて、私達はプールに向かう。

穂は足首辺りまで入って「けっこう冷たい」と、入るのを渋る。

優里は千陽の手を引っ張って、ズンズン中に入っていく。

私は穂の手を握る。

穂が不安そうにこちらを見る。

「大丈夫だよ。肩まで入っちゃえば、慣れるよ」

穂は頷いて、私と一緒に少しずつ水の中に入っていく。

「2人ともー!早くー!」

プールの奥のほうでは滝のように水が流れ出ている。

優里が千陽に水を浴びさせようとして、逆に滝に押し込まれている。

なんで運動部が帰宅部に負けるんだよ。

お腹の辺りまで入ると、ギュッと強く手を握られた。

それが可愛くて、キスしたくなる。

…できないのはわかってるけど。したら絶対怒られるし。


奥はかなり深い。

千陽がギリギリ顔を出している感じで、もう疲れたらしく、優里から距離を取ろうとしている。

肩まで浸かると、穂は慣れたみたいだった。

手を離して、自ら優里の近くに行く。

「おりゃー!」

優里に水をかけられて、驚いている姿が可愛い。

優里はもう、全身びしょ濡れだ。

千陽が入れ替わりに隣に来る。

髪が少し濡れている。

「ホント最悪、顔濡らしたくないのに」

そう文句を垂れつつも、どこか楽しそうだ。

親指と人差し指を弾くようにして、千陽の顔に水を飛ばした。

睨まれる。

仕返しに思いっきり両手で水をかけられた。

気づけばそばに優里と穂もいて、2人からも水をかけられる。

千陽はすぐに距離を取っていた。

私は1回頭まで潜って、バタ足してやった。

手は足に勝てないのだよ。フフフ。

キャーキャー騒ぐ声が聞こえる。

水面に浮かびながらバタバタと足を動かして、(はぁ、楽しいなあ)なんて思った。

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