第34話 友達
「優里と楽しそうにしてるし。…それは良いんだけど、でも、めっちゃ妬いた」
私は必死に頷く。
「本当は、私ともそういう、友達みたいな関係を望んでいたらどうしよう?って不安になった」
永那ちゃんの手が太ももの付け根まできて、優しく揉まれる。
それだけで体は勝手に期待して、“もっと奥に”って、主張するかのように熱くなる。
「いつもテスト期間中、千陽と過ごしてたの、浮かれて記憶からスッポ抜けた」
首筋に何かが這う。
2つの刺激に、私の体は耐えられそうになくて、何度もピクッピクッと反応する。
漏れ出そうになる声を、下唇を噛んで必死に堪える。
「千陽を放置するわけにもいかなくて、嫌だったけど、約束ごとナシにしちゃえば、この感情も少しは抑えられるかなって思った」
首筋を甘噛みされ、また舐められる。
「でも、穂が3人でもいいって言ってくれて、それくらい私と一緒にいたいって思ってくれてるんだとも思えて嬉しかった。…3人で歩いてるとき、穗が全然話さなくて、やっぱり怒ったよね?って不安になった。私のこと、嫌いになったかな?って」
永那ちゃんの手が下腹部に移動して、擦ってくれる。
円を描くように擦るから、ショーツが上に引っ張られると、気持ちいいところが刺激される。
「そう思ったら、穗の気持ち、確かめたくなって。一緒にいればいるほど、シたくもなって。我慢しきれそうになくて。でも、それはダメって言われてたし、もしかしたら、穂は私ともうシたくないのかな?とか考えちゃって」
土曜日、帰るときに“テスト終わってからの楽しみにしよう”と言ったのは私なのに。
シたくないわけないのに。
「2人きりになれないのがもどかしくて。キスすらできないことに苛ついて」
スーッと指が下りてくいく。
心臓の音がバクバクと鳴っている。
「だって、穂、言ったよね?キスは良いって」
求めていたところに、急激な刺激が与えられる。
慌てて手で口を塞ぐ。
…待って。だめだ。声が抑えきれそうにない。
彼女の背中を叩く。
首を横に振るけど、彼女の指は止まらない。
胸にあたたかさを感じた。
シャツの上から、少し強めに揉まれる。
第二ボタン、第三ボタンまで開けられて、覗く肌に吸い付く。
火照る体に触れられて、私の視界はボヤケる。
必死に下唇を噛む。
「穂、可愛い」
そう言われて、私の全身が、ずっと求めていた快楽に溺れた。
ハァ、ハァと酸素を必死に取り込む。
永那ちゃんが私のショーツに指をかけたのがわかって、腕を掴む。
永那ちゃんの妖艶な眼差しが向けられて、手を離してしまう。
あっという間に脱がされて、永那ちゃんは私のスカートのなかに消えていく。
「永那ちゃん…お願い…」
「ん?」
「もう、無理だから。だめだよ、もう…。また、今度にしよ?」
無視される。
理性が私の欲求を殴打する。
「永那ちゃん…!」
少し大きな声を出した。
これ以上は絶対無理。
リビングには佐藤さんと優里ちゃんがいて、もしかしたら今だってこの声が聞かれているかもしれなくて、私はもう、2人にどんな顔をして会えばいいのかすらわからない。
「
私は息を切らしながら精一杯言う。
「もう、私から破ったようなものだけど…でも“私の言うことを聞く”でしょ?」
永那ちゃんが顔を出す。
スカートに当たって、永那ちゃんの髪がボサボサになっている。
永那ちゃんは唇をペロリと舐めながら、立ち上がった。
「そうだね、ごめん」
私はホッとして、大きく深呼吸する。
寝転がる私の隣に座って、彼女が私を見下ろす。
「穂」
「ん?」
「1ヶ月記念の、プレゼント」
彼女はブレザーのポケットから、1粒の小さな石がついた、アンクレットを取り出した。
「え?」
最初はブレスレットかと思ったけど、彼女が私の膝を立てて、足首に付けてくれた。
「穂は、指輪とかネックレスだと、普段着けてくれないと思って。見えないようなところならいいかな?って」
そのまま、足の甲にキスを落とす。
また私の隣に座って、今度は自分の膝を立てた。
「見て。一応、お揃いなの」
いつの間に着けていたのか。
それとも、今日は朝から着けていたのか。
靴下が白だから、白い石がついたシルバーのアンクレットはわかりにくい。
永那ちゃんが微笑む。
「どう?」
聞かれて、私は心臓が飛び出そうなほどに脈打つ。
***
「嬉しい」
そう言うと、永那ちゃんが嬉しそうに笑う。
「よかった。…着けてくれる?」
「うん。…うん!」
彼女のあたたかい手が、私の髪に触れる。
そのまま指で髪を梳いてくれて、なんだか、心がふわふわする。
でも、途端に不安になる。
「…あの、私、何も」
「いいんだよ」
頭を撫で続けてくれる。
「穂はずっと“違う日に”って言ってたんだし、めっちゃ楽しみにしてるから」
違う日っていつ!?
何も考えておらず、誰も参考にする人がおらず、直近の土日だとすると、時間がない。
「…いつ?」
「いつがいい?」
「来週の土」
「遅い」
“来週の土日”と言おうとして、遮られる。
“いつがいい?”って聞いたのに!
「明日は?」
「え?そんなすぐ用意できないよ…」
「穂と穂のご飯食べたい」
私は何度も瞬きをして、永那ちゃんを見つめる。
「何かプレゼント」
「穂がほしい」
また遮られる。私の言いたいこと、考えてることが、全て把握されているみたいに。
「明日って、佐藤さん達はいいの?」
永那ちゃんは宙を見る。
「…まあ、そうか。何人かで遊ぼうって話になるかもしれないなあ」
少しホッとする。
「そうなったら、穂も来るでしょ?」
「え、いいのかな?私がいるとみんな」
「穂が行かないなら、私も行かない」
「…じゃあ、考えとく」
「いつ答えが出るの?」
「テスト終わり…」
永那ちゃんがフッと笑う。
「わかった」
永那ちゃんが立ち上がる。
手を差し伸べてくれるから手を重ねると、強く引っ張られて、私は起き上がる。
「まあいいや。来週1週間、授業早く終わる日もあるだろうし…一緒に過ごそうね?」
彼女の左眉が上がる。
私が頷くと、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
土日は会わないのかな?なんて思ったけど、先週家に来てもらったし、お母さんのこともあるだろうから、あんまり頻繁にはだめなのだろうと自分のなかで結論を出す。
唐突に、永那ちゃんが「ジプロックかなんかある?」と聞く。
「え?うん。キッチンに」
「1枚貰っていい?」
「うん。…なんで?」
永那ちゃんはニコッと笑ってドアを開ける。
私はどういうことかわからず、彼女の背中をただ見送る。
フゥッと息を吐いて、立ち上がる。
その瞬間、足りない物に気づく。
背筋がゾワリとして、全身に鳥肌が立つ。
スカートの中がスースーして、気持ち悪い感覚。
「穂ー、どこー?…ねー?」
声の先に顔を向けるけど、足は動かないし、声も出ない。
「何探してるの?」
優里ちゃんの声が聞こえる。
念のため、私は部屋のなかを見渡す。
「ジプロック」
「え?なんで?」
…やっぱりない。
優里ちゃんが笑いながら席を立つ音がする。
「昨日は冷蔵庫の隣にあった気が…」
「あ、ホントだ!サンキュー」
私は立っていられなくなって、布団に潜った。
もう出られない…。
なにやってるの?バカなの?っていうか、なんでジプロック?なにする気なの?
誰かが近づいてくる音がする。
「穂、ちゃん…?」
優しい優里ちゃんの声が胸に沁みる。
「大丈夫?」
「だいじょばない」
「えぇ!?」
「近寄らないで…」
「えぇぇ!?…ど、どうすれば」
「とにかく、永那ちゃんを殴ってきて」
「穂ちゃん!?ホントにどうしたの!?」
私は布団に包まったまま、羞恥心に殺されそうになった。
***
「穂、勉強しないの?」
「永那ちゃん…返して」
「ん?なにを?」
「ジプロックに入れたであろう物を…」
「んー…やだ」
私は依然として布団に包まったままだ。
優里ちゃんが「永那ー!なにやったの!ホントに!」とポカポカ叩いてくれる音が聞こえたけど、私の気持ちは晴れないし、1度感じてしまった違和感は、もう元の状態に戻るまで拭えない。
「じゃあ私、もうここから出られない」
「そーなの?じゃあ、私も一緒に入ろっかなー」
私は顔だけ出して、永那ちゃんを睨んだ。
「新しいの出せばいいじゃん」
永那ちゃんが楽しそうに笑う。
…そうじゃない!
わかるけど!そうじゃない!
「ほら、プレゼントだよ。ね?私へのプレゼント」
「…じゃあ、もうそれだけでいい?」
「…や、やだ」
永那ちゃんが、勝手に私のクローゼットを開ける。
「どこかな~」
鼻歌をうたいながら、勝手に漁る。
「あった!」
ベッドの頭の端、枕の横に座って、布団の中にショーツをねじ込む。
「ほら。ね?」
私は永那ちゃんを睨み続ける。
「これじゃない」
永那ちゃんがフッと笑う。
「機嫌なおしてよ」
額にキスが落とされて、心臓が飛び跳ねる。
…もう!ドア開いてるのに!
そう思いつつも、嬉しくてたまらないのも事実で。
意地を張る理性を、
「どうしたら出て来てくれる?」
「…返してくれたら」
「それは、やだ」
永那ちゃんがフゥッと息を吐いて立ち上がる。
「え…!なに?…なに?」
永那ちゃんが布団を捲って、私の手に握られていたショーツを取り上げる。
足元に移動して、横向きになっていた私の体を強引に仰向けにする。
あっという間に新しいショーツを穿かされて、最後には、わざとショーツのゴムを遠くで離して、ペチンと音を立てさせた。
カーッと顔が熱くなっていく。
永那ちゃんがベッドの上に座り、私の脚を開いている。
私の脚がM字になって、永那ちゃんを間に挟んでいた。
スカートが捲れて、これからするみたいな光景。
永那ちゃんの右の口角が上がって、私を見下ろす。
心臓がドクドクと音を立て始める。
「穂ちゃん?大丈夫?」
その声で私は一気に現実に引き戻されて、でも抵抗する術も持っていなくて、ただ脚を閉じて、両手で顔を覆うことしかできなかった。
「ひゃ~っ!」
頭上からそんな叫び声が聞こえて「2人ともなにやってんの!」とパタパタと去っていく音がした。
「なにしてたの?」
佐藤さんの声がする。
「せ、説明できないよ…!」
優里ちゃんがいつもよりトーンの高い声で叫ぶ。
ふわりと私の胸の上に何かが乗って、閉じたはずの脚が簡単に開かれる。
指の隙間から見てみると、永那ちゃんの頭がすぐそばにあった。
胸を両手で包みながら、「スー、ハー」と大きく息を吸って、吐く。
「ホント、なにやってんの?」
佐藤さんの冷たい声が頭上から降ってくる。
胸に感じていたあたたかさが消える。
「見ての通り、穗を食べようとしてる」
「ハァ」と呆れたようなため息が溢れる。
「あんた恥ずかしくないの?」
「全然」
「空井さんは違いそうだけど?」
全身が、恥ずかしさで火達磨になりそうだ。
「もう殺してください」
「それって食べていいってこと?」
「…違う!」
私は意を決して上半身を起こす。
少し上に体をずらして、永那ちゃんを避けた後、起き上がる。
胸元のボタンを留めて、髪を指で梳いて、スカートのシワを手で叩いて伸ばす。
微笑ましそうに永那ちゃんに見られていた。
私は永那ちゃんを睨んで、立ち上がる。
「ご、ごめんね」
私は必死に笑顔を作って佐藤さんに謝り、部屋から出て行った。
優里ちゃんを見れなくて、そのまま洗面台に向かう。
顔をビシャビシャと洗う。
洗面台に手をついて、肩で息をする。
永那ちゃんと付き合ってからずっと、2人で話せないのがもどかしかった。
それは仕方ないことだと、半分諦めてもいた。
クラスメイトの誰も知らない、2人の秘密の関係だったから。
いつかはバレることだったとしても、こんな形で良かったのか?
…でも、じゃあ、どんな形なら良かったのかも、私にはわからない。
確実にわかるのは、想像していたよりもずっと早かったということ。
永那ちゃんは、私をどんどん先へ先へと引っ張っていく。
その速さは、私の見ていた世界を目まぐるしく変えて、私は酔ってしまいそうだ。
永那ちゃんに告白されて、初めての恋に興奮した。
“興奮する”なんて、いつ以来だったろう?
今まで世間話程度しかしたことのなかった
私の知らないことが、知らない感情が、この世界にはまだまだたくさんあるのだと、思い知った。
生徒会でしか話したことのない、それも業務連絡でしか話したことのなかった
本来だったら、例え休日にたまたま会ったとしても挨拶程度しか交わさなかっただろう。
佐藤さんが、大好きな人に手を振り払われて悲しかったこと…前だったら「その程度でなぜ泣くのだろう?」と思っていたはず。
その“なぜ”は、私が“知りたい”と思うまでに昇華しない。
私には未知の世界のこととして処理され、自分から踏み入れようとは決してしなかった。
全く共感できず、全く人に寄り添えず…私は、前の私のまま大人になっていたら、物凄く孤独な人間になっていたのだろうなと、怖くなる。
優里ちゃんが「名前で呼んでいい?」と聞いてくれて、学校でも当たり前のように話しかけてくれる。
そんな“友達”らしいこと、本当に、私はいつからしていなかったんだろう?
いつもクラスメイトからは“さん付け”、“敬語”。
誰かが家に遊びに来るなんてことも、初めてだった。
何もかもが、初めてだった。
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