第32話 友達
「空井さんのお家、楽しみー!」
篠田さんがニコニコ笑う。
「篠田さんは学校から見て私とは反対側に家があるんだよね?」
「そう。こっち側は来ること少ないから、新鮮」
篠田さんはかなり話しやすいなあ、とホッとする。
いつの間にか篠田さんも敬語じゃなくなっていて、クラスメイトって感じがする。
「昨日もみんなで勉強してたんでしょ?誘ってくれればよかったのにー」
佐藤さんに話を振る。
「優里を呼ぶ発想がなかったの」
「酷いー!」
「冗談。いきなり4人で押しかけても迷惑かと思って」
…3人も4人もあまり変わらない気がするけど、私はツッコまない。
「空井さんがくれたノート、めっちゃわかりやすくて、昨日も使って勉強してたんだよ」
篠田さんが私を見て、笑いかけてくれる。
「よかった」
今日の佐藤さんは永那ちゃんにくっついていない。
なんか、昨日のことを引きずってるのかな…?
永那ちゃんは不機嫌そうにそっぽを向きながら歩いて、話に参加してこない。
昨日と同じようにコンビニでお弁当を買う。
永那ちゃんと2人だったら、夜の残りでもお昼に食べようと思っていたけど、さすがに他の人に夕飯の残りを出すのは忍びない。
家につくと、篠田さんが「お邪魔します」と小さく言って、靴を揃えた。
佐藤さんがそれを見て真似する。
永那ちゃんは何も気にせず家に入っていく。
私は永那ちゃんの靴も揃えて、後に続いた。
…性格が出るなあ。なんて、少し笑える。
今日はさすがにダイニングテーブルにみんなで座った。
「穂、いつもどこに座ってるの?」
永那ちゃんが聞くから、私は4人分のお茶を用意しながら、指さした。
キッチンに対して垂直に4人用のダイニングテーブルが置かれている。
1番キッチンに近い席が、私の定位置だ。
その隣に誉。
誉の向かいにお母さんが座って、お母さんの隣…私の向かいにはいつも、お母さんの仕事の資料が山積みになっている。
今日は片付けてある。
「んじゃ私ここ!」
永那ちゃんが誉の席に座る。
篠田さんが私の向かいの席に座って、佐藤さんが永那ちゃんの向かいに座る。
みんながお弁当を広げて、食べ始める。
「ねえ、空井さん?」
篠田さんが焼肉弁当を頬張りながら言う。
「私も永那と同じように、名前で呼んでもいいかなあ?」
急な提案にドキッとする。
「え?…うん」
「よかったー。じゃあ、穂ちゃんでいいかな?」
私が頷くと「私のことも優里って呼んでね」と言われて、“友達”っぽいやり取りが少し楽しくなる。
「優里ー、穂って呼んでいいのは私だけだぞ」
「え!?なにそのルール」
「今決まった」
「却下します」
クスクス笑ってると、永那ちゃんが頬杖をついて私を眺めていた。
「穂が普通に笑ってる」
その笑顔があまりに幸せそうで、思わず見惚れてしまう。
「よし、特別に優里には“穂”と呼ぶことを認めましょう」
「え、もう却下されてるから、そのルール。永那に認められなくても呼ぶんだけど」
優里ちゃんがお弁当のプラスチックを洗ってくれようとしたけど、「後で洗うから大丈夫」と断わった。
優里ちゃんの行動を考えると、永那ちゃんと佐藤さんは全くそういうのを気にしないタイプなことに気づく。
とは言え、永那ちゃんはいろんなことによく気がつくから、甘えるところは甘える…という感じで、永那ちゃんのなかで何かしらの基準があるのかな?と思える。
でもその基準はまだよくわからなくて、本当に全く気にしていないようにも見える。
どっちが良いとか悪いとかはないけれど、なんとなく、永那ちゃんと佐藤さんの2人が少しズレてるのがわかる。
だからいつも2人は一緒にいるのかな?と思えた。
2人の周りにいる人はコロコロ変わるけど、2人は変わらない。
その点、優里ちゃんもよく2人と一緒にいるから、何か通ずるものがあるのかもしれない。
「みんな今日のテストどうだった?」
今日は物理と現代文と英語だった。
「普通」
「普通だね」
佐藤さんと永那ちゃんが答える。
優里ちゃんが机に顔を突っ伏す。
「ですよねー」
私は今までこんなやり取りを誰かとしたことがなかったから、どう答えればいいかわからない。
「穂ちゃんは?」
悲しそうな目を向けられる。
「えっと…物理は少し引っ掛けがあったよね」
苦笑すると、優里ちゃんが体を起こす。
「そうだよね!難しかったよね!?」
優里ちゃんは理系が苦手なんだな。
「優里、それは穂の優しさだよ」
永那ちゃんがアクビをしながら伸びている。
優里ちゃんがまた顔を突っ伏す。
「なんでこんな人達に囲まれてるの、私」
「よかったじゃん、いくらでも教えてもらえるんじゃない?」
「え!?2人とも教えてくれたことないよね!?」
佐藤さんが冷めた目で優里ちゃんを見て、ノートを出す。
自分で言っておいて、“知らない”という態度だ。
「あたしにはわからないもん、優里が何がわからないのか」
優里ちゃんが髪をぐしゃぐしゃにして、「あー」と叫んでる。
「私、やっぱり穂ちゃんがいてくれてよかった…この2人頭おかしいんだよ」
両手を掴まれて、肩がピクッと上がる。
***
永那ちゃんは当たり前のように、30分後には寝息を立てていた。
佐藤さんは1人でノートを眺めている。
私は優里ちゃんに数学を重点的に教えた。
「そこは穂ちゃんのノート見てわかったよ」
たまにそう褒めてくれるから、嬉しくなる。
最後は日本史の問題を出し合って、確認する。
私が教科書の隅に載っているような問題を出すと落ち込まれた。
4時前に誉が帰ってきて「また永那ちゃん寝てる!」と言って笑っていた。
永那ちゃんの顔を覗き込んで、恐る恐る頬を突いている姿に笑ってしまう。
この人懐っこさは誰に似たんだろう?
「誉君可愛いー」
優里ちゃんに頭をわしゃわしゃ撫でられて、満更でもない顔をしている。
「佐藤さん、綺麗」
頬杖をついて、まっすぐ佐藤さんを褒める。
佐藤さんは何も言わないけれど、ニコッと微笑んでいた。
「誉君、将来はプレイボーイだなー?」
優里ちゃんが言う。
「プレイボーイ?」
誉が首を傾げる。
「モテモテってこと!」
「えー!俺が?」
「そうだよー」
また頭を撫でられている。
「俺、姉ちゃんみたいな人と結婚したいな~」
急に話題を振られた上に、とんでもない告白をされてギョッとする。
それって小さい娘が父親に言うことじゃない?
「わあ!お姉ちゃんっ子だ!」
「いってー!」
急に永那ちゃんが起き上がる。
「永那ちゃん!?」
「大丈夫?」
誉が永那ちゃんの顔を覗き込む。
永那ちゃんは涙目になりながら、足元を見た。
右足を椅子の上に乗せて、小指を擦っている。
「おい、千陽だろ。っざけんな、マジで痛いんだけど」
「いつまでも寝てるからでしょ」
佐藤さんは足をブラブラさせて、謝る気は全くなさそうだ。
「なんか冷やす物持ってこようか?」
誉が永那ちゃんに話しかける。
「うぇ!?…あ、た、誉君」
永那ちゃんの声が裏返る。
「だ、大丈夫。ありがとう」
永那ちゃんはしばらく小指を擦っていた。
どんな力で踏んだんだ…。
佐藤さんが片付け始めて、優里ちゃんも慌てて片付ける。
「またこんな時間?」
永那ちゃんが項垂れる。
「永那ちゃん、ずっと寝てるからだよ」
誉が笑いかけると、永那ちゃんの耳が赤くなる。
「なんで知ってるの?」
「姉ちゃんが言ってた」
永那ちゃんは目を細めて、私をジッと見た。
「でも永那ちゃんって頭良いんだよね?」
「っえ?…ああ、どうかな?」
頭をポリポリ掻きながら、優里ちゃんへの対応と全然違って面白い。
「この人は頭がおかしいから、参考にしちゃだめだよ、誉君」
優里ちゃんが人差し指を立てながら言ってる。
「おい、優里、やめろ」
誉が永那ちゃんと優里ちゃんを交互に眺めて笑ってる。
佐藤さんがもう廊下に続くドアの前に立って暇そうにしている。
「ねえ、みんな明日も来る?」
誉が3人を見て聞く。
「明日も来ていいの?」
優里ちゃんが誉に目線を合わせて言ってくれる。
「うん、毎日来てもいいよ!」
「嬉しい!…じゃあ、明日もお邪魔しちゃおうかな?」
優里ちゃんが私をチラリと見るから、私は頷く。
今日は玄関でお見送りして、誉とリビングに戻った。
「佐藤さんは無口なんだね」
誉が楽しそうに笑う。
「永那ちゃんと優里ちゃんは面白い」
私は誉の頭を撫でる。
「俺、姉ちゃんの友達好き」
「よかった」
私達はローテーブルに移って、床に座る。
「そういえば誉、さっきのなに?」
「さっきの?」
「お姉ちゃんみたいな人と結婚したい、とか」
少し恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
「え?…だって姉ちゃんのご飯おいしいし」
そこ?…そこなんだ。単純だなあ。
しかもそれだと、相手に作ってもらう前提だな…。
もうちょっと教育しないと、将来結婚したとき、マズいかもしれないと危機感を抱く。
「あとはー、まあ、ちょっとウザいけど、いつも勉強見てくれるとことかは、ありがたいなーって思ってるよ?」
“ちょっとウザい”は余計じゃない?
なんでお姉ちゃんには素直に褒めてくれないかな?
***
「ねえ!今日はさ、みんなでお昼作らない?」
優里ちゃんが提案して、みんなが優里ちゃんをジッと見る。
「…あ、ごめんなさい。テスト期間中だもんね、そんなことしてる場合じゃ」
「優里、最高だわ」
永那ちゃんが優里ちゃんの肩をポンポン叩く。
「え?そう?」
「は?めんどいんだけど。あたし料理とかしたことないし」
「もー。そしたら千陽は見てるだけでいいから。…どうかな?穂ちゃん」
「楽しそう」
「よかった~!毎日コンビニ弁当ってのも、どうなのかな?って思ってさ~」
「あたし毎日コンビニ弁当なんだけど」
「はいはい。じゃあ千陽もたまには、ね?」
佐藤さんはそっぽを向く。
4人でスーパーに寄って、食材を選ぶ。
「なに作る?」
「穂!穂の得意料理は?」
永那ちゃんが乗り出し気味に聞いてくる。
「え?得意料理?…よく作るのは生姜焼きだけど」
「じゃあそれがいい!」
「おー!いいね!」
優里ちゃんがカゴを腕にかけて「そしたら、玉ねぎだよねえ」と、玉ねぎを手に取る。
「あたし、お菓子買ってくる」
佐藤さんが歩き出す。
「千陽、ガム買ってきて」
永那ちゃんが当たり前のように言って、佐藤さんは「はいはい」と返す。
…なんか、すごいなあ。
このテンポの良さというか、ポンポンいろんなことが決まっていく感じ。
何かを事前に計画したわけでもないのに。
こういうのを阿吽の呼吸…みたいに言うのかな?
「サラダとかもつけようか?」
「でも千陽、トマト嫌いでしょ」
「じゃあブロッコリーにしよう」
「あ、穂は?穂は苦手なものある?」
「…いや、ないよ。なんでも大丈夫」
ご飯と調味料は家にあるから、それは伝える。
優里ちゃんがお会計をしてくれて、永那ちゃんが荷物を持ってくれる。
家について「優里ちゃん、いくらだった?」と聞くと、優里ちゃんがパタパタと顔の前で手を振る。
「昨日もお家にお邪魔しちゃってるし、ご飯も調味料も、火も使わせてもらうんだから、払わなくていいよ」
「え?でも」
「ラッキー」
佐藤さんがニヤリと笑う。
「え!?千陽はだめだよ!?払ってよ!?」
佐藤さんが舌打ちする。
私と優里ちゃんがキッチンに立つ。
永那ちゃんがスマホを出して「はい、こっち見てー」と言う。
優里ちゃんが私に肩を寄せて「イエーイ」とピースをする。
「おい、千陽。ブーたれんな、笑え」
昨日と同じ席に座っている佐藤さんが頬杖をついている。
「命令すんな」
佐藤さんが永那ちゃんを睨む。
何度かシャッター音が鳴る。
私はお米を研いで、炊飯器のスイッチを入れる。
優里ちゃんが野菜を洗ってくれて、私は調味料を並べていく。
「穂ちゃん、いつもどうやって作ってる?」
「調味料混ぜて、お肉に小麦粉まぶして、焼いて…って感じかな」
「りょーかい。じゃあ、私野菜切っちゃうね」
「わかった。…ああ、ブロッコリー茹でないとね」
「そだね。お湯、任せた」
私は頷いて、鍋を出す。
「あー、幸せ」
永那ちゃんが椅子に座りながら私達を眺めてる。
「永那はやんないのー?」
優里ちゃんが野菜を切りながら永那ちゃんを見る。
「えー?やることないでしょー?」
「お肉やってよ」
永那ちゃんはため息をつきながら立ち上がる。
お肉に小麦粉をまぶし終えた永那ちゃんは手を洗って、スマホを取り出した。
何度か私と優里ちゃんを撮った後、私の肩を抱いて自撮りする。
「ねえ、永那邪魔」
「ひどーっ、優里が呼んだんじゃん」
「もういいよ、終わったから」
永那ちゃんは、そう言われてもかまわず居座った。
優里ちゃんがサラダを盛り付けてくれている間に、私がお肉を焼き始める。
「わ…っ」
ふいに後ろから手が伸びてきて、抱きしめられる。
永那ちゃんの顔が私の肩に乗る。
「あ、危ないよ?永那ちゃん」
「永那…」
優里ちゃんからの視線が痛い。
佐藤さんが大きくため息をつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます