第33話 友達

優里ちゃんが永那ちゃんを私から引き剥がす。

「本当に邪魔だからあっち行って」

そう言ってキッチンから追い出した。

私は苦笑する。

優里ちゃんが手際よくお皿を並べて、ご飯をよそってくれる。

「すげー!」

永那ちゃんが拍手してる。

佐藤さんは相変わらず頬杖をついて、でもジッとご飯を眺めていた。

「食べよっか」

優里ちゃんが言うと、永那ちゃんが「いただきまーす!」とパクパク食べ始める。

佐藤さんは何も言わずに食べ始める。

「うっまー!」

永那ちゃんがすごい勢いで口に運んでいく。

「永那ちゃん、よく噛んで」

「あーい」

ハムスターみたいに両頬がパンパンに膨らんでいる。

「千陽、どう?」

「おいしい」

優里ちゃんの質問に、静かに答える。

「よかった。ね?」

優里ちゃんが私を見るから、頷く。


片付けを終えて、テーブルに教材を出す。

「千陽、ガムちょうだい」

佐藤さんが鞄からガムを出して、永那ちゃんに投げる。

永那ちゃんは見事にキャッチして、ガムを噛み始める。

私の視線に気づいて「いる?」と聞いてくれる。

首を横に振ると、テーブルの端にガムを置いた。

佐藤さんがそれを取って、彼女も噛み始めた。

一気にミントの香りが漂う。

「明日なんだっけ?」

永那ちゃんが手を上に伸ばしながら聞く。

「えーっと、倫理と世界史と化学だね」

優里ちゃんが予定表を確認する。

「そういえば穂ちゃん」

「ん?」

「昨日穂ちゃんが出してくれた問題、出たね!」

優里ちゃんが言っているのは日本史の、教科書の隅に載っていた、私が出した問題だ。

「そうだね」

「やっぱり頭良い人は見るところが違うんだね」

優里ちゃんが真剣な顔で頷いてる。

「たまたまだよ」

「たまたまであれが出るってやばいよ!」

優里ちゃんが体を乗り出して言うから、思わず笑う。

私達2人は化学から始める。理系が苦手な優里ちゃんのためだ。


「そういえば、数学はどうだった?」

「いつもよりできた!穂ちゃんのおかげだよ~ホントありがと~!」

「よかった」

私が笑うと、永那ちゃんが私を見る。

「私も成績落とそうかな」

…どういうこと?

「永那、なにバカなこと言ってるの?」

優里ちゃんの顔が引きつっている。

「穂と、そんな話で盛り上がれるならいいかなあ?って」

「“いいかなあ?”じゃないでしょ!…ホントに永那は、バカなのか頭良いのか、わけわかんないよ」

頭を抱えてしまっている。

「最強に頭良いわ」

永那ちゃんの姿勢がどんどん崩れていく。

もう寝る体勢になっている。

佐藤さんが鼻で笑ってる。

「…そーだ」

腕のなかに顔を隠してる永那ちゃんが言う。

みんなの視線が永那ちゃんに向く。


「優里と千陽さ~、明日は私、穂と2人がいいんだけど」

永那ちゃんが左眉を上げて、目だけ腕から出す。

佐藤さんの眉間にシワが寄る。

優里ちゃんが来てくれたことによって良い雰囲気になったのに、また暗雲が立ち込めている。

「なんで?」

優里ちゃんが聞く。

「んー…2人がいいから」

「なんじゃそりゃ」

優里ちゃんが大袈裟に頭をガクッと下げる。

「私はべつにいいけど…」

優里ちゃんは佐藤さんを見る。

「あたしは嫌」

佐藤さんはノートに視線を落としたまま答える。

「なんで?」

今度は永那ちゃんが聞く。

「永那といたいから」

永那ちゃんは起き上がって、眉間にシワを寄せながら佐藤さんを睨む。

「マジで言ってる?」

「マジだよ」

佐藤さんが睨み返す。

永那ちゃんのシワが深くなる。


***


永那ちゃんは「ハァ」と大きくため息をついて「あっそ」と俯く。

「…でも」

永那ちゃんが上目遣いに睨みながら言う。

「明日は我慢しないからね?」

…なにを?

「そんなに明日が大事?」

佐藤さんの目がどんどん冷え切っていく。

「うん、私にとってはね」

「ふーん」

優里ちゃんは気まずそうにあわあわと手を彷徨わせている。

私もただ2人を眺めることしかできない。

しばらく2人は黙って睨み合った後、佐藤さんがノートに視線を戻して、永那ちゃんも机に突っ伏した。

優里ちゃんが困ったような笑みを私に向ける。

だから私も苦笑する。


私が優里ちゃんに化学を教えている間、永那ちゃんは貧乏ゆすりをしていた。

しばらく放っておいたけど止まらないから、私はそっと彼女の足に手を置いた。

永那ちゃんが目を大きく開いて、私を見る。

貧乏ゆすりが止まって、耳を赤く染める。

左腕に頭を乗せて、右手が私の左手に重なる。

指が絡まって、ニコニコする。

私は笑みを返して、そのまま教材に視線を戻す。

優里ちゃんは困ったような顔をしていた。

その後、永那ちゃんはいつも通り眠った。

でも私が手を離そうとするたびに起きて、ギュッと握られる。

3回繰り返して、私は諦めた。


今日も4時前に誉が帰ってくる。

走って帰ってきたのか、息を切らしている。

眠りが浅かったからか、永那ちゃんは誉の声で目を覚ました。

誉が帰ってきても、永那ちゃんは私の手を握ったまま離そうとしなかった。

誉は明らかに気づいていて、ジッと私達の手を眺めていた。

私の顔は一気に熱をおびて、誉の顔をまともに見れなかった。

3人が帰った後、誉が「なんで手繋いでたの?」と無垢に聞くから、私はため息をつく。

少し考えて「永那ちゃんが、そのほうが落ち着くみたいだったから」と言った。

「今日はちょっと機嫌が悪くてね」

そう言うと、誉は「ふーん」と言って漫画を読み始めた。


翌日。

優里ちゃんがいろいろ話題を振ってくれるけど、空気は重たいままだった。

そのうち優里ちゃんも顔を俯かせて、私達はコンビニに寄って、無言で家に向かう。

優里ちゃんが私に耳打ちする。

「ごめんね」

「なにが?」

「私達、邪魔だったんだよね?」

困ったように笑う。

私は首を横に振って「元々、普通に勉強する予定だったから」と答えた。

「そーなの?」

「永那ちゃんが、ね。なんか張り切ってくれているみたいで」

優里ちゃんが頷く。

「嬉しいけど、2人を除け者にしたいとまでは、私は思わないかな」

「そっか」

私だって、正直に言えば2人がよかった。

でも、こんなにも険悪な雰囲気になってまで2人になりたいとは思っていない。

それなら楽しくみんなで過ごせたほうがいいと思った。


「あの、さ?」

私と優里ちゃんはほとんど同じ身長で、それでも、優里ちゃんは伺うように上目遣いに私を見た。

「穂ちゃんと永那って、付き合ってるの?」

心臓がピョンと跳ねて、すぐにドクドクと音を立て始める。

“バレた場合は仕方ない”

それが2人で決めたことだった。

…逆にこれでバレないわけないよね。

私は心の中で苦笑する。

私が頷くと「そっか~」と優里ちゃんは困ったように笑う。

「今日が記念日なんだよね」

「え!?…そ、そっか!ちなみに、どのくらい?」

「1ヶ月」

「うわ~、それは大事だよね」

そんなに大事なものだなんて、私にはよくわからなかった。

1年とかのほうが、大事じゃない?

「なんか、ホントごめんね」

「全然。大丈夫だよ」

「…永那は、全然大丈夫じゃなさそう」

チラリと2人で、後ろを歩く永那ちゃんを見た。

永那ちゃんも佐藤さんも隣に並んで歩いているのに、一言も会話を交わしていない。

2人で苦笑する。

優里ちゃんと話をしているうちに、家につく。


***


定位置になった席に4人が座って、永那ちゃんが貧乏ゆすりを始める。

「穂、食べ終わったら2人で部屋行こ?」

不機嫌そうに、でも必死に笑顔を作って、永那ちゃんが言う。

「え、でも」

私が佐藤さんと優里ちゃんを見る。

佐藤さんはこちらを見ずに、モグモグとご飯を食べている。

優里ちゃんは眉をハの字にして笑ってる。

「だめなの?…2人になりたくない?」

不機嫌の割合がグッと増える。

「少し、だけだよ?」

そう言うと、永那ちゃんはかき込むようにご飯を食べた。

「永那ちゃん、ゆっくり」

返事はなくて、私はご飯を口に運ぶ。

永那ちゃんは食べ終えると、私を急かすように見る。

私が食べ終えると、すぐに手を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待って」

私はお茶を飲んで、口を拭く。

「もういい?」

返事を聞く前に、永那ちゃんは私の手を引っ張った。


ドアがバタンと閉まって、そのままベッドに押し倒される。

強く抱きしめられて、息がし難い。

「穂、好き」

絞り出すような声で言われる。

その声で、なぜか胸がズキズキと痛む。

「好き、大好き」

彼女の息が首筋にかかる。

私が手を背中に回すと、永那ちゃんは鼻を啜った。

顔を横に向けると、彼女の耳に鼻が触れる。

涙が溢れ出ていた。

「永那ちゃん…私も好きだよ」

そう言うと、ようやく永那ちゃんは顔を上げた。

まだ目から雫がポタポタと落ちて、私の頬を伝ってく。

「どうしたの?」

指で拭ってあげるけど、涙は止まらない。

永那ちゃんの喉が動く。

ゴクリと唾を何度も飲んで、そのうち服の袖で涙を拭った。


「嫌われてないか、怖かった」

「えぇ?なんで?」

「…わかんない。わかんない、けど。…わかんないけど」

そう繰り返して、何度も涙を拭く。

「嫌いじゃないよ。好きだよ」

彼女の頬を両手で包むと、少し安心したように笑った。

彼女が私の胸元に顔を乗せる。

私は頭を撫でて「好きだよ」と、もう一度言った。

、少しやり過ぎたかな?とか、考えた」

思い出して、私はゴクリと唾を飲んだ。

思い出せばすぐにでも私の体は反応して、自分の体が嫌になる。

私がため息をつくと、永那ちゃんは不安そうな顔を私に向けた。

私は眉根を下げて、彼女を見る。

「そうだね」

永那ちゃんの瞳が、一瞬で潤む。

「私も、“もっと”って求めてる自分がいて、永那ちゃんに嫌われないか、怖い」

彼女が瞬きをして、2粒の涙がポタリと落ちた。

永那ちゃんが今日一の笑顔を作った。

「そうなの?」

もう2粒落ちてくる。

「正直、佐藤さん達がいなかったら、私のほうから条件やくそく、破ってたかも」

永那ちゃんの目が見開かれて、嬉しそうに笑う。


永那ちゃんの顔が近づいて、唇が重なる。

最初は優しく重なって、次は吸い付くようにキスされる。

チュッと音が部屋に響いて、リビングまで聞こえていないか不安になる。

でも不安をかき消されるように舌が絡んできて、私もそれに絡ませた。

口から心臓、心臓から子宮までピリピリと刺激が走っていく。

永那ちゃんが、膝下まである私の制服のスカートに手を忍ばせる。

「ん…」

優しく撫でられると、くすぐったいような、心地いいような、その2つの感覚が寄せては返す波のようにやってくる。

「穂、ずっとこうしたかった」

唇が離れて、耳元で囁かれる。

「穂が毎日普通に勉強して、普通に過ごしてるから、穂はどう思ってるんだろう?って不安だった」

彼女の息が擽ったい。

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