第37話 友達
終業式が終わると、クラスの誰かが「夏休み、みんなでプール行こうよ!」と言った。
「参加する人はここに名前書いてー!」
優里ちゃんが日付を確認して、私を誘ってくれる。
永那ちゃんを見ると笑いながら頷いていた。
優里ちゃんが佐藤さんの腕を強引に引っ張りながら名前を書きに行く。
佐藤さんは男子も参加するのが嫌みたいだった。
「あたし達だけで行けばいいじゃん」と膨れっ面になったから、永那ちゃんが「私達だけでも行こ?」と笑いかけていた。
「そうしよ、そうしよ」と優里ちゃんが頷いて、スケジュール帳をまた開く。
「来週の水曜日はどうかな?3人とも予定あいてる?」
4人のなかで唯一部活動をしている優里ちゃんが、1番忙しそうだった。
私も永那ちゃんも頷く。
佐藤さんは頬杖をついて不機嫌そうにそっぽを向きながら「べつにいいけど」と言っていた。
「あ」
私が言うと、3人の視線が私に向けられる。
「どうしたの?なんか予定あった?」
「…いや、そういうわけじゃないんだけど」
永那ちゃんと優里ちゃんの頭にハテナマークが浮かぶ。
佐藤さんは興味なさげだ。
「私、水着持ってないなって…」
永那ちゃんと優里ちゃんの顔がパァッと明るくなる。
「じゃあ、一緒に買いに行こう!」
「穂の水着、私が選ぶ」
ムフムフしている永那ちゃんには、絶対選ばせたくない。
「明後日の日曜はどうかな?」
優里ちゃんが聞いてくれる。
私はすぐに頷いて、永那ちゃんは少し考えた後、頷いた。
メッセージでも、会うのは月曜から金曜と指定されていたし、永那ちゃんとしてはなるべく土日はあけておきたいのかもしれない。
「千陽も行くでしょ?」
優里ちゃんが笑いかける。
「なんであたしも?」と言いながらも、来てくれるようだった。
「私、新しい水着買っちゃおうかなあ。千陽も買ったら?」
佐藤さんは少し思案して、頷く。
日曜日、駅で優里ちゃんと待ち合わせた。
どうせなら少し遠出しようということになって、都心に向かう。
途中駅で永那ちゃんと佐藤さんと合流する予定だ。
最近お母さんがやたら張り切っていて、服をたくさん買ってきてくれる。
私には特に好みがないからそれはかまわないのだけれど、少し甘やかし過ぎなのでは?と思ったりもする。
「今までが少なすぎたの!」となぜか叱られ、私は苦笑した。
そんなこんなで、今日もおろしたての服を着ている。
「わあ!穂ちゃん可愛いねえ!」
パタパタと走ってきた優里ちゃんが開口一番そう言ってくれる。
恥ずかしくなって、前髪に触れる。
「あ、ありがとう。…優里ちゃんも、可愛いね」
そう言うと、優里ちゃんは目をまん丸く開いて、少し頬を赤らめた。
「へへへ、そんなことあんまり言われないから嬉しいや」
優里ちゃんは藍色のワンピースタイプのサロペットの下に、白いTシャツを着ている。
2人で電車に乗り込むと、エアコンの涼しい風が汗を冷やしてくれる。
「ねえ、穂ちゃん?」
「ん?」
「穂ちゃんってさ、永那以外に誰かと付き合ったこととかある?」
やっぱりみんな、恋話が好きなんだなあと心の中で苦笑する。
私は永那ちゃんと付き合ってから、そういう話を積極的にしよう・聞こう、と意識しているけれど、意識しなければ話題にしようとも思わない。
じゃあ何を話すのか?と聞かれても、何も思い浮かばないのだけれど。
「ないよ」
「えー!本当に?」
「え、うん。どうして?」
「いやー…」
優里ちゃんがポリポリと頭を掻きながら、頬をピンク色に染めて俯く。
「永那の起こし方がさ、手慣れてたっていうか、大人っぽいなあ…なんて思ったりして」
その言葉に、私はただ目を白黒させる。
そして時間を経て理解して、ボッと顔が熱くなる。
「あ、あれは…永那ちゃんとのノリ、というか。あんなこと、永那ちゃんにしかしたことないよ」
「そっかあ。…私、思わず見惚れちゃったんだよねえ」
「見惚れる?」
「なんか、2人が、綺麗だなあって。絵になるってこういうことを言うのかな?って」
理解が追いつかなくて、首を傾げる。
「あ、ごめんね。こんなこと言われても困るよね」
へへへと優里ちゃんが笑うから、私も笑い返す。
「優里ちゃんは、誰かと付き合ったりは?」
「ないない!1回もない!」
「そうなんだ。…好きな人は?」
「それがいないんだよねえ。好きがよくわからなくて」
私は深く頷く。
永那ちゃんに出会う前の私も、同じだった。
永那ちゃんを好きだと、なんとなく思っていたときにも、それが本当に恋なのか、それとも他の違う感情なのか、わからなかった。
ただ彼女の寝顔が綺麗だと思って、ただ掃除のときに1人だけ私のそばにいてくれるのが嬉しかった。
話しかければ、普通に話してくれて、笑いかけてくれる。
2人で話してみたら、たくさんドキドキして、私と話しているときは私だけを見てほしいと思えて、離れてほしくないと思った。
「みんな恋してて、ちょっと羨ましい」
優里ちゃんが困ったような笑顔を浮かべる。
「だって、みんなキラキラしてるんだもん。…私には部活があるけど、すごく強いってわけでもないし。本気でやってるけど…やっぱり、みんなが恋していろんなことを考えたり行動してるのを見てると、いいなあって思うよ」
私はただ頷くことしかできなくて、どう答えてあげればいいかわからない。
「これ言うとさ、千陽が“そのうちできるから気にしなくていい”って言うんだけど、そのうちっていつよ!って感じだよ」
「私は優里ちゃんと一緒にいて居心地がいいし、きっと優里ちゃんを好きだと思う人もたくさんいて、今は気づかなくても、誰かから突然告白されて相手を好きだってハッキリわかることもあるのかも」
優里ちゃんは足を宙に浮かせて「ほぅ?」と考える。
バンッと足を床について、私が肩をビクッとさせると、急に抱きつかれた。
「穂ちゃん、好き!」
***
「あれ?あたし達、お邪魔だったかも」
佐藤さんがニヤリと笑いながら目の前に立った。
「優里、そこあけろ」
永那ちゃんが私と優里ちゃんの間にお尻をねじ込んでくる。
気づけば永那ちゃん達の家の最寄り駅で、既に電車のドアが開いていた。
私、永那ちゃん、優里ちゃん、佐藤さんの順で座る。
永那ちゃんは黒のスキニーに、ベージュの半袖の襟付きシャツを着ていた。
今のところ、永那ちゃんは黒のスキニーパンツとテーパードパンツしか履いているところを見たことがないけれど、この2着を着まわしているのかな?
足元でキラリとお揃いのアンクレットが光って、心がふわふわする。
佐藤さんはアイボリーのシアーパフスリーブのブラウスに、白のデニムを着ていた。
肌が透けて見えていて、つい彼女の胸元に目がいく。
「おはよう、穂」
永那ちゃんの爽やかな笑顔に、胸がキュッとしまる。
「おはよう、永那ちゃん」
「今日も可愛いね」
頭を撫でられて、ボッと顔が熱くなる。
「永那…よくそんな爽やかに言えるよね…」
優里ちゃんの視線が痛い。
どんな水着がいいか、みんなでスマホを眺めながら話し合っていると目的地についた。
水着の特設コーナーがあって、私達は一緒に見て回る。
「穂!これは!」
永那ちゃんが持ってくるものはどれも布面積の小さいものばかりで、最初は苦笑して断っていたけれど、そのうち無視するようになった。
しょんぼりしているから、こっそり耳打ちする。
「そんなにクラスメイトに、私の肌を見せたいの?」
永那ちゃんの目が見開いて、耳が真っ赤に染まる。
それからは真面目に選んでくれるようになって、ワンピースタイプのものや、一見普通の服に見えるようなタンキニといった種類の水着を探してきてくれた。
店員さんに試着を勧められて、3人とも何着か試着した。
永那ちゃんが見たいと騒ぐから見せると、しゃがみこんで顔を隠していた。
「最高すぎる…」
スマホで写真を撮ろうとするから、その前にカーテンを閉めた。
店員さんに注意されていて、カーテン越しに笑ってしまう。
気に入った物を各々購入して、他のお店を見て回る。
心なしか、通り過ぎる人の視線を感じる。
特に男性が多い気がして、よく観察してみると、みんな佐藤さんを見ているようだった。
永那ちゃんと優里ちゃん、当の本人の佐藤さんも何も気にしていないみたいだった。
「こんなのいつものことだから」
佐藤さんが冷めた目を私に向ける。
永那ちゃんは首を傾げる。
優里ちゃんは笑いながら「最初はびっくりするよねー」と共感してくれる。
「千陽も永那も生まれながらにして恵まれた顔面だから、人から見られるのは慣れっ子なんだよね。永那は髪切ってから女の子からの視線が増えた気がする」
永那ちゃんは「そうかな?」なんてとぼけていた。
優里ちゃんが前に“穂ちゃんがいてくれてよかった”と言ったけど、私の方こそ優里ちゃんがいてくれてよかったと心底思う。
「去年みんなで海行ったときなんて、ホントすごかったんだよ。ナンパの数々が」
優里ちゃんが少しゲッソリする。
私は苦笑しながら(そういえば、永那ちゃんはどんな水着なんだろう?)なんて考えた。
4時前には電車に乗り込んで、帰途につく。
行きと同じ順番で座り、永那ちゃんにそっと手を握られた。
慌てて優里ちゃんと佐藤さんを見たけど、2人は楽しそうに話していて、こちらを向いていない。
私がホッとして握り返すと、指が絡まった。
そのぬくもりにドキドキして、手元を見つめた。
今更なにを…とも思うけれど、まだ堂々といられるほどの度胸はなかった。
永那ちゃんを見ると、優しく笑みを浮かべていた。
彼女の唇が動く。
何かを伝えたいことはわかるけど、読み取れない。
彼女はそれを察して、私の耳に唇を近づける。
「明日、楽しみだね」
小声で言われて、久しぶりの感覚に背筋がゾワッとした。
あたたかい息が耳にかかって、少しのくすぐったさもある。
すぐに顔が離れて、永那ちゃんの口角が上がる。
明日…。
永那ちゃんが家に遊びに来る。久しぶりの2人きり。
体が勝手に期待し始める。
心臓の音が、目を覚ましたみたいにドクドクと鳴る。
パッとぬくもりが消える。
何が起きたのかと思って永那ちゃんのほうを見ると、佐藤さんが既に立ち上がっているのが視界に入った。
永那ちゃんも立ち上がって、伸びをする。
「じゃあ、またね」
「また水曜ねー!」
永那ちゃんの笑顔は変わらず優しくて、背を向けられて見えなくなるのが寂しくてたまらなくなった。
それでも電車が発車するまで窓から手を振ってくれることが嬉しくて、手を振り返した。
「永那、少し雰囲気丸くなったなあ」
優里ちゃんが言う。
「そうなの?」
「うん、前はもうちょっと冷めてたというか…全部のことに興味ないみたいな顔してたからさ。あんな楽しそうにしてるのは初めて見るかも」
その言葉に、嬉しくなる。
私は楽しそうにしている永那ちゃんしか知らないけれど、永那ちゃんにとって私が安心できるような存在であれたらいいなと思っていたから。
そうあれているのなら、嬉しい。
優里ちゃんとも駅で解散して、私は水着の入った袋を握りしめた。
プールなんて、中学の授業ぶり。
クラスで行くプールは、かなり大きめのプールらしく、スライダーもたくさんあると聞いた。
4人で行くプールは中規模で、スライダーもあるけれど、海を模したプールがあって、のんびりできるのが特徴らしい。
夏らしいことなんて、誉とお祭りに行ったくらいで、他にはない。
初めて好きになった人と、初めての友達と、プール。
思わず口元が緩んだ。
夏の湿り気をおびた風が、私を包む。
ジワッと汗が滲むから、ハンカチを取り出した。
暑いのは嫌いだったけれど、こんな夏なら悪くないかもしれないと思える。
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